ふぶきの部屋

侍ブロガー、ふぶきが宝塚とドラマ、皇室からワイドショーまで語ります。連載中の小説もお見逃しなく。

春の園遊会

2014-04-18 08:05:00 | 皇室報道

 我が家のもっこうばらが咲きました

眞子様のお印ですね。この色と同じスーツで初の園遊会にお出まし。

 

 春の園遊会 

 17日、午後、赤坂御苑にて園遊会。

 羽生結弦、レジェンド葛西らが招待される

 両陛下と羽生結弦のやりとり

陛 下 ;良い成績良かったですね

羽生結弦 ;おかげさまでありがとうございます

陛 下 ;震災に遭われたから、苦労が多かったんじゃないですか」

羽生結弦 ;たくさんの方々に支えられてこうやってスケートをやることができているので、

        本当に幸せだと思っております

 羽生結弦のコメント

19歳という年齢で園遊会というすばらしい会にご招待していただいたのは、

  本当にうれしいことですし、また、次のオリンピックに向けてしっかりと

  頑張っていって、もし金メダルをとることができたら、

  また(園遊会に)持ってこられるようにがんばりたい」

 

 陛 下; 見せてください。これが個人のメダルですね。

          何年になりますか、選手生活。ずいぶん長いでしょう」

葛 西 ;33年ですかね。支えてもらったので41歳までやることができました。

皇后陛下 ;ようございましたね。長く続ける事ができて。

 レジェンド葛西のコメント

羽生くんがずっと話をしていて、緊張感もなく話をしていたのに、

  僕はガチガチになっちゃって、何を話したか覚えてないですね。

 確か美智子さまがおっしゃっていたと思います、『結婚おめでとう』ということで」

 羽生結弦の受け答えの完璧さは素晴らしいの一言ですね。

  緊張感がないんだろうか・・・と思うけど、昭和時代の、ガクブルなオーラでは

  ないから、19歳でも話しやすいのかも。

  (マッチが美空ひばりに「おばさん、歌うまいね」と言ったような感覚?)

  でも、19歳の子に出来て50歳の皇太子妃が出来ないというんは、問題じゃ

  ないんでしょうかねえ・・・・

 レジェンドは歳を重ねているせいか、歳相応の緊張感があってよかったです。

 前回のようなへんてこなハプニングもなく、よかった・・・・と、思いきや。

  やっぱり今年も小和田夫妻が園遊会に来ていたようです。しかもお肉を

  がんがん食べていたとか。娘が欠席でも親はどうどうと出てくる。不愉快千万。

 小和田といえば、先日のオール学習院に優美子さんと節子さんが、東宮女官を

  従えて鑑賞。その後は雅子妃や愛子内親王と合流したとか。

  東宮御所で・・・ではなく、外で小和田家と東宮家の交流は頻繁のようですね。

 

さてさて。皇族方のファッションチェック!!

皇后様のシックなスーツは・・何色っていうんでしょうね。

グレーではないし。ブルーがかったグレーでしょうか?微妙な色合いだけど

上品。

紀子様はいつもの緑のスーツ。眞子様は華やかなもっこう薔薇色。

母と子で色合いが綺麗なパステル色。

でも、本音を言えばもっと華やかなスーツでおでましを。

秋篠宮家のスーツはどんな時にも着回しが出来て、目立ちすぎない色なので

それはそれでいいんだけど、今回くらいはね・・・・皇后様がわりとシックな色だし。

春である事を考えればもう少し。

三笠宮系はみな個性的で・・・ちょっと個性的過ぎるかもしれないけど。

彬子女王の装いは上品。瑶子女王は服がだぶだぶ。

常に異彩を放っている高円宮家。

まず久子妃はトレードマークのチョーカーに羽かざりつきの帽子。

久子妃はチョーカーが好きだけど、あまり似合っているとは思えず。

承子女王の服は・・・・一人で悪目立ちというか「私が主役よ」状態。

この人はいつもそうですわ。顔が派手だからというのもあるんでしょうけど

ヨーク公の2王女のような変わったセンスですわ。

清楚で色調をそろえている紀子様と眞子様の後ろに高円宮家がいると

よけいにごわついて見えますわ。

 

眞子様、初の園遊会ご出席。

緊張しています」と羽生結弦君におっしゃったとか。

でもとても堂々とされて素晴らしいですわ。

できるなら若い頃のサーヤと同等の服を誂えて頂きたい。

 

 

 

 

 

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皇太子&愛子内親王共演

2014-04-14 07:46:27 | 皇室報道

 昨日、BS系でやってた皇室番組は全く見ませんでしたが

見た方がよかった?見た方います?

 

 皇太子&愛子内親王共演 

 13日。オール学習院の集いで、皇太子と愛子内親王がオーケストラで

   共演。

 雅子妃は客席で拍手。

 親子共演は3回目。

 

愛子内親王が着ているのははっぴ。「ソーラン節」とか演奏したようで

あとは去年とほぼ同じ演目だったようですね。

これは演奏が終了してお辞儀する時の写真ですが、なぜか内親王は

弓をあてたまま

演奏シーンを見て・・・・チェロを演奏する方は、きっとその指がどうなっているか

おわかりだと思います。

雅子妃が客席にいたとはいえ、画面に出なかったのは取材させなかったから?

親子ほのぼのエピソードにするなら、テレビに映りなさいよーーと思います。

 

 東宮家はオール学習院には皆勤賞。

そのせいで熱をだして学校を休んだこともありましたっけ

いつもいつでも親子3人で仲良しアピールされると、一般庶民でも

何となくうざいなと思うんですが。

「公より私」優先、我が子の事なんだからいいじゃないのっ って感じですか?

 

先日、高校教師が自分の子供の入学式に出席するため、担任を受け持つ

1年生の入学式に欠席したニュースがありました。

埼玉でしたか?

校長先生は「配慮に欠けた」とか言って、厳しい言葉を言ってたけど許可したのは

校長じゃないの・・・・?と。

それはいいんだけど、それに対してイケダハヤトとかいうブロガーさんが

何で悪いの?自分の子供優先で当たり前じゃん。

自分が子供の立場なら入学式に来て欲しい。担任を受け持つ1年生からしたら

「へーー今日は先生の子も入学式なんだ」で終わった話だと。

校長が「1年生の気持ちを考えないのか」と言った事が「モンスター」を呼び起こす

とおっしゃっています。

まあ、校長の言い方は悪い

何度も書くけど、校長が許可したから先生は休んだんでしょ?

いわば校長の責任じゃないの?校長が1年生の気持ちを考えなかったからでしょ。

 

私は今回の「自分の子供なんだから当たり前じゃん」という考え方は

容認できません。

教師は「子の親」である前に「公務員」です。

公務員というのは私より公を優先してお金を貰っているのです。

「一生に一度の子供の入学式」というけど、卒業式だってあるんだよ?

お母さんが行けなかったらお父さんに分担して貰えばよかったのでは?

公立の先生をしていたら多かれ少なかれ、こういう事態に遭遇する事は

あります。

でも、私の回りで「自分の子」優先は・・・・いなかったと思う。

 

何で皇室の話題に?と思われるでしょうが、東宮家の行いは

ことごとく「公より私」優先。

毎回「たった一人の娘の行事なんだからいいじゃん」ばっかりです。

日本の長となるべき人達がこんな調子なんだからある意味、仕方ないかも。

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新潮レポ

2014-04-11 08:50:00 | 皇室報道

 今週発売の新潮は文春より売れてますね。

タイトルも記事も今が旬の話題を沢山だしています。

 小保方さんの切り札は「セクハラ」だそうです 上司と深夜まで一緒に

  いたからセクハラ?それで訴えるの?すごいなあ。

  もはやリケジョっていえない。

 羽生君の「パワーストーンのペンダント」はさもありなん。どこか宗教がかってる

  よね。羽生君のしぐさって。何でも喘息持ちで整体師がくれたパワーストーン

  なんだそうです。でもそれで成績が出ればねえ・・・変に布教とかしないで。

 宝塚100年のスキャンダル史は結構知ってる事が多かったけどー

  寺田先生のセクハラ問題ってやっぱあったんだーーとか

  96期の問題とさりげなくAVに行った93期を出すとか・・・色々ありますけど

  甘いんじゃないの? 今ではあまり聞かないけどミレニアムの頃は

  「トップになるにはたすきと数珠とお経を買う」という噂が出ましたのよ。

  「魂を売った」とか言われて。

  ジェンヌといわず、「ヅカガール」という古い言葉を使う自体、ファンからみたら

  不愉快っ

 スキーは2級でも宮内庁から上がった懸念の声!!

