歌舞伎見物のお供

歌舞伎、文楽の諸作品の解説です。これ読んで見に行けば、どなたでも混乱なく見られる、はず、です。

「競伊勢物語」 はでくらべ いせものがたり

2015年10月16日 | 歌舞伎
タイトル通り、古典作品の「伊勢物語(いせものがたり)」をモチーフにした作品です。

「伊勢物語」自体は短いお話の羅列で、まとまったストーリーはないのですが、
当時の大きな政権争いが作品の背景になっています。
この政権争いが、お芝居の題材です。

時代は9世紀、800年台前半です。
「文(もんとく)天皇」の死後、第一皇子だった「惟喬皇子(これたかのみこ)」が帝位に付けず、
弟の「惟仁皇子(これひとのみこ)」が即位して「清和(せいわ)」天皇となりました。
ここまでは史実です。
じっさいは「惟喬皇子(これたかのみこ)」は風雅を愛でながら静かに生きたのですが、

お芝居では「惟喬皇子」は反乱分子となって皇位を狙い、さまざまな事件をおこします。
ここに「伊勢物語」の登場人物や有名なエピソードがからんでいきます。

古代が舞台の作品らしい、人智を超えたパワーを感じさせる禍々しい雰囲気の背景に、
宝石のように「伊勢物語」のパーツがちりばめられています。

逆言うと、見る側が我が国の代表的古典作品であるこの「伊勢物語」に親しみを持っていることが
作品の前提になっており、わからなければ価値は半減します。
なので「伊勢物語」の説明も織りまぜて説明します。

さて、今は、さいごのほうの5段目しか出ません。

5段目の時点での設定は

後の「清和帝」である「惟仁(これひと)皇子」はまだ帝位についておらず、帝位は空位のまま保留になっています。
「惟喬(これたか)皇子」は反乱をおこして武力で勝手に帝位についています。
「惟仁(これひと)皇子」は身を守るために隠れています。
「惟喬(これたか)皇子」はけっこうな無茶ぶりを連発しており、臣下は困っています。

「惟喬(これたか)」が兄です。、悪い方です。
「惟仁(これひと)」が弟です。後の清和帝です。
わかりにくいですが史実まんまの名前なのでがんばってついていってください。

ところでこの兄弟はそれぞれ天皇が持つべき神宝(しんぽう)を1こずつ持っています。
お互い、相手のを奪い取れば即位に有利なので相手の神宝の隠し場所を探しています。


・奈良街道茶店の場

ここはあまり「伊勢物語」の影響がない部分です。

奈良と京都を結ぶ街道の茶店です。奈良と京都は十里とわりと近いので行き来が気軽です。
観光客や行商人がたくさん通ります。

「信夫(しのぶ)」ちゃんと「豆四郎(まめしろう)」くんは夫婦です。まだ若いです。
豆四郎くんが元服前ですから10代です。
仲間の娘たち3人と一緒に、京の都まで絹の行商に行った帰りです。
途中で荷物持ちに街道人足のおじさんを雇いました。
「鉦(どら)の鐃八(にょうはち)」というひとです。

ふたりがイチャイチャしていて歩くのが遅いのをみんなでからかうところなどがあり、
みんなで奥で一休みしていると、土地のお代官さまがやってきます。

この近くに「玉水の淵(たまみずの ふち)」という淵があります。
ここの水が最近「鳴動(めいどう)」します。あと鳥の様子も変です。
「鳴動」は地鳴りがして動くかんじです。地震や天変地異を連想させる語句です。

都のえらい人に報告したところ、「神宝」が沈んでいるのだろうという話になります。重要アイテム発見!!
役人が来て探すから、それまで誰も近づけないようにというお達しが出たのです。
近づいたら死罪です。くりかえします。死罪です。

いま「都」にいるのは悪人の「惟喬(これたか)」のほうですから、
このままだと「神宝」は悪人の手にわたってしまいます。ピンチ。

これを物陰で「豆四郎」が聞いています。

豆四郎は忘れ物をしたフリをして仲間を先に行かせ、
しのぶちゃんにも先に行けと言います。
しかし、しのぶちゃんは勘づいていました。「玉水の淵に行くのでしょう」。
動揺する豆四郎。

