「西の谷緑地公園」を美しく!

「公園都市水戸」の街造りを考える人達と協働したいと思っています。

サントピアの遺伝子

2016年07月17日 22時23分06秒 | 水戸今と昔
「サントピア水戸」の時代への挽歌 其の⑩
サントピアの遺伝子






サントピア水戸の開店(1978年5月)当初は「渋谷パルコ」の立ち上げに尽力した「バツ」の松本瑠樹と仲間の有名ブランド店が軒を並べた。

パルコ風の宣伝や店舗内装・商品など東京と同じようであったが、当時の水戸の風土とはなじまない点もあって、開店半年頃には閑散と云う状況になった。
当然のこととして撤退する店舗があり、バツを中心とした2階・3階は残ったが4階などは歯抜けの状況となった。

その頃、原宿はマンションメーカーが勢力を伸ばしていたので、それにあやかって、サントピアは地元の若い人たちに出店を呼びかけることに。
既に店舗を持っていた人もいたが、独立して開業したい人には入居条件を緩やかにし、開店の指導もした。

さほどの資金を用意できない若者は手作りの内装、什器備品は中古品と苦肉の策。しかし、その姿が新鮮であり共感を呼びアット云う間に繁盛するようになった。毎月の売り上げが入金されれば、現金手に商品を仕入れする自転車操業だったが好循環。
店によっては、次つと新たな店舗を展開した。

幾つかの成功した経営者や店舗があるが、その中の一つが「大内商店」(現・大内本舗)の大内勝さん。
1980年の創業だから、サントピア開業して2年後にこの様な動きが生まれたのだ。これを見ても、サントピア躍進は中央の店でなく地元の若者の力が大きかった。
いわば、サントピアの表看板はナショナルブランドだが、稼いだのは地元企業で「東京何するものぞ!俺らは俺らの道を行く」の気概が在った。

東京のテナントと水戸テナントの関係はいい意味の緊張関係がサントピアの躍進、全国紙・誌に取り上げられた。
現在も水戸を中心に活躍する人や店を順次紹介する。
宮下銀座(水戸東照宮門前)に4店舗を展開する前述の大内勝さん。



大内さんは第一線を退き、チーフマネジャーの中島雄介さんに任せているが、この日は偶々,在店だったのでツーショット。



「BABACOOL」
奥にブリティッシュな「Liquid」

アメリカンな「HonkyTonk」、



レトロ&パンキッシュなレディース「BABACOOLⅡ」と、

大内本舗は4店舗を経営している。
何れもマニアック、拘りの品揃えだ。





サントピア時代の大内商店

自由な気風の大内 勝さんの薫陶を受けた卒業生(元従業委員)からはファッション関連や飲食関
連など多彩な人材が育っている。

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水戸J2通算200勝の金字塔@ケーズデンキスタジアム水戸

2016年07月17日 10時29分51秒 | 水戸ホーリーホック
水戸J2通算200勝の金字塔@ケーズデンキスタジアム水戸





水戸ホーリーホックは7月16日FC岐阜を0-1で完封して2連勝。
J2リーグ通算200勝を達成した。

前半16分,兵働昭弘選手の素晴らしいFKのボールに三島康平選手が抜群の身体能力で合わせ,獲得した貴重な先制点。



この1点を,200勝のほとんどの試合に立ち会ったと思われる本間幸司選手を中心にチームが一丸となって守り切り,勝利を手に入れた。



観客数が4318人だったのは残念だが、この記念すべき勝利に立ち会えたのは幸せなことだ。

次節もホームゲーム,V・ファーレン長崎を迎えて7月20日(水)19:00キックオフ、平日ではあるが3連勝を目指し応援しよう。

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