 愛子様が「伊勢神宮」「昭和天皇陵」に参拝しない

                                   「脱・皇室教育」 

 入学式の時は、あらかじめ東宮職に「またとない機会なので言わざるを得ない」

  と通告した上で愛子内親王に「おめでとうございます」

 「今のお気持ちは?」

  内親王は左側の雅子様と何事か言葉を交わされ、一呼吸おいてから

  「楽しみにしています」と言った。

 まさに「歴史的瞬間」

 さらに記者達が「成長の記録として映像を提供してくれるよう、強く要望

  していたのですが、最初から東宮職にそのつもりはなく

  慌ててかき集めたのが明白でした。

  何しろ動画は27日に奥志賀高原で撮影されたもので、スチール写真は

  28日、焼額山スキー場でのスナップと、みなバラバラ。

  撮影者も、通常ならばくな朝の食卓業者ですが、今回はなぜか「同行者」との

  ことでした」

 プロから見てあのスキー映像は「驚きの一言

  「年間数日程度しか滑らないのに非の打ち所がない」

  「技術的には2級。これは年間20−30日ほど懸命に滑り、それを

  5−6年続けないと到達できないレベル。本場の北海道でも中1の

  女の子が2級を持っていればスキー関係者から「すごいな」と称えられる程。

 愛子内親王は皇室ゆかりの神社や御陵に参拝の機会が皆無

  皇太子夫妻 → 93年結婚の時以来伊勢への参拝なし

             2002年のニュージーランド訪問時以来武蔵野陵参拝なし

 3月20日の会見では、記者から「愛子様も含め今後のご一家の伊勢神宮

  ご参拝は」との質問が出ました。ところが小町さんは20年前の歴史を

  振り返るだけで「時期についてはまだ・・」と言いよどんだ。

 記者 「節目なので行かれた方がよろしいかと思います

   小町「いずれ考えなくてはいけないかもしれませんが・・」

  3月28日、4月4日の会見でも「念頭にあり、検討していかねばと思います」

 そもそも祭祀云々前に武蔵野陵に行かないのは、自分の家のお墓として

  もっとも身近な、曾祖父の墓参りにも行ってないという事になる。これは

  一般社会でも、きわめて不思議な事だと言わざるを得ない。

 今週発売の「女性セブン」においても、

  入学式で愛子内親王が声を発したのは、雅子妃が「逆風」を感じているから。

  愛子内親王に「皇室」と「国民」の距離を縮める事を託した。

  ゆえに、雅子妃が内親王に「話していいのよ」と囁いた。

  逆風=伊勢と武蔵野陵に一度も行ってない事。

 と書かれ、よほど記者達が疑問に思い、小町東宮大夫の態度に「変だ」と

  感じたのだろうと。

 記者達はなぜ東宮家が参拝しないか知っているでしょうし、知ってて「なぜ?」と

  突っ込んでいるわけですからねえ

 スキー映像を撮影した「同行者」は誰か。

  このスキーに関する文章で言いたい事は

  もしかしたらあの映像の女の子は愛子内親王ではないかも

  同行者って誰?池田家の礼子さん?だとしたらやっぱり映像の女の子は

   内親王ではないかも。

  映像と写真の日付がバラバラで宮内庁御用達ではなかった・・・だから

   あの映像の女の子は愛子内親王ではないかも。

 この一言です 記者達からみても限りなくグレーゾーン、いや「ねつ造」に

 近い事だという認識があるのでは?

 伊勢や武蔵野陵参拝について、記者と小町のやりとりは面白い。

  ここまで「行かれた方がいいのでは」とアドバイスする記者・・・・どっちが

  宮内庁の職員なんだかわからない状態ですね。

  野村元東宮大夫だったらきっと、「体調の波がおありになる妃殿下に対して

  失礼でおかわいそう」くらいは言ったかもしれないけど、東宮家とコミュニケーションが

  ない小町東宮大夫としては下手な事は言えないし、かといって言わない

  わけにもいかないし 仕方ないからはぐらかす・・・の手だったんでしょう。

 卒業式で挨拶なしと書かれた事で、入学式には喋ったんだから

  GWにはいきなりの伊勢や武蔵野陵参拝といくんじゃないでしょうか?

  確か、以前、一家で「伊勢に」という話が出た時、ついでにあっちこっち観光して

  と言ったら「そういう主旨ではない」と叱られ、それっきりだったんですね。

  仮に伊勢や武蔵野に行っても、車に乗ってるシーンだけとかね

 

 秋篠宮家について

今月の「文芸春秋」には秋篠宮家についての大きな記事がのってます。

ほのぼのエピが多いですが、注視すべき事をレポします。

 結婚当時の宮邸は狭く、事務棟の机に秋篠宮が座っていたこともあった。

 結婚当初、間取りが出た事がありますが、本当に狭かった。

  結婚の儀の後に公開された写真。ラブラブなお二人の後ろにある建物が

  ボロで・・・妙に親近感を覚えた記憶が。

 現在の宮邸は平成12年春に秩父宮妃の家を増築して移転。

  一番広い部屋も100人入ると身動きがとれない。

 宮妃一人で暮らしていたお屋敷ですし。小規模なんでしょうね。

  でも秋篠宮家は皇位継承権者2名に、成年皇族が2名プラス・・・という事を

  考えると東宮御所なみの広さがあってもいいでしょう。

  いっそ、赤坂東邸を別邸にしてはいかがでしょうか?

 現在の職員定数は17人(東宮家は67人)。

  非常勤や併任で対応してスタッフは約30人。

 皇位継承権者が2名いても、秋篠宮家は「内廷外皇族」であり、筆頭であっても

  宮家は宮家 そこらへんの融通のきかなさがスタッフの人数に表れて

  いるのだと思います。

  東宮家のスタッフ67人って、毎日何をしてお給料をもらっているんでしょうか?

  政府はそこらへんを国会で審議すべきかも。

 常勤は24、5人居て机もなかったので、昨年末にプレハブ事務棟二階建てを新設。

 確か、悠仁殿下が生まれた時もプレハブで増築したとか言ってませんでした?

  何で「プレハブ」なのうよ

  将来の天皇陛下が住まう場所ですのに。事務方の環境整備は必至でしょう。 

 非常勤御用掛3人(男性は元国土事務次官と元消防庁長官、

  女性は元ラオス大使)名前は出てない。

 公的活動や海外訪問はこの3人と経産省出向の女性職員、それに宮務主管、

  宮務課長が手分けして同行。

 少数精鋭なんでしょうね。御用掛け=アドバイザーの存在は重要。

 外国訪問には非常勤の医師が一人同行。宮内庁は「できれば複数置きたい」

 暇な東宮家から回して貰えばいいのに。あちらは医療費無料。

  健康診断もボイコットするくらいの人達ですのよ。

  宮家は医療費10割。病気になるわけにはいかないのです。

  将来の天皇陛下の健康を守る事は宮内庁の義務です。

 秋篠宮家の公的活動の窓口と初期対応は宮内庁宮務課、外国訪問は

  宮内庁式部職が受け持つ。

 悠仁様の沖縄訪問は宮務課長と同職員が現地で写真撮影などのプレス対応。

 内親王スキーの「同行者撮影」とはえらく違いますわね。

  宮務主管と宮務課長は週一度は夫妻と会って打ち合わせや同行。

 宮内庁と宮家が密接で意思疎通がスムーズ。宮務課長は両陛下の侍従経験者

  なので、千代田側近ともスムーズ。

 眞子様は今後一人での公務を増やす。秋篠宮家の親子が分担して、

  公務が重なった場合にも対応できるように。

 正直、何でここまで千代田と赤坂のフォローを?と思います。

  両陛下からしたら「そちらには悠仁がいるじゃないの。黙っていても悠仁が

  天皇になるんだからいいじゃない。今は我慢して」ってな感じですか?

