歌舞伎見物のお供

歌舞伎の諸作品の解説です。これ読んで見に行けば、どなたでも混乱なく見られる、はず、です。

「盛綱陣屋」 もりつな じんや(近江源氏先陣館)

2013年03月23日 | 歌舞伎
「近江源氏先陣館」(おうみげんじ せんじんやかた) というお芝居の七段目です。
もとは文楽(人形芝居)の作品です。

戦の真っ最中の物語です。
鎌倉時代末期、政権を掌握していたのは北条氏ですが、
跡継ぎ問題をめぐって京方、鎌倉方の二派に別れ、戦が起きます。
とはいえ、このお芝居は、この段しか出ませんので、歴史上の細かい設定とかはわからなくて大丈夫です。

押さえておくべき基本設定は、
兄「佐々木盛綱(ささき もりつな)」と弟「佐々木高綱(ささき たかつな)」は、仲のいい兄弟だったが、
この戦では敵味方に分かれて戦っている。
これだけです。ドラマです。 
でも兄弟の仲が悪いわけではないです。単に仕える主君が違うから戦っているだけです。

主人公の「盛綱」は「北条時政」の側に付いています。北条のほうがが人数も多く、優勢です。
ところで、兄の盛綱もいい武将なのですが、弟の高綱は名高い知将です。
変幻自在の作戦を立てます。北条方にとっては非常にジャマな存在です。

さて、今回の戦闘で、にっくき高綱の息子、小四郎(こしろう)が生け捕りにされます。
喜ぶ北条時政。
生け捕ったのは盛綱の息子の小三郎(こさぶろう)です。
どちらもまだ子供です。子役が出ます。
ふたりのやりとりや、小三郎の母(盛綱の妻)の早瀬(はやせ)さん、そして、小三郎、小四郎双方の祖母にあたる、微妙(みみょう)さんが心情を語る場面が本当は冒頭にチラっと付くのですが、
現行上演カットです。

今は、「和田兵衛秀盛(わだべえ ひでもり)」の登場シーンからはじまります。
和田兵衛は敵の高綱がわの武将で、音に聞こえた剛胆な男です。
高綱の使者としてやって来たのです。
そのへん出だしの浄瑠璃で説明しているのですが、これが聞き取れない場合、何の準備もなく見ているとイキナリ出るこの人が何者だかわからなくなります。
高綱側の使者として「小四郎を返せ」と言いに来たのです。
盛綱に断られると、「大将の北条に交渉する」と言って単身北条の陣屋へ向かいます。
一見ただの無謀なおっさんですが、じつは全てが計画で、後半に大活躍します。なので、「あれ誰?」状態なままだとお芝居がわかりにくくなってしまいます。 
↑みたいなひとです、覚えておいてください。
衣装は主人公の盛綱より派手ですから活躍を見逃してはなりません。

細かい見どころとしては、和田兵衛が北条の陣屋に行くとき、盛綱が和田兵衛に兵隊を付けて、「御守(ごしゅ)いたせ」とか言います。
セリフそのものの意味は「警護してさしあげろ」です。
もちろん「守る」のではなく、「見張って、何かあったら殺せ」という事です。
つまり和田兵衛は、事実上捕虜として大将のところに護送されているのですが、
和田兵衛は動じずに「おお、ご酒はそれがし大好物じゃ」と「御守」を「御酒」にわざとひっかけて返し、ゆうゆうと花道を引っ込みます。
聞かせどころですが、意味わからないと「え?」となります。聞き取って楽しんでください。かっこいいです。
いちおう書くと「それがし」というのは「わたくし」という意味の一人称です(急に通じるが不安に)。

盛綱と、母親(小四郎の祖母)、微妙さんとの会話になります。
北条時政が捕まえた小四郎を生かしておくのは、息子をダシに、ジャマな敵将の高綱を寝返らせるためです。
さしもの高綱も、子供への愛には迷うかもしれない。
それは武将として恥だから、兄として弟の名誉は守ってやりたい。家の名誉もありますし。
なので、小四郎くんに切腹するように言ってくれと、微妙さんに頼むのです。
たいへんつらい頼みですが、高綱の言うことはもっともなので引き受ける微妙、武士としてりっぱに生きることはつらいなあとふたりでため息をつきます。

ふたりが退場したところで、門の外から矢文(やぶみ、矢に手紙を結びつけたものですよ)が打ち込まれます。
捕まった小四郎くんの母、篝火(かがりび)さんが小四郎を心配してやって来たのです。
いちおう陣羽織を着ています。戦場に女性がウロウロしていると目立つので、一応変装しているのです。
お芝居なので女形(おんながたと読む)のシルエットを重視しており、ふつうの女性にしか見えないのですが、
実際は、ちょっと見には男に見えるくらいに変装している、という設定だと思っていいと思います。バレたら殺されます。
それくらいの危険を冒して、必死で敵方の陣屋のそばにやってきたのです。
というタイトな状況をちょっと意識してご覧になると、緊迫感が伝わると思います。

