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1987「身近な資源を再発見」=ポイントは思い入れ+文化の落差+相乗効果

2017年03月20日 | studywork

1987年農林水産省広報誌AFFに依頼された原稿である。30年経つがいまも通用すると思うので全文を再掲する。写真はホームページ参照。
1987「身近な資源を再発見」 AFF97.11号
1 思い入れが地域資源を掘り起こす
  町づくり、村づくりのワークショップで「身近な地域資源を探してみましょう」と声をかけると、決まって、「いろいろ思い浮かべたけれど、ここには何もない、今さら探したって見つからない」と言う方がいます。「そうだ、そうだ」とうなづく人も多く、村の人の実感としては「自分の村には価値のある地域資源はない」ようです。果たしてそうでしょうか。私から見ると、「これはいい、あれも使える、もったいない」と思えるほど地域資源があちらこちらに見えることが少なくありません。つまり、よそからきた私には見えるけれど、地元の人には見えない、ということになります。
 その原因は、ほとんどの場合、地域資源は誰が見ても光り輝いて見えるもの、と勘違いしていることにあるようです。たいがい、村づくり、地域おこしを始めるときは、まず、先進地を調べます。予算の関係で現地に行けない場合でも、資料を取り寄せて成功の秘策を探ろうとします。先進地の勉強は参考になりますから大いに結構なのですが、落とし穴に注意しなければなりません。何故なら、村づくりに成功しているところ、地域資源を上手に生かしているところはどこも、地域資源が生き生きしていて光り輝いて見えます。そういう成功例と自分のところを比較すれば、「自分の村にはそんな魅力的で輝いている地域資源は見あたらない、みんなみすぼらしいものばかりでこれではとても村づくりは難しい」、と感じるのは当たり前です。その結果、「何か目新しいもの、人目を引くものを新たに作るしかない」、と思いこんでしまうようです。
 でもよく考えて下さい。その成功している村は昔から地域資源が魅力的で、生き生きしていたでしょうか。写真は愛媛県内子にある古民家です(愛媛県内子町の石畳の宿/古民家を修復整備した宿、地元の食材も楽しく、山に抱かれて実にのんびりできる)。宿泊ができ、地元の方が食材を持ち寄り大変なご馳走を用意してくれます。最初のうちはなかなか村づくりがうまくいかず、何度も壁にぶつかったけれど、そのたびに、ここは爺さん婆さんの暮らした村であり、自分たちの子どもたちが育っていく村だ、自分たちが村づくりをしなければ爺さん婆さん、子どもたちの村がなくなる、自分たちで作ろうと、知恵を出しあったそうです。そして、空き家になった古民家を移築し、建築家の応援を得て、写真のように修復しました。少し登ると水車小屋があり、たたずむと風の音に水車の音が重なり、都会の生活で積もりきったストレスが一つ一つ解きほぐされていく感じです。
 夜、囲炉裏を囲んで苦労話を聞くと、みんな異口同音に、「村づくりをあきらめて村を出た人も少なくなかったけれど、自分の村だからこそ自分たちが踏ん張った」、「空いている民家を再利用しただけ、あとは、村への思い入れだけ」と笑いながら話してくれました。みんな、自分たちの村を自分たちが作りだしているという自信に満ちています。
 先進地から本当に学んで欲しいのは、人々の村への思い入れです。爺さん婆さんの暮らした村、自分の子供たちが育っていく村を自分たちで作ろう、この意気込みです。自分の村に踏みとどまる気持ちがはっきりしてくると、「いまさら探しても何もない」と思っていた同じ村のあちらこちらで、「これは古くさいけれど何かに使えないか」とか「何もないことが素晴らしい魅力になりそうだ」と発見が始まります。ここまでくれば、村づくりは半分成功したようなもの、地図の上に発見を並べ、年次計画をたてて実行開始です。

