弁護士法人四谷麹町法律事務所のブログ

弁護士法人四谷麹町法律事務所のブログです。

割増賃金に関する合意の効力

2011-01-31 | 日記
労働問題FAQQ14を,以下のとおり改訂しました。

弁護士 藤田 進太郎


Q14 割増賃金に関し,使用者と社員が合意することにより,以下のような定めをすることはできますか?

(1) 週40時間,1日8時間を超えて労働した場合でも残業代を支給しないとすること
(2) 割増部分を特定せずに,残業代込みで月給30万円とか,日当1万6000円などとすること
(3) 日当を1日12時間勤務したことに対する対価とすること
(4) 残業時間にかかわらず,一定額の残業手当(固定残業代)を支給するとすること


〔(1)について〕
 使用者が,社員との間で,週40時間,1日8時間を超えて労働した場合であっても残業代を支払わない旨の合意をしていたとしても,労基法の強行的直律的効力(労基法13条)により当該合意は無効となり,法定時間外労働時間に対応した労基法37条所定の割増賃金(及び通常の賃金)の支払義務を負うことになります。
 したがって,(1)のように,週40時間,1日8時間を超えて労働した場合でも残業代を支給しないとすることはできず(口約束はもちろん,労働者本人のハンコを取っていてもダメです。),残業代を支払わない合意があるから支払わなくても大丈夫だと思って残業代を支払わないでいると,残業代を支払わないことにいったんは納得していた社員が,解雇されたことなどを契機に気が変わって残業代を請求してきたような場合には,使用者は未払となっていた残業代を支払わなければならないことになります。
 年俸制を採った場合であっても,使用者は残業代の支払義務を免れませんので,ご注意下さい。

 中小企業の中には,それなりに高額の基本給・手当・賞与を社員に支給し,昇給までさせているにもかかわらず,残業代は全く支給しない会社が散見されます。
 社員の努力に対しては,基本給・手当・賞与の金額で応えているのだから,それで十分と,経営者が考えているからだと思われます。
 しかし,毎月の基本給等の金額が上がれば割増賃金の単価が上がることになり,かえって,高額の割増賃金の請求を受けるリスクが高くなりますし,賞与の支給は割増賃金の支払の代わりにはなりません。
 高額の基本給・手当・賞与は,社員にとって望ましいことなのかもしれませんが,使用者としては,まずは法律を守る必要があります。
 労基法37条の定める以上の割合による割増賃金の支払をした上で,さらに高額の賞与の支給を行うのであればいいのですが,法律を守らずに,残業代の支払を怠った状態で,高額の賞与等を支給するのは本末転倒です。
 支払う順番を間違えたばかりに,高額の割増賃金請求を受けることのないよう,十分に注意して下さい。

〔(2)について〕
 中小零細企業などでは,(2)のように,割増部分を特定せずに,残業代込みで月給30万円とか,日当1万6000円などなどと約束して,社員を雇っている事例が散見されますが,このような賃金の定め方は,トラブルが多く,訴訟になったら負ける可能性が極めて高いやり方です。
 労働契約書,労働条件通知書,給与明細書などで残業代相当額が明示されていないと,通常の賃金にあたる部分と残業代にあたる部分を判別することができないため,残業代が全く支払われておらず,月給30万円,日当1万6000円全額が残業代算定の基礎となる賃金額であると認定されるのが通常です。

