犬の散歩

見たこと、聞いたこと、感じたこと、思ったこと

後悔、反省をしない犬と私

2016-10-17 10:53:47 | 日記

 

 

 10月15日(土)の朝の散歩について

 

 6時35分に犬の散歩に出掛ける。

 

 幼稚園、小学校の前を通るコースを歩く。晴れ。

 

 犬は実に元気に行動する。室内では長袖のフリースを着用して丁度良かったが、散歩はTシャツが丁度良い。

 犬は道の右端に行き左端に行き引き返し止まりを延々と繰り返す。かなりの運動量にはなろうと思う。それで痩せると嬉しいのだが。

 

 庭のヒガンバナはとっくに花は散っているが花茎は残っている。花があった所には小さな緑色の粒が出来ていた。種子にはならないだろう。

 花茎の根元には小指位の葉が沢山伸びてきている。濃緑である。

 

 7時5分に帰着。




 昨夕の散歩について

 

 4時15分前に犬の散歩に出掛ける。

 

 太陽は輝き、青空は高く、白い筋のような雲は空の青を讃え際立たせた。秋の静かな午後である。あまりの気候の良さに逆にこれで良いのだろうかと思ってしまうのは老人の貧乏性の悪癖である。

 犬は賢いので深くは考えない。後悔、反省はしない。

 このことは生きていく上で重要なことらしい。つまり、後悔、反省をすると負のスパイラルに陥って免疫機能が低下するようなのだ。本当かいなとの一抹の疑問は打ち消せないが、何しろそういう説を唱える人より私の方がこの世をより長く過ごしているので、負うた子に教えられの境遇に甘んじるしかない所まで来たのかと思う。

 だが、そのご高説を唱えている人もいずれは私の轍を踏むしかないだろう。私だってオリジナルでこの役を演じている訳ではない。以前の誰かを踏襲しているだけだ。結局、順繰りで襷を次に渡しているだけだ。

 兎に角、偉い人がビッグデータから抽出した結果のようだし自分に都合が良いのでそれは認めたい。自分自身、後悔や反省は若い頃こそ十分やったので今では必要ないのだ。

 

 公園からの帰路、中道の先を若い柴犬を連れた人が歩いていた。これは追い付かないなと思ったが、その人は夕刊を配達するスクーターに乗った人がその場に止めて話し始めた。それで我々は一緒になった。

 我が犬をしっかり可愛がってくれた。頭をさすり背中をさすり犬の顔に自分の顔を寄せた。お互いお別れを言う。

 若い柴犬を連れた人はそこにしゃがんで休んだ。

 

 4時20分に帰着。


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