陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。

「夜の逸(はしり)」(三〇)

2009-09-28 | 神無月の巫女感想・二次創作小説

かつて限月(かぎりのつき)の巫女さまと呼ばれたその女が身に纏っていたのは、もちろん、巫女装束などではない。
足はくるぶしまで覆われ、腕もすっかり隠れた長袖の、ゆったりとした黒衣。白い頭巾を被り、さらにその上に黒のベールで覆われている。髪の毛を出さず、顔の輪郭のみが浮きあがったさまは尼と似ていなくはないが、剃髪はしてはいないだろう。そう断言できるのは、ほっそりとした首から垂れ下がっている、銀のロザリオがあったからだった。

「限月さまは、修道女になられたのですか?」
「今の私は、もう巫女ではございません。その名はもう捨てたものです。いまはただの千季(ちすえ)、さらにワルキュレイシアという、洗礼名も授かっております」

千歌音の顔がたちまちのうちに曇る。あの姫宮のお社をもはや復活願うものなどいないのだ。
かつては姉巫女さまと慕っており、たまには遊び相手にもなってくれたその人。月の大巫女の残したお社を見限り、さも幸福を謳歌しているさまであればよかっただろうに。そうすれば、千歌音は軽蔑することができたのに。しかし、目前の修道女・千季はあまりにも礼儀正しく敬虔な淑女たる態度を崩しはしなかった。

「私は信仰を棄ててはおりません。ただ、お仕えする神を変えたのです。修道院で洗礼を受け、現在は乙橘女学校の宗教科の教師をしております」
「そうですか…それはおめでとうございます」

修道女というのは、西洋の耶蘇教の神に仕える巫女のようなものだと聞いていた。
しかし、巫女と違って、憑依したり、降霊したり、呪術まがいのことはしない、あくまで清楚に神に仕える存在である。遊び女の巫女としての側面もなく、純潔性が厳しく求められている職務である。そして教育者としての顔ももつ。時の政府にとっては願ったりかなったりの神女であったといってよい。

千季はさも済まなそうに胸に手をあてて、眉をわずかにゆがめた。
ベールから仮面のように顔だけが浮きあがっているので、表情がひときわよくわかる。本人が名乗るまで声だけで誰か分からなかった理由がよくわかった。千歌音が覚えている限月さまよりも、彼女はやけに肌が浅黒くなっており、さらには眼鏡を着用していたのだ。パンスネ(鼻眼鏡)と呼ばれるもので、つるがなくレンズ脇に鎖がついており、貴婦人らしく胸許にピンで留めてある。そのせいで、なおさら西洋じみた知的な雰囲気を漂わせている。身体の輪郭がはっきりするローブもあってか、聖女であるわりには、ある意味、九の一忍者のような独特の妖めかしい雰囲気すらある。

「千歌音さまは、私たち元巫女が月の大巫女さまのご遺志を、なにより、姫宮の御祭神を裏切りになったのだとさぞやお恨みでしょうね」

修道女は千歌音のこころの隙き間に入り込むように、すこしずつ、じんわりと、穏やかに語りかけた。

「千歌音さまは、さぞやご無念でしょう。神無月さまであるべき貴女さま、そのよすがを奪われてしまったのですから。いま、あのお社の邸の跡地には、われらが誇るべき女学校の寄宿舎が建設されようとしております。私の教え子たちがいずれそこで暮らすことになりましょう」
「恨むもなにも、私は大巫女さまの後継として至らなかったのだから…」



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