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2000 上尾のまちづくり「まちづくりフォーラム」は3時間を超える議論=市民の熱い思い入れ

2017年04月19日 | studywork

2000 上尾のまちづくり「まちづくりフォーラム」

 1999年、上尾市都市計画マスタープラン策定委員会に並行して、市民懇話会が継続的に議論を重ね、その結果が都市計画マスタープランに反映された。が、すべてが盛り込まれたわけではないし、また、マスタープランを実働していく上で市民の参画は不可欠である。そこで、都市計画マスタープラン素案が固まった2000年3月に、市民懇話会のメンバーをパネリストとするまちづくりフォーラムが開催された。私はコーディネーターとして司会を担当した。3時間余に及ぶフォーラムに貴重な市民の声が寄せられた。3時間にわたる原文はホームページ参照、締めの部分を紹介する。

I(司会):もう少し話をしたいが時間がせまってきたので、最後にパネラーに一言ずついただきたい。
M(コメンテーター):今秋に基本構想、基本計画が議会で議決された後、都市計画マスタープランは公に策定されるスケジュールである。今日だけでなく、今後も市民懇話会委員は議論を続けていってほしい。パネラーは古くから住んでいる人からすると新住民になると思う。市民懇話会の出席者は公募委員が圧倒的に多かったということであった。
 上尾市の変化は農村部の地主達、街道沿いの商家の地主達が変化の鍵を握っているといえる。そうでない人達が上尾がこうあってほしいと言っているという一面があり、その点をどのように乗り越えていくかという課題がある。
 将来のコミュニティのあり方を述べることは難しい。20年後の都市像、生活像を読むことは難しいとの意見があったが、都市像という時にはまちの形、街並みをイメージする。生活像という時は先ほどの発言にあったように住まい方をイメージする。フィジカルなもの、そして住まい方などソフトなもの両方をあわせて20年後の将来像を描けずに研究者も行政も困っている時期である。
 20年後にどうなっているかを考えるよりも、今どうあるべきかを考えることが大事である。上尾市には約7万台の自動車がある。上尾市の世帯数は約7万世帯であることから、およそ1世帯に1台の自動車を保有していることになる。これを十分に使おうとするとさきほどおしかりがあったように市役所の周りにあるような駐車場が必要になってしまう。
 市民懇話会では自然と開発がどう共生できるか各回共通のテーマとして話し合ってきたということであった。共生のためには生活する上で我慢する、控えることも必要である。やりたい放題やって共生などありえない。私の住んでいる街は地方都市のため、自動車の保有率は1世帯当たり1.7台ほどである。2台保有しているのもごく普通である.家族が全員成人の場合は保有率はさらに高くなる。
 自動車で楽に移動できるようにした結果、中心市街地はさらに廃れて、郊外のショッピングセンターが盛況し、市役所や公会堂も郊外に立地するという不幸な状況になっている。長岡市の人口は19万、上尾市は21万とあまり規模は変わらないが、上尾市は非常にうらやましい条件を持っている。ぜひ、まちの良い条件を大事にして欲しい。

H:都市計画マスタープランの素案はできあがったが、まちづくりが計画通り進むとは思えなく、財政の問題、社会の変化、市の政策などと関係してくる。人は行ったことのない瓦葺のことはいめーじできなく、私にとってのまちは井戸木であり、日常的に利用している桶川駅である。それら生活の場の周辺がどうなっていくのかということそこから広げていくこからしかイメージできない。まちづくりと大げさに考え始めれば良いのではないか。大石の地区別ワークショップでも道路で分断されるコミュニティをどうするのか話し合いをずっと続けてきている人々が来ていた。コミュニティで行われている活動が、都市計画マスタープランの血となり肉になることが望ましい。まちづくりは始まりも終わりもなく、毎日が変化である。よって私達ひとり一人が参加の資格があるし、参加の責任もある。行政も市民の姿勢を受け止めて、市民の声を聞くだけでなく、矛盾する市民の希望をコーディネートすることを考えて場なり組織なりをつくってほしい。ある本によると市民参加には9段階あり、意見提出は下から3番目の段階だそうで先ほどあった市民立案は上の段階の方に位置するものである。ひとり一人が一歩踏み出すことが大事である。

