公営競技はどこへ行く

元気溢れる公営競技にしていきたい、その一心で思ったことを書き綴っていきます。

看護師出身の女子競艇選手

2017-05-11 08:31:40 | 競艇
<びわこ競艇>救命救急の看護師から女性ボートレーサーへ(毎日新聞) - Yahoo!ニュース

毎日新聞 1/25(水) 11:25配信

◇28歳・孫崎百世選手ほろ苦いデビュー

 競艇の「日本モーターボート選手会」滋賀支部所属の女子レーサー、孫崎百世選手(28)=大津市=がこのほど、同市のびわこ競艇場で開かれたレースでデビューした。北海道出身でスポンサーがつくほどのスキーの技術があり、京都市内の救命救急センターで看護師として勤めた後に転身した異色の経歴の持ち主だ。勝負の厳しさに直面し、ほろ苦いスタートとなっているが、「勝てるようになって賞金を稼ぎ、将来は発展途上国で人のために尽くしたい」との目標に向かい、自分を磨いている。【田中将隆】

 3歳でアルペンスキーを始め、中学3年時には北海道中学大会で8位に入賞した。その後、両親の勧めでニュージーランドの高校に留学。朝から晩までアルバイトし、英語を習得した。現地でも山スキーに没頭し、帰国後はスキーメーカーから用具を提供されるまでになった。

 「厳しい環境に身を置いて学びたい」との思いから、帰国後は京都市内の看護学校に通って看護師に。京都市内の病院の救命救急センターで4年間勤めた。「海外にはもっと苦しんでいる人がたくさんいる」との思いが強まり、国際ボランティアの道も探り始めた。

 そんなころ、同僚とびわこ競艇場に足を運んだ。競艇の迫力に圧倒された。国際支援の現場はすぐに見つからない上、「資金をためてから現地に行く方が現地のためになるのでは」と考えるようになった。

 国際支援への思いもあるが、今しかできないボートの魅力が勝り、選手を志した。一昨年6月、養成機関「やまと学校」(福岡県)に2度目の試験で合格。競争率は約35倍で、第119期生の最年長だった。

 約1年間の訓練を終えて臨んだデビュー戦(昨年11月29日~12月4日)。8レースに出場したが、最下位6回、失格2回の結果だった。「先輩とのレベルの差が分かり、がく然とした」と振り返る。その後の競走でもほとんどが最下位だった。

 レースの多くは男女の区別なく、6選手が600メートルのコースを3周する。前日の抽選で決められるボートやモーターも、レーサーが短時間で独力で調整する必要があり、技術や経験が大きくものをいう世界だ。「始めた年齢が遅いので、人の2倍努力しないと勝ち残れない」と言う。

 自らを厳しく律し、50歳ごろまで続けたいと考えている。「ボートに乗っているとアドレナリンが出て最高に楽しい。自分がレーサーになったのは運命。がむしゃらにやりたい」。次は25日から徳山競艇場(山口県周南市)で開かれるレースで好成績を目指す。
『ギャンブル』 ジャンルのランキング
この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 宇都宮記念は「鬱の宮記念」... | トップ | 5/10 欧米主要株式指数 »
最近の画像もっと見る

競艇」カテゴリの最新記事