ヨダログ

囲碁棋士 依田紀基のブログ

大晦日

2009-12-31 | 日記
今日はいよいよ今年最後の日。

僕は33年前にプロ棋士になるために、北海道から東京に出てきたが、その時から、必ず大晦日にしていることがある。

おそらく、他の多くの棋士も同じだと思う。

それは碁盤と碁石を磨くことである。

「今年はありがとう。来年もよろしく頼みますよ。」と思いながら。

それと、18歳からやめてしまったこともある。それは年賀状を書くことである。

僕は12歳から18歳まで安藤武夫先生の内弟子にしていただいた。


師匠から言われて書かされていたが、

宿題をやらされているみたいで、好きではなかった。

それで、18歳で独立してから、年賀状を書く事をやめてしまった。

それ以来25年間、

どんなにお世話になった人でも、偉い人でも、年賀状を出したことはない。


又そういうことで出したり出さなかったりするのは、

筋が通らないと僕は思っている。

年賀状を出すなら全員に出すべきだし、出さないなら全員に出さないのが筋というものだと思う。

僕は全員に出さない方を選んだ。

そういうことで、了承していただきたいと思う。


皆さん良いお年を迎えてください。

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補足

2009-12-28 | 日記
先ほど投稿したブログの補足である。

要するにどうして碁が教育の役に立つのか、人生の役に立つか、ということである。

この事について僕の意見を言わせていただきたい。

最近では、東北大学の川島先生などの脳科学学者によって、

碁をやれば、「頭が良くなる」ということを科学的に証明しようと努力されている。

僕は川島先生たちのこうしたご努力はすばらしいと思っているし、碁界にとっても大変ありがたいことだと思っている。

なぜなら人は、データとか証拠に弱いからである。

是非とも碁をやれば頭が良くなることを科学的に証明していただきたいと思う。


僕は碁を覚えて35年、棋士として30年碁を打っている。


その経験から「碁をやれば頭が良くなる」というのは間違いないのである。


碁というのは人生そのものだと僕は思っている。

僕は碁から人生の全てを学んだと言っても過言ではない。

まず、碁の力とはなにか?と言えば、僕はイメージだと思っている。


たとえば手を読むとはどういうことか?

と言えば当然のことながら,盤上に置いていない石をあるようにイメージするのが「読み」である。


この「読み」も自分だけでなく、相手の最善と思われる手をイメージしなくては意味がない。そうでなくては「勝手読み」になってしまう。


そして「読み」だけでは、ほとんど意味がないとも言える。

仮に10万手読んだとしても、その結果がどちらが良いのか、どちらの方向に進んだら良いのか、判断出来なければ、意味はない。

要するに碁は、イメージと決断の連続なのである。


こういう訓練がどれほど子供の脳に良い影響を与えるだろうと思う。


碁はイメージの勝負である。

ということは、イメージを創るのは、心であるから、精神面も非常に重要であることも、碁は教えてくれる。


特に序盤はほとんど答えというものはない。

つまり、碁はほとんど答えがないなかで、イメージして、自分の判断で決断していくゲームなのである。

それは人生と非常に似ている気がする。

他にも色々碁には効用があるが、僕は頭の良い人が強くなるのではなく、碁を打つから頭が良くなるのだと確信している。



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碁は人生を豊かにします。

2009-12-28 | 日記
今日僕の故郷である北海道岩見沢から帰ってきた。

3週連続である。一ヶ月の内に3回東京と北海道を往復したのは初めてだ。


国から補助金が囲碁界に出て、4週単位で碁の知らない人に覚えてもらおうという、日本棋院と関西棋院が行っている事業である。

囲碁は国民のためになると国が認めたということだから、ありがたいことだ。


今回が最後の回だったので、無事終わってほっとした。

入門教室の開催にあたりご尽力いただいた岩見沢市役所のみなさん、「依田こども囲碁教室」で普段子供たちに指導していただいている、斉藤先生はじめ指導者の先生、ありがとうございました。そしてお疲れ様でした。



僕は今回碁を覚えた人たちがこれからも碁を続けて人生を豊かなものにしてもらいたいと願っている。


僕は以前から、子供の教育に碁は非常に有効な手段だと思っていた。


それで、15年近く前、当時の能勢岩見沢市長さんにお会いしたときに僕はこういう話をした。


「中国の君子のたしなみとして琴棋書画という言葉があります。琴というのはお琴です。棋が碁のことです。書が書道、画が絵のことです。碁以外はなんらかの形で学校教育に入っているけど、碁だけがない。でも、子供たちが大人になって一番役に立つのは、その中でも碁だと思います。」


