
「切られ与三郎」の通称でも有名です。
木更津のヤクザのお妾さんだったお富さんに横恋慕した与三郎、密会がバレて全身を切り刻まれます。
お富さんは逃げようとして海に飛び込んで死んだと思われていたのですが、
生きて、江戸で質屋(今だと銀行に近い商売)の大番頭さんに囲われています。
そこに昔のオトコの与三郎登場、さあどうなる。
おおざっぱに言うとそんな内容です。
基本設定と、出ない部分中心に少しストーリー説明しますよ。
主人公の与三郎はもとは武士の息子です。子供のいない商人、伊豆屋さんの養子になったのですが、
伊豆屋さんにその後息子ができたので、実子の与五郎くんに気を使った与三郎、わざと遊び歩いて親を怒らせ、勘当されようとしています。
とりあえず今は、木更津の親戚の藍屋さんに預けられて謹慎中です。
お芝居で、お店出入りの鼈甲屋の金五郎さん(最近はかっこいい役にするためか鳶の親方とかになったりする)がこのへんの事情を話して「そう親に気を使うもんじゃない」みたいな事を与三郎に言うシーンがわりと長いので書いておきますよ。
お富さんは深川の芸者でした。深川芸者のステイタスの高さについては=梅ごよみ=にわりと詳しく書きました。
木更津のヤクザの親分、赤間源蔵(あかま げんぞう)に身請けされてお妾になって、今はこの土地で「あねごあねご」と立てられて暮らしていますが、やはり華やかで垢抜けた江戸の暮らしに多少の未練はあるようです。
でまあ、江戸のニオイをまとった美男美女が、土地の人々が垢抜けないかんじでうろうろ潮干狩をする木更津の浜辺で出会いますよ。
ひと目で恋に落ちるふたり。
ここが「見初め」と呼ばれる場面です。お互いの気持ちの変化が、細かい動きに上手く表現されている、完成度の高い場面です。
密会した二人がお富さんの今の旦那のの赤間源蔵に見つかって、お富さんは逃げて海に飛び込みます。与三郎はリンチされて全身を切り刻まれます。
この場面は今は出ません。
このあとお富さんが、夜釣りをしていた和泉屋の番頭、多左衛門に拾われるシーンがあります。
ここも今は出ません。
で、現行上演の「源氏店」です。
湯上りのお富さんが家に戻ってきたら、今の旦那の働いている質屋の番頭、籐八が用もないのに上がりこんで、
さらに、町のごろつきである「蝙蝠安(こうもり やす)」がやってきます。
友達が、前身にがあってかわいそうな男だ。湯治にでもやりたいのだけど、いくらか工面してくれないか。
みたいな事を言います。金をやるいわれはないのですが、こんなタチの悪そうな男には早く帰ってほしいので、あきらめてお金をやる人がいたのです。
老人や女世帯の多い玄治店は、こういうごろつきのターゲットですよ。
安の連れてきた傷だらけの男というのが、与三郎です。
お富に気付いた与三郎、安を押しのけて自分がお富を強請りにかかります。リンチされてからの苦労を語り、全部お富のせいだと言います。こりゃあ、一分(いちぶ、1万5千円くらい)じゃあ帰られねえ。
そこにやってきたのが、今の旦那の多左衛門。番頭の籐八や蝙蝠安を追い返すと、与三郎を話を始めます。
こうして囲ってはいるが、エッチはしていないという多左衛門ですが、信じない与三郎。そらそうだ。
とにかく、お富を渡すのはいいが、そんな商売をしていてはいけない。元手のお金をあげるから商売でも始めて、それからまた来なさい、と与三郎に金を渡して帰す多左衛門。
形としては、まとまったお金がゲットできたので与三郎の強請りは成功したことになります。
外で待っていた蝙蝠安とお金を分け合って、帰っていく与三郎。
多左衛門もお店の仕事がまだあるので帰ります。
そのとき、そっと置いていった多左衛門の紙入れに入っていたお守り、それが、お富の持っているのと同じものなのです。驚くお富、
「そんならおぬしは、私の兄さん…!!」
現行上演、ここで終わりです。
もともとは、釣りをしていた多左衛門がお富を助けたとき、多左衛門はお富のお守りを見ています。
なので今のように幕切れでイキナリ「あなたはわたしの兄さん」とわかるような無理な展開ではないのですが、
今はもう仕方がありません。
内容が有名なだけに、逆になんとなく流して見てしまうかもしれませんが、
「源氏店」というのは、じつはかなりデンジャラスでドキドキな場面です。
社長の2号さんが住んでるマンションに、妙な男が色々出入りしてモメてたらあぶなっかしいでしょ?
