伊藤雄二調教師以外にも、著名なる調教師が今週をもって勇退する。
瀬戸口勉調教師もまたその一人。
瀬戸口調教師といえば、何といってもオグリキャップを中央時代に管理したことで一躍名を上げることになったが、他にもオグリローマンで桜花賞を制す。
ところで、瀬戸口調教師といえば、定年間際になって大ブレークした印象が強い。
02年には、エイシンチャンプで朝日杯フューチュリティステークスを勝ったが、翌03年にはミルコ・デムーロを主戦として、ネオユニヴァースで皐月賞・日本ダービーの2冠、さらに04年にはサニングデールで高松宮記念杯を、05年にはラインクラフトが桜花賞・NHKマイルカップを制し、昨年はメイショウサムソンが皐月賞・日本ダービーの二冠達成。
この他にも今、瀬戸口調教師は昨年の中山大障害を勝ったマルカラスカルの他、多くのオープン馬を抱えており、勇退させるには勿体無いという声も出ていた。
この他にも、99年にはゴッドスピードで中山大障害を制している。
また、05年にはJRAリーディングトレーナーに輝き、藤沢和雄調教師の同11連覇を阻止した。
初代牝馬三冠馬となったメジロラモーヌを管理した奥平真治調教師も勇退。
関東馬ながらも、関西の河内洋を途中から主戦としたメジロラモーヌは毎回着差はそんなにつけないのに、終わってみれば強かったという、勝った馬が強いんだ、という表現を体現した馬。また、重賞6連覇も達成した。
この他にも奥平調教師は、ハイセイコー、タニノチカラの2強を撃破して73年の有馬記念を制したストロングエイトや、91年には宝塚記念をメジロライアンで、菊花賞をレオダーバンで制した他、それぞれ重賞4勝を挙げた、エイティトウショウ、メジロモントレーも管理した。
山本正司調教師も勇退。
松永幹夫調教師のいわば「親代わり」としての存在としても有名だった山本調教師は、JRAグレード制元年の84年に、ハッピープログレスで、当時「春の短距離レース三冠」とも言われたスプリンターズステークス(当時G3)、京王杯スプリングカップ(G2)、そしてG1元年となった安田記念と全て制覇。
一昨年の05年には、天皇・皇后両陛下ご臨席の中で行われた秋の天皇賞をヘヴンリーロマンスで制した。
また、地方競馬のG1レースとしては、第一回のJBCクラシックをレギュラーメンバーで制した他、カネツフルーヴが02年の帝王賞並びに、03年の川崎記念も制した。
ちなみに松永幹夫調教師は、山本調教師の勇退時期を「逆算」して調教師試験に挑み、見事一回で難関を突破。恐らく、山本調教師の管理する馬を何頭か譲り受けることになろう。
この他にも、JRA重賞勝ちは99年以降ないのに、地方交流重賞ばかり何と9勝も挙げているレマーズガールを管理している湯浅三郎調教師も勇退する。
ここに挙げた調教師の方々、お疲れ様でした。









