ワフィネ・デ・日誌in花岡

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ブログデビューしました!

2014-12-22 16:40:27 | 日記
2014年も押し詰まってから、花岡案内の問い合わせが来ました。
今年は豪雪で、記念館は雪の中で眠っています。
雪が降ると家の周りの除雪でくたくたになっているのです。
出勤してからまた除雪でくたくた。汗をかいて風邪をひく。
夜中の除雪車の稼働で目が覚める。また除雪。
花岡記念館の開館は4月から10月末までというのは、
そういう訳なのです。
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1 コメント

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ブログ楽しみです。 (池田ゆう子)
2015-01-08 19:05:44
ブログ開設おめでとうございます。除雪大変なのですね。いつか伺いたいと思ってます。ネットでみつけたのですが、この↓文章も素晴らしいので、新たに紹介していただけないでしょうか。宜しくお願い致します。
(以下引用)
大館市民は地元外の方がたの協力も得て、たゆまぬ努力を重ねて調査・記録し、当時の会
社との和解をかちとり、市を動かして、毎年、中国からたくさんの生存者をお招きし
て、市主催の(!)慰霊祭を行っています。
花岡はアウシュビッツではありません。
なぜなら、アウシュビッツなどの強制収容所の生存者が、加害の地の「もてなし」を
ここまで受け入れている例を、わたしは知らないからです。
収容所文学の作家のなかには、プリモ・レーヴィなど、自殺した人も多く、フランク
ルも一生、PTSDから回復しませんでした。
わたしは、ドイツの収容所の例から、人間の尊厳をとことん否定された人は、一生、
心の傷から立ち直れないものと思い込んでいました。 ところが、花岡にいた中国の方がたのなかには、「ここは第二のふるさと」とおっ しゃる方すらおられるそうです。
バスが花岡に近づくと、失神する人、号泣する人が続出するというのに、一連の行事
を終えた方がたは、「また来たい」と言うのだそうです。 中国の人びとは、花岡に来るたびに癒されるのです。 癒されに、また来るのです。
花岡の生存者のみなさんは、人は悲痛や苦しみ、怒りや恨みや憎しみをのりこえるこ
とができるのだということを、わたしたちすべてに教えてくれています。そんな中国の方がたを、わたしは心から尊敬します。

そしてもちろん、花岡事件にたずさわり、中国の方がたが心の傷を癒す状況を作り続
けている、地元大館をはじめとする方がたを尊敬します。
だって、当時の市民は、山に逃げた中国人を捜すため、山狩りに駆り出されたのです。
捕まった人たちを取り囲み、じかに暴力をふるったのです(そのため100人以上が
亡くなりました)。
市民の間に、花岡事件を取り上げることへの、きわめて強い抵抗があったことは、想
像に難くありません。 でも、大館の心ある方がたはがんばったのです。

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