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1994風土的環境に即した築地松の生活空間は生態的循環なため自然調和と論じた

2017年05月18日 | studywork

1994 「斐川を事例とした築地松散居空間の生活生態性」 日本建築学会大会協議会
 1994年度日本建築学会大会農村計画協議会で、生活生態性をテーマにした協議会が開かれた。生態性?何のことだと思う方もいるかも知れないが、当時、時期に即した言葉と感じ、出雲・斐川に分布する築地松を事例にして投稿した。築地松は何度か取り上げているが、生態性の観点からまとめたので、興味のある片は一読を。フルページはホームページ参照。
        
1 はじめに
 生活生態の言葉は刺激的であった。主旨説明も時代に即した適切な問題提起と思う。しかし、生活とは、生きていて活動すること、あるいは、社会の中で暮らしていくことであり、一方の生態は、生物各種の個体・個体群や生物集団の生存の様式、あるいは、社会生活におけるそのもののありのままの状態を意味する語である。生活生態を、直訳的に理解しようとするならば、生物集団の活動様態のありのままとなろうが、これでは次代を展望する積極的な意味が見えてこない。
 主旨説明中段では、集落空間を形成、維持していくことの意義を今日的な環境問題の視点から考えたいとあり、続いて、生態系には人間の営みも含まれ、新しい意味での人間生活を包含した生態系の秩序形成を目指す学的意義を語る視点を明確にしたいと言及している。 ・・略・・ さらにつけ加えれば、集落空間の成り立ちや自然における現象や形態的な仕組みのかなりを、科学によって説明することはできる。しかし、科学がまだ発展していないときに、もっと端的に言えば科学以前に、そのような自然がすでに事実として現象し、人間はそのような現象とのかかわりのなかで、科学以前にそのような空間形態を創出してきている。社会的営みと自然的営みの相互関係を人間の立場からとらえるためには、科学以前に実在する自然と生物に考えの根をしっかりおろし、人間の心的働きを確かに感じることではないか。はじめに科学がありきではなく、やはり、はじめに自然と人ありき、である。悠久の自然に虚心に向かい合うとき、自ずと生活生態の必然にせまれるように思う。
・・略・・

2 斐川の風土と築地松の形成
 一般に民家の形態は、民家が立地するところの風土条件の規定を受ける。風土条件が特徴的であり、人々の生活文化が地域性をもつほど、民家の形態は固有性をもち、民家の空間構成や生活の仕方が地域的な様式として次代に伝承される。出雲地方に分布する築地松を構えた散居の集落もその一つであり、日本の特徴的な集落景観の一つとして知られる。
 本報告は、築地松民家の空間特性を風土条件の文脈のもとで明らかにしたうえで、築地松民家が地域的な文化様式として現代に受け継がれていることを考察し、紹介する。
 なお多くの文献では出雲地方を冠するが、築地松を構えた民家が分布するところは、行政区分では斐川町、平野名では簸川平野に多く、出雲市、あるいは出雲平野には比べて少ない。歴史的な地名としては出雲の方が馴染みやすいが、本稿では斐川町、簸川平野を用いる。
 ・・略・・ 
 では、なぜ松が選ぱれたのであろうか。歴史の古い屋敷地の中には、確かに屋敷囲いとしてタブノ木(楠科)・馬刀葉椎・鼠モチ(木犀科)・珊瑚樹・椿・竹などを用いる例も少なくない。対して築地松として植えられる黒松は、常緑喬木で高さが30mに及び、屋敷囲いにかなっている、剛性が高いため風に強く、農地の日照を確保するための剪定もしやすい、しかも塩分のある土地でも生育はよく、開拓低地に適していて、針葉や枝は燃料として使いやすい、また、枝振りは男性的で、厳しい風土条件から屋敷地を守り抜く印象を感じさせる、などの特性をもつ。
 とりわけ男性的な枝振りへの関心は高く、陰手刈(のうてごり)と呼ばれる剪定を4~5年ごとに行い、風格を保つ習わしは今も続いている。適材に加えた風格が、築地松を選んだ最大の理由であろう。

4 おわりに
 風土的環境と築地松形成との関係、ならびに屋敷空間特性について考察した。すなわち、1)南と北を山で挟まれた東西方向に続く平坦な地勢と冬の西風、斐伊川による沖積低地と水害を与条件として散居と築地松が形成されたが、長い時間をかけて築地松景観が洗練され独自の様式として定着、松枯れを契機にその文化資源、生活資源としての価値が改めて評価された。
 2)散居の屋敷構えはほぼ共通し、西から北側を築地松と生垣、東から南側を生垣で囲み、南側に門を構え、敷地中ほどに棟を東西とする母屋、母屋東側に棟を南北とする納屋、母屋西側に棟を南北とする離れ、母屋北側に棟を東西とする蔵を配置し、南庭の西側を鑑賞庭、納屋よりの東側を作業庭、敷地南西に墓を設ける。この屋敷配置は風土条件にかなうと同時に、散居のため整った景観を構成する。
 人々は、若い世代を含めてこの景観を地域的な文化として評価し、保全のための活動を支持する。
 築地松散居の空間構成は、長い時間をかけて選択された結果であり、それは立地するところの風土的環境と不可分の関係にある。そして、その形成手法は、立地するところの風土にかなった自然環境材と無理のない人為的技術によっており、自然と人と無機的環境材の循環系におさまっていて、自然調和の景観となっている。

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