ふぶきの部屋

侍ブロガー、ふぶきが宝塚とドラマ、皇室からワイドショーまで語ります。連載中の小説もお見逃しなく。

帰京

2015-09-03 19:44:11 | 皇室報道

 え?今頃帰京?そーなんです。

 

 

行きじゃないよ。帰りだよ。同じ服を着てても。

手の振り方が同じでも。

どっちがどっちでもいいんだけど・・・・・・

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皇室典範について

2015-09-02 07:00:00 | 皇室報道

 

        テーミス9月号

 

 コメント欄で

なぜ紀子様は皇后になれないの?」

「悠仁親王が即位したら秋篠宮殿下の立場は?」

という質問がありましたので、ちょこっと説明させていただきます。

よくよく考えると、今のままでいくと紀子様は皇太后にもなれない・・・かも。

 皇室典範 

 第一章 皇位継承

第一条  皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する。
 
 現在の皇位継承順位は徳仁親王 → 文仁親王 → 悠仁親王 → 正仁親王
 
      → 崇仁親王
 
第二条  皇位は、左の順序により、皇族に、これを伝える。
 
 皇長子 (例 徳仁親王)
 
 皇長孫
 
 その他の皇長子の子孫
 
 皇次子及びその子孫 (例 文仁親王&悠仁親王)
 
 その他の皇子孫
 
 皇兄弟及びその子孫 (例 正仁親王)
 
 皇伯叔父及びその子孫 (崇仁親王)
 
 
○2  前項各号の皇族がないときは、皇位は、それ以上で、
 
    最近親の系統の皇族に、これを伝える。
 
○3  前二項の場合においては、長系を先にし、同等内では、長を先にする。
 
 例・・・仮に今上に子供がなく、親族もなく、苦肉の策で旧宮家の人物を
 
      天皇にしなくてはならない場合。今上から最近親の旧皇族は旧久邇宮家
 
    (母の実家)及び旧東久邇宮家(姉の嫁ぎ先で母の実家の分家)
 
      順番から言って久邇家の現当主か、その長子?
 
 例・・・皇太子徳仁親王が雅子妃以外の女性との間に男子を得た場合は
 
      (これまでの事例でいうと)皇長孫になる。
 
 
 
 
第三条  皇嗣に、精神若しくは身体の不治の重患があり、
 
        又は重大な事故があるときは、皇室会議の議により、
 
        前条に定める順序に従つて、
 
        皇位継承の順序を変えることができる。
 
 現在、この3条をよりどころにしている方も多いかと思います。
 
   しかし、何をもって「精神もしくは身体の不治の重患」「重大な事故」とするのか
 
   定義されておりません。
 
   常識で考えればわかるだろうと言われそうですが、その常識が通用しないのが
 
   「皇室」の皇室たるゆえんです。
 
 過去に精神疾患の天皇がいなかったわけではありません。
 
   なぜ廃されなかったか。それは時の権力者にとって得があるからです。
 
 
第四条  天皇が崩じたときは、皇嗣が、直ちに即位する。
 
 皇位は1秒たりともあけられないのです。
 
   ゆえにその瞬間から徳仁親王が「今上」になるわけです。
 

 第二章 皇族

五条  皇后、太皇太后、皇太后、親王、親王妃、
 
              内親王、王、王妃及び女王を
 
        皇族とする。
 
第六条  嫡出の皇子及び嫡男系嫡出の皇孫は、男を親王、女を内親王とし、
 
        三世以下の嫡男系嫡出の子孫は、男を王、女を女王とする。
 
 
第七条  王が皇位を継承したときは、その兄弟姉妹たる王及び女王は、
 
       特にこれを親王及び内親王とする。
 
 
第八条  皇嗣たる皇子を皇太子という。皇太子のないときは、
 
         皇嗣たる皇孫を皇太孫という。
 
 三世以下の嫡男系嫡出の子孫は、王、女王とするとあるので、
 
  仮に寛仁親王家の彬子女王、瑤子女王らが「王」だった場合、その子孫は
 
  男子が続く限り皇族であるという事。(つくづく女王でよかったよ・・・・)
 
  現在は永世皇族制で、これは明治以来のことです。
 
 天皇(今上)の子→徳仁皇太子
 
  皇太子が先に亡くなって男子の孫が残った場合→皇太孫
 
  「皇嗣たる天皇の弟を皇太弟という」とは一言も書いてありません。
 
  つまり、規定そのものがないのです。
 
 
 
第九条  天皇及び皇族は、養子をすることができない。
 
 養子 → 実際に親子関係を結び、育てる事。
 
  猶子 → 利害関係の一致による「親子兄弟的結びつき」
 
養子はとれなくても猶子ならできるのではないかというのが私の意見です。
  
 
 
第十条  立后及び皇族男子の婚姻は、
 
             皇室会議の議を経ることを要する。
 
 美智子皇后の場合、皇室会議を経ることなく皇后になった・・そうです。
 
   理由は「皇太子妃」としてのキャリアが長かったこと。
 
   つまり雅子妃もすでに皇太子妃歴20年を過ぎているので、皇室会議を
 
   経なくても皇后になれるという事ですね。
 
 
第十一条  年齢十五年以上の内親王、王及び女王は、その意思に基き、
 
         皇室会議の議により、皇族の身分を離れる。
 
 皇太子夫妻が万が一離婚した場合に取りざたされるのがこの11条。
 
   愛子内親王は15才になれば内親王であるか臣籍降下するか選べるという事。
 
   
 
