風の記憶 

風のように吹きすぎてゆく日常と記憶を、
言葉に残せるものなら残したい。

…………ささやかな試みの詩集です。

みんな何処へ行ってしまったのか

2016-10-12 13:43:33 | 19「★新詩集2016」


  あしたの天気

いつも見ている山が近くなった
そんな日は雨が降ると
祖父の天気予報
湿った大気がレンズみたいになるらしい
山が近いという大人の言葉が分からなかった
山はいつも変わらなかったから

秋の夕やけ鎌をとげ
またもや祖父の声がする
あしたは稲刈り
顔を真っ赤にして鎌を研いでいた
家を出た父は商人になった
体も声もでかいが田植えも稲刈りもしたことがない

雨ふる山も夕やけも
祖父も父ももう居ない
稲刈りする百姓も居なくなったが
声だけが残されて
あしたの天気を教えてくれる

*

  山の水が澄みわたるので

納戸の隅とか仏壇とかに
小さな暗やみがいっぱいあったけれど
おばあさんがいつも居た
土間の流しにも暗やみがあった

汽車が駅に着いたときだけ
前の道をひと声が通りすぎる
勝手口からおばあさんの大きな声が
ときどき村人の足をとめた

夏は山の水が澄みわたるので
ひともさかなも沢をのぼる
わんどの暗い淀みに
ザリガニのむき身を放り込むと
水の底がぐるるんと濁る

おばあさんが焼くナマズの風が
草の畦道を帰ってゆくようだ
山の水が澄みわたり
遠い川も近くなる
ときどき大きなさかなが現れて
夢の泥をまきあげる
深くて暗い
夜の底がみえる

*

  秋の山

赤い土をこねて
祖父は小さな山をつくった
がりりと土壁を引っかく
鎌の刃先の
あの放物線が消せない

秋へ秋へと
ゆらゆらと山を登っていく
黄蝶のような麦わらのシャッポ
蔓に蔓を接ぎ木して
みどり葉の空をかさねてゆく
あかい実がしたたる秋
それが祖父の葡萄山だった

指をコンパスにして
いっきに放物線の山を越えてみる
その日も
したたる果汁のいたみが
赤くて消せなかった

*

  そこにはもう誰もいない

ごっちゃに集まるお盆の夜は
ご詠歌と鉦のひびき
父の声は祖父にそっくり
伯父の声は父にそっくりだった
いまは彼らに似た声の
誰かが鉦をたたいているのだろうか
大阪の実家は融通念仏宗
家をでた父は九州の山奥で法華宗に
四国出身の祖父は真言宗から法華宗に
お墓参りの念仏も
南無阿彌陀仏か南無妙法蓮華経かでややこしい
念珠の形までうるさかった人たちも
いまはもう墓の中で眠っている

騒がしさの中に静けさがある
見える声と見えない声がまじる
出かける人たちや帰ってくる人たち
生きてる人たちが遠くへ行き
死んだ人たちが遠くから帰ってくる
生きてる人と死んだ人が
見えないどこかで交錯する
行ったり来たりするうち
近しい人たちも半分になって
いつしか人生の半分を失ったみたいだ

周りがだんだん静かになって
記憶の声だけが騒がしい
みんな声が大きかったのだろう
流浪の末裔が流浪している
ふと父の声に振りかえる
だがそこには誰もいない




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2 コメント

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寂しさが胸に染みる詩ですね(*´-`) (雀(から))
2016-10-14 07:36:11
😢本当に私も年をとりました…年々、見知った人が居なくなります🙏
ありがとうございます (yo-yo)
2016-10-15 07:44:05
雀さん
読んでいただき、コメントまでいただきました。
ありがとうございます。励みになります。
これからも、よろしくお願いします。

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