歌舞伎見物のお供

歌舞伎の諸作品の解説です。これ読んで見に行けば、どなたでも混乱なく見られる、はず、です。

「菊畑」 きくばたけ

2007年04月05日 | 歌舞伎
「鬼一方言三略巻(きいちほうげん さんりゃくのまき」三段目です。

平安時代の最後の時期、平清盛が全盛を極めていた頃のお話です。
源義朝(みなもとの よしとも)を中心としたアンチ平家勢力は、平治の乱でほぼ全滅しました。
少しだけ残った残党が一生懸命がんばるものがたりです。その三段目。

四段目 「一条大蔵譚」(いちじょうおおくら ものがたり)も時々出ます。
 =こちら=です。

全段を通してお話の中心になるのは、鬼一(きいち)、鬼次郎(きじろう)、鬼三太(きさんだ)の3兄弟です。
彼らの名前は平家物語にも出ていたはず(記憶)、実在した義経の家臣の名前を使っています。もちろんお芝居の内容は嘘八百です。
ほかに、二段目、子供の頃の弁慶の、鞍馬山時代のエピソードが出ることがあります。20年くらい前に一度出ました。

「菊畑」
郊外の畑が舞台なわけではなく、お屋敷の奥庭が舞台です。菊真っ盛りです。
「菊畑」の意味については下のうほうに一応書きます。
「奥庭」というのが歌舞伎、ときどき舞台になります。
「庭」とひとくちに言っても、昔の大名屋敷が今の都内の大学の敷地になっているわけですから、現代的な感覚での「お屋敷の庭」とは広さの規模が違います。ひと山ってかんじです。さらに離れや渡り廊下、中庭などが点在する設計です。
その中の、館の主のプレイベーとエリアであるいちばん奥の建物、それに面しているのが「奥庭」です。
一般人には絶対入ることも見ることも出来ない機密領域ですよ。
なので逆にお芝居にはしょっちゅう出てきます。

今回は設定は平安時代で、しかも洛中を離れた別邸という設定なので、庭は本当に広いですよ。背景の後ろのほうなんて山です。

さて、その広い庭に菊と紅葉が盛りです。それはそれは奇麗です。
登場人物もみなさん奇麗な衣装を着ているので、華やかな舞台面を見るだけで楽しいすよ。

登場人物
・吉岡鬼一法眼 きいちほうげん 
屋敷の主人です。 「法眼」はお坊さんの位です。えらいです。
平家の味方という立場で清盛とも仲良くしているのですが、今は病気で体調が悪いということで、洛外のこの別邸で療養しています。
「鬼一」ですから、この段の主人公である「鬼三太」のじつはお兄さんです。
源氏の味方として暗躍中の弟たち、鬼次郎と鬼三太は、兄の本当の気持ちを確かめたいと思っています。
今は病気で体調が悪いので清盛に呼ばれても家から出ないで引きこもっています。

・皆鶴姫 みなづるひめ  
鬼一の娘さん。赤い振袖のかわいらしい娘さんですが、
この前の幕(今は出ない)でお父さんの名代で清盛の館に行ったり、言い寄る男を剣術の試合でやっつけたりと、見かけによらずしっかりものです。
召使いの虎蔵がいい男なので好きになってアタックアタック、そのへんも積極的ですよ。
登場人物の中で一番頼りになるかもしれません。
これは文楽が歌舞伎に移入された作品ですが、文楽にはこういう積極的な娘さんがたくさん出てきます。

・虎蔵 とらぞう 
美少年。最近鬼一のお屋敷に雇われました。
じつは身分をかくしている、九郎判官義経さまです。

・知恵内 ちえない
虎蔵と一緒に鬼一に雇われました。じつは鬼一の弟の鬼三太(きさんだ)です。
お屋敷の中でいちばん身分の低い奴さんというお仕事、しかも新参者。なのに
たいへん態度がでかいです。ええ見ていてすがすがしくなるくらいの理不尽ぶりです。すばらしい。

