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2016京都を歩く ⑰醍醐寺・女人堂から山道へ、死期を悟ったか?秀吉最後の大舞台、1300人を集め醍醐の花見

2016年10月25日 | 旅行

2016年5月 京都を歩く ⑰成身院=女人堂 山道へ 醍醐の花見 豊臣秀吉 不動の滝

 時計は10時半、見学+参拝におよそ1時間かかった。京都駅には3時ごろまでに戻れば間に合うので、時間はたっぷり残っている。
 仁王門=西大門の受付で上醍醐について尋ねた。このとき回転式パイプ扉のことを聞いたのだが、上醍醐まで片道1時間半~、途中には茶店もトイレもない山道だと教えてくれた。往復しても3時間~だから新幹線には間に合うが、昨日の鞍馬~貴船の疲れも残っているからしっかり休憩を取り、トイレも済ませた方が安心である。
 結果的には、回転式パイプ扉を通って山道を登ったら、疲れとトイレでパニックになったかも知れない。総門近くの休み所・雨月茶屋でゴマソフトを食べながら長めの休憩を取った。


 11時、歩き始める。仁王門=西大門手前の道を東に折れ、光台院手前で細い道を北に向かう。左手=西側が境内で、木々のあいだから五重塔が見える。
 ほどなく小川を渡り、自動車の通れる道を横断すると、成身院=女人堂がある。かつて上醍醐は女人禁制だったため、女性はここで上醍醐の堂宇に祀られているを諸仏を拝んだことから女人堂の名がついたそうだ。
 この成身院=女人堂が上醍醐への入山口になる。ここで入山料を払うが、パンフレットなどはないそうで、きついけれど一本道だから迷うことはないといわれた。
 仁王門=西大門でくれたパンフレットの一部に上醍醐の諸堂がスケッチされている。頼りはこれだけ、ペットボトルの水を確かめる。

 入山口に並ぶ羅漢像?に見送られ、山道に入る。
 道はしっかり踏みしめられているし、石段も整備されていて、鞍馬から貴船に下る荒れた山道よりもはるかに歩きやすい。とはいえ、かなりきつい。すぐに呼吸が乱れる。


 あとで調べたら上醍醐の山頂は標高は450mだった。成身院=女人堂の標高は分からないので、京都市街の標高50mとして、標高差は400mになる。
 後述の不動の滝の道しるべによると山道は2.8kmほどだそうだ。400/2800=0.143、車イス用のスロープは1/12=0.083以下、自動車用斜路は1/10=0.1以下が目指されいるから、0.143はかなりきつい勾配になる。手元の勾配定規のriseを0.143にあわせると、degreeはおよそ8.2°だった。平均8.2°の勾配のきつさを実感したことになる。

 山道は、山を切り開いた道のため森のようにうっそうとし、景色は見えない。ただひたすら登るしかない。修業僧にとって一心に登ることが大事なのであろう。
 道には一丁、二丁・・と書かれた道しるべが立てられているが、初めての者には山頂が何丁になるのか分からないから・・登りきった上醍醐は十八丁だった・・、いまどの辺まで登ったのか分からず、足が疲れてくると心細くなる。
 下りのときは様子が分かっているし、・・九、八、七・・と数が減っていくので入山口までの距離が予測できる。登りの方にも山頂を0として、山頂から一丁、二丁・・女人堂に十八丁の道しるべがあると初心者には安心だと思う。
 あるいは、本来は修業の山道だから、心を強くするにはそうした道しるべはあってはならないのかも知れない。

 
 けっこう登ったと思った五丁目が少し広くなっていて、醍醐の花見の説明板があった。
 千畳敷・・500坪=1650㎡・・と書かれているが、これは広い土地という比喩であろう。
 息切れしながら読むと、1598年4月、豊臣秀吉は畿内の桜を集めて山中に移し替え、ここ千畳敷で盛大な花見の宴を催した、とある。
 秀頼、北政所、淀殿らを筆頭に、諸大名の女房、女中衆、総勢1300人が花見を楽しんだそうだ。車のない時代、よくぞここまで登ってきたと感心してしまう。
 しかし、いまや山林が埋め尽くしていて、花見の風情が浮かんでこない。500年も経つと植生が遷移してしまうようだ。
 秀吉は無理がたたったのか5ヶ月後の9月に息を引き取る。もしかすると死期を悟り、最後の花見を盛大に演じたのかも知れない。

 呼吸を整え山道を登る。九丁目に不動の滝の道しるべがあった。ここに西国十一番霊場 約1.1km 徒歩30分、三宝院 約1.7km 徒歩33分と記されている。
 西国十一番霊場が山頂であり、三宝院は仁王門=西大門とさほど変わらないから、山道がおよそ2.8km、およそ1時間の行程ということになる。
 時計を見ると、成身院=女人堂からだいたい30分経っていたから、疲れた足でも標準的な歩き方だったようだ。
 見上げると石垣の上に不動像の祠があり、細い流れが落ちている。滝は言い過ぎのような気がするが、修業を積めば細い流れも滝に見えるに違いない。

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