「世の中、ちょっとやぶにらみ」

本音とたてまえ使い分け、視点をかえてにらんでみれば、違った世界が見えてくる・・・かな?

「人付き合いの妙」

2017年04月24日 | つれづれ噺

            
             在りし日の、芥川龍之介、泉鏡花

あの文豪、谷崎潤一郎の「人付き合いの良さ」を書いた新聞記事に目が留まった。
「先輩を立て後輩を気遣う」と副題のついた、彼の豪快かつ繊細な交友録の一部を切り取ったものである。
谷崎潤一郎が旧知の芥川龍之介、先輩の泉鏡花、それに里見淳と連れだって、鶏鍋を食べに行ったことあった。

メンバーの中で泉鏡花は最年長。谷崎とは干支一回り以上も年上であったそうな。里見淳が谷崎より2歳年下、さらに3歳年下が芥川龍之介。
つまり泉鏡花と芥川は20歳近い年の開きがあった。そんな歳の差をものともせず、上手に楽しませ遊ばせた谷崎の交友の広さと社交術、そして人付き合いの妙を物語る話として遺されている、という。

潔癖症のある泉鏡花は、酒を飲むときにも、一口ごとにお猪口に紙でふたをしたという伝説も残っている。
だから、鶏肉も完全に火が通らなければ口に入れない。ところが豪胆な谷崎は生煮えでも平気で口にするタイプ。気が付けば泉鏡花は鶏肉を口にしないまま帰ることもあったような。それでも何故か仲良しだったというのは、なんかしらあの人たちならではの交友録で興味深い。

さて日常の我々の交友となると、このようには行かない部分がいっぱいあるな~。
先ず第一に、そんな年の離れた友達の輪を作ること自体が極めて難しい。若い者が先輩の近くに寄ることを忌み嫌う傾向がある。
年上はどうかすると年下を上から目線で見下す傾向がある。それをとりなすのはなかなか骨の折れる話である。

同級生や年の近い者同士の集まりはどうか。これがまたなかなか厄介なのである。
たとえば、ひとり浮き上がっていることに気付かず自慢話を披歴したり、人の話は耳に入れようとせず、せっかく盛り上がりかかった場を盛り下げる人がいないこともない。
そうは思いながら、できればみんなを一定の方向に向かせながら、共通した話題で盛り上げようと考えてしまう性分の人もあるような。

でもまあそんな一人ひとりの個性が集まって集団が出来るのであり、友との交わりが始まるのである。
取り持ち役というのは、あの人とこの人をうまく嚙み合わせる接着剤的な「鳥もち」の役目ばかりではないのだろうが、時にはその鳥もちになることで楽しいい時間になれば、それはそれで結果オーライである。

それにしても、人付き合いが楽しくてしょうがない時代が人生のピーク、花盛りなのかも。
出来れば動ける間はピークを持続させたいと思うのだが、やはりこれもまた加齢という現象は避けて通れないのかな。
現代の谷崎潤一郎的な人付き合いの手本のような人に出くわしてみたいな~。

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