手紙には歌が。

名にし負はば 逢坂山の さねかずら
人に知られで くるよしもがな

藤原定方(ふじわらの さだかた)の歌です。百人一首です。詳しい説明割愛します。「なんとかいとしいあの方に逢いたいものだ、方法はないかな」くらいの内容です。
小四郎くんに逢いたい母親の篝火さんの気持ちを表しています。
歌舞伎(てか浄瑠璃)に出てくる和歌は、いわゆる八大集ならどれ使ってもいい事になっているらしく、金葉集とか千載集とかの、「…知らねえよ!!」な歌が平気で出てきますが、
これは百人一首に入っているので難易度低めです。

見つけたのは、盛綱の奥方、小三郎くんの母親の早瀬さんです。
これも歌を返します。

これやこの ゆくも帰るも 別れては
知るも知らぬも 逢坂の関

これも百人一首です。蝉丸(せみまる)作です。
この歌くらい覚えておきましょう。「勧進帳」の長唄にも入ってるし。
「逢坂の関は知る人知らない人、いろいろな人が別れては逢う場所ですよ」くらいの意味です。
小四郎に逢える日も来るかもしれません(小四郎は生きてますよ)、オタオタせずに一度帰りなさいと暗に言っています。

この母親の手紙に気付いたのが小四郎くんです。母親に会いたくなります。
祖母の微妙さんが出てきていろいろ諭して切腹を勧めますが、母親に会いたい小四郎くんは嫌がって逃げまわります。あきれる微妙さん。

ここで突然、戦の鐘の音が聞こえます。というか舞台の外で鐘と太鼓が「ドンジャン」鳴ったら、それは戦闘開始をあらわす演出です。覚えておこう。
息子を思う高綱が、無謀にも盛綱の陣地に攻めて来たのです。
さわぎにまぎれて篝火さんが入ってきますが、これは後半に向けての段取りなので、ここは小姑同士のにらみ合いを絵的に楽しめばいいです。

戦の様子は「ご注進」の侍がやってきてセリフで知らせます。ふたり来ます。
これは、歌舞伎の定番の「ご注進」という演出形態なので、
三味線のリズムに乗って振り付きで語る、独特の形式美を楽しんでください。 
セリフは、たぶん聞き取れないと思いますので内容書くと、
大きくはしょって、
「がんばったけど多勢に無勢、佐々木高綱は討死にして首を落とされました」です(はしょりすぎ)。

聞いて喜ぶ北条時政。早速、「首実検」になります。
戦場では死体がゴロゴロしていますから、取った首が間違いなく本人のものかがはっきりしません。
顔を知る人が見て確認するのが「首実検」です。
「実験」ではなく「実検」です。「検分」の「検」です。
ここでは、当然兄の盛綱が「実検」します。

と、ここでイキナリまた使者がやってきます。
時政の陣屋に閉じ込めておいたはずの、さきほどの和田兵衛秀盛(わだべえ ひでもり)が「隠し火矢(小型の火縄銃=ピストルですよ)」で天井を打ち抜いて脱出したのです。きゃー!!
さらに陣屋にあった「源氏の白旗」を盗んで逃げた、という報告です。
「源氏の白旗」は、歌舞伎や文楽のお約束なのですが、源氏の正当な後継者のシンボルです。
これを持っていると、負けても、次にまた味方を集めて挙兵するときに便利なのです。
ここは終盤への伏線の大事な部分なのですが、セリフだけで説明されてわかりにくいです。要チェックです。

しかし、敵に大将の佐々木高綱が死んだので、ここでは北条時政は、たいして気にしていません。
和田兵衛ひとりなら、あとで探して捕まえればいいしという感じです。

首実検です。
首桶が開くと同時に、息子の小四郎くんが飛び出して来ますよ。
そして「父上、跡から追いつきまする」と言って自分も切腹します。
驚く周囲のひとびと。
さっきまで死ぬの嫌がってたじゃんとの周囲の突っ込みに、
死ぬのが嫌だったのは父上に会いたかったから。父上が死んだなら自分も死ぬ、と言って、キリリキリリと刀を引き回して、死んでしまいます。痛々しい。

驚きながら首実検再開です。

高綱の首を見ながら盛綱、いろいろ考えます。 
そしてはっと気付きます。悩みます。
考えた末、決心して、「高綱の首に相違ない」と主君の北条の前で言い切ります。
もちろんにせ首ですよ。

ニセ首を本物らしく思わせるため、そして、首実検する盛綱にプレッシャーかけて「本物だ」と言わせるために、
高綱は息子の小四郎をわざと捕虜にして陣屋に送り込み、ニセ首の前で切腹させたのです。
それに気付いた盛綱が悩みながら「本物だ」と言うまでの心情を、表情だけで見るものに伝える、「腹芸(はらげい)」が、この作品の見どころです。
十五代目羽左衛門は5分くらいかけたそうですが、ナスシストだった羽左衛門らしいエピソードです。やりすぎです。

