☆☆☆ ヨレッツォの風 ☆☆☆

ヨレッツォ~『のんびりまったり自然体で』を
コンセプトにしたファッションブランド~から
オシャレな貴女へのメッセージ

チリバツ語は世界共通?

2016年09月19日 | 日記

 ♫daumo daumo♫

3連休も終わりましたね。って、もちろん私は3日ともお仕事でしたけど、なんか雨ばっかりで、どこに行ってもってカンジだったんじゃないでしょうか。大雨の被害に遭われた方には心よりお見舞い申し上げます。

ってことで、今日は帰りの電車で発車を待っていたら、外国人の2人連れが乗り込んできました。で、私の方に向かってきます。確かに私の隣の席は空いているけど。

って思ったら、何やら英語らしき言葉でなんかしゃべってる。っていうか、多分何かを聞いているんでしょうね。って言ってもねえ。英語なんか分かりやしません。はいはい、日本語もアレがソレでこんなカンジしか話せませんが。

どうやら、終点の湯田中に行きたいみたい。っていうのも、湯田中って温泉街で、温泉に入るサルっていうのがYoutube等で世界的に有名だとか。特に冬になると温泉に入るってことで、スノーモンキーって言われています。

ホワイトモンキーでもないし、ブラックモンキーでもないので、ご安心ください。ニコニコしながら、「じゃあ、ジャンプターンで下まで行きましょう」とかいうおネエさんはいませんから。

ってことで、『YUDANAKA(湯田中)』っていう言葉だけ聞き取れました。が、湯田中に行くには特急列車に乗るか、途中で乗り換えないといけないんですよね。普通列車はほとんどが信州中野止まりですからねえ。

ですから、『湯田中ですか、うーん、そうですねえ、この電車だと途中で乗り換えないといけないんですよねえ』と言いました。もちろん、日本語です。すると、今度はもう一人が、何やら時刻表みたいなものを出してきました。

で、また英語で何かまくし立てています。その中で唯一聞き取れたのが、『信州中野』という言葉。ってことで、『そうそう、信州中野で乗り換えればいいですよ』って言うと(日本語で)、『SHINSHUNAKANO』を繰り返して、車内を指さして『This One?』と聞いてきました。

この電車は信州中野に行くのですか?ってカンジだったので、『信州中野には行きますよ。そこで乗りかえです』って答えたら(日本語で)、ニコニコして『thank you』と言って隣の車両の空いているところに座ったみたい。良かった、良かった。

ところで、どうして私がずっと日本語で話していたのに、意味が通じたんでしょうかね。えっ?日本語じゃなくてチリバツ共和国語だったからじゃないのかって?そうかも。どうやらチリバツ共和国語は世界共通ってことなんですかね。

そういえば、東京に住んでいるときもよく外国人から道を聞かれたりしました。周りには、いかにも英語とかしゃべれそうなビジネスマンとかがたくさんいたのにね。

決まって今回のように、まっすぐ私の方にやってくるんですね。はいはい、日本人に見えないからだろうって?そういう意味では、外見からチリバツ共和国人ってことなんですかね。

まあ、何でもいいけど、その外国人観光客が無事に湯田中に着いたことを信じたいと思います。あっ、最後に『Good Year!』っていうのを忘れた。では、みなさんも良いお年を。


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クラウドファンディングでスキー場を再建! 私の人生は?

2016年08月07日 | 日記

 ♫daumo daumo♫

ということで、8月になりましたねえ。連日猛暑猛暑で溶けてしまいそうですが、まっ、こちらはお盆を過ぎれば、朝晩は涼しくなるから、ウッシッシなんですよね。

で、涼しくなるとまたまた滑ることを考えるのが、スノボ依存症の悪い癖。えっ?人生が滑ってるんだから、それで十分だろうって?最近はギャグも滑るようになったんですけどね。

とか言ってたら、ナント!私のホームって言いながら、実はシーズン中3回ぐらいしか行かないけど、飯縄大権現のお膝元の『いいづなリゾートスキー場』が、クラウドファンディングで、再建するとか言うニュースが飛び込んできました。

いいづなリゾートって、長野市の隣の飯綱町にあるローカルスキー場なんですけど、なんたって『<飯縄大権現おねがします>と言って、願いを唱えると何でも叶う』と言われている飯縄大権現の本山がある、飯縄山の山麓にあるスキー場ですからねえ。

