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箕輪城跡

2017-06-23 | 城、歴史
群馬県高崎市箕郷町の箕輪城跡へ行ってきました。
近頃戦国時代に興味を持ってお城巡りをしている中で、戦国初期にまで興味が…だんだんさかのぼっていっちゃうんですね。
現在大河ドラマは井伊直虎ですが、直虎が育てた直政が徳川家臣になってこの箕輪城に入りました。
その後箕輪城から和田城へ移り高崎と命名、現在の高崎市庁舎のあるところに高崎城を築城したそう。
そして関ヶ原で活躍したのち彦根へ。
というわけで、箕輪城跡へ行ってみたら井伊の旗が立っていました。


搦手口の駐車場から。

高崎にいて初めて訪れたのですが、ここは長野業政(なりまさ。業正とも。)の城ってイメージでしたので、さすが大河ドラマの影響はすごい。
長野業政は井伊よりもずっと前で、上杉謙信と北条攻めに遠征したり、武田信玄の攻めから6度も城を守った時代の人。
真田幸村の祖父の幸隆を箕輪城に庇護していたことも。
なんて、最近読んで知ったばかりなんですけどね(笑)


二の丸へ向かいます。


城跡マップ。


二の丸。

土曜日の夕方でしたが、ぼちぼちとカメラを持った人がいます。
草がちょっと高いかなぁ…(^_^;)


本丸。


御前曲輪。本丸を回り込んだ奥、大きな井戸跡がありました。

御前曲輪、本丸、二の丸と戻って、大堀切へ。


大堀切。


土橋から大堀切と郭馬出西虎口門。


深い大堀切の右上に三の丸があり、高さ13mほどの石垣が見つかっている。
人頭大の河原石を階段状に積んだ石垣で、同様の特徴を持つ石垣が埼玉県寄居町の鉢形城跡にもあり、北条氏邦時代のものと思われる。


三の丸門跡と石垣。


当時4.1m高さで河原石を用いた野面積み。井伊時代のものらしい。


三の丸の石垣の説明。


三の丸。


新しく建てられた郭馬出西虎口門。


木俣から大堀切越しに郭馬出を。深い…。


木俣から現在の高崎市街地方面を眺める。右端のひとつ高い建物が市庁舎。高崎城址。

隅から隅までは大変ですが、一通り簡単に回れました。眺めもけっこういいですね。
もっと勉強してから回ればさらに興味深いかな。


赤城山方面。

余談ですが、多分この写真の中ほどの赤城山の裾野あたりに上泉というところがあって、上泉伊勢守秀綱という長野業政配下の剣の達人がいました。
新陰流を編み出した人で、業政が病死した後、武田信玄に箕輪城を落とされた際に秀綱は武田配下に入るように命じられたらしい。
しかしどこの配下にもならないと約束して旅に出ることを許されたそう。その時に信玄から信綱と改名されたとか。
その後、信綱は柳生宗厳に出会い剣術を指南して免許を与え、その後柳生一族は柳生新陰流をもって徳川幕府に徴用されたって。
すごいじゃないですか〜。


はい、駐車場に戻ってきました。榛名山麓が綺麗に見えました。
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