  そういう問題じゃないのよーーー

 誰かが両陛下に強く意見を言うべきだし、両陛下も頑固にならずに

  実利をとるべきで。

  なぜうるさく言わないか?

  小和田に脅されている ← 対抗しようにも回りは小和田派だらけ?

  皇太子が可愛い ← 生まれた時から「将来の天皇」として育てたプライド?

  愛子内親王を慮る ← ここまで嘘をつくなら突き通して貰わないと。皇室の

                  尊厳が崩されてしまい、波乱を起こして嘘がばれたら困る。

  秋篠宮夫妻が可愛くない ← 弱さを見せない紀子妃は可愛げがない?

                      秋篠宮は出来て当たり前?

  皇室が滅びればいい ← 天皇の存在は憲法違反かも?だったらない方がいい。

                    もうどうだっていいや・・・的な?

 庶民が考えるのはこんな事くらいで、少しもプラス思考、未来志向にならなくて

 ごめんなさいね。

 でも・・・・去年の今頃、両陛下の結婚記念日の夕食会の翌日でしたか?

 皇后陛下の体調悪化と皇太子の額の傷。秋篠宮にも傷っぽいのが?

 そんな状況を経験しても、次の年には何事もなかったように東宮御所へ行く

  んだもの

 伊勢へご自分達が参拝している時にスキー豪遊し、ご自分の孫のものと

 言われているけど限りなく嘘っぽい映像や画像を見せられても、何事もないように

 東宮御所でお祝いご膳が開かれるんですし。

 心で何をどう思おうと、表面的には完璧に「仲の良さ」をアピールできる両陛下。

 庶民からみるともはや理解不能。

  いくら気高い方々とはいえ、あまりにも人間らしさがなさすぎて。共感できない。

 女性週刊誌に書かれている皇后の雅子妃に対する行動や言動が全部ウソだとしても

 現実に、何事もなかったかのように「夕食を共にされた」とか「東宮御所へ行かれた」

 となるわけだし。

もう「あんな嫁を貰って気の毒な美智子さま」とは思えません。

 むしろ、「もしかしたらあの方々はみな思考が同じなのではないか」とすら思ってしまい。

秋篠宮家のみが「国民と共に・・・」の精神を意地になって貫いているように見えます。

 それゆえの悠仁殿下の各神社参拝とか沖縄訪問とかになっているんでしょうね。

それこそが両陛下へのアンチテーゼなのかもしれません。                 

 



 

  

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内親王が喋った!! 愛子内親王入学式

2014-04-07 07:00:00 | 皇室報道

 「ありがとうございます」「たのしみにしています」だけで大騒ぎ

 

 愛子内親王 学習院中等科入学式 

 4月6日。学習院中等科の入学式。

 記 者 「おめでとうございます」

   内親王 「ありがとうございます(ずずっ)」

   記 者 「今のお気持ちは」

   内親王 (なんていえばいいの?)楽しみにしています

 中等科は5クラス。1年西組になった。

 うまくできたから?皇太子夫妻は満面の笑み。

   娘の制服のスカーフが乱れている事もお構いなし。

   雅子妃は15年以上前のデザイン?の紺色スーツを着用。

 マスコミは爆・爆・爆 上げっ

  「愛子様が喋った

  「愛子様が初めてご自分の気持ちを述べられた」とそりゃあ嬉しそうに。

  あ・・・でも、もう12歳だーーとか、「ありがとうございます」後の鼻すすりは

  見なかった事ににして。

 よかったねーー 皇太子一家なのに卒業式で散々叩かれた為に

  出したくない発声映像を出してしまった。

  この恨みは一生忘れないわよーーと今頃雅子妃が怒り狂っているかも。

   マスコミのみなさん、素直に喜んでいる場合じゃないと思う。

  今後、どんな「しかえし」が待っているか

 でもまあ・・・・おめでとうございます。

 

夜には親子3人で参内。

いつもいつもどこにでも3人で・・・・・

これが親子愛と言えるんでしょうか?皇太子のあまりの暇っぷりに

呆れるばかりで。

素直に参内を喜んであげたいのですが、さすがにこの愛子内親王の

左手を見ると怖くて

 

 

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宮内庁がKYなのか?愛子内親王のスキー映像

2014-04-06 07:00:00 | 皇室報道

 理解に苦しむ。

 

 宮内庁が愛子内親王のスキー映像を公開 

 宮内庁は5日、奥志賀にスキー静養の際の愛子内親王の映像を公開

 「成長の記録として残したい」とのこと

 愛子内親王はインストラクターにつき、中上級を滑っている

 まず。

  6日は入学式なんだそうで それに合わせて出したと言えるでしょう。

  卒業式の時に挨拶が出来なかった事がよほど頭に来たとみえ、

  「こんな事も出来るのよっ」と言いたげな映像です。


 

 

写真は上がオレンジ、下がブルーなんですが、映像は上下ともにブルー。

格好が違うんじゃ?本当に愛子内親王なの?と・・・逆に疑いが。

後に撮影された日付が違うという事がわかりましたが。映像と画像で

日付を変える意味がどこにあるの?

沢山あるちょっと危ないものの中から一番いいものを選んで出したとしか

思えず。庶民だってそれくらいの推理は出来るんですよ。

影像の冒頭、リフトが映るんですが、誰も乗ってないし下も誰も滑ってない。

愛子内親王がインストラクターやお友達と滑っている時も回りに

一般人はいなさそう。

ゲレンデを貸し切ってるの?

一緒に滑っているのは学友ではなく、池田家のお子様達と思われ。

という事は。もしかすると池田家の警備費やインストラクター代も

東宮家が払っているのでは?という疑問が。

わずか3分で膨らんだものは

 映像と画像の服装の違い、ゴーグルから、本当に愛子内親王なのかという疑問

 池田礼子一家の費用は東宮家もちなのではないかという疑問

 ゲレンデを貸し切っているのではないかという疑問

どれもこれもグレーゾーン・・・というか、微笑ましさ皆無。

でもこの映像や画像を見て多くの国民が思う事は

 「成長の記録」なら武蔵野陵参拝写真でも公開すべきではないか

この1点です。

今さらスキーを楽しんでいる画像を見せられても、それがなんだって。

消費税が上がり、臨時子育て給付金がいつ出るかわからない時に

わざわざスキーなどというお金のかかるお遊び映像を出されても

国民はちっとも嬉しくない。

こんな事をしたら逆効果なのが宮内庁にはわからなかったのでしょうか?

それとも「国民みんなが愛子様の成長を嬉しく思うだろう」と?

いやーーご挨拶をちゃんと出来たらそう思うかもしれないけど

お遊びでそれは感じないと思いますよ。ねえ?

 

皇太子夫妻の脳内では、福井の恐竜博物館で骨を組み立てる

悠仁殿下の姿が蘇ったのかもしれません。

「楽しそうに遊んでる姿を見せれば納得するんじゃないか」と。

でも、あれは遊びじゃなくて立派な「視察」でしたのよ。

それに悠仁親王はきちんと「参拝」シーンもあるし、ご挨拶も大きなお声で

きちんと残っているし。

その上での恐竜博物館の映像をみれば「ああ、大きくなられて」と思うよね。

愛子内親王の場合、回りの人と話しているシーンが一つもなく、

ただ黙々と滑ってるだけ

これをどう解釈しろと? まさに「お察しくださいませよーー」なの?