喜んで帰る時政、褒美として盛綱に自分の鎧を与えます。鎧は大きな鎧櫃(よろいびつ、鎧を入れる箱)に入っていますよ。

時政が帰ったので、盛綱は篝火を呼びますよ。「高綱の計略、しおおせたり、最期の対面許す許す」。
武将としての顔から、肉親、身内の心情を思いやる顔にガラっと変わる場面です。押さえに押さえた、周囲の人々の感情があふれ出る場面でもあります。
でも武将としての重厚さもなくしてはならないので、役者さんの位取りやスケールの大きさが試されるところでもあります。

母親や祖母の嘆きのシーンがひと通りあります。セリフや浄瑠璃が聞き取れないと長く感じるかもしれませんが、
子供のセリフがあるので、ほかのお芝居よりは見やすいかと思います。子供かわいいし。

主君の時政にウソ言ったおわびに、切腹しようとする盛綱。
ここで、さっき逃げた和田兵衛登場です。
いったん盛綱とにらみあいますが、手に持った火筒で和田兵衛が撃ったのは、時政の恩賞の、さっきの鎧櫃(よろいびつ)ですよ。
中から時政の間者(かんじゃ=スパイ)が転がり出ますよ。
疑い深い時政は盛綱を信用しておらず、鎧櫃の中に人をしのばせていたのです。

ここでオマエが腹切ったら、「さっきのはウソでした」と言ってるのと同じだからやめとけ、と諭す和田兵衛。
そのうち本物の高綱が出てくるから、そのとき腹を切ればいい、それまでは小四郎の供養をしてくれと言います。

帰る和田兵衛、盛綱とはまた戦場で会おう、と言い合い、「さらばさらば」で幕になります。



セリフが半分くらい聞き取れれば、だいたいのお話の流れは、見ていればつかめると思います。
子供が出るのでかわいいし、子役のセリフは聞き取りやすいですからその点も楽ですね。
後半出てくる首は当然ニセ首ですが(おやくそく)、それに関するトリックも、「熊谷」よりはるかに分かりやすいので、あまり混乱はないかと思います。

基本的に、子供ががんばって、オトナはそれに応えるお芝居です。
子役はかわいいですからあまり考えずに「うんうん」と見てください。



こういう戦の途中の「陣屋」が舞台になっているお芝居はいくつかあります。
今残っている中で有名なのが、この「盛綱陣屋」と、あと「熊谷陣屋」です。
武将同士が、顔色ひとつ変えずに命のやりとりのカケヒキをしているところがかっこいいのです。
というかんじで楽しんでください。


鎌倉末期のこの戦は、歴史の中ではそんなに重要な戦ではありませんが、
もともと身内だった人たちが敵味方で争う構図がお芝居向きというのもあって、歌舞伎の題材にはよく取り上げられています。
あと、この戦が多く取り上げられる大きな理由は、
北条時政を徳川家康になぞらえ、源頼家を豊臣秀頼に模すことで、「大阪夏の陣」のメタファーとして作劇できるという点にあります。
江戸時代は家康が出てくるお芝居は作っちゃいけなかったので、
江戸期の庶民(とくに上方のひとびと)にとってまだ記憶に生々しく、思い入れも大きい、「大阪の戦」というできごとを、直接お芝居にする事ができなかったのです。
なので「鎌倉の戦」に模してそのドラマを描いたのです。
この「近江源氏」も、今出るこの「盛綱陣屋」ではあまり意識されませんが、前後の段にはいろいろと「大阪夏の陣」を意識させる部分がありますよ。

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佐々木高綱 大阪夏の陣 メタファー 会いたかった 佐々木盛綱 おやくそく
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3 コメント

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恥ずかしながら (ぱるまま)
2013-03-03 08:24:21
歌舞伎座こけら落としのチケットに当たりました!と勇んで書き込んだのはそのもう一つの「熊谷陣屋」でした。素人にしても恥ずかしい。たった今、チケットを引き取ってきて気づきました。改めて、「盛綱陣屋」観てきます。もちろん、「歌舞伎のお供」熟読です!!
観てきました (ぱるまま)
2013-04-05 07:57:47
新装歌舞伎座に行ってきました。この話は込み入っていて、「お供」が無かったらすぐさま討ち死にでした。いつもいつもお世話になり、本当にありがとうございます。
ここにこのようなことを書くのはお門違いですが、こけら落としとはいえ、役者さんにとってもう少し余裕のあるスケジュールは組めないのでしょうか。
びみょう→みみょう (お初)
2013-04-19 23:12:07
わかりやすく解説してくださっていて、大変参考になりました。

ひとつ気になったことがありまして・・
微妙(びみょう)となっていますが、(みみょう)ですよね?

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