まっ、この飯縄大権現の話は、今まで散々書いてきたから、そっちを見てね。って見るわけないか。一応リンク張っておこっと。過去の記事⇒

とか言ってないで、これはサポートっていうか、支援するしかないでしょう。それに、アルペンボーダ―御用達ですからねえ。上部は一枚バーンのホントに滑りやすいゲレンデ。某スノーボードショップが裏で主催していると言われている『中高年ゲートボール倶楽部』も、よくゲートだけ立てて遊んでいますからねえ。

そのクラウドファンディング、老舗のキャンプファイヤーで展開しているみたい。以前は中腹にレストハウスがあったらしいんですけど、経営難で現在閉鎖中。そこを再開させたいってことみたい。

確かに、上部はホントに滑りやすいけど、トイレに行くにも一番下のレストハウスまで行かないといけないからねえ。中腹ていうか、ゲレンデトップになるけど、そこにレストハウスができると、ヨレヨレ中年は助かりますね。

そうそう、それにそのクラウドファンディング、3000円から支援できるから、滑るのが趣味の人は支援してもいいんじゃないですかねえ。リターンはリフト券とかで、もちろん金額が大きくなればシーズン券とかレストランでのお食事券とかもあります。見てみてくださいね。詳しくはこちら⇒

ということで、これでいいづなリゾートの再建もバッチリかな。ところで、私の人生も再建してほしんですけどね。クラウドファンディングで募集してみようかな。えっ?それでリターンっていうか、お礼はあるのかって?

そりゃーもうアンタ!『ヨタ話一年分』で決まり!!ポッドキャスト配信もするでよ。ってことで、取り敢えずせんべい屋開業資金として、500万円ぐらいで募集してみようかな。はいはい、審査で落ちますね。寝言は寝ていいまーす。では、お大事に。

 


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ミドルエイジのうちに会えるかな

2016年07月31日 | 日記

♫daumo daumo♫

7月も終わりですね。夏真っ盛りってことで、こういう時は涼しいところに移住して大正解。ウッシッシな毎日を実感しております。

ところで昨日(7月30日)は、母校(高校)の東京支部の同窓会総会が開催されたそうな。って、伝聞。そう、長野の山奥に住んで居る私には、大都会の東京なんかには行けるわけもない。はいはい、単に旅費がないだけっていいたいんでしょ。その通り。

毎年50歳になる代が幹事をするらしくて、我々の同期も大忙しだったみたいだけど、無事開催することができたということでした。この日のためにわざわざ下関とか、大阪からも手伝いに参加した同期もいて、頭がさがりますよね。

高校時代はほとんど話したことなかった人達とも、準備のためのやり取りで交流ができたのは、寂しい中年にはありがたいことでした。中には私が参加しなかったので『ヨレちゃんに会えなくて残念でした』って言ってくれる女子もいて、生きているといいことがあるなあと思った次第です。

そうは言っても、会場の様子とかをSNSでアップしてあったので見てみたら、みなさんナイスミドルになってるし。女子はあんまり変わってないのにビックリ!!逆に高校時代から変わったなあっていう人は、アラフィフには見えないイイ女になっていて、何を飲んでいるのか教えてほしいぐらいでした。

それに比べて私はねえ。はいはい、書かなくても自明のことでしたね。こんだけヨレて貧相な中年になるとねえ。同期会だと『保護者の方ですか』って言われそうだし、上から下まで参加の同窓会総会だと、『何年先輩ですか』とか言われそうだし。

ってことで、ナイスミドルに変身できたら、参加したいと思います。って返事を書いたら『ミドルのうちにお会いしたいですね』だって。相変わらず厳しねえ。確かにミドルじゃなくてすぐにシルバーエイジになりますからね。身体は既にシルバーの領域ですけど。

そういえば、3年生の時にお気に入りだった1年生の女子(当時)も参加していたみたい。誰かが気を利かせて、写真をアップしてくれてたけど、全然変わってなくてすぐに分かりました。全然変わってないっていうのもねえ。ため息が出ますよね。ちなみに、私が東京で勤めていたときの最寄り駅はため息山王じゃなくて、溜池山王。失礼しました。