喋れず、黙々と言われたことしか出来ない一人の女の子を?

いや、とにかく、きっちりと話をしている所をお出しなさい。

入学式で「ありがとうございます」ときっちり答えている映像をお出しなさい。

こんな姑息な事で国民を騙そうなんて

かえって怒りをあおっているとしか思えません。

 

 

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文春レポ2

2014-03-28 07:00:00 | 皇室報道

 この最終回の捏造ぶりにあまりに腹がたったのでレポします。

  果たしてどちらがフィクションでどちらがノンフィクションか、とくと

  比べてみてください。太字はむかついた表現。

  (  )はふぶきのフィクションです。

 

 ザ・プリンセス雅子妃物語 

 2014年3月18日。この日は敬宮愛子内親王殿下の学習院初等科の卒業式。

   2階のご自分の部屋で 身支度をされた制服姿の愛子さま。

   1階のリビングダイニングルームから静かに流れるクラシック音楽に

   招かれるように階段から降りてこられた。

   「おはよう」テーブルクロスがかかった丸い嘱託テーブルに雅子妃が

   座っておられ、愛子さまは声をかけられた。

   雅子妃は振り返られて「あら、早いのね」

   愛子さまの緊張をほぐすように少しおどけられた。 雅子妃はセーラー服の

   愛子さまをご覧になって、あらためてそのご成長ぶりを感じられたといわれた。

   愛子さまを包み込むような笑顔で迎えられた一日の始まり。

   愛子さまは愛猫の「人間ちゃん」の頭を撫でてから洗面所で髪をうしろで束ねて

   整えられた。

 (その日の朝、東宮御所は朝からてんてこ舞いだった。いつものように

  内親王に着替えと洗面をさせる為に女官は右往左往。

  珍しく早起きをした妃は娘の支度が整わないいら立ちを回りにぶつけている。

  空は晴れ渡り、風が心地よく吹く。東宮御所の庭には春の花が咲き乱れている。

  しかし、一歩、中に入ればそこは重苦しい雰囲気が立ち込める、緊張だらけの

  空間になっているのだった。

  ようやく制服を着て髪を整えた内親王は、今日が何の日か、よくわかっていない。

  ただ全てに興味なさそうな顔をしている。

  「挨拶位出来ないの」妃が思わず、きつい口調で投げかけると、「みゃあ」と

  猫の「ニンゲン」が答える始末だった)

 皇太子殿下が二階の私室から降りてこられ、ソファーにゆったりと腰をかけられた。

   昨日のベトナム国主席歓迎行事 と国賓宮中晩餐会のお疲れも見せず、

   身支度を済ませられた愛子さまに優しく話しかけられたという。

   愛子さまは、今日で終わってしまう初等科生活を惜しまれるようだったといわれた。

   ご一家は食卓で洋食の朝食を 召し上がりながら、小学校生活の楽しい思い出を

   語り合ったそうだ。部屋には春の訪れを喜ぶような 鳥のさえずりが聞こえていた。

 (皇太子はいつものように部屋から出てきて、あくびをした。

  アルコールが欲しかったが娘の為に耐えた。

  生まれた時の感慨が少し蘇ってくる。考えてみれよくここまで育ってくれたと。

  テーブルについている妻を見て皇太子は笑った。ああ・・今日は朝からいるんだなと。

  こんな風に親子三人で食卓を囲む事を夢に見ていたのだと思う。

  外は鳥がさえずり、明るい日差しがさしている。その光がテーブルにあたり

  妻と娘の顔を浮かび上がらせた。

  幸せだ・・・と皇太子は思った)

 

 午前9時過ぎ、皇太子ご一家は東宮御所を車で出発。

  待機していた報道陣に向かって 手を振られた。

   迎賓館正門前で車を降りられ学習院の正門まで徒歩で向かわれた。

  正門にで報道陣の撮影を受けられた。その際20人ほどの報道陣の中から

   1人の記者が「おめでとうございます」と挨拶。

   愛子さまに向かって「学校は楽しかったですか」と質問すると

   愛子さまは少しはにかまれたように 「楽しかったです」と答えられた。

 (午前9時過ぎ、一家は東宮御所を車で出発。型通のお手ふり。

  「ちゃんとやってよ。いい?ちゃんとありがとうございますっていうのよ」

  妃は何度も何度も言い聞かせる。娘はただ「いい?ちゃんとありがとうと言うのよ」

  と復唱する。「ありがとうございますだけっ」妃は苛立った。

  マスコミに囲まれ、一家は笑った。とにかく弾ける笑顔と愛しそうな目が必要

  だったから。

  「おめでとうございます」と言われ、娘はごにょにょと口を動かず。母の声では

  ないからどうこたえていいかわからない。皇太子が代わりに「ありがとう」と言った。

  妃は満面の笑顔を作りながらも内心は怒りに満ち満ちていた。

  「いかがですか?」と報道陣に言われて、娘はますます萎縮し、戸惑い

  「言う?」と母に問いかける。妃は「行くわよ」とささやき返し、夫を促して

  さっさと校門をくぐった)

 午前9時半から正堂で行われた卒業式。

   皇太子ご夫妻は保護者席の最前列で式典を見守られた。「敬宮愛子さん」と

   壇上で呼ばれると、愛子さまは大きな声で「はい」と答えられ、

   卒業証書を授与されると、両手でしっかりと受け取られた。

 (東宮職は卒業式終了後にマスコミに「メモ」を渡す。内親王はきちんと

  校長から卒業証書を受け取ったと。

  でも実際に娘は講堂に入り暫くは静かにしていたものの、結果的には女官に

  そっと連れ出された。

  長くて退屈な卒業式を楽しんでいたのは皇太子ただ一人だけだった)

  

  93年6月のご成婚の日の輝くような雅子妃の笑顔は今でも鮮烈な記憶として

   残っている。

   聡明で国際的なプリンセスの登場によって 国内はもちろん、

   諸外国との関係もまた一層、深まっていくだろうという国民からの

    大きな期待があった。だがその期待は今の所はかなえられたとは いえない。そ

    れどころかこの数年は一部のマスコミ報道には虚実ないまぜになった雅子妃への

    批判があふれ、インターネットにはむき出しの 罵詈雑言が並び、

    その品性の卑しさ、醜さは目を覆いたくなるほどだった

   実のところ、そんな批判は国民の主流ではない。

   多くの国民は病に苦しむ雅子妃に温かい視線を送り、

   焦らずゆっくりご回復して欲しいと願っているはず。

 (あの日。ティアラをかぶって得意げに手を振った妃の姿は鮮烈な記憶として

  残っている。成婚の朝から土砂降りの雨。まるでそれは未来を予想していたかの

  ように。

  ハーバード大出、外務省勤務の外交官の娘という看板をひっさげて

  鳴り物入りで入内したお妃は、どれ程新しい事をやってくれるんだろうと

  国民の多くは期待していた。だが、仮面はすぐにはがれた。

  嘘に嘘を塗り固めた妃の実態はインターネットを通じて世界中に配信され

  表には出なくても水面下では着々と実感されつつある。

  今や、妃の大好きなヨーロッパですら最悪の評判になっている事。それを知らない

  のは妃だけだった。

  いや、知っていても怖くないだけだ。取り繕わなくてもマスコミは持ち上げる。

 嘘を上塗りしているのはマスコミ自身なのだから。一蓮托生・・・その罪が

 暴かれる事はないだろう)

 

 雅子妃の婚約会見の日のあの輝くような笑顔はどこへいってしまったのか。

   なぜこういうことになってしまったのだろうか。果たしてこれは悲劇なのだろうか。

 (最初からわかっていた事だった。身に合わない立場を与えられた人間が

  どのように苦労するかは。

  あの日の妃の輝くような笑顔は自分の学歴と背景に裏打ちされたものだった。

  天皇も皇后も夫も全てを見下していた彼女にとって皇室の生活は

  あまりに予想とかけ離れていた・・・・騙されたと思った)