2 文化の落差は地域資源を魅力的にする
 発見した地域資源をどのように活かすか、幾つかキーワードを紹介しましょう。その一つが、文化の落差の活用です。
 文化とは、その土地にしかない個性としての側面もあります。その土地らしさ、と言うこともできますし、ほかの土地では見られない魅力と理解してもよいものです。
 村づくりのきっかけをつきつめると、多くの場合、村の人が都会に次々と流出し、村の活力が失われてしまうことにあるようです。都鄙の言葉があるように、昔から都会へのあこがれがあったかも知れません。そのため、いつも気持ちの奥底に都会との落差があり、何とか都会に追いつこうとしてきたのではないでしょうか。しかし、いくら頑張っても都会との差は歴然です。放っておいても各地から人々が集まり、勢いよく経済が発展しているところと、人が次第に少なくなり経済力が低下しつつあるところでは、少々、テコ入れしても追いつきっこありません。いくら力を入れても追いつかないのであれば、むしろ、その落差を村づくりに活かすことを考えた方が得策ではないでしょうか。都会との落差を積極的に強調し、都会では感じることのできない文化を地域資源にする方法です。これなら新たな開発を必要とせず、しかもいままでの暮らしや技術を応用でき、みんなが村づくりに参加できるのです。
 写真は福島県舘岩村の茅葺き民家群です(福島県舘岩村の茅葺き民家群/自然とともに暮らす智恵の宝庫、囲炉裏端で頂く岩魚、赤カブ、そばは最高)。少し民家に詳しい人なら、全国でもこれだけ茅葺き民家が集まっている例は少ないことに気づかれるでしょう。しかも、ほとんどが馬屋を設けてある曲屋で、外観は地域の歴史や生活文化を十分に表しています。入り口を入ると広々とした土間が展開し、その先に囲炉裏のある板間、板間の次はもう一つの囲炉裏がある広間が続いていて、建具をはずしたときの開放感は、とても都会の住まいでは想像できません。村ではいち早くこの文化資源の活用に着手、保全活用に乗り出したのです。まず見習いたいのは、この着眼の早さでしょう。都市民をターゲットにした地域資源の活用で着実に入り込み客が増加しているそうです。村の魅力にひかれ毎年訪れるリピーターも少なくなく、ついにはペンション経営などをしながら住み着いた人もいるそうです。
 村では、地域資源をより魅力的にするため、茅が痛んでトタンを被せた住まいには補助金を出して茅葺きの修復を図りました。続いて、住まいの様子を知ってもらうため、空き家になった曲屋を移築して公開することにしました。さらに、観光客のためのトイレを曲屋にあわせたデザインとし、そのうえ、地場のそばをこの風景の中で味わってもらおうと、放置されていた桑畑をそば畑に転作するとともに、別の曲屋を移築修復して案内所を兼ねた食堂にしたのです。
 舘岩村は文化の落差を逆転の発想で活かした成功例の一つといえます。この場合、文化の落差が大きいほど魅力度は高くなるわけですから、文化の落差を強調することがポイントになります。都会からかけ離れた文化を大いに磨いて下さい。

3 相乗効果で地域資源の魅力を高める
 地域資源を活かす第二のキーワードは相乗効果を狙え、です。具体的な方法は言葉通り、幾つかの地域資源を集約して魅力を際だたせたり、中心的な地域資源に様々な付加価値を集積し、魅力を高めていくことです。
 写真はその一つで、山形県高畠町のまほろば緑道です(山形県高畠町のまほろばの緑道/木漏れ日の中を親子でサイクリング、広介記念館で一息、むくどりの湯もなかなかい)。この緑道は廃線になった軽便鉄道の線路敷きを利用したもので、現在はサイクリングロードとして活かされています。この軽便鉄道は、明治時代、製糸工場の発展に伴い敷設されたもので、そのため、当時の面影を残す漆喰塗りの倉庫群や現地産の石材を用いた旧駅舎などが線路敷きに沿っていまでも見られます。
 そもそも高畠町は最上川流域の低地を水田地帯とし、山に向かう斜面に桑畑やぶどう畑、梨畑が展開していました。山形-米沢を結ぶ奥羽本線は最上川の近くを通っており、軽便鉄道は低地に位置する奥羽本線、現在は山形新幹線の現高畠駅から、傾斜地に位置する旧高畠駅に向かう路線として設置されました。これが結果として幸いし、線路敷き、つまりいまのまほろば緑道からは、広々と展開する水田から傾斜地の展開するぶどうや梨畑、そしてかつては製糸で賑わった市街地と、実に変化に富んだ景観を楽しむ構成になったのです。しかも線路敷きですから、多少のカーブがあり、ときどき道路と交差することはあっても、おおむね一本道を車の心配をせずにサイクリングすることができます。
 これだけでも都会人からみれば魅力的な緑道ですが、町ではこの緑道に沿ってまず七百本の桜を植えました。春の賑わいが想像できましょう。緑道を走る人も楽しいのですが、田んぼや畑で働く人にとっても、満開の桜は疲れをいやしてくれます。続いて、この町の出身者である童話作家で、日本のアンデルセンといわれている浜田広介記念館を緑道沿いに建てました。子どもたちは、まほろばの緑道を通り、安心して広介記念館を利用することができます。
 そのうえ、広介記念館に隣り合わせて「むくどりの湯」と名づけられた温泉浴場も建てられました。広介記念館が子どもたちの夢を広げるものならば、むくどりの湯は町民の疲れをいやしてくれる場です。いろいろな人が、緑道を利用することになり、緑道が生き生きしてきます。軽便鉄道の跡地をサイクリングロードとして活用するだけでなく、桜を植え、広介記念館を建て、さらに温泉浴場を設ける、このように一つ一つでも魅力的なものを、まほろばの緑道を中心のコンセプトとして集約することで、さらにお互いの魅力を高めあうことができます。
 まほろばの緑道の入り口にあたる山形新幹線駅には「太陽の館」と呼ばれる温泉の併設された物産館があります。そして、まほろばの緑道を走りきった旧高畠駅の先には大規模自転車道が整備されていて、万葉時代を彷彿させる阿久津八幡宮やキャンプ場のある蛭沢湖があり、時間と体力にあわせて楽しむことができるように工夫されています。このように、様々な仕掛けを組み合わせて多様な現代人のニーズに対応させるのも、地域資源を息づかせる巧みな方法ではないでしょうか。

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