憲法記念日 論議を休止してはならない(2008年5月3日(土)01:45)読売オンライン
あんまりすごい論調なので引用を残しておきたい。
読売が御用新聞なのは頭で理解していたのだけれど、ここまでとは・・・。
記事中、一番気になったのが、
> 衆参ねじれ国会は、国として迅速にしなければならぬ意思決定を困難にしている。
という認識。
「ねじれ状態」は不全なのだと言っているが、その事実を民意の表現として肯定的には捉えていないように聞こえる。
一方で、そんな中でも強行的な審議決定がなされることは憲法上も問題がないとし、民意の真意がどこにあるのかは棚上げのまま、口の乾かぬままに、
>与野党には、こうした憲法改正にかかわる問題を大いに論議してもらいたい。
と述べている。
首をかしげたくなる論調なのだけれども、こういった新聞記事が三大紙の一角として広く読まれているのかと思うと背筋が寒くなる。
もう一日過ぎてしまったけれども、憲法記念日にあたって、今一度、現憲法の成立過程に関わる本に目を通した。
右派の連中が以前盛んに言っていた「米国の押し付け憲法」というのが不当だとわかった経緯も思い出したが、それよりも慎重にリベラルな立場で議論しつくす姿勢がにじんだからこそ生きた条文もあったのだということを再確認した。
「改正」ありきの議論も極めて政治的で悪い風潮なのだけれども、法律がそういった時代の風邪に翻弄されるのは仕方が無いのかもしれない。
けれど、そんな中でも、ちゃんとしたものを残そうとする意志と、その政治的な表明はとても大事になると感じる。
06教育基本法成立時のようなバカな事態はできるなら避けたい。
わけのわからない憲法にしてはならない。
現憲法を少しは学び、尊守する立場としてだけでなく、自分の生きやすさという意味でも自民党案になんぞなってほしくないと思う。
現憲法の成立過程を振り返ってみても、ただの政党一派による憲法なんて認めてはならないと個人的に強く感じる。
この国はこれで大丈夫なのか−−日本政治が混迷し機能不全に陥っている今こそ、活発な憲法論議を通じ、国家の骨組みを再点検したい。
昨年5月、憲法改正手続きを定めた国民投票法が成立し、新しい憲法制定への基盤が整った。
ところが、同法に基づいて衆参両院に設置された憲法審査会は、衆参ねじれ国会の下、民主党の消極的姿勢もあって、まったく動いていない。
超党派の「新憲法制定議員同盟」(会長・中曽根元首相)が1日主催した大会に、顧問の鳩山民主党幹事長らが欠席したのも、対決型国会の余波だろう。
大会では、憲法改正発議に向けて憲法問題を議論する憲法審査会を、一日も早く始動させるよう求める決議を採択した。これ以上、遅延させては、国会議員としての職務放棄に等しい。
与野党は、審査会の運営方法などを定める規程の策定を急ぎ、審議を早期に開始すべきだ。
憲法審査会で論じ合わねばならぬテーマは、山ほどある。二院制のあり方も、その一つだ。
現行憲法は、衆参ねじれ国会を想定してはいた。例えば、憲法59条。衆院で可決した法案を参院で否決、または60日以内に議決しない場合、衆院は3分の2以上の賛成多数で法案を再可決し、成立させることができる。
政府・与党は、これに基づき、インド洋での海上自衛隊の給油活動再開のための新テロ対策特別措置法と、ガソリン税の暫定税率を復活させるための税制関連法をそれぞれ再可決、成立させた。
この再可決は、憲法の規定上、何の問題もない。
かつて、参院議長の私的諮問機関は、参院改革の一環として、衆院の再可決要件を、「3分の2以上」から「過半数」に緩和することを提言した。自民党が新憲法草案を作成する過程でも、同様の案が一時、浮上した。
もちろん、こうした改革には憲法改正が必要で、直ちに実現できることではない。
ただ、参院の機能は、衆院に比べてあまりに強すぎないか。衆参両院の役割分担を見直す必要はないか。与野党には、こうした憲法改正にかかわる問題を大いに論議してもらいたい。
衆参ねじれ国会は、国として迅速にしなければならぬ意思決定を困難にしている。こうした国会機能をめぐる議論を積み重ねることが、新しい国会ルールの形成にもつながるのではないか。

あんまりすごい論調なので引用を残しておきたい。
読売が御用新聞なのは頭で理解していたのだけれど、ここまでとは・・・。
記事中、一番気になったのが、
> 衆参ねじれ国会は、国として迅速にしなければならぬ意思決定を困難にしている。
という認識。
「ねじれ状態」は不全なのだと言っているが、その事実を民意の表現として肯定的には捉えていないように聞こえる。