・「六韜三略(りくとうさんりゃく)」
鬼一法眼が持っている、源氏に代々伝わる中国伝来の兵法書(ひょうほうしょ)です。
兵法書というのは戦のノウハウを書いた本ですが、昔の感覚だと
武術→高度な武術→超能力みたいの が身に付く書、みたいな理解もあったようです。
六韜三略を読んだ義経が宙に浮かんだりするのは、このお芝居じゃないですが、そういうのもあります。
とにかく戦闘値を大幅にアップできる重要アイテムです。
清盛はこれを「よこせ」と以前から鬼一方眼に再三言っているのですが、鬼一、「今病気で動けないからちょっと待って」と一日延ばしにしています。

虎蔵(義経)と知恵内は、この「六韜三略」がほしくて館にもぐり込んだのです。

この段の主人公は、この「知恵内」と呼ばれる奴さんです。


ストーリー

・知恵内が新入りのくせに生意気なので、先輩の奴さんたちとモメます。

・鬼一登場
「この花の後さらに花なしと思えば、ひときわ心にしみる(菊の)花の色」みたいなセリフがかっこいです。
なのでワタクシは冬のパンジーが嫌いです(笑)。

・鬼一と知恵内がお互い兄弟であることをかくしたまま、腹のさぐり合いをします。

・皆鶴姫のお供で清盛のお屋敷に言った虎蔵(義経)が帰ってきます。
しかし、皆鶴姫に言われたとはいえ虎蔵は途中で帰って来たのです。怒った鬼一は、知恵内に杖で虎蔵を打てと命令します。
本心はちゃんと屋敷の間取りをチェックして来なかったので鬼一は怒ったのです。
鬼一は内心義経を応援しているのです。このへんは見ている客にはバレバレなようにうまく描かれています。
鬼一法眼の重厚な雰囲気と、内に含む気持ちを弟だけに見せる様子が緊張感があってかっこいいです。
この、「力の強い強い家来が義経を杖で打つ」という趣向は、もちろん「勧進帳」なので有名な「安宅の関」のエピソードを意識しています。
「義経もの」ですから、お約束です。見せ場です。ただ今回は、「やっぱり叩けません」というエピソードですよ。

・皆鶴姫が帰ってきてとめます。

・笠原堪海(かさはら たんかい)という派手な衣装の態度のでかい男のヒトが急に登場、一応出だしのところで奴さんたちがセリフで説明しているのですが、聞き取れないと意味わかりませんよ。
鬼一法眼の剣術の弟子です。皆鶴姫が好きで、鬼一さんのおうちに婿入りするつもりで、お屋敷でもすでに婿気分でいばっています。やなやつです。
皆鶴姫に剣術の試合で負けたくせに。
堪海は知恵内と虎蔵は源氏の一派っぽい、アヤシイから殺してしまえと主張しますが、鬼一はとりあえず保留します。
鬼一と堪海、皆鶴姫とかが退場。

・知恵内と虎蔵、「おう、どうするよ」といろいろ相談。
というか、ここで誰もいなくなるので知恵内が虎蔵を急に義経として扱い、立場が入れ替わります。歌舞伎にはよくある演出ですが、「主君をたいせつにする心」みたいのは現代ではもう存在しませんので、そういう昔ゆかしいものを味わえる、いい場面です。

・皆鶴姫が相談を陰で聞いてるし。でもだまっていてくれるみたいです。
その代わり、義経さまが好きなので取り持ってくれと知恵内に頼みます。困りながら取り持つ知恵内。

とか、まあ、ぶっちゃけたいした事件は起きません。
ただ、登場人物がみんなキレイでキャラクターとして魅力的なので、いろいろなやりとりを見ているだけで楽しいのです。

最後のほうのやりとりを堪海が陰で聞いていて、「やっぱり義経(牛若丸)じゃん、清盛さまに言いつける」と言って花道に走っていくのですが、知恵内に斬られます。

そういうかんじでいろいろあって、笠原堪海はやっつけて、とにかく庭の奥の蔵に皆鶴姫の手引きで今晩忍び込もうぜ、と決めるところで、終わりです。

このあと「奥庭」という場面が付いて、そこで鬼一法眼の本心が明らかになります。ドラマとしてはこっちがクライマックスです。
しかしその肝心のドラマ部分は(あまりおもしろくないので)普通はカットです。

というわけで、みんなてんでに欲しい物があって、あれこれ相談したり駆け引きしたりしている様子が
テンポがあって楽しい、という気楽な見方でいいと思います。
細かいセリフや浄瑠璃の文句は聞き取れないかもしれませんが、まあ、登場人物のイキオイのあるかんじをイキオイで楽しんで下さい。