○2  親王(皇太子及び皇太孫を除く。)、内親王、王及び女王は、
 
   前項の場合の外、やむを得ない特別の事由があるときは、皇室会議の議により、
 
  皇族の身分を離れる。
 
 これまた「やむを得ない特別の事由」とは何か、一切定義されておりません
 
   という事はないも同然の条項なのです。
 
  強いて言えば「自分が望めば」皇籍離脱できるかもしれないという事ですね。
 
  逆にこれを逆手にとって「皇族費の財政難により宮家の女王は臣籍降下すべし」と
 
  いう事だってできる筈ですが。
 
 
第十二条  皇族女子は、天皇及び皇族以外の者と婚姻したときは、皇族の身分を離れる。
 
 
第十三条  皇族の身分を離れる親王又は王の妃並びに直系卑属及びその妃は、
 
        他の皇族と婚姻した女子及びその直系卑属を除き、
 
        同時に皇族の身分を離れる。但し、直系卑属及びその妃については、
 
        皇室会議の議により、皇族の身分を離れないものとすることができる。
 
 
第十四条  皇族以外の女子で親王妃又は王妃となつた者が、その夫を失つたときは、
 
         その意思により、皇族の身分を離れることができる。
 
 
○2  前項の者が、その夫を失つたときは、同項による場合の外、
 
     やむを得ない特別の事由があるときは、皇室会議の議により、皇族の身分を離れる。
 
 
○3  第一項の者は、離婚したときは、皇族の身分を離れる。
 
 皇族は離婚できるのです。しかし天皇はできません。
 
 
○4  第一項及び前項の規定は、前条の他の皇族と婚姻した女子に、これを準用する。
 
 
第十五条  皇族以外の者及びその子孫は、
 
         女子が皇后となる場合及び皇族男子と婚姻する場合を除いては、
 
        皇族となることがない。
 
 小和田家に連なる人が「準皇族」なんてありえないという事です。
 

  第三章 摂政

第十六条  天皇が成年に達しないときは、摂政を置く。
 
 悠仁親王が未成年で天皇になった時は、摂政を置くという事で
 
  この場合、紀子妃か内親王方2人が候補になるでしょう。
 
 
○2  天皇が、精神若しくは身体の重患又は重大な事故により、
 
   国事に関する行為をみずからすることができないときは、
 
    皇室会議の議により、摂政を置く。
 
 しつこいですが、何をもって・・・・・(略)
 
   ゆえに、摂政を置くもおかないも政府とご本人(天皇)の胸先三寸です。
 
  かつて大正天皇の病状悪化に伴い、皇太子裕仁親王が「摂政宮」になりましたが
 
  これは大正天皇の意向ではなく、時の政権の意向であったと言われています。
 
  天皇自身の意志は無視された形。
 
  その反動だったのか、昭和天皇の病状が悪化しても摂政は置かれませんでした。
 
  ゆえに今上も、そして次期天皇も摂政は置かないと思います。
 
  「摂政を置く」というのは、天皇の権限をほぼ全て譲り渡すことであり、ちょっとした
 
  屈辱なのかな?という気が。
 
  特に「皇后」にとっては。
 
 
第十七条  摂政は、左の順序により、成年に達した皇族が、これに就任する。
一  皇太子又は皇太孫
二  親王及び王
三  皇后
四  皇太后
五  太皇太后
六  内親王及び女王
 
 
○2  前項第二号の場合においては、皇位継承の順序に従い、
 
同項第六号の場合においては、皇位継承の順序に準ずる。
 
 
第十八条  摂政又は摂政となる順位にあたる者に、精神若しくは身体の重患があり、
 
         又は重大な事故があるときは、皇室会議の議により、
 
         前条に定める順序に従つて、摂政又は摂政となる順序を変えることができる。
 
 
第十九条  摂政となる順位にあたる者が、成年に達しないため、
 
         又は前条の故障があるために、他の皇族が、摂政となつたときは、
 
         先順位にあたつていた皇族が、成年に達し、又は故障がなくなつたときでも、
 
         皇太子又は皇太孫に対する場合を除いては、摂政の任を譲ることがない。
 
 
第二十条  第十六条第二項の故障がなくなつたときは、皇室会議の議により、
 
        摂政を廃する。
 
第二十一条  摂政は、その在任中、訴追されない。但し、これがため、
 
          訴追の権利は、害されない。

 「摂政」という名称について、多くの方は「摂関政治」の「摂政」をイメージ

   するのですが、ここでいう「摂政」というのは「今上に並ぶ皇族」の意味です。

  「名代」より重いというか

  昭和天皇が重病の時、皇太子殿下は「名代」であっても「摂政」ではありませんでした。

   

さて。

ざっと、皇位継承の部分だけ抜き出しました。

今上 → 秋篠宮 に皇位継承を望む多くの方には悲しい話ですが

今の皇室典範が改正されない限り、今上 → 皇太子 の流れは変わりません。

例え、徳仁親王が飲みすぎて健康に害が生じようと、雅子妃の精神状態が

悪化しようと、そのことを理由に皇位継承順位を変える事は出来ないのです。。

 

そして、皇太子が「今上」になった時、秋篠宮殿下は皇太子でもなければ

皇太弟でもありません。

悠仁親王も同じです。このままいけば悠仁親王は立太子せず、天皇になる

可能性が高いのです。

保守派がいうように「徳仁天皇に対し、文仁摂政体制」が理想といえば理想ですが

そうなると、いわゆる「国事行為」の大変な部分だけ摂政に・・・という事に

なりかねません。

何よりも自分とほぼ同等の権威をもつ皇族の存在を徳仁親王が認めるとは

思えません。

仮に・・・・仮に、徳仁天皇が危うくなってどうしても摂政を置かざるを得ない場合

順位的には秋篠宮ですが、「皇后」「皇女」も摂政につけるという事を

忘れてはいけません。

こういうのを諸刃の剣?

 

さて。「紀子様は皇后になれないのか」というご質問。

 

「皇后」というのは天皇の「后」で、紀子妃が皇后になる為には秋篠宮が

天皇にならないといけません。

しかし、前述したように今上→皇太子の流れは変わりません。

じゃあ皇太子→秋篠宮ではないかと思われるでしょうね。

順番としてはそうなんです。

でも、仮に皇太子が90歳まで天寿を全うした場合、秋篠宮は84歳です。

その時に秋篠宮が国事行為を出来るほど元気であるかどうか

というのは保証できないのでは。

仮に84歳で即位したら、紀子妃は83歳?で皇后になりますけど・・・・・・・

 

となると、皇太子→悠仁親王へという流れが現実的かもしれません。

その場合、秋篠宮両殿下は「天皇の父と母」というだけで身位に

変化はありません。

ただ、江戸時代までの先例に従うなら、宮家から天皇が出た場合、

天皇自身の希望によって、父を「太政天皇」格として扱うという事はあります。

そうなると、太政天皇の后は皇太后になります。

「源氏物語」でいう所の朱雀帝に対し、父桐壺帝は『上皇」、産みの母である

弘徽殿の女御は大后(皇太后)