能勢市長さんは、

「そのとおりだと思います。私が器を作るから依田さんは子供たちに碁を教えてやってもらいたい。」という話をされた。

それが縁で、10年以上前から岩見沢に依田子供囲碁教室ができた。

岩見沢市と東京の岩見沢事務所をテレビ会議システムでつないでリアルタイムで講義をした。

普段岩見沢で子供たちに教えていただいている先生方のみなさんは本当にありがたいと思う。

そしてもちろん現渡辺岩見沢市長さんにも大変囲碁にご理解をいただいている。

ありがたいことだ。

そうやって一人でも多くの子供が(もちろん大人も)碁を覚えて人生を豊かにするならそれが僕を育ててくれた碁界への恩返しだと思っている。

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クリスマスプレゼント

2009-12-25 | 日記
今日、8歳の長男の太陽が真剣な顔で何を言うかと思ったら、

「まだサンタさんに何が欲しいか言っていないから紙に書いて貼って置く。」


と言い出した。

サンタさんはなにじんかわからないという話題になった。


それで太陽は英語バージョンと日本語バージョンの両方を紙に書いて貼った。


それによるとレースカーのレゴが欲しいらしい。


家内(原幸子四段)に「クリスマスプレゼントは何にしたんだ?」

とそっと聞いたら、「ドンピシャ」との答えが返ってきた。



ついさっき二人の息子の枕元に置いてきたが、母親は偉いもんだと思った。

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スキーに行きました

2009-12-24 | 日記
今月の18日から21日まで僕の故郷である北海道岩見沢市に8歳と6歳の二人の息子を連れて行ってきた。

僕は19日に入門教室で碁を教えるためで、息子を連れて行くのは息子達が行きたがったのと親孝行が目的である。


19日に僕が仕事をしている間に僕の父が息子達を夕張のスキー場に連れて行ってくれた。

息子達はスキーが初めてなので指導員をつけて指導してもらった。

僕の仕事が終わったので次の日は10時半から両親と5人全員でスキー場に向かった。

岩見沢から夕張は車で1時間くらいの距離である。

着いてから色々支度をして12時くらいから僕と息子2人は滑り始めた。

両親はもっぱら孫2人の世話とビデオ撮影専門である。

僕のスキーの腕前は初心者コースなら転ばずに下りてこられるくらいで、碁で言えば20級くらいか。

僕がリフトに乗って滑ってくると、長男の太陽が一緒にリフトに乗ると言う。

僕が「大丈夫か?」と聞いたら父が、昨日指導員について滑ったのだというので、連れていった。

思ったより長男は上達していて、一回も転ばずに下りてきた。


それを見ていた次男の大空が、「僕もリフトに乗りたい」と言う。


僕が「まだ無理ではないの?」と言っても次男は言い出したら聞かない。


昔から「泣く子と地頭には勝てない」と言うが、もしだめだと言ったら、次男の頑強な抵抗を覚悟しなくてはならない。


僕は次男をリフトに乗せて連れて行くことにした。

「僕がやってみい。」と言うと次男は「こえー」と言いつつ滑っていった。


しばらくすると、案の定転んでいる。

僕が行って助けようとするのだが、これがなかなか苦労する。

何といっても、僕もスキー靴と板をはいていて、思うように動けないし、ましてやそれが、雪の坂の上なのだからなおさらである。


その状態で脱げた板をはかせたり、立たせたりするのはかなり大変だった。


しかし、次男を助けられるのは僕しかいないのである。

次男も自分の窮状を必ずパパが救ってくれると固く信じて疑わない。

そう思うとあまり苦にならなかった。

そしたらその日を境に大きな変化が起こったのである。


以前は僕が両手を広げて、「ぞらくん、おいでー」といってもほとんど聞こえないふりをしていた次男が、

スキー場で世話をしてからというもの、満面の笑みで、走って僕のひざの上にやって来るようになったのである。


リフトに乗せてやってよかったなとつくづく思った。

5時まで遊んで、家に帰ってきた。


北海道最後の晩と言うことで、母がテーブルにたくさんご馳走を並べてくれた。


特に絶品だったのがタチである。

タチというのは北海道の呼び方で、鱈の白子のことである。


「タチたべるかい」と母。「真鱈の白子だからうまいんだよ」と父。


ゆでた真鱈の白子に柚子の絞り汁と七味唐辛子をかけてたべる。

何ともいえないタチの甘みが口の中に広がる。

そこへすかさず、静岡の銘酒「開運」の純米生酒を流し込む。なんという至福。


これはやばい。飲みすぎてしまうからである。

しかし、わかっていてもやめられないのである。


「仕事も終わったし、息子達の世話もしたからな。少しくらい飲んでも良いだろう」と自分を納得させて飲む。

次の日起きたら、食道が焼けた感じがする。典型的な飲み過ぎの症状である。


「今日の晩は酒を抜いた方が良いかな」と思いつつ、

いざ飛行機に乗って東京の自宅に着いたら、

「息子達を連れて帰ってくるのも苦労したからな。今日ぐらいは飲んでも良いだろう。」
と自分を納得させて飲む。馬鹿は死ななきゃ直らないということか。

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