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甲子園出場選手の競輪入り例は少なくない

2016-10-12 16:50:35 | スポーツ
五輪有望選手を高校球児から発掘「鈴木プラン」は奏功するか(ダイヤモンド・オンライン) - Yahoo!ニュース

ダイヤモンド・オンライン 10月11日(火)6時0分配信

この10月1日、スポーツ庁が創設されて1年を迎えた。

 スポーツ庁は文科省の外局として設置された行政機関。創設の狙いはスポーツ行政の一元化だ。これまでスポーツに関する行政は複数の省庁に分かれていた。学校体育や競技の振興・強化などは文科省、競技場など施設の整備は国交省、健康づくりや障害者スポーツ振興は厚労省、国際スポーツ交流は外務省といったように。スポーツ庁をつくり、これらを一元化できれば、「縦割り」の構造は解消され、スポーツ関連の施策はより効率的に行われるというわけだ。

 もちろん、この時期にスポーツ庁が生まれたのは、2020年に東京五輪が行われるからでもある。ホスト国としては、大会を成功させるだけでなく、競技でも過去最高の成績を収めたいという思いがある(目指しているのは金メダル獲得数世界3位)。それにはスポーツ専門の行政機関が主導して強化に当たることが必要不可欠ということなのだろう。

 とはいえ、創設されて間がないせいか、その効果はまだ見えていない。ただ、10月3日、初代長官の鈴木大地氏(ソウル五輪競泳・100m背泳ぎの金メダリスト、現順天堂大学教授)が行った会見で発表した取り組みのなかに、興味深いものがあった。

● 鈴木大地スポーツ庁初代長官 肝いりの「アスリート発掘支援」

 「競技力強化のための今後の支援方針“鈴木プラン”」と題されたもので、6つの取り組みが発表されたが、そのなかの「アスリート発掘支援」だ。高校球児のなかから五輪競技の人材を発掘しようというのである。

 その内容と主旨は次のようなものだ。

 数ある競技のなかでも野球の人気は高く、運動能力に秀でた少年が進む傾向があるうえ、競技人口も多い。甲子園を目指す高校の硬式野球部員は約17万人もいる。だが、そのうち10万人以上は部内の競争に敗れ、試合に出ることなく競技を終える。また、試合で活躍したとしても、その先のプロや大学、社会人で競技を続ける者はごくわずか。大多数が悔いを残して競技から引退してしまう。


高い運動能力を持っている可能性があり、厳しい練習を通して精神的にも強くなっている、そんな人材を埋もれさせるのは惜しい。各競技が加盟する日本体育協会のネットワークを生かしてトライアウトを実施し、彼らに五輪競技への再挑戦をする機会を与える。それが五輪競技で活躍する人材の発掘につながるというわけだ。

 鈴木長官は、すでに高野連にこのプランを伝え、協力を打診したという。高野連は、大多数の競技団体が加盟する高体連に入っておらず独立独歩の姿勢をとっていることでも分かるように、他の競技とは大きな溝がある。鈴木長官も拒絶されることを覚悟していたが、思いがけず協力を受け入れてくれたそうで、プランが実現する可能性は高い。

 才能を埋もれさせないため、競技の転向を勧めるというのは、いいアイデアである。高校球児にはかなりの運動能力を持つ人材がいるはずだ。が、地方予選の1回戦で敗退するような弱小校にいた場合、その才能が目に留まることはない。また、強豪校には能力の高い選手が集まり競争が激しい。たとえば地肩が強く滅法速いボールを投げるが、ストライクが入らない投手、あるいはバットに当たればすごい打球を飛ばすが、なかなか当たらない打者などは、試合に出られないわけだ。

 甲子園に出るような強豪校は小中学校の頃からリトルリーグ、シニアリーグなどで硬式野球をやってきた「できあがった選手」で固められる傾向がある。高い身体能力を持っていても、スキルで劣れば日の目を見ずに終わってしまうのだ。その才能を別の競技に生かそうという試みだ。

● リオで銀、男子400mリレーの メンバーも他競技経験者

 実際、五輪選手にも他競技からの転向組はいる。リオ五輪の陸上・やり投げに出場した新井涼平は中学時代は野球部に所属。高校ではホッケー部に入ったが、世界陸上を見て陸上の投てき種目に憧れ、転向したという。今大会は出場を逃したが、アテネ、北京、ロンドンと3大会連続で出場し、2009年の世界陸上では銅メダルを獲得したやり投げの村上幸史も中学時代は野球部で投手として活躍した。村上の場合はノーコンということはなく、ノーヒットノーランを3度も記録し、強豪校からの誘いも受けたという。だが、陸上部の顧問が肩の強さに目をつけ、投てきへの転向を勧められたそうだ。