 バッシング記事の大半はすべてを雅子妃自身の資質や生育、

    家庭環境など故人の責任に帰巣するものだったからだ。

   だが、そうとは思えない。問題のありかを 考えるためには、

   まず雅子妃の人となりに迫り、その上で皇室入りした出来事を

   追うほかはないのではないだろうか 。

 (バッシング記事の大半は事実だった。妃の資質や生育、家庭環境に

  裏打ちされた性格のゆがみが皇室に入る事によって顕著になったと

  いえるだろう。問題のありかを考える為には、まず彼女の育った環境と

  父母から受けた思想などに迫り、その上で、いかに彼女が(父によって)

  利用されて来た事を負うしかないのではないか)



  皇室入りされるまでの雅子妃の人生をたどることで浮かび上がったのは、

   雅子妃の心身の健康さとその繊細さ。

   当時を知る人「秀才であることを表に出さないタイプだった」目をひいたのは

   「前に出ることを好まなかった」といういくつもの証言。

   勉強ができ目鼻立ちははっきり。 背の高い帰国子女ともなれば自然に

   目立ってしまう。リーダーに推されてしまうこともあったが、

   学級委員や生徒会役員などに自ら手を挙げることはなかった、

 (皇室入りするまで、雅子妃の人生をたどると浮かび上がって来たのは

   生まれつき神経質で他罰的、さらに人とコミュニケーションを取る事が

  苦手・・という非常に生きづらい性格だった。

  確かにある程度まで勉強は出来たが、応用がきかないので、決して

  リーダーシップをとって何かを改革していくなどという事は考えられなかった。

  色黒で目が大きい事にコンプレックスを抱き、歯並びの悪さを指摘されたが

  誰も彼女を歯医者に連れて行こうとは言わなかったし、また彼女自身

  病院が嫌いだったのでたとえ歯医者といえども、自ら足を運ぶ事はなかった。

  高校時代、一度だけ部を立ち上げて部長になった事があったが、結局

  人間関係のトラブルで逃げ出してしまった)


  外出される際の華やかなイメージと異なり、東宮御所での暮らしは

   静寂に包まれている。時には 一日中誰とも話すことはないといわれている。

   ところが一歩外に出るとたちまちフラッシュを浴びせられ 人々に取り囲まれる。

   それでも心身共に健康で希望に満ちていた。

    しかしそのプリンセスの笑顔を曇らせたのは 何よりもお世継ぎ問題だった。

  皇室にとって、お世継ぎは重要な事であり、それは雅子妃も十分に

  理解されていたが、なかなかご懐妊されなかった。

  現在では、一般に不妊は珍しいという事ではない。高齢出産もよくきく話だ。

  だが、当時の宮内庁は、ご懐妊が難しいという事態を、全く想定していなかった。

  そして天皇皇后両陛下のご体調がすぐれない事などの焦りから

  もっとも悩み苦しんでいるであろう皇太子夫妻に対する思いやりを失っていた。

 (外出する時の明るいイメージと異なり、東宮御所の暮らしは真っ黒な

  空気に包まれている。時には、部屋に引きこもり一日中出てこない時がある。

  しかし、一歩外に出ると顔には笑みが浮かび、夫と仲好さげな態度を取る。

  マスコミにアピールする為のものだった。

  こんな裏表のある生活をしていて、心身ともに健康でいる事は不可能だ。

  このプリンセスには大きな課題があった。それは「世継ぎ問題」

  しかし、妃は子供よりも海外旅行に行きたがった。それが目的で結婚した筈だと

 言い張った。

  それでも他人の妊娠は喜べないのであった。

  結婚してすぐ秋篠宮家の紀子妃が妊娠すると、「傷ついた」と壮大に泣き叫び

  雑誌には「宮妃のくせに遠慮がない」とバッシング記事を書かせ、結果的に

  産児制限をかけた。

 宮内庁は皇太子に「世継ぎ」の重要性を説き、それこそが皇室の役割であると

 説明したが、皇太子は理解できなかった。

 外交をさせると言って結婚した以上、妻の望みを叶えないわけにはいかなかった

  のである。

 一向に懐妊に向けて行動しない皇太子夫妻に両陛下は悩まれ、5年目に

 「みんなが待っているからね」と説得を試みるも「そんな事をいう人は私の

 回りにはいません」と妃は怒り、嫁と舅の間には大きな溝が出来てしまった。

 何も出来ない宮内庁はただただ焦るばかりだった)

 ご懐妊をせかすばかりか、ついに雅子妃を非難し始めたのだ。

   曰く「妃殿下としての自覚がない」「外国に行きたがってばかりで

   子供を作りたがらない」という事実に基づかない見方を広めたのである。

   そして、ご懐妊に向けて環境を整えるとしながら 国内での静養を増やして

  海外訪問を制限した。

 (さすがの宮内庁内部でも皇太子妃の思想や行動には疑問が生まれた。

 「妃殿下としての自覚がない」「外国に行きたがってばかりで子供を作り

  たがらない」という苦言が駆け巡り、勇気ある学友や側近が皇太子に進言

  するも彼らはあっさりと遠ざけられ、いつの間にか周りにはイエスマンしか

  残らなくなったのである。

  それでも宮内庁は必死に国内の静養期間を延ばし、海外訪問を制限して

 自然に懐妊する様にしむけたつもりだったが、その事はかえって皇太子夫妻の

 恨みを買うハメになっただけだった)

 まだ若かった皇太子ご夫妻にしてみれば、懐妊、体に関する事は

重大なプライバシーでもあり、必ずしも積極的な情報発信をしない面もあった。

内庁幹部らによるご夫妻への誤った見方は是正される事無く、そのまま

両陛下に報告された。

宮内庁はご夫妻を説得しているという正当性を維持する為に不満を口にし、

その後のバッシングの根底を形作っていった。

 (結婚した時、すでに30だった雅子妃にとって懐妊を急ぐ事は、一般的に

 みても当然の事だった、ましてや皇室においては最重要事項だった。

しかし。夫妻は「プライバシー」の問題だと硬くなに言い張り、進言を聞き入れず

努力しなかった。

特に雅子妃の皇太子への嫌悪感は異常とも見えるもので、宮内庁は仕方なく

その事を両陛下へ報告した。

「本当は結婚なんかしたくなかったのに無理に嫁がされ、結果的に出産を

教養された」という雅子妃の言い訳の他罰思想はここが根底なのである)

 

 お世継ぎ問題に悩み抜かれた雅子妃。稽留流産というお悲しみを乗り越えられ、

  待望の愛子内親王がご誕生されたときは会見で涙ぐまれた。

   皇太子が雅子妃を気遣われる様子にはお二人の言葉にできない苦しい 歩みが

   感じ取られたものだった。

   だが、愛子さまが内親王であったことでお世継ぎ問題が根本的には解決されない

   まま、 場当たり的に公務が増やされていく。

 (やむに止まれず不妊治療を受け入れた皇太子夫妻だったが、雅子妃は

 妊娠の兆候を隠してベルギーへ行った。結果的に繋留流産になった。

 これは誰の責任でもない。仕方のない事だった。

  しかし、皇太子夫妻は「マスコミのスクープが原因」と決めつけて責めた。

  自分の妊娠を知りながら寒いベルギーでワインを飲み、長距離をかけて

  レストランへ行った事は棚に上げての告発だった。

 ベルギー王室は責任を感じて直々に皇后に電話を入れる程だった。

 二度目の妊娠時、皇太子は全ての健診に同行。本人的には「いい夫婦」を演じて

いるつもりだったが国民側から見ると、おかしな夫婦だった。

本当は親王が生まれる予定だったが、予想外の内親王誕生に雅子妃の両親は

失望を隠さなかった。出産を言い訳に公務をさぼっていた雅子妃だったが

ついに復帰させらた時は「育児休暇を」と宮内庁に言い出した)

 

 

