木の実 小金吾討死(こきんご うちじに)
「義経千本桜(よしつね せんぼんざくら)三段目の前半部分です。
このお芝居じたいが、源平の戦の終わった直後の義経と、負けた平家方の武将たちの人間模様を描いたものです。
そして、この前の段=渡海屋==大物浦=までは一応義経様が出てくるのですが、
この段は、義経も弁慶も出てきません。
何の予備知識もなくこの段だけ見たら、一体何のものがたりか、まったくわからないだろうと思います。
滅びた平家の残党の物語です。
平家の中でも、清盛の長男(嫡子ではない)、小松殿と呼ばれた「平重盛(たいらの しげもり)」はマトモな人で人望もあったのですが(平家物語設定)、源平の戦が始まる前に死にます。
その息子の維盛(これもり)が物語の軸です。
「平家物語」では維盛は、平家都落ちのあと、将来の展望のなさがイヤになったらしく、平家の陣営を抜け出して熊野で出家、その後入水(じゅすい)して果てています。
このお芝居では維盛は生きていますよ。
「木の実(このみ)」
というわけで、この幕では、維盛の奥さんである「若葉の内侍(わかばの ないし)」と、息子さんのまだ小さい「六代君(ろくだいぎみ)」とが、維盛を探して高野山へと向かっています。
お供としてふたりを守るのは、まだ若い前髪姿(元服前)の侍、「主馬の小金吾(しゅめの こきんご)」です。
元服前とはいえ、後半で「大前髪(前髪姿でも、殆ど大人の年齢のもの)」という言葉が出てきますし、額を四角く剃り落とした、いわゆる「角前髪(すみまえがみ)」ですので、年齢的には18、9と思っていいと思います。
この段は完全に江戸風俗です。吉野参りににぎわう、街道の茶屋の前が舞台です。
茶屋を仕切っているのは若いおかみさんのおせんさん。六代君と同じ年頃の息子、善太(ぜんた)くんがいますよ。
長旅の疲れで若葉の内侍が癪をおこします。
茶屋のおせんさんに、同じ子供を持つもののよしみで、とお願いして、近くに薬屋があるというので買いに行ってもらいます。その間お客さんの若葉の内侍が留守番です。いい時代です。
そこに旅人がやってきます。気さくな男で、六代君が椎の木の実を拾って遊んでいるのを見て、木に石をぶつけて実を落としてくれます。よろこぶ一行、
と、その隙に男は荷物をこっそり取り替えて持って行ってしまいます。気付いてあわてる一行、
しかし、そこにすぐに男は戻ってきて「間違えました」と言って荷物を返してくれます。安心する一行、
しかし、
男は、「俺の荷物に入っていた金がない」と騒ぎ出します。
今もある詐欺の手口です。どんな事情であってもヒトの荷物をうっかり開けてはいけませんよ。
結局、「取っていない」という証明は難しい上に、一行は人目を忍ぶ身、事を荒立てたくないので、泣く泣く二十両渡します。桐の刻印が打ってある、朝廷発行のお金ですよ。
はじめからワケありで小金持っていそうな一行に男は目をつけていたのです。
悔しがりながら一行退場。
男は旅人ではなく、「いがみの権太」という近在でも有名な悪党です。
「いがみ」というのは「ゆがみ」の訛りです。「こころがゆがんだ悪党」みたいな意味です。「いがみ合う喧嘩好きな」という意味ではないです。
基本的には「ゆすりたかり」や、今のような「騙り(かたり、詐欺ですよ)」がメインのお仕事です。あとバクチ。
茶屋のおせんさんは権太の奥さんなのです。
でもおせんさんはいいヒトなので、権太に「悪いことするな」と意見しますよ。 ところが、権太がグレた原因はおせんさんなのです。
おせんさんは昔売女だったのです。遊郭でなく、素人売春宿みたいなところにいました。昔はお金がないおうちだと、わりと気軽にいろいろあったのよ。
これに入れあげた権太が親の金を使い込んで勘当され、さらにおせんさんが妊娠したので売春宿から請け出さなくてはならなくなって年貢米を盗みます。
とかのお金を返すのに、さらにバクチをやったのでますますお金がなくなって今のようになったんだから、全部オマエのせいだ。
…後半は明らかに自己責任ですが。
さらに親を騙してお金を取りに行こうとするのを、息子の善太くんを使ってとめたおせんさん、
今日は仲良くおうちに帰ります。
一家一緒にいるときは、やさしいいいお父さんです。 こうやって昔も今もダメ男と離れられないのね女はと思いますが、まあ置いておいて、
街道沿いのひなびた雰囲気、仲むつまじい一家、作品中数少ない心和む場面をゆったり楽しんでください。
「小金吾討死(こきんご うちじに)」
夜です。
すでに若葉の内侍一行には鎌倉源氏政権の追っ手がかかっています。平家の残党は残らず殺すのです。
女子供まで殺すことないじゃんと思うかもしれませんが、
昔、平家は「平治の乱」の後、まだ幼かった義経と母親の常盤御前(ときわごぜん)を取り逃がしたのです。現に、生き延びたその義経のせいで滅びたじゃん平家!!