そういう雰囲気を感じ取っていただけるといいかと思います。
お富さんにせまって顔におしろい塗られる番頭の藤八も、 今は完全に道化で笑わせるだけですが、初演ではかなり本気で迫っております。
しかも裏でこそこそお店の存亡にかかわる悪事に荷担していたりしますのでかなりの危険人物です。
蝙蝠安も、今はワリとひょうひょうとした役柄ですが、昔はそうとう怖い、「街のゴロツキ」でした。
家に入ってこられるだけで妙なウワサになりそうな、とにかく関わり合いになりたくないタイプです。まして「お妾」みたいな立場では。
いまよりずっとナマナマしい、「お富」というキレイなお姉さんをめぐるデンジャラスであぶなっかしい舞台だったのです。 なかなかそういう雰囲気は今は出ないですよね。
完成された形、手順を楽しんでいただくのももちろんですが、そういうリアルな緊張感みたいなのも感じていただくと、より面白さが伝わるかなと思います。
「玄治店(げんやだな)」について。
お芝居の中でもこの地名は「げんじだな」と呼ばれていますが、場面の通称は「げんやだな」です。
これは、江戸時代は江戸市中の実在の地名を舞台に乗せてはいけなかったからです。江戸時代以外ならオッケーです。
もともとは日本橋人形町に実在した閑静な住宅地「玄治店」がモデルです。ご隠居さんやお妾さんなど、小金を持っていてかつ、働いていない人があまり目立たないように住むのにいい場所だったのです。
「玄治」というヒトが地主で家を貸していたのだと思います。
イメージとしては、青山あたりのちょっとひっこんだ環境のいい場所にある、小ぶりな高級マンションとかそんなのだと思います。
この名前をそのままは出せなかったので、まず「江戸時代」を「鎌倉時代」という設定にして、「玄治(げんや)」→「げんじ」→「源氏(鎌倉だから)」と読み替えたのです。
見るヒトは「江戸の「玄治店」が舞台なんだな」と思って見ていたのです。
ところで、このお話は全部読むとけっこう長いです。しかもあまり面白くありません(おい)。
そして、現行上演では木更津の浜辺での「見初め」のシーンの後、イキナリ三年後の「源氏店」に飛んでしまうので、舞台だけ見ているとまったくストーリーがわかりません。
さらに、原作を通しで読むとわかるのですが、与三郎もお富もキャラクターの描き方がすごくあいまいです。場面によって性格が変わるのです。はっきり言って技術的には駄作です。
ということもあってますますお話の流れがわかりにくいのです。
一応、出ない部分についてちょっと書きます。
本来は、お富さんのパトロンであるヤクザ、赤間源三の別荘での二人の密会シーン(濡れ場)と、
密会の現場を押さえられた与三郎がリンチされて切り刻まれるシーン(責め場)が間にあります。てかもっといろいろ与三郎の実家とのカラミとかもあるのですが、そのへんは絶対に出ないのでいいです。
上記の2シーンが付くとこの「源氏店」が分かりやすく、感情移入もしやすいんですが、出ることはまずありませんよ。 たまには出せ、濡れ場と責め場。
お芝居全体でいうと、与三郎の実の親であるお侍のおうちがお家騒動に巻き込まれており(お約束)、家宝の「鶴の香炉」を探しております。そしてこの香炉が、多左衛門の勤めている質屋、和泉屋にあるのです。
さらにこれを使って金をせしめようとする悪者や、それを利用してお店の信用を落とそうとする悪い番頭なんかが暗躍していて、これが作品の主筋にあたる部分なのですが、現行上演完全カットです。とくにおもしろくないのでカット上等ですが、一応書いておきます。
源氏店のシーンのあとは和泉屋での香炉をめぐるゴタゴタのシーンになり、山の中での捕り物のあと与三郎は捕まって島流し→島抜けして帰ってきて田舎の小間物屋で観音久次(かんのん きゅうじ)と所帯を持っているお富と再会、
でも久次はじつは与三郎の昔の家来筋になたり、お富を守っていたのです。
