横井克俊のブログ

2008-09-17~

公権力は意に反する行動を強制できるか

2017-04-05 01:41:44 | 公法実務・政治学
日本国憲法19条「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。」
 
[問題の所在]
・一般職に属する国家公務員及び地方公務員は、法令や職務上の命令に従う義務を負う(国家公務員法98畳1項、地方公務員法32条)。通常、その職務命令は「〇〇せよ(するな)」というように外部的行為(不作為)を要求する形をとる。しかし、命令を受けた当該職員が、そのような行動をとること自身の信条に反して耐え難いと感じる場合、憲法19条に依拠して命令を拒むことが許されるか?
・私人間の紛争であるが、最大判昭和48・12・12民集27巻11号1536頁[三菱樹脂事件]は「元来、人の思想、信条とその者の外部的行動との間には密接な関係があり、ことに本件において問題とされている学生運動への参加のごとき行動は、必ずしも常に特定の思想、信条に結びつくものとはいえないとしても、多くの場合、なんらかの思想、信条とのつながりをもつていることを否定することができない」と述べた。
 
[思想及び良心の意義]
・学説の議論(限定する信条説v.広く捉える内心説)にもかかわらず、最高裁は、正面から「思想及び良心」の保障内容を論じていない。
・例えば、最三判平成19・2・27民集61巻1号291頁[ピアノ伴奏事件]では、当該職員(市立小学校の音楽専科の教諭)は、「君が代が過去の日本のアジア侵略と結び付いており,これを公然と歌ったり,伴奏することはできない」「子どもに君が代がアジア侵略で果たしてきた役割等の正確な歴史的事実を教えず,子どもの思想及び良心の自由を実質的に保障する措置を執らないまま「君が代」を歌わせるという人権侵害に加担することはできない」といった思想及び良心を有すると主張した。最高裁は、当該職員のこのような考えを「君が代が過去の我が国において果たした役割に係わる職員自身の『歴史観ないし世界観』及び『これに由来する社会生活上の信念等』ということができる」と捉えた上で、「学校の儀式的行事において君が代のピアノ伴奏をすべきでないとして本件入学式の国歌斉唱の際のピアノ伴奏を拒否することは,当該職員にとっては,上記の歴史観ないし世界観に基づく一つの選択ではあろうが,一般的には,これと不可分に結び付くものということはできず,当該職員に対して本件入学式の国歌斉唱の際にピアノ伴奏を求めることを内容とする本件職務命令が,直ちに当該職員の有する上記の歴史観ないし世界観それ自体を否定するものと認めることはできない」と判示した。以上の議論からは、最高裁は「歴史観ないし世界観」が思想良心の核心だと把握しているようにも読める。
 
[思想良心が直ちに制約される場合]
最二判平成23・5・30民集65巻4号1780頁[起立斉唱事件]では「個人の思想及び良心の自由を直ちに制約する場合」という侵害類型の存在が示唆される。これを通説的枠組みの受容だと捉えれば、この類型は直ちに違憲となろう。
(1)「特定の思想を持つことを強制したり,これに反する思想を持つことを禁止したりする」。※最三判平成19・2・27、最二判平成23・5・30
(2)「特定の思想の有無について告白することを強要する」。※最三判平成19・2・27、最二判平成23・5・30
(3)「児童に対して一方的な思想や理念を教え込むことを強制する」。※最三判平成19・2・27
・最高裁の理解では、「市立小学校の入学式の国歌斉唱の際にピアノを伴奏させること」「公立高校の卒業式で起立斉唱をさせること」は直接的制約ではない。
・しかし、この多数意見に対し、最三判平成19・2・27の藤田宙靖反対意見は、ここでの当該教諭の思想良心には「君が代の斉唱をめぐり,学校の入学式のような公的儀式の 場で,公的機関が,参加者にその意思に反してでも一律に行動すべく強制することに対する否定的評価(このような行動に自分は参加してはならないという信念ないし信条)」といった側面が含まれている可能性があると指摘し、「このような信念信条を抱く者に対して公的儀式における斉唱への協力を強制することが,当人の信念・信条そのものに対する 直接的抑圧となることは,明白である」とした。うーん、卓見。
 