源氏の隠し子である冷泉帝の時に、帝は源氏に「準太政天皇」の位を授けました。

 

ただ、基本、皇后ではない「天皇の母」が必ずしも「皇太后」格になったわけでは

ありません。

従三位とか従一位とか・・・そういう「格」の上昇はあっても、名称として

「皇太后」と呼ばれるというのはあまり・・・側室が多かったからでしょうね。

 

なんにせよ、現在の皇室典範はがんじがらめに堅苦しく、あらゆる場合を

想定していないので、欠点も多く、例外が生じたときの融通性がありません。

なぜ、こんな風になったかというと、「政府にとって天皇家との繋がりが

プラスに働かない」という点ではないでしょうか。

明治政府が天皇の意を受けて宮家創設を認めたのは、「大元帥陛下」という

天皇の威光が必要だった事、皇族方を軍隊に入れて国民の手本としたかった事

など、理由はいろいろあります。

 

現在はどうでしょうか。

いわゆる「護憲天皇」「人権皇太子」・・・・左翼思想の強い天皇と皇太子の

存在は、安倍政権にとってはマイナスです。

大昔であれば、政権にとってマイナスな天皇や皇太子はとっくに廃されて

しかるべきなのですが、今は国家自体がマスコミの先導で左翼に向いており

一部の「擁護派」キャンペーンが恐ろしくて、保守派は手を出せない状態。

ただでさえ、集団的自衛権の行使という、あたりまえの法案に関して

歪曲されて広まっている現在、

「偏った思想を持つ天皇と皇太子は×」などとは言えないのです。

それをいいことに、左翼はマスコミを使って「天皇の権威」を利用しています。

すなわち

「今上は憲法9条を守ろうとしている」

「皇后は安倍政権が嫌い」

「皇太子の護憲発言」

でもさすがに「天皇」を連呼するとまずいと思っているのか、最近では

全てが「皇后のご意思」と言われる。

つまり皇后=天皇・・・・のようなもの。

このような報道をされているのは宮内庁も両陛下も知っている筈。

無論、皇太子も秋篠宮も知っていると思います。

だけど否定もしないし、諫めもしないというのが現状です。

 

話がそれましたが、

ゆえに、紀子妃殿下は「皇后」になれないし、「皇太后」にも

なれない・・・かも。

 

ぶっちゃけ

天皇制なんてあろうがなかろうが日常生活に変わりはない」

「元号なんてなくなってもよくね?」

と政治家ですら思ってるってことです。

しかし、開闢以来、「クニ」として存在する限り天皇(大王)がいなかった

時代はなく、「大化」という元号がつけられた645年以来、元号がなかった

時代もないのです。

多分、元号がない時代でも何等かの呼び方はあったはずだし。

そういう世界に誇るべき「古きもの」があっさり消えた世の中がどうなるか

恐れもしないという事がおかしいのです。

ちなみに9月4日に行われる皇室会議の選挙というのは、

皇族の婚姻などを決める際に開かれる「皇室会議」メンバーを決める

選挙で、皇族は二人と決まっています。

現在は常陸宮両殿下が「議員」

予備議員(議員に何かあった時の予備)に秋篠宮殿下と三笠宮百合子妃。

徳仁親王は2003年の選挙で落選して以来、一度も議員にも予備議員にも

選出されておりません。

その選挙が4日にあるという事です。

 

 

 

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これはもう訴訟ものでは

2015-08-31 07:00:00 | 皇室報道

 どなたか「テーミス」9月号を買われた方、いらっしゃいませんか?

確かこれって通販か書店が限られているんですよね。

(発売は9月1日になってます)

すぐに見ることが出来る環境にないので、あくまで「レポートのレポート」に

なりますけど、もし、本当にこんな記事が書かれているのであれば

これはもう訴訟ものじゃないかと思います

とはいえ、秋篠宮家はそういう事をなさらないだろうし。

じゃあ、どうやって国民が声をあげていったらいいのかという・・・・・・・

 

皇太子家への対抗心か

秋篠宮紀子さま「仰天ご発言」が広げる波紋

悠仁さまの教育について助言されたとき

「私はこれから皇后になる人よ」と

◎「いまは時代が違いますから」

○ このところ秋篠宮妃紀子さまとその周辺の言動が波紋を広げている。

○ 秋篠宮家には殿下(継承順位2位)と悠仁さま(同3位)がいるのに、

  職員数や皇族費など どうにかならないのかというのが紀子さまの思いといわれる。

○ 悠仁さまの将来の進学について東大目指しているという報道があったが、

  ご夫妻の知人曰く

  「ご夫妻の周囲には東大出身者が多く、紀子さまは大学進学の情報収集にも

  努めておられる」

○ 同時に紀子さまの言葉のキツサも言われ、それは職員に対してだけでなく、

  相手がどんな立場 の人であれ、ときどき俄かには信じられないような言葉を吐く。

 ・ 佳子さまのタンクトップファッションについて、

  皇后さまが紀子さまに「少し控えめに」「国民の 皆さんに不快な感情を

  与える恐れのないように」と注意

 紀子さま「もう時代が違いますから

 ・ 別の機会に周囲に悠仁さまの教育について助言を受ける

 紀子さま「私はこれから皇后になる人です。

         みなさんにどうこう言われる筋合いはありません

 ○ 皇室ジャーナリスト

 ・ 権力を持たない両陛下の地位に権力があるかの如く扱い、

  一般人と分けてご自分を特別視されている。

 皇太子が天皇になっても皇后の雅子には大変かもしれない、

  その時は摂政宮を設けて秋篠宮に就いてもらう。

 → 皇位継承順位を無視する意図のある発言とも受け取られかねない 

民間の方が皇室に入ってから

○ 雅子妃がある会合に出て笑顔を見せていた時、雅子妃に紀子さまが

  「私はご病気ではありませんよ」 (その後雅子からしばらく笑顔が消えた)

 ○ 以前は周囲に指摘されると「わかりました。そのようにいたします」だったのが

   ここ数年で変化。 嫌なことを言われると、すぐ横を向き「舌打ち」するように。

 ○ 天皇陛下は皇后陛下が皇室入りしてからの苦労を見てきているだけに、

   紀子さまの苦労を特に 心配されていたともいわれる。

 ○ しかし陛下は紀子さまについては一言もおっしゃっていない。

   → 民間から皇室に入った皇后陛下や雅子への批

    判に結びつく恐れがあり、ひいては天皇陛下

    自身に跳ね返ってくるからだ

 ○ 美智子さまのストレスは、この解決しようのないところから発しているようだ。  

 

もし現物をお持ちの方、もしくは現物を読める環境にある方は

本当にこういう風に書いてあるのか確認して頂きたいです。

そして本当にそうなら、抗議というか、訴訟ものだと思います。

私達、皇室に関心のある者が読むなら「ああ、これは雅子妃のスライドだな」と

すぐにわかります。

だけど、一般人はわからないのです。

「雅子妃に関する記事(バッシング)がすべて本当だというなら

このテーミスの記事も本当に決まってる。嘘だという根拠を示せ」と

言われるでしょ?

