JRA27年連続重賞勝ちなど、数々の栄光を調教師時代に築いた伊藤修司元調教師が今年1月に死亡していることが分かった。享年75歳。
騎手時代、当初は名門、尾形藤吉調教師に師事していたが、昭和28年に父である伊藤勝吉厩舎に転籍。騎手時代はJRAの成績のみだが、150勝を上げた。また騎手時代には、チトセホープでオークスを制している。
1964年に調教師に転じたが、翌65年、札幌記念でハツライオーが勝ち、以後27年連続JRA重賞制覇。
その期間中、マーチス(1968年・皐月賞)、ヒデコトブキ(1969年・桜花賞)、ヒデハヤテ(1971年・阪神3歳ステークス)、グランドマーチス(1974・75ともに春秋・中山大障害)、ハギノトップレディ(1980年・桜花賞、エリザベス女王杯)、ハギノカムイオー(1983年・宝塚記念)、スーパークリーク(1988年・菊花賞、1989年・秋の天皇賞、1990年・春の天皇賞)といった馬たちで、現G1級レースの優勝も果たした。
1992年に重賞勝ちが途絶えるが、翌93年にはツジユートピアンできさらぎ賞を勝ち、その後も96年〜99年までJRA重賞勝ちを収め、JRAでは通算1223勝、重賞83勝を果たした。2000年に定年のため調教師を引退。
また、1969年に関西リーディングトレーナーとなり、77〜80年まで4年連続JRAリーディングトレーナーに輝く。ちなみに父・勝吉氏も61年にJRAリーディングトレーナーに輝いており、親子二代でリーディングトレーナーに輝いていることになる。
そんな輝かしい経歴を誇る伊藤修司元調教師だが、なぜ1月に死亡しているというのに、今まで分からなかったのだろう?
そのあたりが少々不思議でならない。









