yoosanよしなしごとを綴る

つれづれなるままにパソコンに向かいて旅日記・斜読・よしなしごとを綴る

アルハンブラ宮殿はシエラ・ネバダ山脈の西外れ、古代ローマ時代の砦跡につくられた

2017年01月25日 | 旅行

スペインを行く39 2015年ツアー10日目 シエラ・ネバダ山脈 ナスル朝 カトリック両王 ナサリーエス宮殿 糸杉の並木道 雪解け水 /2017.1(図写真はホームページ参照)

 2015年10月29日・木曜、朝5時50分、グラナダGranadaのマシア・レアル・デラ・アルハンブラホテルで目が覚める。・・略・・8時半、ロビー集合、バスで10分ほどのアルハンブラ宮殿へ向かう。
 ・・1994年ツアー3日目では、朝バルセロナ発の飛行機でグラナダに11時ごろ着き、街中散策、昼食をとり、2時過ぎからアルハンブラ宮殿+庭園を見学して、4時半ごろにバスでミハスに向かった。バルセロナではサグラダファミリアなどの見学が主だったから、アルハンブラ宮殿で初めてイスラム建築に出会い、強烈な印象を受けた。このあと、トルコ、モロッコ、チュニジア、エジプトなどのイスラム建築を見る旅が始まり、イタリア、フランス、ドイツでキリスト建築を学ぶことになるので、アルハンブラ宮殿で十分な知識の無いままにイスラム文明とキリスト文明の相克*融和に直面したことになる。想像を超えた。知識が無いのだから想像すらできない空間芸術に衝撃を受けた・・。

 2015年ツアーのアルハンブラ宮殿は2度目になる。20年のあいだにトルコ~北アフリカのイスラム建築を見ているし、ヨーロッパのキリスト建築も見てきた。そのおりおりにイスラム文明、キリスト文明についても学んだ。さらに、今回はマドリッドから始まり、トレド、セビリア、コルドバなどでイスラム文明*キリスト文明の相克・融和を見てきている(図は2015年ツアー行程)。じっくりとアルハンブラ宮殿の見学ができる、はずだ。
 まずはグラナダGranadaの資料に目を通す。
 グラナダは地中海まで100kmほどで、コルドバ、セビリアよりも海に近い(前頁行程図参照)が、グアダルキビル川に相当するような大河はない。代わって、グラナダの東に3000m級の山並みが連なるシエラ・ネバダ山脈Sierra Nevadaがそびえている(図の東にシエラ・ネバダ山脈が延びる)。
 言い換えれば、シエラ・ネバダ山脈の西外れがグラナダである。シエラ・ネバダ山脈を水源とする水に恵まれ、ベガと呼ばれる肥沃な平野が広がっている。

 土地が豊かだったため?、紀元前には居住地が形成されていた。古代ローマの侵攻とともにローマの支配下に入る。ローマ帝国の衰退後は西ゴート王国の支配となった。
 711年、イスラム・ウマイア朝がイベリア半島南端から上陸し、グラナダも直ちに占領された。
 756年、ウマイア朝に代わり後ウマイア朝となる。後ウマイア朝はコルドバを都としたが、グラナダは土地が豊かだったため大いに栄えた。
 11世紀に入り後ウマイア朝が衰え、各地にイスラム系の王朝が興る。1013年にグラナダ王国が成立するが、11世紀末にムラービト朝、12世紀半ばにムワヒッド朝に支配される。
 13世紀、レコンキスタを進めるキリスト教の諸国がアンダルシア地域にも進出しムワヒッド朝が撤退する。
 1232年、ムハンマド1世がグラナダを都としたナスル朝を建国する。1236年、カスティーリャ王フェルナンド3世(1201-1252)がコルドバやセビリア、カディスなどを奪回し、ナスル朝にも進出してきた。
 ムハンマド1世はフェルナンド3世に臣従することで命脈を保ち、ナスル朝は、1492年、ムハンマド11世がアラゴン王フェルナンド2世(1452-1516)+カスティーリャ女王イサベル1世(1451-1504)=カトリック両王に降伏するまでおよそ250年に及び繁栄を続けた。

 ムハンマド1世はナスル朝を興して間もない1238年、古代ローマ時代の砦跡に宮殿の建設を開始する。古代ローマの砦は、シエラ・ネバダ山脈に続く丘陵が西の平野に突き出た高台に築かれた。
 ・・略・・
 ムハンマド1世が着工した宮殿は跡を継いだムハンマド2世のころに完成したらしい。その後の王たちも増築、改築を重ねただろうが、ナスル朝の黄金時代となる14世紀、ユースフ1世と跡を継いだムハンマド5世のころに現在に残る宮殿が新に建てられた。これが見取り図で王宮とされるナサリーエス(ナスル朝)宮殿である。
 ナスル朝が消滅し、カトリック両王の時代に入ると、アルハンブラ宮殿の敷地に教会堂などが建てられたが、ナサリーエス宮殿や庭園はそのまま保存されたようだ。
 ・・略・・
 アルハンブラ宮殿の東南端に駐車場がある。ここで8時45分に現地ガイドと落ち合う。すでに入口には大勢の観光客が詰めかけていた。ガイドはまず、糸杉の並木道Paseo de los Cipresesを歩き出す(写真)。
 ・・略・・ 糸杉の並木道を歩いているときから池や泉が目にとまる。夾竹桃の並木道Paseo de las Adelfasあたりでまっすぐに伸びた池を見つけた(写真)。手前の泉からこんこんと水が流れていく。
 ・・略・・シエラ・ネバダ山脈の雪解け水を引き込む工夫がされた。・・略・・14世紀以前は雪解け水を引いてきてそのまま池に流していたが、14世紀に、いったんタンクにため高低差を利用して噴水を噴き出すように改良された。
 その仕組みはキリスト教時代に引き継がれ、一時荒廃したが、また復元されたそうだ。写真の泉はシエラ・ネバダ山脈の水、脱帽である。

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