知恵内は、「儒子奴(しゅすやっこ)」「色奴(いろやっこ)」と呼ばれる歌舞伎の決まった役柄で、奴さんですから身分は低いのですが、ケンカが強く、頭もよく、性格もよく、忠義に厚い、というとても「かっこいい」役です。
いわゆる「オイシイ役」です。
「機嫌のいい役」という少々妙な表現がこの役柄のためにあるのですが、まさにそういうかんじです。
この「知恵内」は、わりと重いところもある、「ご機嫌」だけではすまない役ですが、
とにかく男らしくてかっこいい、という点が見どころですよ。

ところで虎蔵=牛若丸ですが、彼の衣装の袖口のギザギザ模様に見覚えありませんか?
「山道だんだら」のギザギザ模様、「忠臣蔵」の討ち入りの衣装の袖です。
江戸時代は役者さんの衣装は基本的に自前で準備する決まりだったのですが、
初演のとき、牛若丸(虎蔵)役だった役者さんが、新しい衣装作る余裕がなく、その前の月で着た「討ち入り」の衣装で出たのが、そのまま定着した、んだったと記憶しています。
ギザギザ模様だけ残って、色や素材はずいぶん派手になりました。
そのとき虎三を演った役者さん、当然、「忠臣蔵」での役は「大星力哉(大石主税)」です。
そういう、若いキレイな役者さんの役です。
そして「大星力哉」がチョイ役であるように、この虎蔵もさほど大切な役ではないのです。
鬼三太(知恵内)のほうがえらい役者さんがやるので、身分は低いですが衣装も豪華なのです。
まあ、この「鬼三太」は、前の方でも書いた「繻子奴」と呼ばれる決まった役柄なので、この派手な衣装も「お約束」ということです。

奴さんはご主人に命令されて返事をするとき、「ねい」とか「ねえい」とか言いますよ。
なぜ「ねい」かというと、これは
駕籠かきが「へいっ」と言い、お店の丁稚が「あ〜い〜」と言い、廓の禿が「あいあい」と言い、お侍が「かしこまって候」と言うのと同じで、理由はありません。
その役柄の独特の言葉づかいいということです。
今の日本語にないので妙な感じがしますよね。語源はワタクシにもわかりません。ごめんなさい。
ちょっと前まで「方言」として日本各地に残っていたそうです。
ワタクシは多分戦前の西日本の村が舞台の子供向けの物語で読んだことがあります。そのときの使い方は、小作などの身分の低い人が、地主や庄屋さんの前で使う、でした。
意味は「はい」でも「いいえ」でもない、というのがおもしろくて覚えています。
何を言われても「ねえい」「ねえい」と返事をしておけば叱られなくて無難、という便利な言葉です。
奴さんの「ねえい」は、ちゃんと「はい」の意味ですね。
「ねえい」を聞いたら、「ああ、奴さんらしいなあ」と奴風情(?)にひたってください(笑)。


「菊畑」というタイトルの意味ですが、
この舞台はべつに畑ではなく、菊いっぱいの庭です。
おそらくこの場所に咲いている大量の菊をこのまま眺めるんじゃなく、普段はお座敷に近い「奥庭」に、出来のいいのを移植したり、切って室内に飾ったり、みたいな使い方なんだと思います。
浄瑠璃の文句でも鬼一は「気晴らしにここまで来た」と言っているので、ふだんいる場所からはこの菊は見えないのです。
そういう意味で、ここは「栽培のための場所」なので、庭でありながら「畑」なのだと思います。

もっとも、江戸時代だと鑑賞菊をたくさん栽培して、秋になると注文に応じて大名や豪商のお屋敷、料亭なんかの庭に咲いた菊を移植する、という商売がありました。これだと本当に「菊の畑」ですね。
各お屋敷で人を雇って庭で菊を育てるより安上がりですよねー。あと、菊栽培の専門技術者はそんなにゴロゴロしてはいなかったようです。

本郷三丁目、東大のそばに「菊坂」がありますが(樋口一葉が住んでたへん)、ここに、まさにその「菊畑」があったようです。
このへん大名や旗本ののお屋敷多かったですからね。

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