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大きい魚は小さい魚を食う

2017年04月29日 | 日記

東京都美術館で開催中の「バベルの塔」展の「諺版画」面白かった。
その中でも絵ががわかりやすいのが「大きな魚は小さな魚を食う」だった。
絵はピーテル・ブルューゲル1世。
ピーテル・ブリューゲルというと農民の生活を描いたものが有名だが、
こういうユーモラスなものもある。

絵の外枠はオランダ語で「見てごらん、息子よ。私は昔から大きな魚は
小さな魚を食うという
ことを知っていた}と記されているとのこと。

   

諺は「小さな民衆は、大きな権力に飲み込まれてしまう」という意味。
何の力もない民衆の諦めのようなものも感じるほど、圧倒感がある。
誰もが逆らうことのできない事実のようだ。

でも、この大きな魚、死んでるのだろうか?
理屈的にはお腹を切り開かれているのだから死んでいるのだろう。

それじゃ、小さな民衆も大きな権力から解き放たれることがあることを
示しているのだろうか?

いや、歴史の現実をみると、権力者は変わる、しかし、誰が権力者になろうが、
要は、いつの時代でも大きな権力者は常に小さな民衆を飲み込んでしまうもの。
とすれば、大きな魚が死んだかどうかは全く関係ない。
圧倒的な大きさ、存在感はそういう事実を示しているようだ。

左上部には魚をくわえたままスタコラと逃げるように歩いている中くらいの魚が描かれて
いるのは、大きな魚に飲み込まれるのを上手く逃れた魚だろうか。
海では小さな魚をそれよりやや大きな魚が今まさに飲み込もうとしている。
これらの魚は次の時代の大きな魚の予備軍なのであろうか。
空を飛んでいる魚は、大きな魚に飲み込まれずに自由を楽しんでいるのだろう。
しかし、空で長く生きることは出来ないので、一瞬の自由を謳歌している儚さを
表現しているのだろうか?

小さな魚を餌に魚釣りをしている人間や魚を肩に背負ってる人間、船でとった
魚を切り開いている人間など、あちこちに配された人間は、
要は、魚の世界も人間の世界も同じだという、まさしくこの諺の教えを
現わしているのであろう。

最近、地球規模でみても、小さな地域社会をみても、まさしくこの諺版画の
とおりだと、感じるところである。

弱肉強食の世界、力は正義なりの世界を、こういう風に「大きな魚は小さな
魚を食う」という切り口で見せられると、救いがあるように思う。
だからこそ、人間は厳しい現実の世界で生きていけることであろう。

そんなことをあれこれ考えると、この一枚の版画絵からいろいろなこと
を教えられそうだ。

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