 

だけど、常識的に考えて紀子妃が

「私は皇后になる人です」とおっしゃる筈がないのです。

なぜなら、どう考えたって紀子妃は今のままなら皇后ではなく

皇太后になる方ですから

それに、人に言われて舌打ちをするなんて下品なことをされるはずがない。

そのような方のお子様があそこまで上品にお育ちになるでしょうか?

 

「私はご病気ではありませんよ」の件は、どう考えたって病気なのは

雅子妃の方なんだし・・・・と考える所ですが、テーミスが言いたいのは

「私は(あなたと違って)「ご」病気ではありませのよーーほーっほっほっ」って紀子様が

おっしゃったって話でしょ? (何のフィクション?)

ううむ・・「天皇の母」に匹敵するフィクションです。

が、どこにも「これはフィクション」と書いていない事が問題ですね。

 

ただ、この記事に真実があるとすれば、それは

「天皇陛下が紀子妃殿下を庇わない」という部分で、ここを雅子妃に

置き換えると

「皇太子妃である雅子妃の行動を表だってとやかくいうと、どこからか

『やっぱり民間妃はダメだった』

『民間出身の皇后の采配が悪い』

と言われるだろうこと。

それがそのまま両陛下へのバッシングになるという恐れがあるから。

 

しかし、もう遅い部分が多々ありますよね。

私達はすでに両陛下の虚像に気づいてしまったし、これだけ長く

東宮家を放置する理由にも気づいてしまいました。

それこそ声に出して言わないけど、信頼そのものを失っているのです。

 

声に出して言わないことをいいことに、雑誌は書きたい放題。

まるで憑りつかれているみたいに「紀子様バッシング」を繰り返す。

秋篠宮家が一切、反論しないことをいいことに。

こんな暴挙が許されますか?

 

 まずは テーミスにご意見メールを。

info@e-themis.net

 

eigyou@e-themis.net

 

だけど、やっぱりはがきが有効かもしれません。

株式会社テーミス
〒102-0082 東京都千代田区一番町13-15 一番町KGビル

 

言葉は短く端的に。

「前略 紀子様について嘘を書くのはやめてください! 草々」

「前略 テーミスを宮内庁と秋篠宮家に送りますよ 草々」

「前略 秋篠宮家が名誉棄損で訴えなくても、国民が訴えます。

 雑誌が嘘を書くのは許されません。 草々 」

これで十分です。

 

 

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東宮一家 那須ステンドグラス美術館に

2015-08-27 07:00:00 | 皇室報道

 皇太子一家が25日に那須のステンドグラス美術館に

行かれたそうです。

先導車つき。

 

しっかり窓をあけて・・・たぶん、お手ふり。

 

素人が撮影したこれらの写真を見て、みなさんはどう思いますか。

女帝擁立を画策するよりまだましかもしれないけど。

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皇太子一家那須へ

2015-08-25 07:00:00 | 皇室報道

 堀北真希&山本耕史の結婚、おめでとうございます。

山本君のマメさは「SMAP×SMAP」でよく見てました。

共演した香取君にメールを送って「返事がない」としょぼーんとしてるの。

そういう人だから、片思いの彼女に40通の手紙を渡すことができたのね。

っていうか、交際期間0日!

今時、すごいです。かえって新鮮

 という事で東宮一家がまた。

 

まず、22日に戦後70年企画展「伝えたい あの日、あの時の記憶」を

日比谷図書館に見に行って。

一応、招待を受けて「愛子内親王同伴」を決めた・・・らしいです。

雅子妃のスーツはちょっと暑苦しいというか。

何でだろ。

内親王は上と下がちぐはぐな印象。やっぱり佳子様の真似?

ここで戦時中の体験談を聞きました。

愛子内親王だけ身を乗り出していますが、これを

「熱心に興味を持って」いるのか、単に目の前に知らない人がいるので

「ぎょっ」となっているかは不明。

ちなみに内親王は「テレビや新聞で戦争の話は聞いた」そうです。

 

そして24日。

公務を一つこなしたので、堂々と静養へ。

東京駅。雅子妃の憮然とした顔。これが本当の顔なんだろうなと思います。

 

あれ?この雅子妃の足は・・・・・皇后陛下そっくりではありませんか?

そっかーー皇后さまを見習って。うんうん。

愛子内親王はワンピース?今時はやりの2ピースに見えるワンピース。

サンダルがどうしてこの色なのかわかりません。

でも「靴下はいてサンダルはおかしい」って言われたからストッキングに?

そうですよね?きっと。

ただ色のせいか裸足に見えるのがなんとも。

内親王のほっぺが片側がひどく赤くなってるんですね。

赤むけ?日焼けしすぎ?