 残業代込みで月給30万円とか,日当1万6000円と約束しており,それで文句が全く出ていないのだから,そのような訴訟が提起されるわけはない,少なくともうちは大丈夫,と思い込んでいる経営者もいるかもしれませんが,甘い考えと言わざるを得ません。
 現実には,解雇などによる退職を契機に,未払残業代を請求するたくさんの労働審判,訴訟等が提起されており,残業代の請求に必要な情報は,インターネットをちょっと検索してみれば,簡単に見つかります。
 また,訴訟になれば,労働者側は必ず,「月給30万円(日当1万6000円)に残業代が含まれているなんて話は聞いたことがない。」と主張するに決まっており,そうなってから使用者側が後悔しても後の祭りです。
 現時点で在籍している社員から文句が出ていないのは,社長の機嫌を損ねて職場に居づらくなるのが嫌だからに過ぎず,解雇されるような事態が生じた場合は,躊躇なく,会社に対して未払残業代の請求をするようになります。
 最近では,退職前であっても,辞めてもらおうと思って退職勧奨をした途端,社員の態度がそれまでとは全く変わってしまい,「それだったら,これまでの未払残業代を支払って下さい。」と強硬に言われたり,素直に業務指示に従わなくなってしまったりして困っているといった事案も散見されるところです。
 残業代の請求を受けてから,「文句があるんだったら,最初から言ってくれればよかったのに。」と嘆く社長さんが大勢いるのは残念なことです。
 本来であれば,全ての会社が,すぐにでも賃金制度を変更して,通常の賃金にあたる部分と残業代にあたる部分を区別できるような形で賃金を支払うようにすればいいのですが,一度,痛い目にあってからでないと,なかなか,対策が採られないというのが実情です。
 そういった無防備な会社をターゲットにした残業代請求が,「ビジネスモデル」として確立しつつある印象ですので,ご注意下さい。

〔(3)について〕
 所定労働時間を1日12時間とすることはできませんが,「1日12時間勤務」の意味が,「1日8時間の所定労働時間内の労働と4時間の時間外労働」という趣旨であると解釈できる場合(「1日12時間勤務」に対する対価として賃金額が明確に合意され,割増部分が特定されているような場合)であれば,(3)のような合意も原則として有効と考えられます。
 ただし,(3)のような合意の仕方は,何時間の対価として賃金額が定められたのかとか,割増部分が特定されているのかという点について,問題が生じやすく,細心の注意を払わないと,(2)の問題として取り扱われて割増賃金の支払を余儀なくされるリスクが高いので,注意が必要です。
 トラブル防止のためにも,1日の賃金額については,例えば,「(8時間分の)日当1万6000円,(4時間分の)時間外勤務手当1万円,合計2万6000円」といったように,1日8時間の所定労働時間内の労働に対する対価の部分と,割増部分とに明確に分けて賃金額を定めることをお勧めします。
 このように,1日8時間の所定労働時間内の労働に対する対価の部分と,割増部分とに明確に分けて賃金額を定めておけば,多少のミスがあっても,全面的に敗訴するリスクは低くなるものと思われます。

〔(4)について〕
 (4)のように,残業時間にかかわらず,一定額の残業手当(固定残業代)を支給するとする合意の効力についてですが,所定労働時間分の賃金と時間外労働分の割増賃金に当たる部分を明確に区分して合意し,かつ,労基法所定の計算方法による額がその額を上回る場合には,その差額を当該賃金の支払期に支払うことを合意しているのであれば,有効と考えられています。

 残業手当の金額が不足している場合は,使用者は不足額について支払義務を負うことになりますので,残業手当の金額が低すぎることがないよう注意する必要があります。
 例えば,基本給21万円,残業手当1万円では,ちょっと残業しただけで,残業手当が不足することになってしまいます。
 とはいえ,初めから極端な長時間労働を予定して,基本給と比較して高額の固定残業代を支払うことにしておかなければならないようでは,労働安全衛生上の問題が生じかねないのではないかとの懸念が生じますし,労働者のモチベーションが下がって優秀な人材を確保する障害になりかねませんので,その金額は,1月あたり45時間分程度までにとどめておくべきなのではないかと考えています。
 例えば,基本給14万円,残業手当8万円といった極端な比率に設定することは,やめるべきでしょう。
 少なくとも,私は,そのような比率で賃金設定のなされている会社で働きたくはありません。
 これでは,長時間労働を当然に予定していることを,宣言しているようなものです。
 また,一か月あたりの平均所定労働時間が160時間の会社でこのような賃金額を定めた場合,基本給14万円÷160時間=875円/時となってしまい,下手するとパート・アルバイトよりも低い時間単価となってしまいます。
 ボーナスを考慮すれば,パート・アルバイトよりも賃金が高くなる可能性はありますが,これでは,働く意欲が削がれ,常に転職先を探しながら仕事をするということになりかねません。