これを、茶屋の亭主の「五助」が聞いています。
神宝を盗もうとしている!! とお役人に言いに行こうとするので、
豆四郎はあわててとめようとします。

そこにさっきの荷物持ちの「鉦の鐃八(どらのにょうはち)」が出てきて五助をつかまえ、
殺してしまいます。
殺すのは乱暴ですが、だまっていてくれるわけでもないしお役人にバレればこっちが死罪なので、
しかたがないといえばしかたないです。

饒八は、役人が神宝を探しに来るのは今すぐではないからあわてることはない。
むしろ泳ぎの上手いひとに探させたほうがいい、とアドバイスしてくれます。
しのぶちゃんが、村に泳ぎがうまい人がいるというので、豆四郎も今日はおとなしく帰ることにします。

お互い、ひとを殺したことと神宝を盗もうとしていることは誰にも言わない約束をします。

豆四郎としのぶちゃんが退場すると、
死んだはずの五助が起き上がります。
そう、五助ははじめからグルで、ふたりを油断させるために芝居をしていたのです。

ただ、先に言ってしまうとこのふたりはただの金めあての小悪人たちで、ストーリー的にはたいした役割はありません。
そういう意味ではわりと気楽にご覧いただいてだいじょうぶです。

この場面おわります。


・玉水が淵

夜です。問題の玉水が淵です。立ち入り禁止なので竹で囲いがしてあります。

まず、さきほどの「鉦の饒八(どらのにょうはち)」がやってきて淵に飛び込みます。
そのあと、しのぶちゃんがやってきます。

豆四郎が理由はわかりませんが神宝を探しているのを知ったしのぶちゃん。
しかし神宝を盗んだのがバレたら死罪です。盗まなくても淵に近寄っただけで死罪です。
豆四郎さんに、そんなあぶないことをさせるわけにはいきません。
なので、豆四郎は先に帰し、ひとりで神宝を探しに来たのです。けなげです。

饒八が何か拾ってあがってきました。鏡です。
横から奪い取るしのぶちゃん。
もみあいになります。
さらに見張りの役人も来ていろいろあり、
しのぶちゃんは逃げますが、饒八に片袖を引きちぎられます。

この場面終わりです。
ここまではカットのことも多いです。
後半に向けての説明部分なので、むしろ見どころは街道でのふたりのいちゃいちゃぶりや、しのぶちゃんのけなげな様子だと思います。


・春日野小よし内(かすがの こよし うち)
「はったい茶」とも呼ばれる幕です。
ここからは「伊勢物語」をイメージした部分がたいへん多くなります。

しのぶちゃんの母親の「小芳(こよし)」さんの家です。
「小よし」さんは陸奥(みちのく、お芝居のイメージは福島から仙台くらい)の出身です。
数年前にここに引っ越してきました。
みちのくには「もじずり染め」という独特の染めの製法があります。
小よしさんは絹をもじずりに染めて、それを、娘夫婦や友人の娘たちが売り歩いているという設定です。

「もじずり染め」は「文字摺り染め」とも書き、筆文字のようなくねくねした模様が特徴です。

「伊勢物語」との連関を書きます。
まず、場所が「春日野(かすがの)」なのは、「伊勢物語」の初段「初冠(ういこうぶり)」で、
主人公の「業平(なりひら)」が春日野に行って美しい姉妹に一目惚れして和歌を贈っているからです。
出だしの浄瑠璃(じょうるり、唄ですね)が