リオ五輪の陸上では、男子400mリレーで日本チームが銀メダルを獲り、その快挙に日本中が沸いたが、4人のメンバーのうち、1走の山縣亮太、3走の桐生祥秀、4走のケンブリッジ飛鳥の3人は小学校時代、サッカーをやっていた。足の速さはサッカーでも武器になるが、それよりも陸上短距離の方が才能を生かせると指導した人がいて転向を勧められたことが、快挙につながったのだ。

● 大関稀勢の里も元野球部 複数競技の経験はプラスに

 また、五輪競技ではないが、大相撲でも野球から転向して成功した力士がいる。横綱昇進が期待されている大関稀勢の里は茨城県牛久市の中学では投手として鳴らした。体格の良さと潜在能力が見込まれて県内の強豪・常総学院から勧誘されたほどだ。が、自分は野球では大成できないと考え大相撲に入ったという。

 稀勢の里と同じ田子の浦部屋に所属し、最近めきめき力をつけている関脇高安も中学時代は野球部。自分で異なる競技への転向を決めた新井や稀勢の里は別だが、彼らは持って生まれた才能が最も活かせる「見る目」を持った人の存在が、現在の成功を導いたといえる。だが、そうした人物に恵まれる選手は少ない。高校球児の多くは才能を発揮する機会を得ることもなく、一般の社会人になっていくわけだ。

 「鈴木プラン」は、才能を持った人材が、ある競技で芽がでなくても、別の競技で花を咲かすことができないか、という可能性を探る機会をつくることだ。卓球やバドミントンなど独特のスキルが必要な競技は難しいだろうが、陸上や格闘系といった身体能力がものをいう競技、あるいは射撃のような競技開始年齢が遅い競技などは、トライアウトでの人材発掘は有効だろう。

 「この道一筋」を良しとする日本では、なかなか難しいが、複数の競技を経験することはアスリートにとってプラスになるのではないだろうか。筆者は昔、各国の高校生ラグビー選手の取材をしたことがあるが、欧米の選手はラグビーだけではなく、複数の競技をやっていた。

 のちにカナダ代表になった選手は、高校時代、春から秋にかけては主に陸上の短距離、秋からはラグビーとバスケットボール、レスリングを並行してやっていると答えた。複数の競技をやってみて、一番能力を生かせるのがラグビーだったわけだ。考えてみれば、陸上で速く走る練習をすることも、レスリングで相手とぶつかることも、バスケットでボールを扱うことも、ラグビーのプレーには必要。本人はそれを意識していたわけではないようだが、結果的にすべてが有効だったようだ。

 鈴木プランは、複数の競技を経験し自分の可能性を探る機会といえる。今のところ高校球児が対象だが、今後は各競技団体とも連携を取り、さまざまな競技で芽が出なかった人材に機会を拡大していってほしいものである。

相沢光一



こういう話は何も、突然出てきたわけではなく、以前からあったものだ。

そして、実際にそれを実践している「元 甲子園球児」は少なくない。

恐らく、高校球児が野球から離れた後、スポーツ選手になる例で一番多いのは競輪選手じゃないの

ところがだ。日本のスポーツジャーナリストなる人物は、日本発祥である競輪には見向きもせず、ほかのスポーツにしか目を向けない。

これが一番の問題だ。

野球選手としては非凡な才能はあるけど、如何せん、身長が低いなどの理由であきらめざるを得なくなった球児たちは、身近なスポーツともいうべき自転車で稼げる競輪に目を向ける。

ちなみに、競輪学校の入試には、適性試験というものがあるけど、運動能力が相対的に高い球児たちであれば有利に働きやすい、という背景もある。

そういうことを、競輪はもう40年ぐらい前からやっているというのに、なぜかいまだに目が向けられないというのは「おかしな話」。

鈴木大地長官も、まずは競輪学校に訪問して、滝澤正光校長と会談したらどう?

しかしながら、競輪選手は今、国際大会の舞台で活躍例が見られないので、中野浩一V10時代のような、「強気」な姿勢に出れないところが歯がゆいところ。

逆に、競輪学校を競輪選手養成だけでなく、広くスポーツ全般に開放してもらいたい、なんて言われるのがオチかもしれないねぇ・・・
ジャンル:
オリンピック
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