 なお,固定残業代を支給する場合は,基本給の中に一定の金額・時間分の残業代が含まれる扱いにしたり,営業手当等の名目で一定額を支給する扱いにしたりするよりも,「残業手当」等,それが残業手当であることが給与明細書の記載から直ちに分かるよう記載しておくと,労使紛争となるリスクが減少する印象です。
 なぜなら,弁護士等が労働者から相談を受け,割増賃金が不払となっているかどうかを検討する際,給与明細書の記載を参考にすることが多いからです。
 給与明細の残業手当欄に記載されている金額については残業手当の趣旨で支給していることが明らかですが,基本給や営業手当等の欄に記載されている金額についてはその文言から直ちに残業代の支払であることが分からないため,残業手当の趣旨ではないという前提で労働審判等を申し立てられることになりやすく,労使紛争を十分に予防できないことになってしまいます。
 また,入社以来,給与明細書の残業手当欄に十分な金額の残業手当が記載されて支給されているのであれば,そもそも,労働者は残業代については不満に思いませんから,残業代だけのために弁護士等に相談することはないという面もあります。
 労働審判等の対応が会社にとって大きな負担となることは明らかなのですから,訴訟で勝てばいいというものではなく,労使紛争が生じないようにするための方法を考えていくことが重要です。

阪急トラベルサポート事件東京地裁平成22年9月29日判決(労経速2089-3)

2011-01-29 | 日記
本件は,被告株式会社阪急トラベルサポートに登録型派遣社員として雇用されて,株式会社阪急交通社に派遣添乗員として派遣され,本件派遣先が主催する募集型企画旅行の添乗員業務に従事していた原告らが,
① 派遣添乗員には,労働基準法38条の2が定める事業場外のみなし制の適用はなく,法定労働時間を超える部分に対する割増賃金が支払われるべきである
② 7日間連続して働いた場合には,最後の1日は休日出勤したものとして休日労働に対する割増賃金が支払われるべきである
と主張して,未払割増賃金及びこれに対する各支払期日の翌日から各支払済みまで商事法定利率である年6パーセントの割合による遅延損害金の支払を求めるとともに,未払割増賃金と同額の付加金及びこれに対する判決確定の日の翌日から支払済みまで民事法定利率である年5パーセントの割合による遅延損害金の支払を求めた事案です。

本判決は,原告らによる添乗業務は,社会通念上「労働時間を算定し難いとき」に該当し,本件みなし制度が適用されるべきであると判断した上で,
「当該業務の遂行に通常必要とされる時間」については,原告らの従事した添乗業務(ツアー)ごとに判定するという方法,具体的には原則として,添乗日報の記載を基準として,始業時刻と終業時刻を判定し,適宜休憩時間を控除することとし,添乗日報がない場合において,行程表や最終日程表を補助的に用いるという方法を採用しました。
また,使用者が休日を設けることなく労働者を連続して就労させた場合,使用者は,第7日目において,労働基準法35条に違反して労働者を労働させたこととなるから,当該日を「休日労働」として扱うのが相当であると判断しました。
そして,日当の趣旨については,11時間分の対価として日当額を定められたものとは認められず,添乗員の賃金(日当)額は,労働基準法の定める通常所定労働時間(8時間)の対価として定められたものであると解するのが相当であると判断しました。
その上で,それなりに大きな金額の割増賃金及び付加金の支払が命じられています。