久次の生き血に以前手に入れて持っていた南蛮渡来の薬を混ぜて飲んだら、与三郎の傷跡も治り、香炉も見つかってお家再興、めでたしめでたし、という筋です、現行上演には無関係ですが一応。
お芝居としては、もうセリフ回しや動きも殆ど決まってしまっているので誰がやっても同じ様な舞台になりそうなもんですが、
逆に、「決まった言い回し」を押さえながら「生世話もの(きぜわもの)」としてのリアリティーを出さなければならないので難しい舞台だと思います。
与三郎の「しがねえ恋の情けが仇…」ではじめる長セリフに、本当に今までの人生への感慨を込めて聞かせて、客を泣かせるのは至難の業です。
とかく形式的になりがちな舞台ですので、どこまで生世話の味わいが出せるかに舞台の成否がかかっていると思います。かといってあんまりナマナマしっくやると歌舞伎じゃなくなるし。
これはまた、江戸の町の「夏」「夕立」「湯上がりの女」「ご隠居やワケあり女なんかが住む、生活感の薄いこぎれいな一帯」
みたいな雰囲気が、今はなかなかうまく出せないし理解もされないこととも関係ありますよね。ムズカシイなあ。
与三郎を切り刻む悪役のヤクザ「赤間源三」と、この場面でのお富さんのパトロン、多左衛門は
初演で同じ役者さんでした。
基本的にはどちらも座頭格の二枚目系のいい役者さんの役です。だから与三郎も嫉妬するのです。
最近ちょっとおじさん臭い役柄になってしまっていますが、もともとはそんなかんじです。
ところで、
現行上演でここしか出ない、このふたつのシーンは、じつは作者の「瀬川如皐(せがわ じょこう)」が書いたのとは違う内容になっているのですが、
そのへんの事情はお芝居には関係ないので割愛しときます…。
=50音索引に戻る=
木更津のヤクザのお妾さんだったお富さんに横恋慕した与三郎、密会がバレて全身を切り刻まれます。
お富さんは逃げようとして海に飛び込んで死んだと思われていたのですが、
生きて、江戸で質屋(今だと銀行に近い商売)の大番頭さんに囲われています。
そこに昔のオトコの与三郎登場、さあどうなる。
おおざっぱに言うとそんな内容です。
基本設定と、出ない部分中心に少しストーリー説明しますよ。
主人公の与三郎はもとは武士の息子です。子供のいない商人、伊豆屋さんの養子になったのですが、
伊豆屋さんにその後息子ができたので、実子の与五郎くんに気を使った与三郎、わざと遊び歩いて親を怒らせ、勘当されようとしています。
とりあえず今は、木更津の親戚の藍屋さんに預けられて謹慎中です。
お芝居で、お店出入りの鼈甲屋の金五郎さん(最近はかっこいい役にするためか鳶の親方とかになったりする)がこのへんの事情を話して「そう親に気を使うもんじゃない」みたいな事を与三郎に言うシーンがわりと長いので書いておきますよ。
お富さんは深川の芸者でした。深川芸者のステイタスの高さについては=梅ごよみ=にわりと詳しく書きました。
木更津のヤクザの親分、赤間源蔵(あかま げんぞう)に身請けされてお妾になって、今はこの土地で「あねごあねご」と立てられて暮らしていますが、やはり華やかで垢抜けた江戸の暮らしに多少の未練はあるようです。
でまあ、江戸のニオイをまとった美男美女が、土地の人々が垢抜けないかんじでうろうろ潮干狩をする木更津の浜辺で出会いますよ。
ひと目で恋に落ちるふたり。
ここが「見初め」と呼ばれる場面です。お互いの気持ちの変化が、細かい動きに上手く表現されている、完成度の高い場面です。
密会した二人がお富さんの今の旦那のの赤間源蔵に見つかって、お富さんは逃げて海に飛び込みます。与三郎はリンチされて全身を切り刻まれます。
この場面は今は出ません。
このあとお富さんが、夜釣りをしていた和泉屋の番頭、多左衛門に拾われるシーンがあります。
ここも今は出ません。
で、現行上演の「源氏店」です。
湯上りのお富さんが家に戻ってきたら、今の旦那の働いている質屋の番頭、籐八が用もないのに上がりこんで、