さらに言うと頼朝に半端な情けをかけて生かしておいたから、平家は滅びたのです。生ぬるい!!
というわけで、頼朝、女も子供も容赦はしませんよ。
ここは大きなストーリーはなく、母子を守る主馬の小金吾(しゅめの こきんご)の決死の立ち回りを見るところです。
多勢に無勢ですが、追っては素人、小金吾は幼いころから武術のたしなみがあります。その差は大きいです。
というのがうまく立ち回りに生かされていると思います。役者さんにもよりますが。
これは坂東八重之助さんという、立ち回りの振り付けが上手いので有名な役者さん(役者さんとしては全然有名じゃない)が作った、いくつかの有名な立ち回りの中のひとつです。捕り縄を使ったダイナミックな動きが特徴です。
様式美と、リアルな戦闘の緊張感がうまく融合しているのがこの人の殺陣の特徴です、楽しんでください。
ついに力尽きた小金吾、なんとか敵の手をのがれた若葉の内侍親子とめぐり合いますが、重傷なのでもう助かりません。
ふたりの行く末を案じて一生懸命「これからこうして、ああして」と言い置きます。
まだ若い青年がここまでふたりの身を案ずる心に、泣けます。
小金吾はたぶん代々重盛の家に仕えた侍なんでしょう。なので本当に小さいころから、若葉の内侍や六代君に仕えてめんどうを見てきたのだと思います。だから責任感も思い入れも大きいのでしょう。
「がんばって、生きて、成人して、そのときわたくしの事をもし思い出したら、ささやかでいいので回向してくれればそれで充分」みたいなセリフがあって、本当に泣けます。
「もう死ぬ」と言ったらふたりが心配して動こうとしないので、しかたなく「まだ大丈夫。少し休んだら逃げるから、また会えるから」とウソ言ってふたりを逃がすところも泣けます。
ふたり、逃げます。小金吾力尽きて死にます。
ストーリーはここまでですが、
ここで村のひとたちが通りかかります。
庄屋さんと、弥左衛門さんと、あと何人かで出てきてさくっと後の幕に向けての状況説明をするのが本式ですが、
今は弥左衛門さんだけ出ることもあります。
近くの押し鮨屋さんの弥左衛門さん、小金吾の死体に気付いて驚きますが、
ふと思い直して、着物のすそをはしょって刀を手に取り、振りかぶります。
幕です。
=すし屋=に続きます。
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「義経千本桜(よしつね せんぼんざくら)三段目の前半部分です。
このお芝居じたいが、源平の戦の終わった直後の義経と、負けた平家方の武将たちの人間模様を描いたものです。
そして、この前の段=渡海屋==大物浦=までは一応義経様が出てくるのですが、
この段は、義経も弁慶も出てきません。
何の予備知識もなくこの段だけ見たら、一体何のものがたりか、まったくわからないだろうと思います。
滅びた平家の残党の物語です。
平家の中でも、清盛の長男(嫡子ではない)、小松殿と呼ばれた「平重盛(たいらの しげもり)」はマトモな人で人望もあったのですが(平家物語設定)、源平の戦が始まる前に死にます。
その息子の維盛(これもり)が物語の軸です。
「平家物語」では維盛は、平家都落ちのあと、将来の展望のなさがイヤになったらしく、平家の陣営を抜け出して熊野で出家、その後入水(じゅすい)して果てています。
このお芝居では維盛は生きていますよ。
「木の実(このみ)」
というわけで、この幕では、維盛の奥さんである「若葉の内侍(わかばの ないし)」と、息子さんのまだ小さい「六代君(ろくだいぎみ)」とが、維盛を探して高野山へと向かっています。
お供としてふたりを守るのは、まだ若い前髪姿(元服前)の侍、「主馬の小金吾(しゅめの こきんご)」です。
元服前とはいえ、後半で「大前髪(前髪姿でも、殆ど大人の年齢のもの)」という言葉が出てきますし、額を四角く剃り落とした、いわゆる「角前髪(すみまえがみ)」ですので、年齢的には18、9と思っていいと思います。
この段は完全に江戸風俗です。吉野参りににぎわう、街道の茶屋の前が舞台です。
茶屋を仕切っているのは若いおかみさんのおせんさん。六代君と同じ年頃の息子、善太(ぜんた)くんがいますよ。
長旅の疲れで若葉の内侍が癪をおこします。
茶屋のおせんさんに、同じ子供を持つもののよしみで、とお願いして、近くに薬屋があるというので買いに行ってもらいます。その間お客さんの若葉の内侍が留守番です。いい時代です。
そこに旅人がやってきます。気さくな男で、六代君が椎の木の実を拾って遊んでいるのを見て、木に石をぶつけて実を落としてくれます。よろこぶ一行、
と、その隙に男は荷物をこっそり取り替えて持って行ってしまいます。気付いてあわてる一行、
しかし、そこにすぐに男は戻ってきて「間違えました」と言って荷物を返してくれます。安心する一行、