本件の問題点としては,日当額が安い点(国内ツアーだと日当8500円,海外ツアーでも日当1万1300円というものがあります。これが時間外割増賃金込み(11時間分)の日当だとしたら,海外ツアーでも時給1000円を切ってしまうケースがあるということになります。)が気になりますが,そういった実際上の話はさておき,法律論としては,
まず,原告らによる添乗業務は,社会通念上「労働時間を算定し難いとき」に該当し,本件みなし制度が適用されると判断している点が注目されます。
従来は,「労働時間を算定し難いとき」には該当しないとして,みなし制度の適用自体を否定する裁判例が多かったところ,7月判決と同様,みなし制度の適用自体は肯定しました。
労働基準法38条の2を立法した当時の国会における審議内容を主張立証したことの影響が大きかったものと思われます。
しかし,「当該業務の遂行に通常必要とされる時間」や日当の趣旨を検討した上で,結局,割増賃金の請求は認められていますので,みなし制度が認められたとしても,それだけでは使用者側にとって,大きなメリットはありません。
今後,みなし制度の適用の有無ではなく,「当該業務の遂行に通常必要とされる時間」の認定,賃金が何の対価として支払われているかといった問題が主戦場となるケースが増えてくるかもしれません。

使用者側の対策としては,まず,「当該業務の遂行に通常必要とされる時間」について,労使協定を締結しておくことが重要となります。
本判決からも,労使協定が有効に締結されていれば,余程の事情がない限り,裁判所もそれを尊重して判断するであろうことが読み取れると思います。

次に,割増部分を特定して,賃金を支給することが重要となります。
本件のようなみなし労働時間の事案であれば,1日11時間労働したとみなす旨の労使協定が存在し,労働時間が1日11時間とみなされるような場合には,11時間分の労働の対価として日当を支払う旨定めても,有効とされやすいでしょうし,計算上の不都合も生じないかもしれません。
ただ,一般論としては,割増賃金の金額をその他の賃金の金額とできるだけ明確に分け,別々に規定しておくことをお勧めします(個人的には,労働時間みなし制の場合も,割増部分を分けて金額を明示して記載すべきと考えています。)。
例えば,1日11時間の勤務が予定されている場合には,「(8時間分の)日当1万6000円,(3時間分の)時間外勤務手当7500円,合計2万3500円」といったように,割増部分が明確に分かるようにしておくのが望ましいと考えます。
1日の日当が「11時間の労働に対する対価」であることが明らかな事案であれば,「日当2万3500円」といった記載も有効となり得るとは思います。
ただ,みなし制の適用がなく,残業時間が増減し,11時間を超えて労働した場合に追加で割増賃金を支払わなければならないような事案では,方程式を解くようなやり方をしなければ,追加で支払うべき残業代の金額が算定できないという不都合が生じるかもしれません。
何時間分の労働に対する対価なのか不明な場合は,8時間の労働に対する対価であり,残業代が全く支払われていないと認定されてしまうリスクが高いものと思われます。
何時間分の労働の対価なのかを明確にせず,「1日仕事したら,日当2万円」などと定めた場合,2万円は8時間の労働に対する対価であり,1日11時間働けば,3時間分の残業代の請求ができるということになってしまうリスクが高いので,ご注意下さい。

「基本給○○万円(残業代45時間分を含む。)」などと定めた場合,通常の時間外労働と単価の違う深夜の時間外労働時間や,法定休日労働時間と「45時間」の関係ついて,必ずしも明らかではないケースも散見されます。
残業代の計算が難しい定め方をする会社は,何時間残業しても,決まった金額以上,残業代が支給されないから,複雑な計算をしなければ加算部分の残業代を計算できないような定め方をしていても,不都合がないため,そのような定め方をしているのではないかという疑念が生じますので,注意が必要です。
割増部分を特定する方法として,金額で特定する方法と,時間で特定する方法がありますが,シンプルに考えるのであれば,金額で特定した方がいいと思われます。
固定残業代制を取る場合,時間外・深夜・休日割増賃金の合計額の趣旨で毎月8万円支給するという形にすれば,8万円までの範囲では,内訳如何にかかわらず,割増賃金の支払がなされたことになるケースがほとんどと思われます。