 ♪昔男 初冠りして 奈良の京 春日の里と言いけむも

となっているのも「伊勢物語」がベースです。

そして、そのときの和歌なのですが、
着ていた衣の袖をひきちぎって、それに歌を書きました。
着ていたのは、「もじずり染め」の衣でした。

春日野の 若紫の すり衣 しのぶの乱れ かぎり知られず

春日野に生える若紫のように美しいあなた。
若紫色のもじずりの衣を着てあなたを見ているわたくしの心は、
このもじずりの模様のように際限なく乱れていることですよ

という歌です。
この歌には元ネタがあって、

 みちのくの しのぶもじずり 誰(たれ)ゆえに 
 乱れそめにし 我ならなくに

みちのくの忍草(しのぶぐさ)で染めるもじずり染め。 
そのもじずり染めで染めた布のように、わたくしの心は恋に染まってもとの自分ではないようになってしまい、
もじずり染めの模様のように乱れている。
それは誰のせいなのだろう(恋しいあなたのせいなのだ)。

この歌は百人一首に入っていて有名ですが、
そういうわけで、「もじずり染め」と言えば「陸奥」のものであり、「しのぶ」なのです。

「春日野」に「しのぶ」という女の子がいて、「陸奥」から来た母親が「もじずり染め」をやっている。

この設定で、客が上記の歌や前後の文章をぱっと思い浮かべるの程度の知識があるのを前提に
このお芝居は作られています。

というわけでお芝居の話に戻ります。
「小よし」さんは、近所の「八兵衛」さんの奥さんと一緒に石臼をひいています。
炒ったお米を粉にしています。
麦やコメをローストして粉に挽いたものを「はったい」といいます。
ローストしたので香ばしくなっており、これをお湯やお茶に溶かして飲みます。あとで出てきます。

今日は「小よし」さんの死んだ夫の命日です。夫を思い出して泣く小よしさんです。

行商に出た「しのぶ」ちゃん一行が昨日の夜戻って来なかったのですが、
一緒に行った女の子3人がやっと戻って来ました。
遅れて豆四郎くんも戻ってきました。
しのぶちゃんが戻りません。心配する一行。
女の子たちは村人に知らせに行きます。

さて、前の幕でしのぶちゃんが「村に泳ぎがうまい人」の話をしていましたが、
豆四郎くんは小よしさんに聞いてこれがウソだと知ります。
なぜそんなウソを言ったのか。そもそもなぜ帰って来ないのか。

疑惑が妄想を産み、豆四郎くんは、しのぶちゃんがその男と浮気しているのだと信じ込み、
怒りだします。
困惑する小よしさん。
これはまあ、誤解ですので笑うところです。

怒りながら奥の部屋に行ってしまう豆四郎くんです。

ここに、急に大仰な行列がやってきます。えらい人のようです。
小よしさんの家にやってきます。
これは「紀有常(きの ありつね)」と言う人です。
「伊勢物語」ですと、主人公の業平の奥さんの父親にあたり、業平ともとても仲がいいです。

花道でのやりとりが少しわかりにくいと思うのですが、
一行は全員が「有常(ありつね)」の家来ではなく、後ろにいる一団は有常を護衛というか、監視しています。
かごのまわりにいるのは「有常」の家来です。

ここでの会話はお芝居の全体像に関する部分になります。

悪人の「惟喬皇子」は、「有常」の娘を気に入っており、差し出せと言っています。
「井筒姫(いづつひめ)」といいます。
しかし「井筒姫」は、「業平(なりひら)」と恋仲なのです。
ふたりは逃げて、じつはこの「小よし」さんの家に隠れています。
小よしさんはばれていないと思っていますが、すでに村全体が取り囲まれています。
有常は、「惟喬」の命令で井筒姫を捕まえにきました。
説得して連れてくるか、ダメなら首を斬って差し出す必要があります。

というわけで、有常にはちゃんと使命を果たすかどうかの監視がついているのです。

有常はうまいこと監視の役人をなだめて離れた場所で待機させ、
自分の家来だけ連れて小よしさんの家に行きます。

ここでセリフで「さんこうまでに」と言っています。「三更(さんこう)」と書きます。
だいたい「真夜中までには」というかんじです。詳しくは下に書きます。
「井筒姫」を連れてくるタイムリミットが真夜中ということです。

ところで、小よしさんは家に業平さまと井筒姫をかくまっており、しのぶちゃんや豆四郎くんも協力しているわけですが、
お芝居の中でこの設定を匂わせる部分がほとんどないので見ていて意識しにくいです。
しかしこの設定を前提にお芝居は進みます。
舞台右手に「離れ」みたいになっている部屋にふたりはいます。ときどき思い出しながらごらんください。

さて
急にりっぱなお侍がやってきたので、小よしさんはびっくりします。誰!?