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文春レポ3

2014-03-28 07:00:00 | 皇室報道

 子育てを人に任せて公務にまい進するか、公務を抑制しても

出来るだけ子育てを自らの手で行われるか。後者を選ぶ事で、

ご夫妻はしばしば批判を受けてきた。例えば、昭和天皇が私より

公を優先させて来られた思いを今上天皇皇后が受け継がれてきた

歴史を否定するものだという有識者がいる。だが、結果だけにとらわれて

否定していると断定するのはいかがなものだろうか。

公か私か、二者択一の論理にあてはめて論ずるよりも、皇太子ご夫妻が

受け継がれている尊さは他にもたくさんある筈だ。

一般の国民に、そのことを多く伝えられればとねがってやまない。

 (皇族である事に挫折した妃にとって最後の切り札は「内親王の母」で

  ある事だった。その事を優先すれば彼女は「よき母」と言われる。

  そう信じてやまない妃は古来より、天皇皇后に受け継がれてきた

  「私より公を優先する」という伝統をあっさり捨て去った。

  「公」か「私」か、二者択一は簡単に「私」が優先されるようになったのだ。

  皇太子夫妻はセレブな生活をする事こそが「皇族」たるゆえんだと

  思っていた。

  一般の国民に、現在の皇太子一家の在り方が正しいのではないとと

  多く伝えられればと願ってやまない)

 第二子(親王)出産への期待。雅子妃は疲れ切っていた。

 雅子妃は自らも体の異変を感じられて公務先で出会った精神科の医師に

  相談をするほどだった。

  このようにみてくるとご成婚後の雅子妃が必ずしも心安らかに暮らせる環境に

  置かれていなかったことは確かで、雅子妃個人に責が問われることではない。

 (もう出産は嫌だった。不妊治療も嫌だったが、こんなに出産を望まれる事

 自体約束違反じゃないかと。雅子妃の「嫌だ」という感情は大きなストレスと

 なり、無気力感が全体を覆う。それは確かに体調に異変を生じさせた。

 誰がどんな助言を与えても雅子妃は納得しなかった。

 誰かに責任を取らせたい。こんな風な自分にされた事を。その事ばかり

  考えるようになる。

 このようにみてくると、成婚後の雅子妃が世に言う「優秀なキャリアウーマン」で

 なかった事は確かで、その虚像を演じきれなかった雅子妃の罪である)

 

 しかし心無い仕打ちはつづいた。帯状疱疹で入院された直後に

  宮内庁長官から 秋篠宮ご夫妻へ第三子を期待する発言がなされた。

  雅子妃は失意の底から抜け出すことが出来ずにいた。

 (生まれたのが内親王でこの先、出産をしない以上、物事は簡単に

 住む筈だった。まさに娘を天皇にする事だ。簡単な事の筈だ。

 「ひきこもり」「泣き叫ぶ」「責める」という妃のヒステリックな症状に

 さすがの小和田恒氏も手をやき「女帝」を画策。

  しかし、宮内庁長官は「東宮家に第二子を、秋篠宮家に第三子を」と

 発言。雅子妃は怒り狂い、とうとう軽井沢に籠城して離婚を迫った)

 

 翌年の5月「人格否定発言」

   これはまさにプロポーズの際に皇太子が言われた「全力でお守りする」を

  実行に移されたものであった。  その目的はある程度果たされ

  皇太子ご自身は発言を微塵も後悔されてはいないという。

 (「人格否定発言」これにより皇太子は雅子妃が自分の元に戻って

  来てくれると信じていた。しかし、実際にはこれにより、皇太子と雅子妃の

  力関係は完全に逆転した。

  それでも皇太子は微塵も後悔していない。高尚な理想をおしつける両親より

  甘い地位を与えてくれる義父の信頼を勝ち取ったからである)

 

 療養中の雅子妃が公務を休まれて私的に外出をされたのは

  愛子さまの思い出作りと治療のためだった。

  お世継ぎ作りのころは私的な外出を控えられていたことから

  外出はいけないことだという思いがあったという。

   だが医師団は認知の歪みを治すためにも外出を勧めたといわれた。

  だが、宮内庁もマスコミもご夫妻の苦渋を思いやることはなかった。

  その背景には両陛下を慮る宮内庁幹部たちの不満があったことも事実。

 (妹の紹介で知り合った大野医師によって「適応障害」という新しい病名を

 つけられた雅子妃は、私的な楽しみをすべて「病気療養の為」「治療の一環」

 として位置づけ、国民に反論させなかった。レストラン、デパート、ディズニーランド。

 全てが「医師の治療の一環」だった。残っていた良心のかけらを捨て去れば

 あとは気が楽だった。騙されて結婚した10年を取り返そうと妃は暴走を始めた。

 不満に思う宮内庁職員もいたが、巨大な権力の元、次々去って行った)

 オランダ王室での静養後はご進講や公務が増えるなど回復に

   繋がったといわれている。

   妃殿下として自信を喪失された雅子妃が心を尽くされたのは子育て。

   しばしばバッシングのタネになる「校外学習お付き添い」だが、

   事実愛子さまがお一人で登校できるようになっていることを見れば無

  意味なことではなかったのだ。

  むしろ警備体制を含めた皇室の在り方こそが問われるべきだったろう

  愛子さまの不登校の克服は雅子妃にとっても自信になり、

  昨年のオランダ国王の 即位式への出席。東北三県の被災地訪問などの

  ご公務を経て、ご回復は着実に感じられる。

 (数億かけて実現した、皇室初の「私的外遊」も雅子妃の改心を引き出す

 事は不可能だった。雑誌を通じて「オランダ静養時に紀子妃が入院するのは

 失礼だ」とまで書かせた。オランダの城では小和田家を招いて宴会が催され

 悦に入った小和田家はオランダ王室に悪い印象を与えてしまった。

 それだけやっても帰国すると雅子妃は再び引きこもりになり、

 「オランダは都内より近いのか」とまで言われた。

 妃は娘の障碍を隠す為、ありとあらゆる手を尽くした。「いじめ事件」を引き起こし

 学習院を手中に収めると、1年半に及ぶ「付添」によって、独裁体制を敷く。

 これにより娘の状態が外に漏れる事はなかった。

 学習院掌握は雅子妃の強い自信につながり、以後、「取り巻き」による

 恐怖政治が続く)

 

 ご療養が長引くにつれ「雅子妃は皇室に合わなかった」という言葉も

  時折耳にするが、雅子妃のこれまでをたどると、 問題は雅子妃個人

  にあるのではない。

  人的な皇室のあり方そのものを考えていかなければ、

  三たび民間からお妃が入られたときにも同じことが起きないとも限らない。

 「病気療養」と言われて10年が過ぎた。「雅子妃は皇室に合わなかった」

 という言葉も耳にするが、問題はそのような簡単なものではない。

 雅子妃の背後には巨大な反日組織がうごめき、新興宗教団体が舌なめずりをし

 日本が破壊されていくのを待っている。

 皇室の在り方を変える事で権威を貶め、皇室廃止に持って行く・・・日本人の

 心のよりどころを奪うという最終目的は果たされる寸前。

 雅子妃はそういう意味では英雄なのである。

 雅子妃にとっても皇室を思いのままにするという事は、日本を、いや

 世界を意のままに出来るという事で、今今や怖いものなどない)