ということで、体育祭のファイヤーストームで、そのお気に入りの女子が提案してチーム(組)の出し物として踊ったジュランジュランのザ・リフレックスでも聞きながら、さっさと寝よっと(Youtubeは画面が乱れたカンジですぐに音が出ませんが、エラーではなくそういう演出です)。では、みなさんも高校時代の思い出はそっと胸にしまっておきましょう。お大事に。

 

Duran Duran - The Reflex


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お陰様で50周年

2016年06月12日 | 日記

だうも、ヨレ蔵です。6月がアニバーサリー月間とは以前から言っておりましたが、こんなみすぼらしい中年の話を書いてもしょうがないので、今まではご遠慮させていただいておりました。

が、この6月で、幸か不幸か目出度く人生半世紀になることができました。これもひとえに皆様のお蔭ということで、この場を借りて御礼申し上げます。で、次回の節目は生きてないかもしれないので、面白味はありませんが、寂しい中年の半世紀を振り返ってみたいと思います。

50年前、山口県下関の実家での写真。まだ0歳児ですが、既につかまり立ちしているから、生まれてすぐじゃないですよね。っていうのも、実はこの実家、私が生まれると同時に完成したらしいのですが、6月といえば梅雨。

それまで山だったところを切り開いての分譲地だったので、6月の長雨で、ナント隣の家の塀というか壁が崩れてきたそうです。ちょうど坂になっているところだから、建てたばかりの家にまで被害があったとのこと。

まあ、分譲住宅だから、すぐにその一帯を開発をした住宅会社がやってきて、全部建て直したらしいですけど、生まれてすぐにそういう災難に遭うとは、既に私の人生を暗示していたのかもしれません。

そんな私も無事小学校に入学。入学式前の一コマ。とは言っても、当然学校には遊びに行っていたので、廊下は走る。授業中は隣の子にちょっかいを出す。ってことで、しょっちゅう叱られてばかりいました。

まあ、その頃から、落ち着きがないというか、フラフラしていたってことですな。人間生まれ持ってのものっていうのは、どうしようもありませんからね。大きな病気もせずに卒業できただけでもありがたかったということでしょう。

高校3年の体育祭での一コマ。段々と今の人生を予想させる日々だったようです。といっても、これは自分からやったのではなくて、何やら女子生徒の競技で、着せ替え早変わり競争みたいなのがあって、その年に公開された「スーパーガール」ってことで、勝手に決められたように記憶しています。

体育祭の1週間ぐらい前に、女子(当時)生徒に『衣装合わせするから、放課後来てくれる』と呼び出され、行ってみると、同じチーム(組)の女子が勢揃い。『これに着替えて』と言われ、言われるがままにこんな姿にされてしまいました。

とは言っても、メイクするのに実は快感を覚えたのか、大学時代はこんなカンジでバンド活動。個人的にはずっとTULIPのコピーバンドをやっていたのに、なぜかこの時はヘヴィメタル。

下級生のヘビメタ命のドラマーから、是非と言われてバンドに加入。ですが、実はコミックバンドだったらしく、『ヨレ田先輩はボーカルという名の司会だから』っていわれてしまいました。

童謡や歌謡曲をヘビメタアレンジして演奏したのですが、合間のMCが全てコント。ですから、私に対しては、『演奏の練習しなくていいから、台本書いておいて』って言われて、一人寂しくシコシコ台本を書いていたような気がします。ライバルはドリフターズってカンジでしたかね。もちろん、『ドリフのズンドコ節』も演奏しました。

そんな私でも、バブル景気のせいか、なんとか就職することが出来ました。当時はまだ休憩という言葉も知らず、真面目に仕事をしておりました。えっ?単にスタジオのドアを閉めて、ボタン押して笑ってるだけじゃなかったのかって?そうでした、失礼、失礼。お詫びして訂正いたします。

そんなバブル期社員は、21世紀になると会社のお荷物。とは言っても、クビにはならなかったのが、会社内では七不思議と言われていました。が、段々と世間一般の人達のように働くということが厳しくなってきました。

 

ですので、ゲレンデだけでなく、遂には人生までも滑落。何を思ったのか、22年間勤めた会社を辞めて、親戚縁者、誰も知人がいないところに一人寂しく移住することにしました。