それにしても、衣装もちでいらっしゃる。ただ一度として同じ服を着たことが

ないんじゃないかと思うほどに。

 

そして両陛下も軽井沢へ。皇后陛下はストレス解消の趣味の為に

草津へも行かれます。

今月はもう両陛下も東宮家も東京にはいらっしゃいません。

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これでは東宮家と同じ

2015-08-14 07:22:29 | 皇室報道

 年齢も年齢だし、好きな事をさせて差し上げたいのはやまやま。

でもそれこそ「順番」が違うのではないかと思い。

しかも上から目線でこんな事を言われたんじゃ・・・・・・・

 

 皇后陛下のストレス軽減へ 

 風岡宮内庁長官の定例会見

 「皇后陛下の虚血性心疾患」は「公務に尽くされてきた事が原因」

 「皇后さま自身は普段の活動が負担やストレスになるとは話されていない」が

   「長年公務に心を砕かれてきたことによる「体への影響は当然あると考えている」

 ストレス解消の方法

  日程の組み方を工夫して行事の間隔を空けるなど、活動や日常生活できめ細かい配慮を行う

  音楽や絵画など私的活動にあてる時間を増やす

 体調を注意深く観察し、変化を早期に把握するよう努める

  公的行事の数自体を減らすことについては、「直ちには考えていない」

 風岡は何を言ってるわけ?この記者会見の違和感を一般人が感じないのが残念です。

  誰も風岡という宮内庁が上から目線でこんな事言ってるとは思わないんだろうから。

 要するに働き過ぎが原因になってる。

  しかし、仕事の数は減らさないよーー間隔を空ける。

  好きな事をする時間を増やします。

 80の老人が働き盛り以上に働いたら体力的にストレスを感じて病気にもなるでしょう。

  だったら、いっそ祭祀以外の公務はしなくてよいと思います。

  だけど、皇后陛下自身としては「あれもこれも私がいなくちゃ成り立たない」と

  思い込んでいるから「じゃあ、赤十字は紀子様に。ナイチンゲールも紀子様に」

  なんて言おうものなら「私は皇后なの」「皇太子妃を差し置いてそれは出来ない。ああ、

  やっぱり私がいないとダメなんだわ」という事になる。

  そんな風に考える事自体がストレスなんだけど、そうは思ってない

 引き際を認めない、晩年の森光子状態。

  (森さんが「放浪記」を続けると言った事で東宝は真っ青になったらしい)

  それもこれも、自業自得なのに責任を転嫁しようとしてないか?と。

  今後、おでましを迎える国民は「体調が思わしくないのに、ストレスを抱えているのに

  わざわざ私達の為におでまし下さって申し訳ない」と思わなければいけなくなる。

  これってまんま「東宮家」じゃん。

  今や病院に行くのも「陛下と一緒」

  音楽鑑賞は増えるばかり。

  「ストレス」になる祭祀はしない・・・・という話ですよね

  歴代の皇后はもっとスマートに表舞台から去って行ったと思うのですが。

  少なくともエリザベス女王はこんな事はおっしゃらないし、もしおっしゃったら

  すぐに「じゃあ、王室廃止」に持って行かれてしまうものね。

 老齢の皇后にここまで「ストレス」を感じさせている本当の原因は「東宮家」で

  ある事に誰も言及しない事が問題なのです。

   今の日本は皇室も政治も真実を厚いカーテンで目隠ししているような状態なんですね。

 

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皇太子一家須崎御用邸へ

2015-08-12 07:00:00 | 皇室報道

 NHKにおいて「戦争を語る」という事は、いかに日本が悪い事をしてきたかを

あぶりだすことなんだよね。

普通の人ならきっと「なんて日本はひどい国」と思うでしょうね。

捕虜になったアメリカ兵を虐待死させた話なんて・・・・・

うちの「家庭内左翼夫」はこういうのを見ると「どっちの国も悪いんだ」っていう。

でもじゃあ、アメリカのどこが悪いのかっていうと、それは言えないの。

何も敗戦国が殊更に自国の「ここが悪かった」なんて語る必要はないでしょう。

ってつくづく思います 嫌な国だなあ。日本って

さて、毎年の恒例がやってきました。

8月11日より皇太子一家は下田の須崎御用邸に滞在。

東京駅風景。

とにかく3人とも「お手ふり」ひたすらお手ふり・・・・・・

 お手ふりが仕事。

遠目から見ると愛子内親王のブラウスは淡い水色かと思いますが実は

ストライプ。

須崎には1週間程、滞在予定。

東京駅ではボストンバッグを持っていた愛子内親王。

それにしても。

一体、誰がこんな服を選ぶんでしょうか。

細いストライプのブラウスに、青いスカート。靴下にサンダル?

まるで昭和30年代かと。

青いスカートって難しいのですよ。やっぱり上に着るブラウスは白でしょう。

靴下は・・・いらないんじゃ。

須崎の次は那須ですかねーーー

国民は能天気に「雅子さまいるーー写真っ!」って撮ってるけどね。

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精神科医の信用度2

2015-08-11 07:05:00 | 皇室報道
雅子妃はなぜこんなにも責められ続けたのか?

 雅子妃の「経過」を振り返ってみよう。

1963年生まれの雅子妃は、外務省に在職中であった1993年に、

皇太子徳仁親王妃に内定した。

この時、彼女は29歳であった。

この年の2月に外務省を退職、「納采の儀」をへて、6月に「結婚の儀」が行われた。

 皇太子と結婚した彼女に求められたのは、何よりも、「世継ぎ」を産むことであった。

なかなか子供ができないこが、初期のバッシングのきっかけとなった。

 はっきり言いますが、「バッシング」なんてありませんでした。

  皇太子妃は自ら「3年は子供を作らない」と言っていたのです。

  それに「子供」というのは妃一人で出来るものじゃないですし。

  国民はそのくらいわかっていました。

 

1994年、婚約一周年会見が雅子妃の風邪ため延期されたときには、

「ご懐妊では」との憶測が飛んだ。

 これに対して、皇太子は、

「あまり周りで波風が立ちますと、コウノトリのご機嫌を損ねるのではないかと

いうふうに思います。風邪をひいたことが思わぬ方向に発展し、

大きな騒ぎとなり、正直びっくりしております」とユーモラスに切り替えしている。

この当時は、まだ余裕があったのである。

 結婚した皇族に「お子様は」と聞くのは定番。

   それすら聞けない空気こそ「人格否定」ではないですか。



 この当時、海外のメディアから、雅子妃の周囲の人々に対する非難の声があがった

(けれども、事態はまったく変わらなかった。それどころか、さらに悪化した)。

1996年2月、AP通信が、「サイレント・プリンセス」と題し、

「雅子妃のプリンセスとしての能力が発揮されていないのは残念だ。

すっかり影が薄くなってしまった」と報じている。

 5月には、米国「ニューズウィーク」誌が、「金の鳥かごに入ったプリンセス」と

題した特集記事において、「男の世継ぎを生んでいないことが重圧となっている」と

指摘した。

 海外メディアから非難?