有常は若いころ親族に勘当されていて東北まで流れていってお百姓さんの雇われ仕事をしていたのです。
そのとき小よしさん夫婦にとても世話になりました。そのときは「太郎助(たろすけ)」と言いました。
これは「伊勢物語」にはなく、作品内設定です。
あの太郎助さんか!! 懐かしがる小よしさん。

一緒にいた家来たちを追い出して、小よしさんと有常さまはゆったりと昔の話をします。
この場面が「はったい茶」と呼ばれる場面でとても有名です。
おじいさんとおばあさんが座って会話しているだけなのですが、味わいのあるいい場面です。

小よしさんの夫、「六太夫(ろくだゆう)」さんにもずいぶんとお世話になりました。
数年前に亡くなったと聞いて驚く有常さま。しかも今日は命日。お参りをします。

小よしさんは塩茶を入れて、そこにさっき臼で挽いて作った「はったい」を入れます。
これが「はったい茶」です。「塩茶」というのは番茶に塩を入れたものです。
昔もよくこれをごちそうしてもらったものでした。なつかしそうに飲む有常さま。

有常さまは、あのあとどうにか勘当を許してもらってまたお公家さまに戻れました。
いろいろあって最近、公家をやめてお侍になったのですが、
このへんの事情は今出る部分には関係ないので、「昔の知り合いがえらくなってやってきた」という理解で大丈夫です。

娘のしのぶちゃんが大きくなったという話をしますが、しのぶちゃんがまだ戻りません。
とりあえず奥の部屋で待つことにします。
有常さまいっぺん退場。

しのぶちゃんがやっと戻って来ます。
ちょっと様子が変な上に、着物をどこかで着替えてきています。

小よしさんは喜んで出迎えますが、
豆四郎くんはしのぶちゃんが浮気して来たと思い込んでいるので怒っています。
二人で物置きにでも行って仲直りに あ れ こ れ しなさい、ときわどい事を言って、
小よしさんは退場します。

ここで怒っている豆四郎くんに、しのぶちゃんがふたりの馴れ初めの話をします。
この部分が「伊勢物語」のオマージュになっています。

ふたりは幼なじみです。しのぶちゃんがこの村に来てからずっと仲良しです。
井戸のそばでよくおままごとをしました。
そのころからお互いが好きで、「伊勢物語」の有名な歌で気持ちを伝え合っていました。

 筒井筒 井筒にかけし まろが丈 老いにけらしな 妹見ざるまに

「伊勢物語」にあるのは
 筒井筒 井筒にかけし まろが丈 過ぎにけらしな 妹見ざるまに
ですが、だいたい同じ意味です。「老い」「は「生い」の意味に取っていいと思います。

筒井筒、子供のころは筒型のへりがある井戸の、そのへりと高さを比べていたわたくしの背丈は、
しばらくあなたに会わない間にすっかり成長してその高さを追い越してしまったことですよ。
わたくしも大人になりました。またお会いしたいものです。

そんなこんなでふたりは公認のカップルになりました。
ここで「豆四郎はしのぶのための豆男(まめおとこ)」というセリフがありますが、
この「まめおとこ」というのも「伊勢物語」に出てくる語句です。
女性にマメな色男、という意味で、主人公の「業平」を指します。
ここでは「しのぶさんにとっての「業平」役」みたいなニュアンスになります。

ついでに言うとこの「磯の上豆四郎(いそのかみ まめしろう)」という名前ももちろん「まめおとこ」という言葉を意識して付けられており、
姓にあたる「いそのかみ」は、業平神社(当時は業平寺)があった「石上(いそのかみ)」の地名をイメージしています。

