亀治郎さんが→市川猿之助 襲名
香川照之さんが→市川中車 襲名
になったので、現:市川猿之助さんの本を読んでみた。
・・・・・正直、現:市川猿之助さんが苦手だった私。
三国志のイメージや、奇をてらうところがどうも好きになれなかった。
しかし、この本を読んで「私は勘違いしていた」と思った。
また、もっと若いころの舞台が観たかったなぁ〜と心底おもった。
第一項の---「鏡獅子」初役に想う---の文章に感激し、図書館で読んだ本なのに…
古本屋で本を探し(只今絶版のため)購入したくらい。
六代目(菊五郎)の「鏡獅子」の映像を観たときの文章が研ぎ澄まされていた。
私が見たかった、観劇に対する「言葉」がそこには溢れていた。
----- ↓以下本文抜粋↓ -----
そこに見る小姓弥生の初々しくきっちりとした舞い振り、あのふっくらとした姿が彩なす何とも言えないふくらみ、裾さばきの美しさ、手先や扇が描く美しい曲線、やわらかい中にも時折りハッとさせる鋭いタッチ、静かなる迫力、後ジテの狂い、その獅子のもつしなやかさとリンとした気組み迫力等々……。そこにあるのはどうやるこうやるという手順とか形とか型でなく、自由奔放に舞動く創造力、逞しい生命力生命力漲る魂、繊細な芸術的感受性に依って自由自在に味付けするセンスの良さ、美しさ等、何と書き表してよいか分からない程の芸術家の魂を垣間見たような気がしました。
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「よく癖のある踊りはいけないと言われるが、癖っぽい踊りと言えば六代目の踊りほど癖っぽい踊りはない。その癖もだんだん洗練され上手くなるとその癖が癖を通り越し一つの美しい独特の味、個性として消化するものです。そして皆が真似をするようになる。中途半端な癖は駄目で、癖もそこまで、味・個性にまで洗い上げ徹底させる性根が必要です」
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「僕は新しいものをつくっていく、お客の心が燃え上がるような芝居を。命をかけて、命をかけてつくります。澤瀉屋の血は飛ぶんだ、飛ぶんだ、高く高く高くお父さん、叔父さん、見ててくださいよ」……と。それは私の叫びでもあるのです。
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↑ 父さん、叔父さん、見ててくださいよというところで、私は涙腺が緩んだ。
鏡獅子のこと以外には、義経千本桜、骨寄せの岩藤、黒塚のことについて書かれてあります。特に義経千本桜の「狐忠信」の狐のセットのことや知盛の碇ののシーンなどについて細かく書いてあるので、面白かった。
亀治郎さんの「骨寄せの岩藤」を観る前にこの本読んでおけばよかったなぁ〜。
でも、亀治郎さんが黒塚をやるときは、この本を復習してから観に行きたい。