公任小話

「公任集」の和歌を題材にした小話

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梅の花、それともみえず

2007-02-01 | Weblog
月明かりの煌々たるや、似る宵もなしといった風情だった。

身を切るような冷気が足元から脳天まで押し寄せ、震えが止まらないほどである。

宴席を中座して庭へ出た公任は、望月まであと2日の丸さを帯びた月を見上げていた。

「姿が見えぬと思うたら、こないなとこにいらしゃりましたか」

思わぬ声に驚いて振り返ると、斉信がしてやったりといった笑みを湛えて立っていた。

「その口ぶり、実資殿かと思うたぞ」
「存外私の口真似も似ているだろう?」

斉信はそう言いながら、自分も段を降りて公任に並んで立った。

「かように凍みる夜に、相変わらず酔狂な男だな」
「その酔狂な男に付き合おうとしているお前の方が余程ではないのか?」

公任の皮肉の応酬に、斉信も苦笑を零した。

「それでお前は何をしているのだ」

公任は視線をを元あった位置へ戻すと、手を擦り合わせて息を吐く。
その息の白さが月明かりに際立ち、一種荘厳な空気を斉信は感じた。

「まあ、今しばらく待とうではないか」

何を、と問う斉信の声は寒さに掠れて消えた。

「いつからここに居るかは知らぬが、これを貸してやるからその凍りつきそうな指先を温めろ」

斉信は懐から温石を取り出すと、公任の胸元に押し付けた。

これは有り難い、と呟いて受け取ったのを見て斉信は何の暖も取らずに直立していた公任は本物の阿呆だと思った。

寒さを紛らわすため、空に目を遣ると月から右へ行ったところに青星-天狼星と三ツ星が見えている。
視線を今少し西へ向けると、六ツ星の瞬くのが見えた。

「星はすばる、か-」

「清少納言だな?」

黙り込んでいたかと思われた公任は、斉信の呟きを聞き逃さなかったようだ。

「あの女房が好みそうな明るさだが、私は扇星の方がいい」

そう言った公任の視線を辿ると、ちょうど扇を半分開いたような形の星に行き当たった。
昴から左に目を移したことになる。
「あの閉じかかった扇の向こうに、ほのかに光る星の集まりがあるだろう?まるで今から奥ゆかしい姫君が顔を見せようかという風情ではないか」
「お前らしからぬ物言いだが、顔を隠すところではなく今から顔を見せようとしている、というのは気に入った」

斉信の幾分好色がかった口の動きを見て、公任は半分呆れながらもつられるように笑った。

「しかし今宵は雨降り星になるのではないか?」
「雨と言わず、雪だ」
「何?」

半刻ばかり経った頃だろうか。
月が群雲に覆われ始めた頃、風の強さが増したかと思うと、その風に誘われたような白雪が吹きすさんで来た。
二人とも手足の感覚はとうの昔に無くなっていた。

「この庭には、あるやんごとなき身分のお方から下賜された梅があるのを知っているか」
「いや、それは初めて聞くが…梅贔屓のお前が言うのなら間違いなかろう」

いきなり何の話だ、と怪訝な顔をしている斉信に向き直ると
「さあ、雪の降り初めを見届けたことでもあるし火鉢のあるところで存分に暖まろうではないか」
結局何をしていたのか分からない公任に促されるまま、斉信は身を震わせて後に続いた。


翌朝、雪から来る底冷えに目を覚ました斉信はまだ目の明かぬ公卿たちの中に公任が居ないことに気付き、昨晩空を見た庭先へと自然と足を向けた。


「なかなか積もったものだな」
「梅が見事だ」

昨夜と同じように白い息で顔を曇らせる公任の横顔を見ていた斉信は、その言葉に柳眉をひそめた。

「この雪では梅など分からぬ」
「いや、判る」

目を閉じて息を吸い込む公任を真似てみた斉信は、思わず感嘆の声を上げた。

「これは…」
「ここの梅の花の香は、かように濃いのだ」

満足気に微笑む公任と、朝の清洌な空気に一瞬魅入られた斉信は、再び静かに目を閉じ、艶のあるそれでいて高貴な香りをしばし楽しんだ。


花の色は雪にまじりて見えずとも かをだににほへ人のしるべく  小野篁
                               
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