というわけでふたりは結婚することになったのでした。

セリフで
「起請誓紙(きしょうせいし)」と言っていますが、
「起請(きしょう)」というのは、主に熊野神社が発行する誓約書で、やぶると神罰が当たるのですが、
ここではその本物の「起請の紙」の代わりに、「もじずり染め」の絹に歌を書いて交換しました。
これが
この幕の最初のほうで説明した

 春日野の 若紫の すり衣 
 しのぶの乱れ かぎり知られず

 みちのくの しのぶもじずり 誰(たれ)ゆえに 
 乱れそめにし 我ならなくに

この2つです。これをそれぞれの襦袢(じゅばん)の袖にして、
当時は着物はそうそう着替えませんから、毎日それを身につけて過ごしています。
衣替えで着替えるときはもちろん袖も付け替えます。

そんなに昔から仲良しで深く約束した二人なのに、何故怒るのかと聞くしのぶちゃん。
何故遅くなったのか聞かれて、
前の幕で手に入れた神宝を見せます。鏡です。

ようするにストーリー的にはさっさとこの鏡を見せればいいのですが、
「伊勢物語」的な要素を入れないとお芝居として意味が無いのでこういうやりとりが入っています。

この鏡は、もちろん禁断の「玉水の淵」から持ってきたのですが、
あの場所にいたというだけで死罪なのです。
しのぶちゃんは、豆四郎を心配させないために「行こうと思ったけど途中の田んぼの用水路に落ちていた」
とウソを言います。
不審に思いながら喜ぶ豆四郎。

ここでは豆四郎が、なぜこの神宝の鏡を欲しがっているのかは語られません。
しのぶちゃんもよくはわかっていません。
事情はよくわからなくても、愛するひとが困っているならと、しのぶちゃんは命をかけたのです。
一応ネタバレしておくと、豆四郎は主人公の「在原業平(ありわらの なりひら)」の家来です。

そんなかんじで喜んでいると、
前幕で出てきた悪っぽいおっさんの「鉦の饒八(どらのにょうはち)」がやってきます。
前幕で、がんばって拾い上げた神宝の鏡をしのぶちゃんに奪い取られたわけですが、
ひきちぎった片袖を手がかりにやってきました。
袖には例の「春日野の 若紫の 摺り衣」の歌が書いてあるので間違いなくしのぶちゃんのものです。

その引きちぎった袖を買い取れと言う饒八です。
買ってくれないなら、「玉水の淵」にこれが落ちていたと代官所に訴えに行くと脅す饒八。

最初からバレて死ぬのは覚悟していたしのぶちゃんは訴えればいいと強気ですが、
豆四郎はあわてて買うといいます。
しかしお金はありません。待ってくれといいます。

饒八は、待つかわりに「かた」をよこせと言います。
「形(かた)」というのは、「形代(かたしろ)」です。今で言う「担保」です。
饒八が担保にほしいのは、神宝の鏡です。
さいしょからこっちが目的です。

しかたないので鏡を渡すことを承諾した豆四郎ですが、
返してもらえないのは困るから、と言って、鏡を庭にある井戸に投げ込みます。
ここから鏡を取り出す権利を担保にするというのです。

やられたー!! とは思ったけどとにかく井戸を担保にとった饒八。
井戸を見張る必要があるので、家の外の物置で待つことにします。

さて、当然ですがこれは時間かせぎです。
「饒八は殺してしまって逃げるぞ」と言う豆四郎。

かくまっている「在原業平」さまと「井筒姫」を逃がしながら一緒に逃げる計画です。

とはいえ気になるのはお母さんの小よしさんです。
禁断の「玉水の淵」に行ったことがバレたらしのぶちゃんも死罪なのですが、
家族も連座制で死罪になります。
小よしさんが心配なしのぶちゃん。

ここでかわいらしい展開になります。
当時は「勘当」というシステムがあったのです。
豆四郎が、母親に反抗して怒らせて勘当されてしまえばいいと思いつきます。
親子の縁が切れていれば小よしさんは罪にはなりません。

というわけで、奥から小よしさんがやってくるので、しのぶちゃんがいっしょうけんめい悪い子のフリをします。
しかし、小よしさんは優しいので怒らないし、しのぶちゃんもなかなか乱暴な態度がとれません。
けっきょく仲直りしてしまう母子。かわいい。

と、そこに奥にいた「紀有常(きの ありつね)」が出てきます。
有常さまは事情を察しているので「勘当されないとだめだろう」と言います。
うっ
その通りです。困るしのぶちゃん。

ここで有常さまが爆弾発言をします。
「しのぶは実は自分の娘だ。小よしさんに預けていたのだ。返してほしい」
なんと!!