さらに、町のごろつきである「蝙蝠安(こうもり やす)」がやってきます。
友達が、前身にがあってかわいそうな男だ。湯治にでもやりたいのだけど、いくらか工面してくれないか。
みたいな事を言います。金をやるいわれはないのですが、こんなタチの悪そうな男には早く帰ってほしいので、あきらめてお金をやる人がいたのです。
老人や女世帯の多い玄治店は、こういうごろつきのターゲットですよ。
安の連れてきた傷だらけの男というのが、与三郎です。
お富に気付いた与三郎、安を押しのけて自分がお富を強請りにかかります。リンチされてからの苦労を語り、全部お富のせいだと言います。こりゃあ、一分(いちぶ、1万5千円くらい)じゃあ帰られねえ。
そこにやってきたのが、今の旦那の多左衛門。番頭の籐八や蝙蝠安を追い返すと、与三郎を話を始めます。
こうして囲ってはいるが、エッチはしていないという多左衛門ですが、信じない与三郎。そらそうだ。
とにかく、お富を渡すのはいいが、そんな商売をしていてはいけない。元手のお金をあげるから商売でも始めて、それからまた来なさい、と与三郎に金を渡して帰す多左衛門。
形としては、まとまったお金がゲットできたので与三郎の強請りは成功したことになります。
外で待っていた蝙蝠安とお金を分け合って、帰っていく与三郎。
多左衛門もお店の仕事がまだあるので帰ります。
そのとき、そっと置いていった多左衛門の紙入れに入っていたお守り、それが、お富の持っているのと同じものなのです。驚くお富、
「そんならおぬしは、私の兄さん…!!」
現行上演、ここで終わりです。
もともとは、釣りをしていた多左衛門がお富を助けたとき、多左衛門はお富のお守りを見ています。
なので今のように幕切れでイキナリ「あなたはわたしの兄さん」とわかるような無理な展開ではないのですが、
今はもう仕方がありません。
内容が有名なだけに、逆になんとなく流して見てしまうかもしれませんが、
「源氏店」というのは、じつはかなりデンジャラスでドキドキな場面です。
社長の2号さんが住んでるマンションに、妙な男が色々出入りしてモメてたらあぶなっかしいでしょ?
そういう雰囲気を感じ取っていただけるといいかと思います。
お富さんにせまって顔におしろい塗られる番頭の藤八も、 今は完全に道化で笑わせるだけですが、初演ではかなり本気で迫っております。
しかも裏でこそこそお店の存亡にかかわる悪事に荷担していたりしますのでかなりの危険人物です。
蝙蝠安も、今はワリとひょうひょうとした役柄ですが、昔はそうとう怖い、「街のゴロツキ」でした。
家に入ってこられるだけで妙なウワサになりそうな、とにかく関わり合いになりたくないタイプです。まして「お妾」みたいな立場では。
いまよりずっとナマナマしい、「お富」というキレイなお姉さんをめぐるデンジャラスであぶなっかしい舞台だったのです。 なかなかそういう雰囲気は今は出ないですよね。
完成された形、手順を楽しんでいただくのももちろんですが、そういうリアルな緊張感みたいなのも感じていただくと、より面白さが伝わるかなと思います。
「玄治店(げんやだな)」について。
お芝居の中でもこの地名は「げんじだな」と呼ばれていますが、場面の通称は「げんやだな」です。
これは、江戸時代は江戸市中の実在の地名を舞台に乗せてはいけなかったからです。江戸時代以外ならオッケーです。
もともとは日本橋人形町に実在した閑静な住宅地「玄治店」がモデルです。ご隠居さんやお妾さんなど、小金を持っていてかつ、働いていない人があまり目立たないように住むのにいい場所だったのです。
「玄治」というヒトが地主で家を貸していたのだと思います。
イメージとしては、青山あたりのちょっとひっこんだ環境のいい場所にある、小ぶりな高級マンションとかそんなのだと思います。
