よっちゃんのおててつないで

よっくんとカブの夫婦ウオーキングブログです。
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東海道道草ウオーク №26(その2)(袋井宿~掛川宿~日坂宿)掛川市

2017-07-16 13:32:53 | 「東海道(京~日本橋)道草ウオーキング」

(その1)からの続き

掛川城から次の宿場「日坂(にっさか)宿」に向かいます。

新町七曲り

江戸時代、葛川と新町の境の堀割にじかかる橋を渡ると門があり、この門の西側から東海道は南に折れ、簡単に敵を侵入させないため、道は何回も鍵の手に折り曲げられていました。

この七曲りを抜けると城下に入ってくる人や物を取り締まる木戸と番所がありました。新町は、山内一豊が整備した城下町の東に発達した街並みで元和6年(1620)町として認められました。

馬喰(ばくろう)橋の欄干は、建築家がデザインした馬のオブジェがあります。

    

街道は、本村橋から国道1号線と合流。本所からまた、旧道に入ります。伊達方には、「石川依平(よりひら)出生地」があります。

寛政3年(1791)に生まれ、長じて栗田士満の門に入り、教えを受けました。国学者、歌人として名高く、その教えを受けた者10余ヶ国、300余名に及んだといわれています。安政6年(1859)没。

   

福天権現道標」 寛保元年(1741)の夏、竜雲寺の和尚の弟子に憑き物があり、「吾は天狗なり、名を大福天という。寺の向かいの山に祠を建て、福天権現として祭るべし」とのお告げがあった。

その後も種々の奇妙なことが起こったので、寺では掛川藩主小笠原家に使いを出して、「祠を建てたい」と申し出たところ、「新規の寺社は国家の禁制である」という理由で許可されなかった。

然し、掛川でも不思議な出来事が起こったため、掛川藩も「古来より祠があったということにして建てるならば差支えない」と回答してきたので、寺では翌年の正月までに祠を建てた。

建立後、足の不自由な人が参拝したところ、その日のうちに歩いて家に帰ることができた等の不思議なことがあり、信心深い人々が参拝して賑わったそうです。

嵐牛蔵美術館」 伊藤嵐牛は、寛政10年(1978)に掛川市八坂に生まれた。幕末から明治にかけて活躍した俳人で、松尾芭蕉の流れを汲む鶴田卓池に入門した。また、和歌国学を石川依平から学んだ。

浜松から静岡までに、約300人の門人を養成し、門人の一人に松島十湖がいた。その生家は、嵐牛蔵美術館として開放(事前予約が必要)されている。

   

右側に「事任(ことのまま)八幡宮」があります。面白い読み方ですが、社殿によると、大同2年(807)に桓武天皇の勅命により、坂上田村麻呂が遷座したと伝えられており、

「枕草子」には、「事のままの明神、いと頼もし」と書かれています。「願い事がそのまま叶う」という神社で、多くの人が立ち寄り旅の安全や願い事成就を祈願してきました。

御神木の楠と本殿奥の大杉はともに市の天然記念物に指定されています。

    

ここから「日坂(にっさか)宿」に入ります。東海道三大難所の一つ「小夜の中山峠」西の麓にある日坂宿は、25番目の宿場で半円形の街道に沿って宿場が形成され、東海道の中でも

特異な形をしていまうs。各戸には天保11年当時の屋号の木板が掲げられ江戸の風情を醸し出しています。

1843年の資料には、家数168軒、本陣1、脇本陣1軒、旅籠33軒、人口750人でした。

  

   

旅籠川坂屋跡」 すべての部屋に床の間があり、身分の高い武士などが宿泊した脇本陣格で、明治3年(1870)まで営業していました。

建築時期は、「日坂宿大火(1852)」か「安政東海大地震(1854)」後といわれます。精巧な木組と細やかな技法を用いた格子や欄間が特徴です。

一般公開されていますが、土・日・祝日だけの公開ですので中には入れませんでした。

   

萬屋」は、江戸時代末期の旅籠です。嘉永5年(1852)の日坂宿大火で焼失し、その後まもなく再建されました。筋向いの「川坂屋」が、士分格の宿泊した大旅籠に対し、

萬屋は、庶民の利用した旅籠でした。

藤文」は、万延元年(1860)から慶応3年(1867)にかけて日坂宿最後の問屋役を務めた伊藤文七邸で、藤文部分が江戸時代、かえでや部分が明治初期に建てられたものです。

伊藤文七は、維新後、明治4年(1871)の郵便制度開始と同時に郵便取扱所を自宅藤文に開設、日本最初の郵便局の一つと言われています。

  

   

日坂宿本陣は、屋号を「扇屋」、代々片岡家が世襲で営んでいました。

  

時間は15時を過ぎました。本来ならここから小夜の中山峠を目指すのですが、今日は疲れましたのでここまでにします。

掛川行のバスが16時ちょうどですのでそれに乗って掛川駅まで帰りました。

    

 

 

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