さらに有常さまがちょっとややこしい話をはじめます。
・井筒姫はじぶんの娘だということになっているが、実は前の文徳帝の子。ヒミツであずかっていた。
・悪人の「惟喬皇子(これたかのみこ)」が井筒姫をほしがっている。自分の娘ならともかく先帝の子なので渡せない。
・しのぶちゃんと井筒姫は似ているので井筒姫だと偽って惟喬皇子に渡したい。

本当はさらに伊勢神社の斎宮がどうのこうのという部分があるのですが、
ここは「伊勢物語」に「伊勢斎宮(いせいつきのみや)」が出てくるので、そのオマージュ部分なので
ストーリー的には必要ないので聞き飛ばしていいです。

勝手なことを言うなと怒る小よしさんです。大事な娘です。
そもそも有常さまは、都に戻るのにジャマなのでしのぶちゃんを捨てたのです。
それを小よしさん夫婦が育てました。
田舎育ちですががんばってお琴なども習わせました。お姫様にも負けません。
大事に大事に育てたのです。手放すなんてムリです。

しのぶちゃんも母親のそばにいたいと思うのですが、
母子の縁を切らないと小よしさんが危ないのです。
悲しいけれど縁を切ってほしいと頼みますが小よしさんは承知しません。

困っていると、前幕でもチラっと出た土地のお代官様がやってきます。
川島典善(かわしま てんぜん)」と言います。
とくに悪人ではなく、まじめに仕事をしているだけです。
しのぶちゃんをつかまえに来ました。

前幕に出ていた、「鉦の饒八」の仲間の「五助」が、しのぶちゃんを訴えたのです。
饒八も証人として出てきます。絶体絶命です。

ここで有常さまが前に出ます。
有常さまはお代官様よりもずっとえらいので、取り調べの主導権を握ります。
途中から「役所で待ってろ」と言って退場させてしまいます。

まず有常さまは、しのぶちゃんがただの村娘である場合と、「紀有常」の娘である場合で
処遇に差が出ることに気づかせます。
娘を助けるために小よしさんは泣く泣く母子の縁を切ります。

次に有常さまは、饒八と五助に突っ込みを入れます。
「玉水の淵でしのぶちゃんを見て、この袖を拾ったというが、
ということはお前らもそこにいたということだな」

やばい。あわてるふたり。
すかさず有常さまは、神宝を拾って宮中に差し出すつもりだったのなら、むしろごほうびがもらえる。
とふたりを騙します。
喜んで「玉水の淵に行きました」と文書に書くふたりです。
だまされたままふたりは退場します。納屋で待機しています。

これで正式に有常さまの娘になったしのぶちゃん。
有常の娘の「井筒姫」になりすまして宮中に行くことになります。
セリフでは「伊勢の斎宮になって」と言っています。「井筒姫」=「伊勢の斎宮」です。

夫の豆四郎くんも有常さまの養子にしてお公家様にしてくれると聞いて。しのぶちゃんは大喜びです。

さびしく思う小よしさんですが、とにかくお祝いの盃のしたくをしようと奥に引っ込みます。
このとき有常さまが「盃事」について不自然な言及をするのは、
この時点でしのぶちゃんを死なせるつもりなので、「別れの水杯」のつもりだからです。

さて、有常さまは用意してある十二単(じゅうにひとえ)の衣装をしのぶちゃんに着せ、
髪型も宮中風にします。おひなさま風です。
有常さまが髪をとかしてやります。
これは斎宮を送り出すときの宮中の故事にもとづいているらしいのですが詳しく知りませんすみません。