この名前をそのままは出せなかったので、まず「江戸時代」を「鎌倉時代」という設定にして、「玄治(げんや)」→「げんじ」→「源氏(鎌倉だから)」と読み替えたのです。
見るヒトは「江戸の「玄治店」が舞台なんだな」と思って見ていたのです。
ところで、このお話は全部読むとけっこう長いです。しかもあまり面白くありません(おい)。
そして、現行上演では木更津の浜辺での「見初め」のシーンの後、イキナリ三年後の「源氏店」に飛んでしまうので、舞台だけ見ているとまったくストーリーがわかりません。
さらに、原作を通しで読むとわかるのですが、与三郎もお富もキャラクターの描き方がすごくあいまいです。場面によって性格が変わるのです。はっきり言って技術的には駄作です。
ということもあってますますお話の流れがわかりにくいのです。
一応、出ない部分についてちょっと書きます。
本来は、お富さんのパトロンであるヤクザ、赤間源三の別荘での二人の密会シーン(濡れ場)と、
密会の現場を押さえられた与三郎がリンチされて切り刻まれるシーン(責め場)が間にあります。てかもっといろいろ与三郎の実家とのカラミとかもあるのですが、そのへんは絶対に出ないのでいいです。
上記の2シーンが付くとこの「源氏店」が分かりやすく、感情移入もしやすいんですが、出ることはまずありませんよ。 たまには出せ、濡れ場と責め場。
お芝居全体でいうと、与三郎の実の親であるお侍のおうちがお家騒動に巻き込まれており(お約束)、家宝の「鶴の香炉」を探しております。そしてこの香炉が、多左衛門の勤めている質屋、和泉屋にあるのです。
さらにこれを使って金をせしめようとする悪者や、それを利用してお店の信用を落とそうとする悪い番頭なんかが暗躍していて、これが作品の主筋にあたる部分なのですが、現行上演完全カットです。とくにおもしろくないのでカット上等ですが、一応書いておきます。
源氏店のシーンのあとは和泉屋での香炉をめぐるゴタゴタのシーンになり、山の中での捕り物のあと与三郎は捕まって島流し→島抜けして帰ってきて田舎の小間物屋で観音久次(かんのん きゅうじ)と所帯を持っているお富と再会、
でも久次はじつは与三郎の昔の家来筋になたり、お富を守っていたのです。
久次の生き血に以前手に入れて持っていた南蛮渡来の薬を混ぜて飲んだら、与三郎の傷跡も治り、香炉も見つかってお家再興、めでたしめでたし、という筋です、現行上演には無関係ですが一応。
お芝居としては、もうセリフ回しや動きも殆ど決まってしまっているので誰がやっても同じ様な舞台になりそうなもんですが、
逆に、「決まった言い回し」を押さえながら「生世話もの(きぜわもの)」としてのリアリティーを出さなければならないので難しい舞台だと思います。
与三郎の「しがねえ恋の情けが仇…」ではじめる長セリフに、本当に今までの人生への感慨を込めて聞かせて、客を泣かせるのは至難の業です。
とかく形式的になりがちな舞台ですので、どこまで生世話の味わいが出せるかに舞台の成否がかかっていると思います。かといってあんまりナマナマしっくやると歌舞伎じゃなくなるし。
これはまた、江戸の町の「夏」「夕立」「湯上がりの女」「ご隠居やワケあり女なんかが住む、生活感の薄いこぎれいな一帯」
みたいな雰囲気が、今はなかなかうまく出せないし理解もされないこととも関係ありますよね。ムズカシイなあ。
与三郎を切り刻む悪役のヤクザ「赤間源三」と、この場面でのお富さんのパトロン、多左衛門は
初演で同じ役者さんでした。
基本的にはどちらも座頭格の二枚目系のいい役者さんの役です。だから与三郎も嫉妬するのです。
最近ちょっとおじさん臭い役柄になってしまっていますが、もともとはそんなかんじです。
ところで、
現行上演でここしか出ない、このふたつのシーンは、じつは作者の「瀬川如皐(せがわ じょこう)」が書いたのとは違う内容になっているのですが、
そのへんの事情はお芝居には関係ないので割愛しときます…。
=50音索引に戻る=










