yoosanよしなしごとを綴る

つれづれなるままにパソコンに向かいて旅日記・斜読・よしなしごとを綴る

ヘネラリーフェの中庭は、シエラ・ネバダ山脈の水を貯め重力で水を噴き出し、涼しさを演出する

2017年02月09日 | 旅行

スペインを行く40 2015年ツアー10日目 ヘネラリーフェ 水路の中庭 ナサリーエス宮殿 メスアール宮 黄金の間 コマレス宮 アラヤネスの中庭 /2017.2
 夾竹桃の並木道の先、緑のなかにヘネラリーフェGeneralifeが現れる。入口側の建物を抜けると、水路の中庭Patio de la Acequiaのすばらしい光景が目に入るが、ガイドは先に左手のアーチが連続する回廊に案内し、外に広がる風景を指さした。
 ヘネラリーフェは段丘の途中に位置していて、回廊から谷の向こうのアルハンブラ宮殿を一望することができる(写真)。
 緑が多い。森の宮殿といってもおかしくない。これまで訪ねてきたスペインのどの町も石造りだったし、移動中に見る眺めは茶色をむき出した山肌が圧倒していた。こんもりとした森は、イスラム教徒がシエラ・ネバダ山脈から水を引き、せっせと植林してくれたおかげであろう。
 ガイドは緑のまにまに見える宮殿の説明をしたが、緑におおわれて全体像がなかなかつかめない。それほど緑が多い。

 森におおわれたアルハンブラ宮殿の先、70~80m下に町並みが広がっている。その町並みは右手、西に延びていく・・左手も町が伸びているだろうが森で見えない・・。西の山裾にひしめく町がアルバイシンと呼ばれるかつてのムーア人=モーロ人・・キリスト教に改宗したイスラム教徒・・の居住区だそうだ。アルハンブラ宮殿の様相やグラナダの町の様子がよく分かった。
 水路の中庭Patio de la Acequiaに戻る。acequiaは灌漑水路のような意味で、名前がシエラ・ネバダ山脈から水を引き込み、水路を作ったことを表している。
 水路の両側からは、絶え間なく噴水が円弧を描いて噴き出している(写真)。水の円弧は計算されたように同じ高さできらめいている。
 ヘネラリーフェは 14世紀、ナスル朝ムハンマド3世が築造した夏の離宮で、水路、池、噴水などがあちこちに配置されていることから水の離宮とも呼ばれるそうだ。
 シエラ・ネバダ山脈の水を少し高いところに貯水し、重力で水を吹き上げる仕掛けである。水源に近い方が圧力が高いから、同じ高さの円弧を描くためには圧力を均一にするか、噴き出し穴を調整するなどの工夫がなされているに違いない。

 栗田勇著「イスラム・スペイン建築の旅」にヘネラリーフェの噴水の軽やかな音色に誘われて歩いた、といったようなことが書いてあった?・・本の名も正確な記述も記憶が怪しい・・。
 しかし、1994年ツアーも今回も観光客のざわめきで噴水の音色は分からなかった。それでも円弧を描く噴水が日射しを浴びてきらめき、水の妖精が楽しげに踊っているように感じられた。夏の盛り、軽やかな音色できらめく噴水に沿ってそぞろ歩けばどれほどか癒やされよう。

 1994年ツアーでも同じ位置から写真を撮っていた。見比べると、1994年の写真には水路の左右に大きな樹木があった。いまは背の高い樹木は写っていない。楼閣景観の妨げになっていたためか、伐採されたようだ。樹木は生長するから、回廊、楼閣の景観を楽しむには剪定、伐採も必要であろう。
 回廊を進み、前頁写真奥の楼閣に向かう。ヘネラリーフェは離宮といっても格別の部屋があるわけではないようで、回廊+楼閣で構成されているだけだが、楼閣のアーチは見事な石化石膏アラバスターで装飾されている(写真)。
 ヘネラリーフェは、一説にはイスラム教における楽園をイメージして造園されたそうだ。アラバスターも神の国にふさわしい?精巧さで作られている。

 ヘネラリーフェにはほかにも中庭や水の階段?などの見どころがあるらしいが、私たちは回廊を戻り、アルハンブラ宮殿に向かった。
 ヘネラリーフェも観光客が大勢いたが、アルハンブラ宮殿は目抜き通り並みの観光客が三々五々に固まり、行き来している。
 グループはおおよその時間が予定されているそうで、庭園を通り、右手にパラドール、左手に民芸店?、右手に教会堂を見ながら水勾配のカーブをつけた石畳を下る。大味な石積みのカルロス5世宮殿を右に曲がった先が、王宮として作られたナサリーエス宮殿の入口になる。

 予約制で人数を制限しているためか、入場はスムーズだった。入場すると吹き放しの狭い通路になる。赤茶けたレンガ積みで飾りっ気はなく、ところどころの目地は深くえぐられ、歴史を感じさせる(上写真)。
 その先がもっとも初期に建てられたメスアル宮=メスアルの間Mexuarである。当初はmexuar=行政・司法が行われた場所だそうだ。
 暗さに目が慣れない。比較的明るい腰に張られたタイルに目がいく。彩りの鮮やかなイスラミックタイルで、四方の壁ごとにデザインが違う。1492年のグラナダ奪回後に、一時修道院として使わたそうだから、そのときの改修かも知れない。
 次第に目が慣れる。大理石の円柱は頼りないほど細身だが、頂部は鍾乳石飾りムカルスナ、その上の梁は細かな彫刻の石化石膏アラバスター、天井は幾何学模様の木組みで、しばし見とれる(中写真、1994年撮影)。飾りっ気のない外観からは想像できないていねいな仕事ぶりがうかがえる。

 メスアル宮の西は中庭で、メスアルのパティオPatio del Mexuarと呼ばれる(下写真)。写真奥の壁はコマレス宮に通じる扉があり、壁は一面に植物文様?幾何学模様?で埋め尽くされた石化石膏アラバスターで仕上げられていて、馬蹄形アーチの縁取りには判読できないがクルアーン=イスラム教聖典の文字が図案化されて浮き彫りになっている。
 壁上部は鍾乳石装飾ムカルスナが帯状に浮き彫りされ、さらにその上の軒蛇腹は木材に植物文様?が彫刻されている。細かな彫刻を眺めていると吸い込まれそうである。

 メスアルのパティオの北側に黄金の間Cuarto Doradoと呼ばれる小部屋がある。開口は中庭側だけなので目が慣れない。
 これまでも感じていたが、イスラムの建築は明暗の落差が大きい。最初は目が慣れないから漠然と見えるが、目が慣れてくるとすばらしい職人芸に驚かされる。
 おそらく、暗い部屋の中で当主が待ち構え、外からの客が始めは暗いため意識できないが、やがて目が慣れ当主の存在と贅を尽くした仕上げに圧倒される、そんな舞台構成が意図されたのではないだろうか。
 黄金の間も目が慣れると、イスラミックタイルアラバスターの壁、細かに組み合わされた木組みの天井(写真)に目が吸い込まれた。

 メスアルのパティオからコマレス宮ComaresのアラヤネスのパティオPatio de los Arrayanesに入る。
 長さ34m×幅7mの池が設けられているが、噴水はなく、静かな水面にコマレスの塔Torre de Comaresを写している。透かし彫りされた7連アーチと塔を水面に映すために噴水のない池が設けられたようだ。イスラム建築ではこのように池を設けて水鏡とし、建物と空を写して涼しさを演出する手法が用いられる。続く

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