歌舞伎見物のお供

歌舞伎の諸作品の解説です。これ読んで見に行けば、どなたでも混乱なく見られる、はず、です。

雨の五郎

2007年08月28日 | 歌舞伎
所作(踊りですね)です。あんまり出ません。
江戸荒事の典型キャラクター、「曽我五郎(そが ごろう)」の踊りです。

荒っぽい言動が売りものの曽我五郎にしてはめずらしく、廓でキレイなお姉さんに会いに行くシーンという踊りです。
色男ぶりも見せてちょっと軟派です。
これにはちょっと理由があるので、下の方で少し説明しますが、
舞台の絵面を楽しむだけでしたら、雨の五郎 あめの ごろう

所作(踊りですね)です。あんまり出ません。
江戸荒事の典型キャラクター、「曽我五郎(そが ごろう)」の踊りです。

荒っぽい言動が売りものの曽我五郎にしてはめずらしく、廓でキレイなお姉さんに会いに行くシーンという踊りです。
色男ぶりも見せてちょっと軟派です。
これにはちょっと理由があるので、下の方で少し説明しますが、
舞台の絵面を楽しむだけでしたら、
「曽我五郎」が誰かも含めて、細かいことは特に気にする必要はありません。

というわけで、色男な五郎を見ているだけでは面白くないので、
後半は立ちまわり仕立てになります。
下回りの役者さんが延々と五郎に打ちかかって、それをあしらうという展開ですよ。
そんな具合で、華やかなかんじでおわります。

もともと、荒事で人気のあるキャラクターで、ちょっと色っぽい雰囲気の踊りを出したところが楽しい、
でも後半は本来の荒事の雰囲気も楽しめる。
というかんじでおたのしみください。

内容はこれだけです。

一応、細かい設定の説明と、なぜ遊女に会いに行くのかも書きます。

まず、「曽我五郎」の話を簡単にします。
「曽我十郎」(兄)と「五郎」(弟)の兄弟の弟のほうです。
父親の「河津三郎」が殺され、家が断絶になったのですが、兄弟は親類に預けられて育ち、成長してから父の敵を討ちました。
この話が、「曽我物語」という物語として語りつがれたため、
「曽我兄弟」は江戸庶民にとって古典的ヒーローだったのです。
とくに「曽我五郎」は豪放な性格設定とケンカの強さで人気がありました。

五郎が会いに行くのは「化粧坂(けわいさか)の少将」という遊女です。
なぜ遊女が「少将」なんて男らしい名前かといいいますと、
平安末期から鎌倉時代にかけて、没落した貴族の娘やその女房たちが「高級遊女」になったのです。
なので、「昔は身分が高かった」ということを強調するために、当時の遊女は宮中の女官風の名前を付けたのです。
女官の名前というのは、「紫式部」の「式部」とか「清少納言」の「少納言」とかのように、官職名が付くのです。
それと同じようなかんじで、「化粧坂の少将」です。

「化粧坂(けわいざか)」は鎌倉のそばにある地名です。当時大きな遊郭があった場所ですよ。

このころの「高級遊女」は、上記のような出自ですので、
遊女でありながらたいへん教養レベルも高く、プライドも高く、
社会的ステイタスのない男はお金を持っていても相手にされないくらいでした。
そして、本物の貴族の娘ではなくなりますが、このグレードとステイタスはほぼ維持したままで、
江戸や大阪、京都の高級遊郭のシステムは、江戸末期まで引き継がれます。

「化粧坂の少将」は、その初期にいた高級遊女のひとりなのです。

さて、この時点で五郎は、父の仇を討つために浪人している、ただの貧乏な若者です。
その若者が、しかしその男性としての魅力ゆえに、当時最高級だった遊女と恋仲になり、
遊女に会いに雨の中ゆったりと化粧坂の遊郭に向かって行きます。
という場面が、この踊りです。
お金はないですが、ケンカは強くて美女にはモテるいい男ぶりが、五郎の魅力です。

さて、
今はもうこの習慣はなくなってしまったのですが、
江戸初期、創世記の「曽我もの」には、かならず「廓通い」の場面が付いたのです。「お約束の見せ場」だったのです。
「廓通い」といってもただ廓に向かって歩いていくというではなく、
高級遊郭に行くにふさわしい豪華な衣装で、悠々とした歩きかたや物腰を見せるのです。
これは当時のお金持ちの侍たちが、派手な身なりで豪快な様子で遊郭に通った、その様子を舞台で再現したものです。
お芝居のストーリーとは関係ない、一種の独立したショーです。

