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勉強会講話より「ヴィヴェーカーナンダの生涯」第一回(1)

2017-05-12 17:01:07 | 勉強会より抜粋


20130619

解説「ヴィヴェーカーナンダの生涯」 第一回




 はい。今日は『聖者の生涯』第二巻に入りますね。その最初のヴィヴェーカーナンダね。
 ヴィヴェーカーナンダに関しては、もう大まかにはみんなもう知ってると思うので、最初からね、読んでいきましょう。



【本文】

◎家系と少年時代

 ナレーンドラ(後のヴィヴェーカーナンダ)の家系は、カルカッタの古い王族の一つでした。
 ナレーンドラの祖父のドゥルガーチャランは弁護士で、莫大な遺産を相続し、妻と息子にも恵まれていましたが、あるとき、すべてを捨てて出家しました。
 その後のあるとき、ドゥルガーチャランに執着していた妻は、ドゥルガーチャランを探しに、二、三歳になる息子を連れて、ヴァーラーナシーを訪れました。ヴァーラーナシーに着くと彼女は、毎日ヴィシュワナート寺院を訪ね、祈りを捧げました。ある雨の日、道路が滑って、彼女は寺院の前で転びました。するとちょうどそばを通りかかった僧がそれに気づき、駆け寄り、丁寧に起こすと、怪我がないか調べてくれました。そして二人の目が合ったとき、ドゥルガーチャランと妻は、お互いに気づいたのでした。一切を放棄したドゥルガーチャランは、直ちにその場を立ち去り、二度と振り向くことはありませんでした。



 はい。まずナレーンドラね、のちのヴィヴェーカーナンダの家系からね。家系でいうと、カルカッタの古い王族の一つであると。由緒正しい家に生まれたわけですね。で、王族であり、かつそのおじいさんが弁護士だったわけだけど。で、「弁護士で莫大な遺産を持ち、そして妻と息子にも恵まれていたにも関わらず、あるときすべてを捨てて出家した」と。
 こういう話っていうのは、まあ実際、よくあるんだね。インドのいろんな話で。だからインドっていうのはある意味、なんていうかな、もちろん完全ではないけども、まあある程度の、つまり、まだけがれは含みつつも、ある程度のやっぱり聖者社会みたいなのがある。つまり、「あそこのおじいさん、世を捨てたらしいよ」と(笑)。普通にそういう世界があるわけだね。で、それが、なんていうかな、もちろん親族は悲しむけども、でもまあ尊いこととしてみんな認めるっていうかね。
 このドゥルガーチャラン、ナレーンドラのおじいさんも、かっこいいね。この話もね。まずまあ、人もうらやむような由緒正しい家系で、お金もいっぱいあり、そして奥さんも子供もいたのに、あるときすべてを捨てると。この「あるときすべてを捨てる」っていうのは、まあおそらくね、これ――こういう世界と縁が無い人が納得できる理由はありません。うん。まさに捨てるべきときに捨てたと。で、捨てて、その修行、出家修行生活に入ったわけだけど。しかし奥さんはまだ執着していたので、修行者が集まるヴァーラーナシーに行ったと。で、ヴィシュワナート寺院でシヴァ神に祈りを捧げていたら――まあおそらくシヴァ神が叶えてくださったんでしょうね――偶然、出会うわけですね。で、奥さんが転んだときに、それを偶然通りかかったお坊さんが助けてくれて、で、目が合ったらそれがかつての夫だったと分かったと。そしたらこの夫であるドゥルガーチャランは、何も言わずにきびすを返し立ち去ると。で、一切振り向きもしないと。全く、だからなんていうかな、妥協がないっていうか、心構えがもうスパッとしてるんですね。何の粘着性も無いっていうか。
 みんなだったらどうします? 例えば出家して――仮にね。もう悶々と「奥さんどうしてるかなあ?」とか考えて、で、歩いてたら、誰か転んで助けて起こしたら「あっ!」――かつての妻、あるいは夫であったと。で、もちろん「修行にかける!」って思ってたら立ち去るだろうけど、でも何回か振り向くかもしれないよね。もしかするとね。「どうしてるかな? ちょっとぐらいいかな? ちょっと三十分ぐらいお茶するぐらいいいかな?」(笑)。


(一同笑)


