
今日はE嬢が授業に使っているパリの小さいアパート(というか部屋)に行ったのですが、その
お陰で面白い出会いがありました。このアパート、建物の最上階(6階)にある上、エレベーター
もないので、上まで昇るだけでもかなりいい運動になるのですが、ここの階段を、いつものように、
本がいっぱい詰まったサックを背負って、えっちらおっちら歩いていると、ひどく大儀そうな足取り
でよたよた歩いているおばさんの姿が見えました。
「大変ですね」と思わず声をかけると、「私はゆっくり行くから、どうぞ先に行ってちょうだい」という
返事。この時は、「すみません。これから最上階まで行かないといけないので助かります」と言って
先を急いだのだけど、登りきって一息ついた後、ふと後ろを見るとまたさっきのおばさんが見えます。
あの足取りでこんな上まで登ってくるなんて思ってもいなかったので、ちょっと驚きましたが、聞くと
私がいくアパートのすぐ脇の部屋に住んでいるのだそう。
この時はいったん別れましたが、話はここで終わりませんでした。
授業が終わった後、E嬢と私が部屋を出ると、ちょうどドアを開けたおばさんとまたまた鉢合わせ。
おばさんも可笑しかったらしく、「せっかくだから、ちょっと部屋を見ていく?」と言うので、フランス人
にしては素朴で人懐っこい人だなぁと思いつつ、ちょっとお邪魔することにしました。
E嬢は急ぎの用があるというので、私だけ訪問したのですが、トイレもバスルームもベランダもない、
フランスでは「女中部屋」と呼ばれるタイプ。部屋の半分はベッドで占められ、残りの半分はテーブル
に占領され、他には小さいガス台があるのみ。ここの玄関先で、しばらく立ち話をしたのですが、
話を始めて間もなく、かすかななまりや、言葉にたびたびつまることから、彼女も外国人なのだと
気づきました。言葉のレベルは日常会話すらおぼつかない程度。この状態でパリで暮らすのは
大変でしょう。
それでも、この時はまだ、ポルトガル辺りからの移住者かななんて思っていました。
元々パリにはポルトガル人労働者が多いし、このアパートの管理人もポルトガル人なので、単純に
そう思ったのですが、念のため出身国を聞いてみると、「ユーゴスラビア」という、今時、信じられない
ような答え。
「30年前にパリに来て10年前からこのアパートに住んでいる。フランスに来たのは働くため。だから
言葉はぜんぜん上達してない。仕事先のパトロンもユーゴスラビア人(!)だから、仕事中はユーゴ
スラビア語(!)しか話す機会がない。パトロンは『仕事、仕事』と追い立てるだけ。本当にキツい。
子供と夫は国にいる。」
彼女のおぼつかないフランス語を繋げてみると、大体、こんな感じでした。
話を聞きながら、ふとテーブルの脇を見ると、昔、ポーランドの青空市場で見たことのある巨大な箱型
の手提げ袋がふたつ、ドンと置かれています。それを指差しながら、彼女が「旅行、旅行」と言うので、
「どこ?」と聞くと「ベオグラード」。それで最近の不況を思い出し、「帰国するの?」と聞いてみたところ、
家族と二ヵ月一緒に過ごし、またパリに戻ってくるという返事が返ってきました。
ここで、ふと自己紹介をしていないことを思い出し、「名前はなんて言うの?」と尋ねると、「スラフカ・
イワノーヴィッチ」と純スラブ風の響きが耳に入ってきたので、なんとも言えない懐かしい気持ちのまま
「スラフカ・イワノーヴィッチ、スラフカ・イワノーヴィッチ」と繰り返すと、彼女は感動した面持ちで私を
見つめ、呟きました。
「フランスに来てから何度も自己紹介をしてきたけど、あなたみたいに、すぐ私の名前を覚えてくれた人
はいなかったわ」と。言葉の不自由な異国での一人暮らし、きっと寂しかったんでしょうね。











歳を喰うほどこういうエピソードにほだされます。
きっと世間に人情が不足しているからですね。
スラブ物(?)はどうしても人情話になってしまいますね。
こっちの思い入れが激しいことに加え、冷たいくらい気性が
さっぱりした関東で育ったせいか、こてこての人情話や肝っ玉
母さん的おばさんには弱いです(笑)
海外に働きに出て苦労されている人の話を聞くと、もうたまりません・・・
ちょっと感動しました。
私は、母方の祖父、叔父がブラジルで苦労し、母がいつも愚痴っていました。
その祖父も母も亡くなり、今は叔父や従姉妹がブラジルで頑張っています。
いつか祖父達の話をまとめてみたいとは思っているのですが・・・
オブリガード!
ようですね。模糊さんのご家族も、慣れない土地で大変な
思いをされたのではないでしょうか。以前、クラスメート
だったポーランド系ブラジル人の女の子が、「ブラジルでも
日系人はまじめだよ。根はやっぱり日本人なのかな」と
話していたのを思い出しました。
その子孫に当たる日系ブラジル人の出稼ぎ労働者が、最近、
不況のあおりを受けて、日本から故国に帰国しているという
記事を最近、読みましたが、状況を考えると仕方ないこと
とは言え、胸が痛みますね。