[思想良心が間接的に制約される場合]
・さらに最二判平成23・5・30は、次のような間接的制約論を展開した。この議論は個別事案において柔軟に対応できる一方、その裏返しとして保障範囲の輪郭は失われる。
→間接的制約の意義;「上記の起立斉唱行為は,教員が日常担当する教科等や日常従事する事務の内容それ自体には含まれないものであって,一般的,客観的に見ても,国旗及び国歌に対する敬意の表明の要素を含む行為であるということができる。そうすると,自らの歴史観ないし世界観との関係で否定的な評価の対象となる「日の丸」や「君が代」に対して敬意を表明することには応じ難いと考える者が,これらに対する敬意の表明の要素を含む行為を求められることは,その行為が個人の歴史観ないし世界観に反する特定の思想の表明に係る行為そのものではないとはいえ, 個人の歴史観ないし世界観に由来する行動(敬意の表明の拒否)と異なる外部的行為(敬意の表明の要素を含む行為)を求められることとなり,その限りにおいて,その者の思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面があることは否定し難い」
→必要合理的な制限の可能性;「そこで,このような間接的な制約について検討するに,個人の歴史観ないし世界観には多種多様なものがあり得るのであり,それが内心にとどまらず,それに由来する行動の実行又は拒否という外部的行動として現れ,当該外部的行動が社会一般の規範等と抵触する場面において制限を受けることがあるところ,その制限が必要かつ合理的なものである場合には,その制限を介して生ずる上記の間接的な制約も許容され得るものというべきである」。
→総合衡量;「そして,職務命令においてある行為を求められることが,個人の歴史観ないし世界観に由来する行動と異なる外部的行為を求められることとなり,その限りにおいて,当該職務命令が個人の思想及び良心の自由 についての間接的な制約となる面があると判断される場合にも,職務命令の目的及び内容には種々のものが想定され,また,上記の制限を介して生ずる制約の態様等も,職務命令の対象となる行為の内容及び性質並びにこれが個人の内心に及ぼす影響その他の諸事情に応じて様々であるといえる。したがって,このような間接的な制約が許容されるか否かは,職務命令の目的及び内容並びに上記の制限を介して生ずる制約の態様等を総合的に較量して,当該職務命令に上記の制約を許容し得る程度の必要性及び合理性が認められるか否かという観点から判断するのが相当である」
→当てはめ;「(1)本件職務命令に係る起立斉唱行為は,…当該職員の歴史観ないし世界観との関係で否定的な評価の対象となるものに対する敬意の表明の要素を含むものであることから,そのような敬意の表明には応じ難いと考える当該職員にとって,その歴史観ないし世界観に由来する行動(敬意の表明の拒否)と異なる外部的行為となるものである。この点に照らすと,本件職務命令は,一般的,客観的な見地からは式典における慣例上の儀礼的な所作とされる行為を求めるものであり,それが結果として上記の要素との関係においてその歴史観ないし世界観に由来する行動との相違を生じさせることとなるという点で,その限りで当該職員の思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面があるものということができる。(2-1) 他方,学校の卒業式や入学式等という教育上の特に重要な節目となる儀式的行事においては,生徒等への配慮を含め,教育上の行事にふさわしい秩序を確保して式典の円滑な進行を図ることが必要であるといえる。(2-2)法令等においても,学校教育法は,高等学校教育の目標として国家の現状と伝統についての正しい理解と国際協調の精神の涵養を掲げ(同法42条1号,36条1号,18条2号),同法43条及び学校教育法施行規則57条の2の規定に基づき高等学校教育の内容及び方法に関する全国的な大綱的基準として定められた高等学校学習指導要領も,学校の儀式的行事の意義を踏まえて国旗国歌条項を定めているところであり,また,国旗及び国歌に関する法律は,従来の慣習を法文化して,国旗は日章旗(日の丸)とし, 国歌は「君が代」とする旨を定めている。(2-3)そして,住民全体の奉仕者として法令等及び上司の職務上の命令に従って職務を遂行すべきこととされる地方公務員の地位の性質及びその職務の公共性(憲法15条2項,地方公務員法30条,32条)に鑑み,公立高等学校の教諭である当該職員は,法令等及び職務上の命令に従わなければならない立場にあるところ,地方公務員法に基づき,高等学校学習指導要領に沿った式典の実施の指針を示した本件通達を踏まえて,その勤務する当該学校の校長 から学校行事である卒業式に関して本件職務命令を受けたものである。(2-5)これらの点に照らすと,本件職務命令は,公立高等学校の教諭である当該職員に対して当該学校の卒業式という式典における慣例上の儀礼的な所作として国歌斉唱の際の起立斉唱行為を求めることを内容とするものであって,高等学校教育の目標や卒業式等の儀式的行事の意義,在り方等を定めた関係法令等の諸規定の趣旨に沿い,かつ,地方 公務員の地位の性質及びその職務の公共性を踏まえた上で,生徒等への配慮を含め,教育上の行事にふさわしい秩序の確保とともに当該式典の円滑な進行を図るものであるということができる。(3)以上の諸事情を踏まえると,本件職務命令については,前記のように外部的行動の制限を介して当該職員の思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面はあるものの,職務命令の目的及び内容並びに上記の制限を介して生ずる制約の態様等を総合的に較量すれば,上記の制約を許容し得る程度の必要性及び合理性が認められるものというべきである。 (4)以上の諸点に鑑みると,本件職務命令は、当該職員の思想及び良心の自由を侵すものとして憲法19条に違反するとはいえないと解するのが相当である。」
・なお、すでに阪本昌成『憲法2基本権クラシック全訂第三版』[2008]p116では、「この事例における保障の有無・程度を一般的に語ることは困難である。…多様な要素が考慮されなければならない」と述べられていた。
 
 
林知更「思想・良心の自由」南野森編『憲法学の世界』[2013]pp191-204
青井未帆・山本龍彦『憲法1人権』[2016]pp66-70〔青井未帆〕
『注釈日本国憲法(2)』[2017]pp262-98〔駒村圭吾〕
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