しかし、
男は、「俺の荷物に入っていた金がない」と騒ぎ出します。
今もある詐欺の手口です。どんな事情であってもヒトの荷物をうっかり開けてはいけませんよ。
結局、「取っていない」という証明は難しい上に、一行は人目を忍ぶ身、事を荒立てたくないので、泣く泣く二十両渡します。桐の刻印が打ってある、朝廷発行のお金ですよ。
はじめからワケありで小金持っていそうな一行に男は目をつけていたのです。
悔しがりながら一行退場。
男は旅人ではなく、「いがみの権太」という近在でも有名な悪党です。
「いがみ」というのは「ゆがみ」の訛りです。「こころがゆがんだ悪党」みたいな意味です。「いがみ合う喧嘩好きな」という意味ではないです。
基本的には「ゆすりたかり」や、今のような「騙り(かたり、詐欺ですよ)」がメインのお仕事です。あとバクチ。
茶屋のおせんさんは権太の奥さんなのです。
でもおせんさんはいいヒトなので、権太に「悪いことするな」と意見しますよ。 ところが、権太がグレた原因はおせんさんなのです。
おせんさんは昔売女だったのです。遊郭でなく、素人売春宿みたいなところにいました。昔はお金がないおうちだと、わりと気軽にいろいろあったのよ。
これに入れあげた権太が親の金を使い込んで勘当され、さらにおせんさんが妊娠したので売春宿から請け出さなくてはならなくなって年貢米を盗みます。
とかのお金を返すのに、さらにバクチをやったのでますますお金がなくなって今のようになったんだから、全部オマエのせいだ。
…後半は明らかに自己責任ですが。
さらに親を騙してお金を取りに行こうとするのを、息子の善太くんを使ってとめたおせんさん、
今日は仲良くおうちに帰ります。
一家一緒にいるときは、やさしいいいお父さんです。 こうやって昔も今もダメ男と離れられないのね女はと思いますが、まあ置いておいて、
街道沿いのひなびた雰囲気、仲むつまじい一家、作品中数少ない心和む場面をゆったり楽しんでください。
「小金吾討死(こきんご うちじに)」
夜です。
すでに若葉の内侍一行には鎌倉源氏政権の追っ手がかかっています。平家の残党は残らず殺すのです。
女子供まで殺すことないじゃんと思うかもしれませんが、
昔、平家は「平治の乱」の後、まだ幼かった義経と母親の常盤御前(ときわごぜん)を取り逃がしたのです。現に、生き延びたその義経のせいで滅びたじゃん平家!!
さらに言うと頼朝に半端な情けをかけて生かしておいたから、平家は滅びたのです。生ぬるい!!
というわけで、頼朝、女も子供も容赦はしませんよ。
ここは大きなストーリーはなく、母子を守る主馬の小金吾(しゅめの こきんご)の決死の立ち回りを見るところです。
多勢に無勢ですが、追っては素人、小金吾は幼いころから武術のたしなみがあります。その差は大きいです。
というのがうまく立ち回りに生かされていると思います。役者さんにもよりますが。
これは坂東八重之助さんという、立ち回りの振り付けが上手いので有名な役者さん(役者さんとしては全然有名じゃない)が作った、いくつかの有名な立ち回りの中のひとつです。捕り縄を使ったダイナミックな動きが特徴です。
様式美と、リアルな戦闘の緊張感がうまく融合しているのがこの人の殺陣の特徴です、楽しんでください。
ついに力尽きた小金吾、なんとか敵の手をのがれた若葉の内侍親子とめぐり合いますが、重傷なのでもう助かりません。
ふたりの行く末を案じて一生懸命「これからこうして、ああして」と言い置きます。
まだ若い青年がここまでふたりの身を案ずる心に、泣けます。
小金吾はたぶん代々重盛の家に仕えた侍なんでしょう。なので本当に小さいころから、若葉の内侍や六代君に仕えてめんどうを見てきたのだと思います。だから責任感も思い入れも大きいのでしょう。
「がんばって、生きて、成人して、そのときわたくしの事をもし思い出したら、ささやかでいいので回向してくれればそれで充分」みたいなセリフがあって、本当に泣けます。
「もう死ぬ」と言ったらふたりが心配して動こうとしないので、しかたなく「まだ大丈夫。少し休んだら逃げるから、また会えるから」とウソ言ってふたりを逃がすところも泣けます。
ふたり、逃げます。小金吾力尽きて死にます。
ストーリーはここまでですが、
ここで村のひとたちが通りかかります。
庄屋さんと、弥左衛門さんと、あと何人かで出てきてさくっと後の幕に向けての状況説明をするのが本式ですが、
今は弥左衛門さんだけ出ることもあります。
近くの押し鮨屋さんの弥左衛門さん、小金吾の死体に気付いて驚きますが、
ふと思い直して、着物のすそをはしょって刀を手に取り、振りかぶります。
幕です。
=すし屋=に続きます。
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