一方で、そんな中でも強行的な審議決定がなされることは憲法上も問題がないとし、民意の真意がどこにあるのかは棚上げのまま、口の乾かぬままに、
>与野党には、こうした憲法改正にかかわる問題を大いに論議してもらいたい。
と述べている。
首をかしげたくなる論調なのだけれども、こういった新聞記事が三大紙の一角として広く読まれているのかと思うと背筋が寒くなる。
もう一日過ぎてしまったけれども、憲法記念日にあたって、今一度、現憲法の成立過程に関わる本に目を通した。
右派の連中が以前盛んに言っていた「米国の押し付け憲法」というのが不当だとわかった経緯も思い出したが、それよりも慎重にリベラルな立場で議論しつくす姿勢がにじんだからこそ生きた条文もあったのだということを再確認した。
「改正」ありきの議論も極めて政治的で悪い風潮なのだけれども、法律がそういった時代の風邪に翻弄されるのは仕方が無いのかもしれない。
けれど、そんな中でも、ちゃんとしたものを残そうとする意志と、その政治的な表明はとても大事になると感じる。
06教育基本法成立時のようなバカな事態はできるなら避けたい。
わけのわからない憲法にしてはならない。
現憲法を少しは学び、尊守する立場としてだけでなく、自分の生きやすさという意味でも自民党案になんぞなってほしくないと思う。
現憲法の成立過程を振り返ってみても、ただの政党一派による憲法なんて認めてはならないと個人的に強く感じる。
この国はこれで大丈夫なのか−−日本政治が混迷し機能不全に陥っている今こそ、活発な憲法論議を通じ、国家の骨組みを再点検したい。
昨年5月、憲法改正手続きを定めた国民投票法が成立し、新しい憲法制定への基盤が整った。
ところが、同法に基づいて衆参両院に設置された憲法審査会は、衆参ねじれ国会の下、民主党の消極的姿勢もあって、まったく動いていない。
超党派の「新憲法制定議員同盟」(会長・中曽根元首相)が1日主催した大会に、顧問の鳩山民主党幹事長らが欠席したのも、対決型国会の余波だろう。
大会では、憲法改正発議に向けて憲法問題を議論する憲法審査会を、一日も早く始動させるよう求める決議を採択した。これ以上、遅延させては、国会議員としての職務放棄に等しい。
与野党は、審査会の運営方法などを定める規程の策定を急ぎ、審議を早期に開始すべきだ。
憲法審査会で論じ合わねばならぬテーマは、山ほどある。二院制のあり方も、その一つだ。
現行憲法は、衆参ねじれ国会を想定してはいた。例えば、憲法59条。衆院で可決した法案を参院で否決、または60日以内に議決しない場合、衆院は3分の2以上の賛成多数で法案を再可決し、成立させることができる。
政府・与党は、これに基づき、インド洋での海上自衛隊の給油活動再開のための新テロ対策特別措置法と、ガソリン税の暫定税率を復活させるための税制関連法をそれぞれ再可決、成立させた。
この再可決は、憲法の規定上、何の問題もない。
かつて、参院議長の私的諮問機関は、参院改革の一環として、衆院の再可決要件を、「3分の2以上」から「過半数」に緩和することを提言した。自民党が新憲法草案を作成する過程でも、同様の案が一時、浮上した。
もちろん、こうした改革には憲法改正が必要で、直ちに実現できることではない。
ただ、参院の機能は、衆院に比べてあまりに強すぎないか。衆参両院の役割分担を見直す必要はないか。与野党には、こうした憲法改正にかかわる問題を大いに論議してもらいたい。
衆参ねじれ国会は、国として迅速にしなければならぬ意思決定を困難にしている。こうした国会機能をめぐる議論を積み重ねることが、新しい国会ルールの形成にもつながるのではないか。











現第一多数派である与党と、第二多数派である民主、第三以降の多数派であるその他野党、議員選出も出来ない少数派、これらの総体が民意である。
よって、第二多数派が国会を空転させただけのことである。民意が2分されて審議が止まった、となら言えるかもしれないが、民意の真意などという都合の良い空想を持ち出してはいけない。
このようなイデオロギーでもって教育を行っているのかと思うと背筋が寒くなる。
人格批判もよくある手なのでなおさらです。
偏ったスキーマで読むと、こうもわかったようなことが言えるのかと思うと背筋が寒くなります。
読解力をつけたまえと教育に携わるものとして希望しておきます。
つくづく真意というのは明確に言葉にしても伝わらないものだと思いました。
最後に、民主党支持さん。
それはあなたのことですか?
単なる任意のネームですか?
面白いハンドルですね。ユニークです。