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ウィリアム・ティンダルの予言?! かきかk

2017-05-16 08:17:34 | 占星、巨人、予知予言、オカルト、フリエネ

ウィリアム・ティンダル(1495 - 1536)は、ヘブライ語やギリシア語の原典聖書から直接、英語にはじめて訳した人物。しかし、当時、司祭にしか聖書が読まれなかった時代、そのような翻訳で聖書を平信徒が直接読むことは危険、断じてならない、教皇や司祭の権威や解釈・教えに刃向かう種となるということで、宗教改革への弾圧下の時代、火刑に処せられ絶命。

「焚刑の際「神よ、the King of England's eyes would be opened イギリス国王の目を開きたまえ」と叫んだティンダル」  https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%AB

https://en.wikipedia.org/wiki/William_Tyndale

 

「16世紀、聖書はラテン語で書かれ、一般庶民には分からなかった。教会で神父様が説明するのを聞くだけ。それは権力階級が民衆を支配する手段でもあった。聖書を英語に訳すのは大罪とみなされた。

「それはおかしい。誰でも神の言葉に直接触れられるようにするべき」とオックスフォードで教育を受けたティンダルが考えたのは二十代のときだった。
オランダのエラスムスのオリジナル主義に感銘も受け、新約聖書はギリシア語から、旧約はヘブライ語から翻訳する。

みんなが当たり前と思っていることに疑問を呈すのは簡単ではない。しかもそれを実行しようとするのは並大抵のことではなかった。
イギリスでは支持者を得られず、ティンダルはヨーロッパに渡り、生涯帰らなかった。
ルターがすでにドイツ語聖書を出版して、プロテスタント運動が広がり始めていたドイツでまず新約聖書を印刷。それをかぎつけた当局のガサ入れの直前に逃げるという危険な地下出版。

英語になった聖書は海をわたって密輸され、ベストセラーになった。しかし大法官のトマス・モアが徹底的に英語聖書を排除した。セント・ポール大聖堂の前の広場で焼いてしまう。

英国アート生活 2013.06.14」  http://loki-art.jugem.jp/?eid=1339

ティンダル  https://search.yahoo.co.jp/search?ei=UTF-8&p=%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%AB

Queen Mary

ティンダルの新約聖書の初版本(完本としては1冊のみ現存 大英博物館が1948年、200万ドルで購入)    http://www.william-tyndale.com/tyndale-bible-history.html

 

で、弾圧する側の教会、司祭らに語ったひとつの言葉があったんでした。

「それでティンダルは, もし神がお許しくださるなら, あなたより農村の若者のほうが聖書に精通できるようにしてみせる, と言いました。」

さてはて、それから、およそ300年後の1820年、アメリカで、一農夫の息子、14歳の少年ジョセフ・スミス・ジュニア(1805 - 1844) は、新約聖書のヤコブの手紙「1:5 あなたがたのうち、知恵に不足している者があれば、その人は、とがめもせずに惜しみなくすべての人に与える神に、願い求めるがよい。そうすれば、与えられるであろう。 」を読んでいて、まさにその知恵に不足している者は自身であると霊感を受け、祈り求めたところ、神とその御子イエスの臨在を受け、後にモルモン書の翻訳などを通し、キリストの福音と教会を再び地上にもたらす器へとなったわけでありました。

おそらくは、予言的だったんでしょうかね。

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