準備が整いました。もう隠せません。
有常さまはしのぶちゃんに「命をくれ」と言います。
驚くしのぶちゃんですが、井筒姫の身替りになるということ、
業平さまと井筒姫がここにいるのはとっくにバレていて、村全体が取り囲まれていることを知って
潔く死ぬ決心をします。

最後に豆四郎くんに会いたいと言うしのぶちゃん。
有常さまは豆四郎くんの本名を呼びます。「豆四郎俊清(まめしろう としきよ)」といいます。
父親が名のある武士で業平さまの家来だったのですが、
事情があって浪人して、民間人としてこの村に住んでいたのでした。

豆四郎くんも、業平さまの身替りとしてしのぶちゃんと一緒に死にます。
すでに白い衣装で切腹の準備をしています。
一緒に死ねると知って喜ぶしのぶちゃん。

そこに、盃ごとの準備をしていた小よしさんが戻って来ます。
ふたりが死ぬところを見せたくない有常さまは、ふたりを衝立(ついたて)で隠し、
もう親子ではないのだから直接会うことはできない、とごまかします。

せめてしのぶちゃんの琴が聞きたいという小よしさん。

しのぶちゃんは琴を弾きます。
小よしさんは作業用の「砧(きぬた)」で拍子を取ります。
「砧(きぬた)」は絹を叩いて艶を出したりするのに使います。
横でしのぶちゃんがお琴を弾いて歌い、それを聞きながら小よしさんが楽しくもじずり染めの作業をする。
そんな毎日だったのだと思います。

しのぶちゃんがお琴を弾くなか、豆四郎くんは切腹します。
動揺しながらも母親を心配させないために演奏を続けるしのぶちゃん。
曲が終わります。
有常さまがふたりの首を打ちおとします。

気配に驚いて仕切りの中をのぞき、驚き怒る小よしさん。
しかしふたりは業平さまたちのために進んで死んだと聞いて、悲しみながらも納得します。

ここに、最前のお代官さま、「川島典善」がやってきます。約束の時間です。
有常さまは待たせておいた「饒八」と「五助」を呼び出し、
ごほうびをもらえると思ってほいほい出てきたふたりを典膳に引き渡します。ぎゃー!!
お役人たち退場。

よく考えると、この饒八たちはいなくてもお芝居は成立するのですが、
ちょっと乱暴なこの二人がいることでメリハリが出て楽しくなります。
なのでそこまで大事な役ではないですが、とくに饒八にはいい役者さんが出ます。

さて約束の時間です。ふたりの首を監視の役人に届けなくてはなりません。
有常さまは庭の井戸でふたりの首を洗います。神宝の鏡が沈んでいるあの井戸です。

ここでも「井筒」のエピソードを有常さまと小よしさんが思い出し和歌をくちずさみます。

 くらべこし 振り分け髪も 肩過ぎぬ
 君ならずして 誰か 上ぐべき

子供の頃、ふたりで長さを比べあった、あのころは両側に垂らしていたわたくしの髪も、
ずいぶんと伸びて肩よりも長くなりました。
そろそろ一人前の大人として結婚して髪を結い上げる時期ですが、
あなた以外の誰とそのような儀式をすればいいのでしょうか。あなた以外には考えていませんよ。

こんな風に初々しい仲のいい夫婦だったふたりです。
悲しいことですが、がんばって主君の役に経ちました。よくやりました。

ずっと隠れていた業平さまと井筒姫も障子を開けて見ています。
豆四郎くんとしのぶちゃんの役者さんが2役でやります。

血の汚れを清めようとして井戸が大量の水を噴き上げます。神宝が沈んでいるので超常現象が起こるのです。
その勢いで神宝も浮かび上がります。
業平が出てきて拾い上げます。やった!!