  もしかして「皇太子夫妻は天皇が死ぬのを待っている」ってあれ?

 そりゃ、ハーバード出てオックスフォードに留学して外務省勤務だった

  女性が実はコミュニケーション不全だなんて誰も思いもしなかったでしょうし。

 結婚前に持ち上げられるだけ持ち上げられた事が「バッシング」要因なら

 それは自業自得。

 

一方、宮内庁の周辺では、公務において、外国の首脳などと談笑する雅子妃に対して、

「外国要人とのお話が長すぎる」「少々、目立ちすぎ、

はしゃぎ過ぎではないか」などと否定的な声があがっていたそうである。

この宮内庁のセンスのなさは、日本的である。

 外交の場においては人の話を「聞く」事が重要なお仕事で、自分が主役になって

 ぺらぺら話すなんておかしいし、いわゆる総理夫人が同じ事やったらそれこそ

 バッシングですけど。

 雅子妃は政治的な話しや軍事の話が好きだったという証言もあり、それこそ

  政治家でもないのにとんでもない事・・・ではないですか。

 10月には、フランスの「ポワ・ド・ヴュ」誌が、「監禁されたプリンセス」と題した特集記事で、

「雅子妃は精神的に鬱状態」との見出しをつけて報じた。

これについては、雅子妃自身が記者会見で、

「鬱状態とかそういうことはまったくありません」と否定している。

 1997年ごろより、懐妊騒動が繰り返して起きた。

1999年12月、朝日新聞が雅子妃の懐妊の兆候をスクープした

(スクープは宮内庁内部からのリークによるものであった)。

このスクープは後に事実であることが判明した。

12月30日に、宮内庁は雅子妃が稽留流産の手術を受けたと発表したのである。

 あらためて振り返ってみると、雅子妃に対するバッシングは、

古くから日本社会にみられるパターンの繰り返しと同じだ。

古来、旧家の嫁は、男子の跡取りを出産しないと、

周囲から厳しく責められたものであったが、雅子妃の場合も同様だろう。

 彼女に期待されていたのは、天皇家の跡取りを産むことであり、

実はそれが唯一の役割といってもいいのかもしれない。

これは、まさに人格否定そのものである。

 「子供を産む」事を期待されないのって・・・年齢的なものがあるならわかるけど

  20代や30代で「別にあなた、子供は産まなくてもいいよ」なんて言われる方が

  辛くない?

  でも、本当の人格否定というのは

  「私が産めないからあなたも産んではダメ。なぜって私が傷つくから」

 という考え方です。

  これは精神科ではなんていうんでしたっけ?「自己愛性人格障害」「社会病質者」

 擁護するわけじゃないけど、両陛下は雅子妃に出産を強要した事など

  なかったと思います。

  ばしーっと「さっさと不妊治療でも何でもしろ」と言える両陛下だったら今の皇室は

  ないでしょうし。

 

海外のメディアにはこう見えていた――皇室も宮内庁も、

さらにマスコミも一般の人も、雅子妃に期待したのは、

豊富な海外経験を生かすことでもなく、

あるいは才媛としての能力を発揮することでもなかった。

望まれたのは、ただ子どもを産む、その一点だけであった――と。

 宮内庁や皇室からは、次のような露骨な声もあがっていた

(『雅子妃 不運と中傷の中で』 友納尚子 文春文庫)。

 「とにかく一人産んでくれればいいんですから」

 「これは国事行為ですから、妃殿下に産んでいただくよう諭してください」

 「産んでくれれば、日本経済のGDPも3パーセント上がるんだから」

 へえ・・・友納尚子などという、嘘ばかり書く作家の文章を鵜呑みですか。

 そもそも雅子妃は「妊娠」する事を望んでいたろうか?

  否。望んではいなかったでしょう。

  「子供なんて馬鹿でも産める」と思っていた筈。絶対に。そうでなければ

  「オーケストラ発言」は出ないもの。

 「馬鹿でも産める・・・筈なのになぜ私は出来ないの」が本音でしょう?