まあ、現代社会に適応できなかったということなんでしょうね。その後は、お決まりの転落人生で、現在に至るというカンジです。それでも、なんとか半世紀まで生きてこれたのは、みなさまのご支援のお蔭と感謝しております。

ということで、戦前なら平均寿命も50歳台。人生50年と言われていたってことで、これからはオマケの人生として、細々と生きていきたいと考えています。どこぞで、寂しい中年を見かけたら、『疲れますね』と声をかけてやってください。

なお、40代になってからの写真がほとんどないんですよね。ですから、近影というと、去年あたりに撮ったこれしかありません。そろそろ終活の事も考え始めると、これを遺影にって訳にもいきませんしね。

来年からは、毎年お正月に写真でも撮っておこうかと思っている次第です。もちろん写真館なんかいく余裕はありませんから、3分間のスピード写真ですけどね。

ということで、面白くもない私の半世紀を最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。またいつかどこかでお会いできる日がくることを夢見て、今日も一人寂しくごはんを食べていきたいと思います。では、良いお年を。

 


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人生半世紀でも今の方がいいって言われたい

2016年04月24日 | 日記

だうも、ヨレ蔵です。

今週行ったらゴールデンウィークですかね。今年は5月2日を休めば、7連休。5月6日も休めば、10連休ですね。海外とか行く人も多いのかな。まっ、非正規雇用のあっしには関係のないことでござんす。

そんな昨日は散髪に行ってきました。散髪というと、先日、高校時代の同級生(女子<昔の>)とやり取りしてたら、髪を切りに行くのに、美容院に写真を持って行って『こんな風にしてください』って言うとか。高校生じゃあるまいし、って言ったら、他の女子(昔の)も『女子はそういうの結構やるよ』とのこと。

私もねえ、って散々書いてきましたよね。高校・大学時代は、吉川晃司みたいな髪型に憧れていたけど、私の髪ってクセが強いんですよね、人生と一緒で。当時はまだ薬も良くなかったから、ストレートパーマかけても1週間で取れてしまいました。

今はもうストレートパーマっていうか、縮毛矯正の薬も良くなっているので、そんなことはありませんけどね。でも、流石にこの齢になって、吉川晃司の写真持って美容院に行くわけにも行きませんしね。

参考までに、いつものスタイリストのおネエさんに『写真持ってきて、こんな風にしてくださいって言う人居ますか?』って聞いたら、『写真っていうか、スマホに画像が入っていて、こんな風にっていう方は結構いらっしゃいますよ』だって。21世紀は写真じゃなくて、スマホなんですね。参った、参った。

でもね、この画像ならいいけど、普通に『吉川晃司みたいなカンジで』っていうとねえ。今はオッサンですからねえ。オールバックっていうか、あんな風にされたら困ります。

って、これまた高校の同級生と『今の吉川晃司みたいにされたらねえ。オッサンだからねえ』って言ったら、女子(昔の)たちは『吉川晃司は今の方がいい』って言う人が続出。やはり男子(昔の)と女子(昔の)では、感覚が違うんですかねえ。

まあ、吉川晃司は元がいいですからね。ナイスミドルエイジってことなんでしょうね。どこぞのミドルエイジスノボサークルとはちがいますからね。彼は私よりちょっと上だから既に人生半世紀。私もあんな風に渋い中年になりたかったものです。

そうそう、そんな訳で高校の同級生とやり取りしてたら、卒業アルバム持っている人が、スキャンしてみんなに見せたりして、あの頃は私も結構細かったですよね。お腹も縦に割れていましたしね。高校時代じゃないけど、30年前の写真があったので、ちょっとだけ。

 

あの頃は、まさか30年後こんな風になると思ってもいませんでしたかね。なんたって、縦に割れていたおなかは、今は横に段差が付いてしまっているし、おなかまわりだけLLだし。時間の経過の厳しさを実感しているところです。

というか、なにその髪型!?って言われそうですね。そうなんです、さっきも書いたように、クセが強いから、伸ばすとビヨンビヨンでMr.ビヨンセって言われるから、こういう風に短髪。角刈りじゃないけど、通称タワシ頭って言われていました。

ってことで、現在の様子をアップすると倫理規定違反で削除されるので、イメージ画像でお許しください。では、みなさんもナイスミドルと言われなくても、これまたしょうがないってことで、人生の後半戦を凌いでいきましょう。お大事に。


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