A:市民懇話会に参加して一番印象に残ったことは、開発はすぐに進むが自然を守ることは難しく継続していくことは大変であるといううことが統一見解であった。上尾は自然がたくさんあるが、上尾の財産である自然を守っていくためにはどうしたらよいか考えていくこともまちづくりの視点に含めなくてはいけない。所沢市の例では最初はコミュニティの小さな集まりが20年ほど続いていて、アニメーターのの宮崎駿男氏によってニュースバリューがでて町中が動いたそうである。まちづくりのスタートはコミュニティであり、そこから地道に継続して大きな市民運動になった。これからのまちづくは自分たちの身の回りから始めて、それからまち全体のことも考慮して良いまちをつくっていくことを皆で考えていかなければいけない。

F:新住民であるが、上尾育ちの子供達のために役立つと思って参加した。市民懇話会の委員は推薦の方が多かったが、次回からは公募を多めにして推薦枠は少なくしてもよいのではないか。

Y:新しいまちづくりは、自分の子供を自分の街に喜んで住み続けてもらう運動であり、若い人に将来の夢を持たせるような構想を行政の方で練ってほしい。知り合いのある女子中学生は、この街にいたい、けれども住宅資金は借りられるが土地までは借りられないと言っていた。子供達も親と同じような話をしている。こういった話題をもう少し堀り下げて話をしてほしい。土地区画整理事業が進めば、20年払い、30年払いで購入できる土地がきっと出来てくるだろう。市の債権などにより金利を低くしてそのような土地を提供し、娘や息子達が上尾市にいられるようにすることも本当のまちづくり運動ではないかと思う。

K:人数は少ないが、会場に足を運ぶというのはそれだけ思いがあるということである。行政主導型が市民から自然発生型になるのかわからないが自分が強い意志を持って今後まちづくりを進めていかなくてはいけないのではないかと思う。自分を超えて超我の奉仕という思いを持って私達があたらねばならないと思う。会場の中でもそういう気持ちを持つ人がいたら自分も参加したいと思うのでよろしくお願いしたい。

I(司会):上尾市は住環境が素晴らしいだけでなく、都市計画的にも先進地であるという話が基調講演にもあった。上尾市がまちづくりの先進地であるという誇りやプライドを持ってまちづくりを進めていくことができれば、上尾の街はもっと良くなるのではないか。

I(司会):Kさんの発言にあったように皆さんの思いがこの会場に足を運ばせている。その思いをこれからのまちづくりに活かしていきたい。
 市民の意見をきちんと受け止めてほしいという発言が印象に残った。いただいた意見をそのままにしてはいけない。市民の意見をどう活かしていくか、上尾の市民によるまちづくり会議のようなものをつくったらどうか、もう一方では自然におこってくる底辺の意見を集める会、例えば、まちづくり塾やサロンなどで話し合うことが大事であるという意見もあった。
 都市計画マスタープラン素案やまちづくり意見集にはまちづくり条例をつくろうということが述べられている。まちづくり条例をつくっていくと同時に、市民まちづくり会議やサロンなど市民が話し合う場で市民の意見を集約し、上尾のこれからのまちづくりプラン市民版をつくってはどうか。
 それは同時に毎日がまちづくりであるいうことを実際に行動する指針になると思う。
 また、子供の意見を聞く、子供と行動を共にすることが大事であるという意見も多く出た。これからのまちづくりは子供の眼を決して忘れないでほしい。これらは皆さんの総意であると思う。時間が過ぎています。今日は熱い議論をありがとうござました。

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