 欲しかったとしてもそれは皇室の為でも夫の為でもなく「自分の体面の為」で

 あったと言えるでしょう。

 そうでなければ今もって娘の障碍を認めないなんてありえないもの。



 2000年の2月、皇太子は、記者会見において、

「医学的な診断が下る前の非常に不確かな段階で報道がなされ、

個人のプライバシーの領域であるはずのこと、

あるいは事実でないことが大々的に報道されたことは誠に遺憾であります」と批判したが、

周囲もマスコミも皇太子の意向は無視したのである。

 妊娠を隠してベルギーへ行き、流産したらマスコミのせいにする。

  ベルギー王室は「知っていたら・・本当にごめんなさい」と両陛下に謝った。

  一般家庭ならまだしも、王室同士の付き合いでこんな事はタブーです。


 雅子妃が体調不良を理由にして公務を欠席するようになったのは、

この年の夏ごろからだった。

7月、香淳皇后の斂葬の儀を欠席、

8月には、佐賀県で開催される全国農業青年交換大会への臨席を中止した。

 2001年になり、4月16日に、懐妊の可能性があると発表された。

そして、12月には、愛子内親王を出産となった。

この時、雅子妃37歳、結婚から8年半たっていた。

誕生したのが女児だったことで、周囲から落胆の声があがったことは否めないだろう。

 落胆なんかされなかったです。

  岩波さんこそものすごい偏見の持ち主ですね。

 それに雅子妃が本当に体調不良で公務を欠席したのは愛子内親王が生まれて

   2年も経ったあとです。その前に「第二子断念」の記事は出ていますので、

   最初から二人目は産まない予定でしたでしょう。

  要するに「後継ぎを産む事を強制された事」と「適応障害」は無関係です。



 この当時、雅子妃は、記者会見において、

宮内庁の意向で世継ぎ作りを優先するために外国訪問を減らしたことを示唆している。

「週刊現代」2004年5月29日号の記事では、

皇太子宛の海外からの招待状を、宮内庁が、皇太子らに報告せずに断ったり、

無視したりするケースがあったと述べられている。

 それは皇太子妃を海外に出すと、非常識な行いをして顰蹙を買うから。

  ベルギーでも中東でもそうだったからにほかなりません。

   何が「非常識」なのか・・・・岩波さんにはわからないだろうけど、王族同士の

  付き合いや「常識」「マナー」というのは特別です。

 自己流を通す事は国際的に許されないのです。



 2003年12月、雅子妃は、帯状疱疹のため長期静養を開始することとなる。

同じ時期、湯浅利夫宮内庁長官が定例記者会見で、

秋篠宮夫妻について、「皇室の繁栄を考えると、3人目のお子さまを強く希望したい」と

発言したが、これは明らかに雅子妃の気持ちを揶揄し、逆なでする発言であった。

 ここに「秋篠宮家の大3子、東宮家の第2子を」と言ったのです。

  雅子妃の気持ちを揶揄し、逆撫で・・・・って、そんなにしてまで子供を産みたく

  なかったのかーーとかえってがっかりだよ。



 さらに、この発言には重大な問題が存在している。

そもそも、子作りや出産は、いくら皇室といっても、プライベートな問題である。

 皇室における出産はプライベートではありません。

 

この長官の言葉は、まったくの私的な領域まで平気で土足で踏み入る発言であり、

まさにハラスメント行為である。こういう点についてまったく無神経であるのが、

日本の官僚らしいと思うのだが。

 仮に宮内庁長官がこういう趣旨の意見を言いたいのであれば、

それは、パーソナルに秋篠宮夫妻に告げればいいのである。

おそらくこの発言は、雅子妃に対するあてつけであったのだろうが、

公的な記者会見で、皇族に出産を促すということは、

つまりは「性行為」を求めることを公言しているわけであり、失礼極まりない発言だった。

官僚は、皇室をまったく尊重していないとしか思えない。

 だーかーらー「東宮家に第2子を」と言いました。ちゃんと湯浅さんの

  記者会見の文章を読め

 「私が産まないのだからあんたのところも産むなよ」と無言のプレッシャーを

  かけた東宮家は秋篠宮家に対する大した人格否定です。



 2004年4月、宮内庁が、5月に予定している皇太子夫妻のヨーロッパ訪問に

雅子妃が同行しないことを発表した。

これを受けて「週刊女性」2004年5月11-18日合併号は、

「雅子妃が皇室に嫁ぐ際、外交官としてのキャリアが必要だからとの周囲の説得があった

にも関わらず、

現実にはそういう機会がほとんど与えられないことで人間不信に陥り、

皇室内で孤立を深めている」という関係者のコメントを掲載した。

 さらに、同じ詩上において、「雅子妃は皇太子妃としての立場に自信をなくし、

人間関係の悩みから心身ともに疲れており、事態は伝えられているより深刻」、

との関係者コメントも掲載されている。

 後に、「週刊新潮」2006年9月21日号は、2004年春の長野静養のときは、

「何かをやろうとすると腹痛、頭痛、目眩、起きられないなどの症状が出て、

また気持ちの中で出口が見られず、非常にイライラするなどの症状が見られた」、

との記事を掲載している。実際、この当時の体調は最悪で、

立ち上がることもやっとであったという。

 これは何の病気ですか?

  うつ病ですか。

 

今になってもまだ、同じように蒸し返すというのは、この岩波氏がどこからか

それ相応の報酬を受け取って書いているのかと。

だってあまりにもステレオタイプに週刊誌に書かれた事をそのまま書いているでしょ?

まるで友納や香山リカと同じレベルだし。

「こんな事を書くのはお尻に火がついているから」なんて思ってはいけない。

これは「嘘を真実」にする為の策なのです。

嘘でも繰り返し繰り返し言えば・・・・だからこそ、私も私達も、うんざりしながらも

繰り返し否定しなくてはならないのです。

 

大体精神科医ともあろう人が、こんな嘘を本当の事のように、一方的にしか

みないで書くという事自体がありえない。

公平性がない。

岩波氏の論文は全てにおいて「主観」的で、公平性がないという事。

精神科医に公平性がなく、患者の言う事を鵜呑みにして

眠れないといえば睡眠薬を与え、気分が落ち込むといえば抗鬱剤を与え

「あっちがわるくて私は悪くない」と言えば「その通り」と返事をしていたら

全然治療にならないのでは?

「この人はなぜこうも一方的に被害者になりたがるのか」という視点が大事でしょう。

「なぜ婚家に適応しないのか」

「なぜ結婚を断らなかったのか」

「なぜ娘のありのままを認めないのか」

「なぜ好きな事だけしたがるのか」

「なぜ、他人に罰を与えたがるのか」

こういう問題を根本的に考える事こそが精神医学、心理学の世界ではないかと

思うのですが、いかがでしょう。

 

 

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精神科医の信用度

2015-08-11 07:00:00 | 皇室報道

 はるなさま。お年寄りが「雅子様は逃げられなかった」って言ってたら

「あらーー初めて聞きました。私が聞いた噂では雅子様って一人だけ

修士論文を出せなかったんですってよ」くらいは言い返してもいいかも。

幻冬舎plusとかいうサイトで

岩波明さんという精神科医の方が書いています。

雅子妃に関してあれこれ語る精神科医の「信用度」は落ちるばかり。

っていうか、正直、精神科医は本当に医者なのか?とまで思ってしまう

自分がいるわーー

たった数人の文章で、精神医学界全体の信用がなくなるって・・・・

タイトル

雅子妃殿下ほど、長きにわたって

バッシングの苦しみを知っている人はいない 

第14回<他人を許せない人たち 〜不寛容という病〜」

 タイトルがもうね・・・・・

   事実を知らずに勝手に書いていいのか?って。

 

今回のテーマは、「雅子さま」である。この十五年あまり、

マスコミと一般の人たちから、もっとも激しく、

ひんぱんにバッシングを受けてきたのは、雅子皇太子妃であろう。

 それは違う。この20年以上、もっともマスコミからゲタをはかせて

   貰っていたのは雅子皇太子妃なんですよ。

  「バッシング」とあるけど、それは全てにおいて事実です。

  「バッシング」と「事実を挙げて批判」する事は違います。

  岩波氏は雅子妃の事実を知らずして思い込みで書いているのです。

 

ご成婚後の1990年代から今日に至るまで、マスコミは、

雅子妃の動静を常に話題にしてきたが、温かく見守るよりも、

冷やかな視線を浴びせることが多かった。

 大雑把な1990年代と書いてあります。皇太子夫妻が結婚したのは

  1995年。90年代中期です。

 何度も書きますがマスコミによってゲタを履かせて貰い、嘘をついてまで

  擁護されてきたのは雅子妃です。

 

これには、雅子妃をとりまく宮内庁や皇室関係者が、

常にネガティブな情報を発信していたように見えたことの影響が大きいように思われる。

 御冗談ばかり。

  宮内庁や皇室関係者は雅子妃をどこまでも庇い続けましたけど?