 ご成婚されて20年が過ぎた。雅子妃は皇室に入られて

   お幸せだったのだろうか。

   東宮関係者「妃殿下は愛子さまをご出産された後の会見で

   『良い人生だったと思えるようにしたい』と述べられたことがありました。

  一昨年の会見文書でも〈四十代最後の年となるこれからの一年の日々を

   大切に過ごしていくことが出来ればと思っております〉と、

  妃殿下としていかにして人生を送るかということを考えておられるのです、

  たとえご病気になっても 妃殿下としてのお覚悟はこれまでと

  全く変わってはいないのではないでしょうか。

  両陛下と皇族の方々に支えられながら皇太子と愛子さまという

  ご家族をもたれたことは何よりの喜びでしょう」

  雅子妃の人生の歩みによって励まされる人たちもいる。

  いつの世も「誠実」は時に誤解を受けやすいが

  これからも雅子妃は自らの証として前を向いていかれるだろう。

 こうした一人のプリンセスの生き方があることを忘れてはならないと思う。

 (皇室入りして20年。今ほど雅子妃が幸せである時はないだろう。

 何をやってもバッシングは封じられ、表向きには絶賛される。

 3億もの税金は使いたい放題。やがて全ての皇室財産は自分のものになる。

 長子相続を主張して娘が皇太子、ないし天皇になればもっと予算を増やせる。

 その時は秋篠宮家には臣籍降下させ、自分達こそが日本でもっともセレブな

 権力者となる。

 それこそが、あの日、自分の意思に反して皇太子と結婚した可哀想な自分への

 癒し、無理に結婚させた両親への壮大な復讐になる。

 そういう意味では雅子妃の考えは結婚当初からぶれていなのである。

 10年後、200年後、雅子妃は日本皇室史上最高の悪女となるだろう。

 こんなプリンセスがいた日本という国の不幸を誰が振り返ってくれるだろう。

 その時、日本という国は残っているのだろうか)

 

友納氏の文章は時々何を言いたいのかわからない時があります。

適当に言葉を並べているだけなんじゃないかと思う時も。

ノンフィクションといいつつも、どこかの少女小説風に演出したり

「事実は違う・・・である」形式の不愉快な文言の数々。

ここまで読む人を不愉快にするライターはそうそういない。

そんな人に原稿料を払っている文芸春秋社というのはどんな出版社

なんでしょうか。

出版社はきづいていないかもしれませんが、友納氏の「プリンセス雅子妃物語」の

おかげで読者の大半は週刊文春に背を向けるようになりました。

なぜなら「信用できない」からです。

週刊誌に記事を書くライターの一人ひとりが気を付けなければならない事は

「自分が嘘を書いたら雑誌全体の信用が落ちる」という事。

文春が他にどんなスクープを報じようとも、あれ以来「しょせんは文春」とか

どこまで本当なんだか」と言われているのは事実でしょう。

空気を読んでさっさと終わらせたけど、もう遅い。

代償は大きすぎますね 法則が来ないように祈るばかりです。

 

 

 

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文春レポ

2014-03-27 09:00:00 | 皇室報道

 今回は結構マスコミも怒ってるのかも。

 

 週刊文春

     雅子さまvs宮内記者会 東宮職「謝恩会の変」 


 事前に宮内記者会は卒業式会場の取材も要望, しかしそれは無理だと東宮職に

  突っぱねられた。

 午前9時頃,金のアルファードが初等科前に到着。

 ある記者がまず「ご卒業おめでとうございます」と声掛け。 すると愛子内親王は

   小さく頭を下げた。続いて他のテレビ局の記者が

   「愛子様、初等科の6年間はいかがでしたか?」と声をかけました。

   すると、愛子内親王は笑顔だったが、答えていいのかわからないのか

   雅子妃を見上げて「「どうしよう」というような雰囲気になった。雅子妃も

   何か囁いていたが、全く聞こえませんでした。皇太子は苦笑い。

    「今日は天気でよかったですね」と別の記者,しかし3人はそれに答えず

    初等科構内へ。

 記者 「子供時代の大きな節目として、愛子さまの声を国民に

         届けることを考えて頂きたい」

   東宮職は聞き入れず。

 卒業式後、東宮職からマスコミに「メモ」が渡された。

   それによると

   卒業式では「敬宮愛子」と呼ばれ、「はい」と返事をした内親王が

   三浦初等科長から卒業証書を受け取り、その様子を皇太子夫妻は

   保護者席から見守っていた。

 浅野正門前の取材で、愛子内親王が何と答えたか書いてあった。

  だからその様子を報じた新聞各紙も

  「呼びかけに愛子様は「楽しかったです」と答えた」と表現した。

  しかし実際には全く聞き取れず。

 記者達の思いをよそに皇太子一家は歩いて10分程の明治記念館へ

   移動。「謝恩会」が夕方まで行われた。

 夫妻は他の保護者と同じように50音順の席に座って懐石弁当を食べた。

  終了後も愛子内親王は友人と、雅子妃はママ友と会話。

  皇太子は手持無沙汰で帰りたいそぶり。

 明治記念館の様子を伺っていた皇室担当記者に

   東宮職員が

  「お引き取り下さい!秋篠さんのところよりは

   (取材の機会をつくって)

   やってるじゃないですか!」

  と暴言を吐き、場は凍りつく。

 記者の言葉

  「東宮職は何を勘違いしているのか、と言いたい。そもそも宮家である秋篠宮家

  と、東宮家を比べても意味がない。過去の皇太子一家と比べないといけない。

  この東宮職員は悠仁殿下と異なり、愛子内親王は運動会や音楽会などの

  学校行事を取材させていることを念頭に置いて発言したのでしょうか。

  だが、自然なお声や屈託のない雰囲気を伝えているのは秋篠宮家」

 今回の卒業式の様子は、国民にはいい印象を与えなかった。

   愛子内親王は挨拶もきちんとなさっていなかった。

 記者達が本当に怒った理由は、東宮職員による「暴言」が原因と思われます。

  主が主なら部下も部下。

  虎の威を借る狐・・とでもいいましょうか

  まさに何様のつもり?という感じでです。

 ここで明らかになったのは

 愛子内親王は実際には「楽しかったです」と言っていない。

 愛子内親王は声をかけられても答えず、挨拶も出来なかった。

 初等科で校長から証書を手渡しされたかどうか怪しい

 東宮職がマスコミニメモを渡して、なかった事をあった事のよ

   うにみせかけた。

 謝恩会には皇太子も出席。

 東宮職員は秋篠宮家を馬鹿にしている。

 いやはや。

  実際には一人、教室で待機させられていたとか言われても驚かないです。

  東宮職員が嘘のメモを渡してまで隠蔽しようとした事実の重さを感じます。

 秋篠宮家より取材させてやってる・・・・・これが東宮職の本音とは。

  静養に行く時の駅前影像ばっかりで何を言ってるんだか。

  本当は秋篠宮家だってもう少し映像を公開してもいいなと思ってる筈。

  でも、本当にそんな事をしたら「でしゃばり」と言われるのは目に見えているから。

  なんたって東宮職の意識がななめ上だし・・・・

  

 

 

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眞子様大学ご卒業・両陛下伊勢参拝

2014-03-27 02:00:00 | 皇室報道

 東宮家がスキーで遊びほうけている間に、眞子様は大学を卒業し

両陛下は伊勢へ・・・・

何なんでしょうね。この違いは。

 

 眞子内親王卒業にあたり文書回答 

 3月26日、眞子内親王は国際基督教大学を卒業。

 4年間に学芸員の資格と運転免許を取得

 「楽しい学生生活を送る事が出来て感謝しております」

 文書回答は以下の通り

 

