一言、云いたいね

社会の状況を見て一言云わせて貰う

朝日新聞が連載した慰安婦は「誤報」ではなく「虚報」

2017-08-09 05:16:45 | 日記

朝日新聞社は事ある毎に慰安婦に関する今までの記事は「誤報」だった、と強調しているが、これは全く違う。完全なる「虚報」である。「誤報」と「虚報」は雲泥の差だ。ウソの情報を垂れ流しておいて、「間違っていました」という言い訳は通らない。誤りだった、というのはなら正しい情報がある、という事になる。一体正しい情報は何なのか。朝日新聞社から正しい情報など一切流されていない。

最近のマスコミは「虚報」即ちフェークニュースが多すぎる。新聞社がフェークニュースを流し続ける限り、全ての情報を直ぐに信用することは出来ない。例え、真実の情報であっても、そこには何か裏があるのではないか、という疑問が常に付きまとう。マスコミがフェークニュースを流す限り、信用回復は出来ないだろう。日本の正しい情報を知るには海外のニュースを見るしか方法はないのではないか。

但し、海外のニュースは語学がある程度理解できないと正しく見れない。自動翻訳機能を使っても全てが正しく翻訳されない。自分で語学をもっと勉強すればいいのだが、そこは自分の能力が追い付かない。フェークニュースだらけの日本のマスコミは何時になったら正しい情報を流してくれるのだろうか。特に国内政治に関するニュースは酷いものだ。とても見ていられない。

新聞社がフェークニュースを流すという事は今だけの問題ではない。50年、100年後の事にも繋がる。新聞に一度報道されたものは絶対に消えることはない。永遠に残ってしまう。フェークニュースになった記事はそのまま50年後、100年後にも同じ紙面が残っているのだ。今までに朝日新聞が捏造して流した慰安婦の記事は今でもそのまま検索できる。後で、「その記事が間違っていました」と訂正記事を乗せたとしても前の記事は消去することは出来ないのだ。

朝日新聞が流した「虚報」はどうすることも出来ない。その罪の重さは朝日新聞社にいる社員は理解しているだろうか。例え退職している人だったとしても当時は朝日新聞社の社員であったはずだ。自分たちの先輩が「虚報」を垂れ流した罪は極めて重いのだ。本当は、毎週1回、10年間続けて、「慰安婦の記事は虚報だった」という事を掲載すべきではないかと思う。そうして罪の償いをする。それが日本国民に対する罪の償いなのである。

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