  どこの誰がネガティブな情報を発信?

  いつからネガティブな発信?

  

 国家意識が薄いとたびたび批判される日本国民であるが、

皇室に対する関心は思いがけず高い。

中でも、雅子皇太子妃の「動静」や「ご病気」についての注目度は、ことさら大きい。

皇室のことなど別世界の話だと思っている人にとっても、

特に女性において、雅子妃の「御様子」は気になるものらしい。

 だって・・・高齢の両陛下が休まずに公務に励んでおられるというのに

  被害者意識丸出しで不平不満ばかり言ってたら気になるんじゃないの?

  「嫁」としても「姑」としても。

 「関心がある」とは言っても、それこそそれは「ポジティブ」な憧れでも

  なく、ひたすら「最近の若い人は・・・」的な関心だったよね?



 その理由の一つとして、雅子妃が人生を暗転させてしまったことと関連していると思われる。

ご成婚まで、あるいは「病気」を公表するまで、彼女は非類のない成功者だった。

ハーバードに東大という高学歴に加えて、恵まれた容姿、家柄も申し分がない上に

語学も堪能とくれば、能力も閨閥もない普通の「平民」は、ため息をつくしかない。

その上、日本国のファーストレディが約束されていたのだ。

 ここ笑う所?

  将来の天皇の后となる事がどうして「人生を暗転させた」事になるのか。

  いわゆる「シンデレラストーリー」だったのですよ?

  「比類なき成功者」というのは・・・どういう意味?

  外務省で役付きだったわけではないし、外交官だったわけでもない。

 ハーバードに東大 → 親のコネ。東大は学士入学。

  恵まれた容姿 → 色黒で歯並びが悪く「フィリピンのメイド」と呼ばれたことも

  家柄も申し分ない → チッソの家系がどうして申し分ない家柄になるのか。

 そもそも岩波氏は小和田雅子という人の過去を精査して書いているのでしょうか?

  ただマスコミが流した情報を鵜呑みにして思っているだけでは?

  ネガティブな情報を発信されたわりには、信じられないくらいキンキラな

  印象をお持ちなのですね。

 平民は「金とコネさえあれば何でも出来る」事にうんざりですよ。



 ところが、そういった“天上の人”がご病気に罹り、輝かしいその道から落ちてしまった。

落ちたどころか、回復しないまま地べたを這いつくばるような苦しみの中にいるのが、

この十年あまりの状況である。

 「輝かしいその道」から落ちるとはどういう意味なんでしょうか?

  雅子妃はいまだに皇太子妃で皇族で、決して落ちたわけではない。

 地べたを這いつくばっているわりには元気にオランダやトンガまで行けたよ。

 岩波氏の「ご病気」とは何と言う病名なんですか?

 

たとえ皇族であろうと、

水に溺れた犬はサンドバッグにするのが、わが国の習わしなのだ、と思わざるを得ない。

 この言い回しが「韓国っぽい」というのがネットで・・・・

  日本ではこんな言い方しませんよね。

  水におぼれた犬は助けるもので、サンドバッグにはしない。決して。



 落ちてしまった雅子妃に対して、日頃のルサンチマンがここぞとばかり、

噴き出ることになった。

大きな声では語られはしないが、「本当に病気なの?」

「どうして、公務をしないの?」「いつまでさぼっているの?」

などと思っている人は少なくないだろう。

 「病気」の雅子妃を見る視線は、同情的なものは少なかった。

マスコミも「病気」であることを一応は認めながらも、批判すべき点を

見出そうとする姿勢が強い。

 雅子妃のストーリ―を我々一般人の社会に置き換えてみれば、

ありふれた「失敗した結婚」である。

嫁ぎ先がしきたりの厳しい旧家だったり、

小うるさい小姑や使用人(関係者)に冷たい視線を浴びせられたりすることは、

だれにとっても、特に女性には身近な問題なのである。

 あらまー「失敗した結婚」なんて堂々と言われて。

  雅子様がお可哀想ですわ

 しきたりの厳しい旧家である事は最初から知っていた筈。

   こうるさい小姑って紀宮さまの事?いやはや・・・・岩波さん。

   使用人(関係者)に冷たい視線を浴びせられた?

  どこの誰が冷たい視線を浴びせたんでしょうか。そういう「思い込み」が

  すべて許される世の中だったら、何でも「やっちゃったもん勝ち」なんじゃないの?

 日本一の旧家。

   重大な使命を帯びている旧家の長になるという事は

   必ず「義務」が付きまといます。

   家格の差こそあれ、どこの誰でも一度は経験することではないでしょうか。

   「伝統やしきたりを教える」のが古参の役割であり、新参者はきちんと

   受け入れるのが当然の事。

   もし自分の意見に正当性があるというなら、逃げたりせずに闘い続けるべき。

 落ちてしまった雅子妃ねえ・・・・

 

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佳子様 IN 琵琶湖3

2015-07-30 07:00:00 | 皇室報道

 皇后陛下の心筋虚血。心配ですね。

要するに血管につまりがあるかもーーってことですか?

無理せずに穏やかにお過ごし頂きたい。

のにっ 公務を減らす意志はないとの事で。

何でそこまで・・・・・国民はそこまで頑張って欲しいわけではないのですよ。

80の御老体に頑張れなんて言いませんって。

さて。佳子様ですよ。

笑い方や手の振り方が紀子妃そっくりな佳子様。

 

郷土芸能鑑賞。

場が華やいでいるのがわかりますね。

いいなあ。父親冥利だなあ。

父と娘といえば亡き鄂凌堂Δ班忙匳王もよく二人で公務されてましたが

当時は、華やかさを感じた事はありませんでした。

秋篠宮殿下と佳子様や眞子様は、ビジュアルとして素敵です。

 

お出迎えされた方々。本当にうらやましい。

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