 「ちょっとあそこのガストで……」(笑)。「まあ別に執着ってわけじゃなくて、ちょっとどうしてるか聞くだけだ」とかね。でもそういうのが一切無いんだね。もう出家したからには「わたしはもう、一切過去の人生は捨てたんである」と。
 あの、こういう話――まあ実はわたしこれ、昨日おとといかな?――まあ今日ね、この今日の勉強会がこの『ヴィヴェーカーナンダの生涯』だっていうことで、この『聖者の生涯』とかしばらく読んでなかったので、わたしも「どういう感じでまとめてたかな」と思ってちょっと読んでみたわけですけど。で、そのとき――その日にまあ偶然、全然別の、意味無くっていうかな、それとは関係無く、ヨーゲーシュワラーナンダ――『魂の科学』のね――ヨーゲーシュワラーナンダの伝記っていうかな、ちょっとした物語をちょっと読んで。で、そこでも、ヨーゲーシュワラーナンダの素晴らしい決意みたいなのが書いてあったんだね。それは何かっていうと、彼は十五歳ぐらいで出家するんだね。まあ出家っていうか、家出ですね、彼の場合はね。もう本当に神を求めて、もうどうしようもなかったんだけど、でも家族は全く理解してくれないから、もう何も言わずに家を出たと。で、それからひたすら神を求める人生を送ったわけですね。で、ヨーゲーシュワラーナンダの場合は、まず最初に、修行の全体像を教えてくれたある師に出会って。パラマナンダ・アヴァドータっていう師に出会って。で、でもその師はすぐ姿を消してしまうんだね。それからしばらく自分なりに修行してたら、今度はヒマーラヤで、チベットから来たといわれる別のまた師に出会ったと。で、その師にすべての境地を与えてもらい、しかしそれは自分に根付いていないので、その後、徹底的な修行によって、その祝福によって得た種子っていうかな、悟りの種子みたいなのをしっかりと成熟させて、大いなる悟りを得たと。彼の場合はラージャヨーガの解脱といわれていますが、ラージャヨーガのサマーディ、解脱を得たと。で、まあ晩年は多くの弟子を持ち――有名なあのヨーガニケタンですね。日本でもあの木村先生っていう人が一生懸命ヨーガ療法とかの活動してますけども。あのヨーガニケタンっていうのを作って、多くの弟子が集まったと。
 で、このヨーゲーシュワラーナンダが――まあ九十九歳で死んだんですけど――その晩年ね、まあほんとおじいさんになったときに、かつての、つまり十五歳のときに家を出た、それから会ってない兄弟が――まあお兄さんか弟かは知らないけど、兄弟が訪ねてきたんだね。もうヨーゲーシュワラーナンダもおじいさんですよ。多分もう九十ぐらいのおじいさんだったと。で、訪ねてきた兄弟だってもちろん八十か九十でしょう。でもヨーゲーシュワラーナンダは、会わなかったと。頑なに。「わたしは世を捨てた」と。「わたしには家族はいない」と。「わたしはもう神の道に身を捧げたんだ」と。
 普通だったらさ、もう九十だし(笑)、もう十分、十五歳から七、八十年ね、もう誰もが認める立派な修行を成したわけだから。で、せっかくもうヨボヨボのおじいさんになった兄弟が訪ねてきたわけだから、ここでさ、別に会ったとしても間違いではないと思うんですよね。間違いではないんだけど、ヨーゲーシュワラーナンダは頑なに拒否したんです。それが本当の彼の一つの決意だったんでしょうね。出家というものに対する、あるいは神の道に人生を捧げたっていうのが、なんていうかな、言葉だけじゃないんだと。
 もちろん何度も言うけども、これは一つのスタイルですよ。いろんな修行者がいるから。例えばラーマクリシュナとかはちょっと半分在家・半分出家みたいな感じだったんだね。一応イニシエーション受けて出家の儀式は行なったけど、一応奥さんもいて――まあ一緒には住まないけどもちょっと近くに住んでいて。で、お母さんとかも近くに住んでいてと。だから半分出家・半分在家みたいな感じだったので、そこまでのかたちはとらないけども。
 ただ何を言いたいかっていうと、なんていうかな、その道にかけるまあ潔さっていうかな。いつも言う、心構えの違いみたいなのをやっぱり感じるんだね。
 あの、それに関連して――まあちょっとあんまり関連しないんだけど(笑)。ちょっとだけ関連した話として思い出したのが、わたしはいつも言ってるように福島出身なので、福島の偉人として、野口英世の話をよく小さいころ聞かされたわけだけど。野口英世っていう人は医者だったわけだけど、小さいころに――小さいころってまだ赤ちゃんのころに、お母さんが、ちょっと目を離した隙にね、昔の家なので囲炉裏があって、囲炉裏に落っこちちゃったんだね。囲炉裏に落っこちちゃって、手を大やけどして、手がこう、肉がくっついちゃって手が開かなくなっちゃったんですね。で、もうずーっとこう手が開かなくて、それですごく小さいころいじめられて。で、少年のときに医学が発達してね、医者がそのくっついた手を取ってくれて。で、ちゃんと指が使えるようになったと。で、そこで野口英世は大変感動してね、「自分も将来医者になって、苦しんでいる人々を救いたい」と、こう理想を持つわけですね。