本判決は,労働基準法38条の2の趣旨,「労働時間を算定し難いとき」について,以下のように判断しています。

労働基準法38条の2第1項は,労働者が事業場外で業務に従事した場合において,労働時間を算定し難いときには所定労働時間労働したものとみなすこととし(同項本文),当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合には「当該業務の遂行に通常必要とされる時間」労働したものとみなす(同項但書)旨を規定しているところ,本件みなし制度は,事業場外における労働について,使用者による直接的な指揮監督が及ばず,労働時間の把握が困難であり,労働時間の算定に支障が生じる場合があることから,便宜的な労働時間の算定方法を創設(許容)したものであると解される。
そして,使用者は,本来,労働時間を把握・算定すべき義務を負っているのであるから,本件みなし制度が適用されるためには,例えば,使用者が通常合理的に期待できる方法を尽くすこともせずに,労働時間を把握・算定できないと認識するだけでは足りず,具体的事情(当該業務の内容・性質,使用者の具体的な指揮命令の程度,労働者の裁量の程度等)において,社会通念上,労働時間を算定し難い場合であるといえることを要するというべきである。
なお,本件通達は,社会通念上「労働時間を算定し難いとき」に該当するか否かを検討する際の行政指針であって,本件通達除外事例は「労働時間を算定し難い」ときに該当しない主な具体例を挙げたものと解すべきである。

また,本判決は,みなし労働時間に関し,以下のような観点を示しています。

労働基準法38条の2第1項但書は,「通常想定される時間」という文言を用いており,国会における審議内容にかんがみても,同法は,個別具体的な事情を捨象した上でみなし労働時間を判定することを予定しているものと解される。
そうすると,労働者の個性や業務遂行の現実的経過に起因して,実際の労働時間に差異が生じ得るとしても,(実労働時間の把握が困難である以上,)基本的には,個別具体的な事情は捨象し,いわば平均的な業務内容及び労働者を前提として,その遂行に通常必要とされる時間を算定し,これをみなし労働時間とすることを予定しているものと解される。
ただし,前述したとおり,労働基準法は,事業場外労働の性質にかんがみて,本件みなし制度によって,使用者が労働時間を把握・算定する義務を一部免除したものにすぎないのであるから,同法は,本件みなし制度の適用結果(みなし労働時間)が,現実の労働時間と大きく乖離しないことを予定(想定)しているものと解される。
すなわち,労働時間を把握することが困難であるとして,本件みなし制度が適用される以上,現実の労働時間との差異自体を問題とすることは相当ではないが,他方において,本件みなし制度は,当該業務から通常想定される労働時間が,現実の労働時間に近似するという前提に立った上で便宜上の算定方法を許容したものであるから,みなし労働時間の判定に当たっては,現実の労働時間と大きく乖離しないように留意する必要があるというべきである。

(反証を許さない)「みなし」制度であるにもかかわらず,「現実の労働時間と大きく乖離しないように留意する必要があるというべきである」とするのは,なかなか,大変というか,苦しいところです。
裁判官の苦労の跡が読み取れます。
こんなことにならないよう,やはり,みなし時間について,労使協定をしっかり締結しておくべきだと思います。

本判決は,休日を取らせないで連続して就労させた場合の休日について,以下のように判断しています。

労働基準法35条1項は,使用者は労働者に対し,毎週少なくとも1回の休日を与えなければならない旨を定めているところ,ここにいう「休日」とは,当該労働契約において労働義務がない日とされている日をいうものと解される。
したがって,使用者が労働基準法35条1項を遵守しているかどうかは,特段の事情がない限り,当該労働契約の契約期間に含まれている「週」について,少なくとも1回の休日を与えているかによって判断すべきこととなる(なお,1週間に満たない有期労働契約の場合,特段の事情がない限り,当該労働期間において労働基準法35条2項は問題とならないと解される。)。
この点,被告は,労働契約の期間内か期間外かにかかわらず,労働義務を負っていない日は,労働基準法上の「休日」に該当する旨を主張するが,そもそも労働契約関係になければ,「休日」の付与による労働義務からの解放は問題になり得ないというべきである。
例えば,被告の主張を前提にすると,4週間未満の有期労働契約であれば,当該期間内に休日を付与しなくても何ら問題はないということになるが,このような結論が妥当性を欠くことは明らかであり,被告の前記主張を採用することはできない。

