陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。

「Flower and Fidget」 Act. 7

2006-09-06 | 魔法少女リリカルなのは感想・二次創作小説

「…父なる神のお考えが、僕には読めないからさ」

シャッハから眼を逸らしたヴェロッサが、ふたたび天井を見つめていた。
懺悔室の天井には、夜光貝を砕いて顔料にしたという瀟洒な絵画が描かれていた。父なる神と、神の御子である聖王家の始祖である青年王。そのふたりが互いに指の先を伸ばしあい、触れようか触れまいかというその合間に、曙光を思わせるきらめきが生まれている。
古代ベルカの諸王時代、天地の支配を神より託されたのはただ聖王の一系のみという、聖王伝の始まりをほのめかす場面だった。

「生きとし生けるものはみな平等、慈しみをもって愛を注ぎ、我には惜しみなく信仰を寄せよ。さらば汝の子々孫々まで安寧であろう──父なる神は、そうおっしゃったらしいね」
「その通りです。どれほど正しい論理が世のならいを説き、優れた科学技術が世のしくみを教えようとも、それがすべての答えをくれるわけではありません。迷い多き私たちには、解決のできない問いを抱え、神がそれにお応えくださる。神への信仰によって、私たちはこころを穏やかに保ち、生きていけるのです。神に救われている、というのはそういうことです」

ふっ、とまたお得意の鼻先であしらう笑いを落として、ヴェロッサはシャッハをはたと見据えた。

「そいつは、詭弁というものだ。信仰というのは人を盲目にするものだよ。よく考えてみたまえ。神は人間に欲を捨てろとおっしゃる。だが、神こそがまさにこの世で最高の欲の塊じゃないか。奇蹟と救済とを好餌にして、みんなに愛されたがっているのだから」
「神はみずからを愛する試練を私たちに課すことで、私たちがお互いに愛し合うようになされたのです。そのために、神はご自身に似た姿を、人間へお与えになった。人間がお互いを慈しみ合うように。神を愛される方は幸せが訪れるようにと」
「だとしたら、花や草木をこよなく愛し、僕のような不幸な生い立ちの子どもにも惜しみなく手を差し伸べ、毎日、朝な夕なに礼拝を欠かさなかったマザーがなぜ、あんなに惨たらしく殺されなきゃいけなかったのだろうか」

新暦66年5月某日の朝。
テレサ・ヌエラ名誉修道女長は、聖王教会の地下極秘資料庫で息絶えていた。首の後ろを鋭い刃物でひと突き、さらに心臓を二、三回貫いた後があった。
資料庫奥に秘蔵されてあった聖骸布の一部が切り取られて、持ち出されていた。事件直後、地上本部の首都警備隊は単なる遺物窃盗犯の犯行と捉えていたが、捜査はそれ以上進まなかった。

進展が見られたのは、その二年後。
遺物管理部所属捜査官が極秘捜査していたレリックの密輸に絡む捜査線上に、聖王教会のとある司祭が浮かびあがった。管理世界に散じた聖遺物の輸送に見せかけて、レリックを密輸入していたとされた。司祭を尋問にかけたところ、彼はほどなく舌を噛み切って自死してしまった。取り戻された聖骸布は、厳重な管理体制におかれて修復された。その布に付着した血液の遺伝子情報をもとに生まれたのが、のちの高町ヴィヴィオだった。

身を挺して聖骸布を守り抜こうとしたマザー・テレサの気概は高く評価され、聖人位に列せられた。
生前の愛称マザー・テレサから、聖マリア・テレサ・ヌエラと名を変えて、親しみを込めて呼ばれた。聖王医療院では彼女の遺影が飾られ、毎年、命日には彼女を追悼するミサが執り行なわれる。孤児の少年に暖かな手をおいた彼女は、いま、神にも等しき存在として奉られている。

「伯母は…聖王教会に殉じ、生涯、その身を神へ捧げることを本望としていました。篤志家の彼女らしい最期でした。神に愛されたがゆえに、あまりにも早く天に召されてしまったのでしょう」
「そんなお子樣向けの気休めは、もう聞き飽きたさ。死んでから、神様みたいにちやほやされても虚しいだけだ…。僕の愛した者を奪い、故郷を争わせ荒廃させ、そのうえ敬えだと。神というのは、なんと傲慢なのだろうね」

ヴェロッサの低い声。白い握りこぶしがかすかに震えている。
アコース家の家格は残しながらも、ヴェロッサがカリム・グラシアの義弟となったのは、聖王教会騎士団の後押しを得て管理局入りを果たすためだった。彼は査察官として任務に当たりながらも、いつか、マザー・テレサを手にかけた犯人を追いかけようとしていた。

「ロッサは、伯母マザー・テレサの仇討ちが果たせたので、もうご自身が聖王教会に用済みと思ってらっしゃるんでしょう」
「正確には、僕ではなかった。あのとき、査察官としての任務がなければ、僕はあの女の脳の中をめちゃくちゃにしてやりたかった。立場というのは、なんとも人を窮屈にさせるものだね」

聖骸布持ち出し犯の司祭を籠絡し、マザー・テレサ殺害犯とされる戦闘機人ドゥーエについて、ヴェロッサは捕縛したウーノの脳内探査から居所を掴んでいた。
しかし、事件の黒幕であった当時の首都防衛長官レジアス・ゲイズを暗殺したドゥーエは、絶命する直前のゼストによって討たれている。すべては現場に駆けつけたシグナム二等空尉(当時)からの報告だった。

「あなたの静かな復讐に燃えた十年は、もう終わったはずです。あの事件の終わりとともに」


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