 大学卒業の感想

大学生活が過ぎるのは本当にあっという間でございました。

国際基督教大学では様々な分野の科目を履修しつつ、

最終的にどの分野を専攻するかを決めることが可能です。

そのシステムのお蔭で今まであまり触れることがなかった学問も

楽しむことが出来、その上で自分が最も興味を持つ分野を

決めることが出来ました。

このように学際的な環境に身を置いて学習出来たことは、

非常に恵まれたことであったと感謝しております。

 第3学年の折には、英国のエディンバラ大学へ短期留学する機会も頂きました。

国際基督教大学とはまた違った環境で、英語で生活し英語で学習する経験が出来、

又、普段の環境を離れることで自分の考え方を見直す良い機会にもなったと

思っております。

留学先で色々な方と知り合い、交流を深めることが出来たのも嬉しいことでした。

 大学生活4年間を振り返って見ますと、

勉学のみでなく、友人や先生方をはじめ、

人間関係に恵まれたことがあげられます。

様々な考えを持つ方々と交流しながら学生生活を送ることが出来ました

ことは大変良い経験であったのと同時に、

素晴らしい思い出となりました。このことに大変感謝しております。

また学習意欲の高い方が多い大学でしたが、

それと同時に笑いと楽しい会話にもあふれた日々でした。

 学生生活の締めくくりといたしましては、卒業論文を執筆したことがあげられます。

指導教授の方が大変熱心に指導して下さり、

自分の興味のある事柄についてまとめることが出来ました。

自分自身、完全に満足しているとは申し上げられませんが、

その時点で出来るだけのことをしたつもりです。

 先に記しましたようにあっという間に過ぎた学生生活ではありましたが、

周りの方のお蔭で楽しく充実した日々を過ごせたと思っております。

何より、存分に楽しむことのできた、一生の思い出となる4年間になりました。

 もうね・・・なんとご立派なご回答で、涙が出ます。

  これぞ内親王のお答え

 ところどころどなたかへの意趣返し?と思う部分もあるんですけど。

  例えば・・・・・

  「学習意欲の高い方が多い大学でしたが、

  それと同時に笑いと楽しい会話にもあふれた日々でした」

  ははは・・・高円宮家のどなたかがエジンバラ大学へ留学されて、結果的に

  ついていけずに暴走なさいましたっけね

  今頃、悔しくてクッションを投げつけているかも。

 皇太子のように何でも「ありがたい」と言えばいいというものではないです。

   感謝の気持ちというのはこういう風に表現するのです・・・というまさに

   お手本のような文章ですね。

 

 今後の進路や夢、両殿下からのアドバイスは

今後、さまざまな公的な活動をおこなっていくことになると思います。

今までもそのようなお仕事を受けさせていただくことがありましたが、

基本的な気持ちは変わらず、声をかけて下さる方々に少しでも

良かったと思って頂けるよう、可能な限り力を尽くすことが出来ればと思っております。

大学では様々な分野を学ぶ機会に恵まれましたが、

どのような分野に携わることになりましても、

誠意を持って務めていきたいと思います。

又、自分の興味のある分野に関しましては、

今後も何かしらの形で探究していくことが出来れば幸いです。

 父からは、公的活動というものは、自分のしたいことをするのではなく、

あくまで頂いた仕事に対して誠実に向き合うという意識を持ちつつ

お受けするべきであると前々から言われております

母よりは、公的活動のひとつひとつを丁寧に、

そして心をこめて務める姿勢の大切さを、折にふれ、聞かされております。

このようなアドバイスを念頭に置きつつ、これからもお務めをして参りたいと思います。

 全ておっしゃる通り。

   けれどこれを読んだ皇太子はどう思うでしょうか・・・・気をつけて。

  「公的活動というものは、自分のしたいことをするのではなく、

   あくまで頂いた仕事に対して誠実に向き合うという意識を持ちつつ

   お受けするべきであると」

  皇太子は「やりがいのある公務」だとか言ってましたっけ。真逆な教えですものね。

  また「公的活動のひとつひとつを丁寧に、そして心をこめて務める姿勢の大切」

 これまた、どこかの妃殿下のようにドタキャン・ドタ出に対する嫌味に聞こえます。

 常にライフワークだ、やりがいだ、学歴がーー得意分野がーーといって

   不平不満だらけで何もしない伯父様達ご夫婦に比べて、若干22歳の内親王の

   すばらしいお覚悟ですわ

 

 御家族の近況

家族全員が揃うことは食事の時が一番多いのですが、

重要な事柄を決めようとしている時、

アドバイスをもらいたい時等は両親に尋ねることが多いと思います。

例えば今まで大学を決める際、留学先を決める際にも、

まず自分で考え、その考えを両親に報告し、意見を聞いたうえで決断しておりました。

大切だと思うことはコメントする一方で、

私の考えを最大限尊重してくれていることに感謝しております。

私が4年間有意義な学生生活が送れましたのは

様々な方々のお蔭だと思っておりますが、

両親の協力も欠かせないものであったと強く感じております。

 妹とは友人のような間柄で、

家族の中では一番会話をすることが多いのではないかと思います。

真面目な話もいたしますが、お互い面白いことが好きですので、

話していて笑いが止まらなくなることもあります。

今年の末には20歳となり節目の年を迎えることとなりますが、

責任感も持ちつつ充実した生活を送ることが出来ればと願っております。

 弟は、最近ますます語彙が増えたようで、

会話の内容も以前より広がって来ましたし、

歌を一緒に歌うこともあります。

加えて、元気に身体を動かすことが多いので、

一緒に遊んでいるとその元気一杯な様子に自分の幼い頃を

思い出すことが多々あります。

折り紙や綾取りは私より上手ですので、教えてもらうこともございます。

これからどんどん成長していくと思いますが、

色々なことを吸収しながら育ってくれればと願っております」

 温かな家庭風景が見えてくるようなお言葉ですよね。

  歳の離れた弟君に対する「母のような」感情。3歳年下の妹君に対する

  お姉さまぶりが素晴らしいです。

 

 結婚について

結婚の時期に関しましては、遅すぎず早すぎず出来れば良いと思っておりますが、

理想の男性像というものは以前も申し上げましたように、特にございません。

理想の男性像というと本人の中で普遍性のあるものでなくてはいけないと思いますが、

自分の中にそのようなものがありませんので、お答えすることが出来ません」

 そりゃそうだなーーと まだ22歳ですものね。

   こうじゃなきゃーーなんて早い早い。もし好きになってしまったら一直線かも

   しれませんし。

 こうしてみると、皇太子の「価値観が同じ人。ティファニーであれやこれや

  買う人は困る」といったあのセリフが一層空々しく、馬鹿に見えます。

  皇太子妃の学歴礼賛もまた、アホに見えますね。

 

 女性宮家について

女性宮家についての私自身の考えに関しましては、

父の考えとほぼ同じですが、制度についてのことですので、

私からの答えは控えさせていただきます。ただし、

将来どのような人生を送ることがあったとしても、それまでに学んだこと、

与えて頂いた貴重な経験と共に、歩んで参りたいと考えております

 結婚に限らず言えることですが、生活力を高めていきたいとは思っております」

 皇太子妃に一番欠けているものは

  「将来どのような人生を送ることがあったとしても、それまでに学んだこと、

与えて頂いた貴重な経験と共に、歩んで参りたい」

という謙虚な気持ちなんですよね。

 「生活力を高める」という・・・お姫様なのにそんな事をおっしゃって

  いじらしいとしか申し上げようがありません。

 

賢く美しい内親王であらせられまする。

 

<!-- 眞子様 -->

 

一方、両陛下は伊勢へ。

 

 

 

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皇太子一家スキー静養

2014-03-24 17:16:23 | 皇室報道

 年度末の予算を使い切る為の静養ですね 

 

 皇太子一家スキー静養 

 24日、午後12時半ごろ、皇太子一家は長野に到着。

 1週間ほど、池田礼子一家とスキーを楽しむ予定。

 宿泊場所はグランフェニックス奥志賀ほぼ貸切

 春休み中、愛子内親王は遊園地へ行く予定。

 長野近辺の方々には相当な迷惑をかけたようで。

   自動販売機は使用中止に。自転車ですら通れない。道路封鎖状態だとか。

 愛子内親王はあいさつせず、お手ふりのみ。

  でも、その手の振り方がいよいよもって・・・・・ これでも国民を騙している

  つもりでしょうか?

  全く皇室に興味のない人達ですら「愛子さまの手が変」とツイッターに

  書き込む程なのに?

 楽しそうなのはいいけど。

   本当に伊勢にも武蔵野にも行かないつもりなんでしょうか?

  雅子妃は適応障害でも内親王はそうではない筈。神事を行うのに

  なんの心理的障害もない筈ではないですか?

 それに。

   静養だと早起き出来るんですね。

   内親王。遊園地ってディズニーランド?やめてよ。もう。

 

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