じつはこの場面は、「曽我もの」だけではなく、「江戸荒事」とされる江戸初期の歌舞伎作品全てにはいっていました。

という、今は残っていない、「廓通い」という古い江戸歌舞伎の定番のシーンをちょっと念頭においていただくと、
この踊りの雰囲気がわかりやすくなるかもしれません。

「曽我もの」全体についての解説は、
=こちら=

=50音索引に戻る=
「曽我五郎」が誰かも含めて、細かいことは特に気にする必要はありません。

というわけで、色男な五郎を見ているだけでは面白くないので、
後半は立ちまわり仕立てになります。
下回りの役者さんが延々と五郎に打ちかかって、それをあしらうという展開ですよ。
そんな具合で、華やかなかんじでおわります。

もともと、荒事で人気のあるキャラクターで、ちょっと色っぽい雰囲気の踊りを出したところが楽しい、
でも後半は本来の荒事の雰囲気も楽しめる。
というかんじでおたのしみください。

内容はこれだけです。

一応、細かい設定の説明と、なぜ遊女に会いに行くのかも書きます。

まず、「曽我五郎」の話を簡単にします。
「曽我十郎」(兄)と「五郎」(弟)の兄弟の弟のほうです。
父親の「河津三郎」が殺され、家が断絶になったのですが、兄弟は親類に預けられて育ち、成長してから父の敵を討ちました。
この話が、「曽我物語」という物語として語りつがれたため、
「曽我兄弟」は江戸庶民にとって古典的ヒーローだったのです。
とくに「曽我五郎」は豪放な性格設定とケンカの強さで人気がありました。

五郎が会いに行くのは「化粧坂(けわいさか)の少将」という遊女です。
なぜ遊女が「少将」なんて男らしい名前かといいいますと、
平安末期から鎌倉時代にかけて、没落した貴族の娘やその女房たちが「高級遊女」になったのです。
なので、「昔は身分が高かった」ということを強調するために、当時の遊女は宮中の女官風の名前を付けたのです。
女官の名前というのは、「紫式部」の「式部」とか「清少納言」の「少納言」とかのように、官職名が付くのです。
それと同じようなかんじで、「化粧坂の少将」です。

「化粧坂(けわいざか)」は鎌倉のそばにある地名です。当時大きな遊郭があった場所ですよ。

このころの「高級遊女」は、上記のような出自ですので、
遊女でありながらたいへん教養レベルも高く、プライドも高く、
社会的ステイタスのない男はお金を持っていても相手にされないくらいでした。
そして、本物の貴族の娘ではなくなりますが、このグレードとステイタスはほぼ維持したままで、
江戸や大阪、京都の高級遊郭のシステムは、江戸末期まで引き継がれます。

「化粧坂の少将」は、その初期にいた高級遊女のひとりなのです。

さて、この時点で五郎は、父の仇を討つために浪人している、ただの貧乏な若者です。
その若者が、しかしその男性としての魅力ゆえに、当時最高級だった遊女と恋仲になり、
遊女に会いに雨の中ゆったりと化粧坂の遊郭に向かって行きます。
という場面が、この踊りです。
お金はないですが、ケンカは強くて美女にはモテるいい男ぶりが、五郎の魅力です。

さて、
今はもうこの習慣はなくなってしまったのですが、
江戸初期、創世記の「曽我もの」には、かならず「廓通い」の場面が付いたのです。「お約束の見せ場」だったのです。
「廓通い」といってもただ廓に向かって歩いていくというではなく、
高級遊郭に行くにふさわしい豪華な衣装で、悠々とした歩きかたや物腰を見せるのです。
これは当時のお金持ちの侍たちが、派手な身なりで豪快な様子で遊郭に通った、その様子を舞台で再現したものです。
お芝居のストーリーとは関係ない、一種の独立したショーです。

じつはこの場面は、「曽我もの」だけではなく、「江戸荒事」とされる江戸初期の歌舞伎作品全てにはいっていました。
もっともよく残っているのが、
「鞘当(さやあて)」というお芝居です。

という、今は残っていない、「廓通い」という古い江戸歌舞伎の定番のシーンをちょっと念頭においていただくと、
この踊りの雰囲気がわかりやすくなるかもしれません。

「曽我もの」全体についての解説は、
=こちら=

=50音索引に戻る=
ジャンル:
芸術
キーワード
江戸歌舞伎
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