洋子の孫日記

日々の他愛もない出来事 お出かけや お花の写真 楽しい事を書いていきたいと思います。時々孫の事 ダイエットの事等も。。

2週間目になります。。。

2017年06月16日 | 実家

母が亡くなって明日で2週間になります。

実家で一人泊まった時は、何時もいるはずの母が居なく、久々に実家のお風呂に入る時も話し相手もいない、思わず「お母ちゃん何か言ってよー」と言ってしまいました。今まで母が調子が悪い時はもっと泊まってあげたら良かった、こうしてあげたら良かったと思う。

今になって母の事がよくわかっていなかった。頭のよかった母が教師か、医者になりたかったなんて知らなかった。私には看護婦だと言っていたけど。母は4人兄弟の末っ子だった。昔に飛び級という制度があったらしく、尋常高等小学校を抜かし、女学校に行ったらしい。母の兄の友達が女性で政治家でもあり医者でもあったので、その人に勉強を習った事があって医者になりたかったらしい。でも農地改革で農地を小作人にも分けるという制度が出来る前に、祖父から母達兄弟姉妹に、皆田んぼを与えられ作ったという。。そこで母の夢も破れ、父とお見合いで結婚したみたいです。今度は嫁入り先では農業が待っていたのでしょう。父は会社員、母は義父母たちの農業の手伝いをしないといけなくなりました。昔はお嬢さんで、夢もあったのに、時代、家に翻弄され今まで来たのかと思います。

戦争前に生まれ育ち、戦争を体験して、いくつもの苦難を乗り越えてきたのでしょう。私は母に育てられている間、自分の事ばかり、母の事は分かっているようで分かっていなかったのかも分かりません。妹婿が色々母から聞いていたみたいで色々教えてくれました。

私は母より頭が悪かったので、言っても無駄だと思ったのでしょう。母はよく言っていました、「脳ある鷹は爪を隠す」と。

母が亡くなってから、母からこういうことをしてもらった、良くしてもらった、優しくしてもらったという人ばかりでした。葬儀屋さんの娘さんとのかかわりもあったみたいで、立派なお花もいれてくれていました。

一人で暮らし、頑固だった母が、こんなに周りから慕われていたなんて思いもよらなかったです。

これから、私達はどうしたらいいのか、導いてくれる人が居ないと寂しいです。話が出来なくなると寂しいです。

母の事良いことばかり書きましたが、片付けが苦手で、古い物も沢山溜めています。

妹婿が少しずつ片づけているみたいですが、沢山あります。妹もするみたいですがお疲れさまです。

母享年89歳です。

 

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還暦過ぎたおばちゃんが、もっとしっかりしないと、、、、

亡くなってからと、お葬式、お通夜と孫達も来ました。ヒロ君も色んなことが分かってきて初めての経験。お棺の中の母に向かって「ひ~ばーちゃん、バイバイと言って」お花をお棺に入れていました。この事はヒロ君大きくなっても覚えているでしょうか?

Nちゃんは、「ばーちゃん、なんで泣いてたん?」って聞いてきます。思わず「Nちゃんも大きくなったら分かるよ」って言ってしまいました。

ンーん。しっかりしないと。皆が見てるんだからと思いますが、妹が泣いていると、つい泣いてしまったり。後で思うと孫に見られてたのだと思いました。

九州からは娘だけが来ました。夏休みに入ったらkちゃん、Eちゃんが来ると思います。旦那さんも仕事だったりで、娘だけでいいよと言いました。

田舎のお葬式だったりで、大そうになっていました。村のやり方があるみたいです。母は家族葬でいいと言っていたのですが、、、後の付き合いは妹の次男(甥)がするようになります。結婚していますが若いので当分は妹達がするようです。妹達はスープの冷めない距離で家があるので、村の付き合いも聞いたり、したりしています。

色んな事悔やんでも悔やみきれないし、妹も言っていました。

これから未だ、七日七日参りがあったり、満中陰があったり、色々行事があります。

次は三七日です。

左上が、燕の巣とクコの実をスープにしてくれたのを撮りました。親戚のサプライズです。母も楽しいのが好きだったので、食事の時は賑やかにして、母の思い出話とかしていました。若い人たちが中心になり、母も何処かで笑っていると思います。

母に合掌。

訪問有難うございました。

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