 で、そこでまだ若いときに家を出て――おそらく全寮制みたいな感じで、その医学の勉強に励むわけですけど。でも途中で――もちろん勉強自体もつらかったんでしょうけど、いろいろいじめられたりもしたらしくて、もうつらくなって家に帰ってきちゃうんだね、途中でね。帰ってきたけど、ただそのお母さんがやっぱり強い人で、家に入れずに追い返したんだね。「そんな、一度志を持って出たくせにこんな簡単に帰ってくるな」と。追い返すんだね。で、そこで野口英世は、また奮起してね、また志を新たにして。で、まあ本格的に上京して東京に出て、医者の本格的な勉強を始めるわけだけど。
 で、そのときに最後に家を出るときに、家の柱にこう削ってね、誓いを書くんですね。それは、「自分のこの志をもし果たせなかったならば、二度とここには戻らない」――と書くんだね。わたしは小学校のときにその学校の行事でそこに連れていかれたことがあって。まだ残ってるんだね、野口英世の家っていうのが。で、その家の柱に確かに彫ってある。「志を果たさなかったら二度とこの地は踏まない」みたいなのが書いてあるんですね。で、そういう誓いを立てて東京に行ったと。で、実際、それで最後は成功するわけですけども。有名な医者になるんだけど。実際それまで家に帰らなかったんだね。
 で、これはまあ野口英世の場合は、医者ですけども。つまり修行者ではないけども、でもこれも一つの、やっぱりなんていうかな、自分がこうだと決めた理想というか志にかける潔さっていうかね。これはなんていうかな、やっぱりいつも言うように、現代はそういうのがちょっと弱くなってると思うんだね。昔の例えば話っていうのは、そういう話っていうのはたくさんあると思う。もうなんていうかな、こうと決めた道には一切脇目もふらず、あるいは振り返りもせず、まさに人生すべてをかけて――まあかけてっていうかな――つまりちょっとイメージで言うと、完全に退路を断ってしまうっていうかな。うん。あやふやな、いつもどっちつかずの道があるんじゃなくて、もうこっちの道のスイッチを完全に壊してしまうっていうか、切ってしまうようなそういうイメージですよね。「もうわたしにはこれしかないんだ」っていう一つの理想っていうかな。
 もちろん今の野口英世は修行者ではないから。でも皆さんの場合は、修行者であると。あるいは、真理というもの、ダルマというものに出合えたっていう、すごくその稀有なる恩寵を得ているわけですから。これにあらゆるものをかける価値っていうのは、もう本当に有り余るものだと。もちろん現代は時代が違うし国も違うから――あるいはさっき言ったように、インドであってもいろんなタイプの修行者がいたので、このさっきの話みたいに、もちろん皆さんの場合、別にその家族を捨てろとかね、そういうことは別に言わないけども。しかしその自分の中にあるさまざまな甘さとかね。例えば、まあ皆さんがどれだけ修行の道を真剣に考えてるかにもよるけども、もし本当に「わたしは菩薩になりたいんだ」と。あるいは「解脱したいんだ」と。あるいは「バクティの道において本当にこの人生、神のために捧げたいんだ」っていう気持ちが本当に強くあるならば、当然その対価っていうかな、その反対側にあるものとしての、自分が捨てなきゃいけないものってたくさんあるわけですね。で、それは本当にもうなんていうかな、カルマ的にまだ捨てられないとかあるのかもしれないけど、でも心構えとしては、スパッと捨てると。全く――このドゥルガーチャランが振り向きもしなかったように、全くもう顔を向けさえもしないと。それぐらいのやっぱり強い心構えが必要じゃないかと思うね。
 はい。で、ちょっと話を戻すけども、こういう話っていうのは、いろいろ普通に説かれていて、素晴らしいと思うね、その部分はね。インドの社会っていうのはね。ラーマクリシュナの弟子のシヴァーナンダとかも――まあシヴァーナンダが出家するときのエピソードとしても――出家するときに、まあだいたいそのラーマクリシュナの弟子たちっていうのは、いいとこのお坊ちゃんが多かったから、出家するときにだいたい家族は反対するわけだね。でもこのシヴァーナンダは、シヴァーナンダが「わたしは世を捨てて出家する」って言ったら、お父さんが――お父さんも実は若いころ修行してた人で――大変感動したっていうんだね。大変感動して、「わたしは本当にうれしく思う」と。「わたしも若いころ、相当努力した」と。「そして出家しようとまで思ったが、そうはいかなかった」と。つまりいろんな事情とかいろんなカルマ的に、本当に出家しようとまで思ったんだけど、結局できなかったと。「だからおまえが今、そういう志を持ってくれたのはうれしい。大変感動する」って非常に喜んだっていうエピソードがある。だからそういう、まあ擬似的なっていうかな、完全ではないけども、聖者社会的なのがやっぱりまだインドにはある感じがして、それはとても素晴らしいと思うね。だからナレーンドラの家系的にもそういう修行者的な人が出るような家系だったわけですね。
 はい。じゃあ次いきましょう。
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