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半導体露光装置のどんでん返し~番外編その1 「リープル」~

2016年08月16日 | 会社

私が書いたブログ「半導体露光装置のどんでん返し」3編の番外編です。番外編その1は、3編のようなレーザー光を使った方式ではなく、電子ビーム方式の半導体露光装置の話です。

 

3編は、

・2016年5月11日の「半導体露光装置のどんでん返し-その1 お家芸からの転落-

・2016年5月14日の「半導体露光装置のどんでん返し-その2 思わぬ伏兵「液浸」-」

・2016年5月26日の「半導体露光装置のどんでん返し―その3 次世代のEUVは悪戦苦闘中―」です。

 

まず、2001年の経済誌の記事を要約します。

 

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週刊ダイヤモンドの2001年7月7日号14ページ

「半導体製造装置に異変! 新技術が業界再編を加速 東京精密・ソニー連合の参入で迫られるキヤノンの選択」

 

東京精密とソニーは電子ビームを使った半導体製造装置を開発するコンソーシアム「LEEPL リープル」を立ち上げた。

 

半導体露光装置の世界シェアは、ニコンが4割弱、オランダASMLは3割、キヤノンが2割とこの3社でほぼ独占している。

 

次世代の半導体露光装置と目されているF2レーザーを使った半導体露光装置(以降F2機と呼ぶ。ここでは2004年頃に登場すると書かれている)は巨額の開発費がかかり、製品価格も従来機の倍の20億円台とコストが合わない。

(結局F2機は商品化されませんでした。このいきさつは2016年5月11日の「半導体露光装置のどんでん返し-その1 お家芸からの転落-」と2016年5月14日の「半導体露光装置のどんでん返し-その2 思わぬ伏兵「液浸」-」に書いています)

 

そこで東京精密・ソニー連合は、従来のレーザー光を使うのではなく、電子ビームで露光する「半導体露光装置」を開発することを企図した。製品の価格は10億円と想定している。

(電子ビームを使うので、「露光」という言葉は不適当かと思いますが、広義の「露光」ということで、この言葉を使用します)

 

ニコンとキヤノンもF2機が高額になるのは認識している。ニコンはIBMと電子ビームステッパーの共同開発を進めていて、コア技術は既に完成していると言っている。キヤノンは、数社と電子ビームステッパーの共同開発を進めようとしているが、未だ本格化はしていない。

 

(余計なことですが、オランダのASMLの国内代理店は、日立製作所の子会社の日製産業と書いてあります。企業間の関係がなかなか複雑で面白い)

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この記事には書かれていない「LEEPL リープル」のプロセスが日刊工業新聞に載っていました。それによると、シリコンウェハとマスク(半導体の配線パターンが描かれた原版)を平行に近接(50マイクロ㍍)させて低加速電子ビームを照射し、マスクのパターンをシリコンウェハ上に転写する。マスクの電子線を通す部分には穴が開いている。(電子ビームを通す・通さないは、マスクに穴が開いているか・開いていないによる)

 

2000年初め頃は、「液浸技術」を使った半導体露光装置が出る前で、ニコンもキヤノンも費用の掛かるF2機以外に、電子ビームを使った半導体露光装置を検討していたようです。その中で、電子ビームの取り組みはキヤノンが一番遅れていたと書いています。

 

同じ頃の週刊東洋経済には、さらに興味深い記事が載っています。要約は以下。

 

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週刊東洋経済2001年6月23日号

「あのソニーと企業連合結成 “小兵”東京精密が狙う次世代露光装置の天下取り」

 

中堅検査機メーカーの東京精密は、6月14日にソニー、NECなどとともに「リープル」の共同開発を宣言した。

 

半導体露光装置の方向は、キヤノンの光方式とニコンの電子ビーム方式がある。そのうち光方式のF2機の価格は、25億円を下らないと言われている。

 

東京精密は、「等倍マスク」と「ロービーム」という技術で従来機の半額で製品化できるのが最大のセールスポイントと言っている。対するニコンはハイビーム方式を採用していて、割安感はない。

 

「リープル」の死角は「等倍マスク」の量産技術と思われる。東京精密は「その技術は確立している」と言っているが、キヤノンの半導体企画担当者は、「等倍マスクには欠陥がある」と言っている。その理由は、「リープル」の特許を持っている技術者はキヤノンの元社員で、キヤノンでは事業化が無理と判断した経緯があるから。

 

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この内容からすると、このプロジェクトの実質的なリーダーは東京精密のようです。

 

またこの記事だと、ニコンはコストを下げられない方式の電子ビームを使っているので、電子ビームに対するニコンの考えが意味不明です。ニコンはF2機と同程度の線幅を実現する「ArFレーザーと液浸技術を組み合わせた半導体露光装置」を2004年4月に出荷しているので、2001年頃は開発に着手していたはず。なので、ニコンは電子ビームをやるふりをして、実は液浸技術を使った半導体露光装置に注力していたのでは?と思います。

 

この記事の最大の興味ある話は、「リープル」の開発者が元キヤノン社員で、キヤノン社内では事業化に至らなかったということ。キヤノンが事業化しないので、この元キヤノン社員はキヤノンを辞めて東京精密にその技術を持ち込んだのかな?と推測します。電子ビームを使った「リープル」は結局世に出なかったので、このキヤノンの判断は正しかったことになる。ただし、等倍マスクが原因かどうかはわからない。

 

「リープル」を製品化できなかった真の理由を知りたいところです。キヤノンの半導体企画担当者が言うように、「等倍マスク」に欠陥があったのでしょうか? 素人が考えても、「等倍マスク」は難しそうというのはわかります。別の想定される要因は、電子ビームに関わる問題。あるいは電子ビームの「ロービーム」方式に難しさがあったのか? 本当のところは実際に開発に携わった関係者しかわからない。

 

この後、「表通り」の技術のF2機と「リープル」は日の目を見ず、「裏通り」の技術の液浸を使った半導体露光装置に移行したのは、技術予測の難しさを実感します。

 

ここまでが前説です。本題は、じゃあ、キヤノンが開発中の「ナノインプリント」はどうなの? です。続きは次回で。

 

2016.08.16


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