神宝の鏡を手にれたのもこのふたりの働きです。深く感謝する業平と井筒姫。

このあとは「伊勢物語」とお芝居の内容を対比させた浄瑠璃が続きます。

おわります。


このあとは最後の段で、もうひとりの女主人公の「生駒姫(いこまひめ)」の物語になり、
業平の兄の「行平(ゆきひら)」がお話にからみます。
悪いほうの家来が暴れますが最後に改心し、
惟仁親王が清和帝になっておわります。ここは出ません。


以下、いろいろ細かい説明を書きます。

実際に奈良の春日村のあたりに「業平寺」というのがあり、業平が妻と暮した場所とされています。
また、「井筒」のエピソードの井戸も春日にあるのがそれだとされており、
なのでこのお芝居の舞台も奈良の春日村になっています。
業平と井筒姫がこのあと出家してここをお寺にして住んだ、という設定です。

「三更(さんこう)」という時刻について
江戸時代の一般的な時刻カウント方法はお寺の「時の鐘」が知らせる「九つ」「八つ」「七つ」というあれですが、
これとは別に1日を12等分して「干支(えと)」を当てる方法がありました。
こちらのほうが今の時間感覚に近いです。正確に時間を示す時計が必須なので、民間ではあまり使いませんでした。
お城やお役所での勤務スケジュールはこっちで表記します。
なのでセリフで「辰の刻(たつのこく)」とか「未の刻(ひつじのこく)」とかある場合、
お侍らしい雰囲気を出す意味合いがあります。

この数え方ですと夜は現在の7時から朝5時までの10時間を指します。
この10時間を五等分して、「初更(しょこう)」「二更」「三更」などと呼びました。
「三更」は11時から1時までの間です。
このお芝居では「三更」のちょうと半ば、0時を指します。11時ととってもいいのですが鐘が鳴るので0時でしょう。
そもそもお寺の時の鐘は深夜には鳴らさないですから、これはどこの鐘だと思いたくなりますが
まあお芝居の「きっかけ」としての演出の音です。

一般的に、「初更」は宵の口、「三更」といえば真夜中、「五更」といえばもう明け方、
というニュアンスで使います。

「鐃八」は「鐃はち(にょうはち)」というのは「銅鑼(どら)」の一種で、ほぼおなじものらしいです。
あのジャーンとなる金属の丸いやつです。ああいう感じのちょっと荒っぽいおじさんということと、
やはりお寺の多い土地柄も意識してこの名前なのかと思います。

タイトルの「競(はでくらべ)」の意味ですが、
今は出ない部分に業平の彼女の「井筒姫」と「生駒姫」が争う場面があり、
そこから取られています。
これも「伊勢物語」のエピソードがもとで、
「井筒」のエピソードで結婚した幼なじみのふたりですが、このあと夫が河内にいる女性と浮気するのです。
「伊勢物語」では「河内の女」はあまり品が良くなく、ただの一時の浮気相手でしたという内容になっていますが、
お芝居では「井筒姫」「生駒姫」として同格の扱いです。そのほうが楽しいし。

もともと、「伊勢物語」をオマージュした「業平物(なりひらもの)」というお芝居のジャンルがあり、
お約束の設定がいくつかあります。

・「惟喬皇子」の反乱。
・「惟喬」の外戚にあたる「紀名虎(きの なとら)」が怨霊となって黒幕として暴れる。
・主人公は「在原業平(ありわらの なりひら)」。天皇やその妻の「二条の后(にじょうの きさき)」を守る。
・「業平」のふたりの恋人、大和にいる「井筒姫(いづつひめ)」と、河内(大阪)にいる「生駒姫(いこまひめ)」が争う。
・「伊勢斎宮(いせさいぐう)」もなんらかの形で出る。
などです。

原型は、「近松門左衛門(ちかまつ もんざえもん)」作の「井筒業平東通(いづつ なりひら あずまのかよい)」という作品で、
この作品の設定がほぼ踏襲する形で「業平(なりひら)もの」の作品が複数作られました。
今、完全な形で残っているのは、近松のものとこの作品だけです。





伊勢物語 (岩波文庫)
岩波書店




文法全解伊勢物語―2色版
(古典解釈シリーズ)
旺文社



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