使用者が「休日」を設けることなく労働者を連続して就労させた場合,使用者は,「第7日目において,労働基準法35条に違反して労働者を労働させたこととなるから,当該日を「休日労働」として取り扱うのが相当である。

本判決は,8時間を超える労働時間に対するものとして賃金額を合意した場合の効力について,以下のように述べています。

通常所定労働時間(8時間)を超えて労働することを内容とする労働契約は,労働時間の部分については,労働基準法の定める基準に達しておらず,無効であるというべきである(同法13条)。
しかしながら,使用者と労働者が,通常所定労働時間を超える労働時間(契約時間)に対するものとして賃金額を合意した場合,(例えば最低賃金額に抵触するなどの事情がある場合は別論として,)労働契約のうち当該賃金額に関する部分は,原則として有効と解される。
したがって,契約時間分に対する対価として賃金額が明確に合意され(割増賃金額を含むのであれば,当該割増部分が特定される必要がある。),当該合意に基づき賃金が支払われている場合においては,基礎賃金額(「通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額」)は,契約時間と賃金額から計算されることになると解される。

特に,「契約時間分に対する対価として賃金額が明確に合意され(割増賃金額を含むのであれば,当該割増部分が特定される必要がある。)」という部分に注意する必要があります。

弁護士 藤田 進太郎

四谷麹町法律事務所 業務内容ご案内

2011-01-25 | 日記
業務内容ご案内

労使紛争の予防解決
 四谷麹町法律事務所は,労働問題に関する使用者側専門の法律事務所として,解雇・退職に関する紛争,割増賃金(残業代)請求,うつ病への罹患・アスベスト(石綿)吸引による死亡等を理由とする損害賠償請求などの労働問題に関する訴訟,労働審判,団体交渉の対応等,顧問先企業の労使紛争の予防解決に力を入れています。

労働問題に関する講演・執筆活動
 所長弁護士藤田進太郎は,使用者側弁護士の立場から,労働問題に関する講演・執筆活動に精力的に取り組んでいます。
 労働問題に関する講演・執筆依頼をご希望の場合は,まずは,電話(03-3221-7137)でお問い合せいただきますようお願いします。

労働問題に関する弁護士相談(使用者側限定)
 顧問先企業以外の企業についても,労働問題に関する弁護士相談(使用者側限定)を有料で行っていますので,従業員とのトラブルでお悩みの経営者様は,お気軽にご相談下さい。
 詳しくは「労働相談」ページを参照していただきますようお願いします。

四谷麹町法律事務所 所長ご挨拶

2011-01-25 | 日記
所長ご挨拶
 あなたは労使紛争の当事者になったことがありますか?
 当事者になったことがあるとすれば,それがいかに大きな苦痛となり得るかが実感を持って理解できることと思います。

 会社の売上が低迷する中,社長が一生懸命頑張って社員の給料を支払うためのお金を確保しても,その大変さを理解できる社員は多くありません。
 幹部社員を除けば,会社はお金を持っていて,働きさえしていれば,給料日には当然に給料が自分の預金口座に振り込まれて預金が増えるという感覚の社員が多いのではないでしょうか。
 私自身,勤務弁護士の時は給料日には必ず給料が私の預金口座に振り込まれて預金残高が増えていたものが,自分で事務所を開業してみると,給料日には社員に給料を支払わなければならず,私の事業用預金口座の残高が減るのを見て,使用者にとって給料日はお金が減る日なのだということを,初めて実感を持って理解することができました。
 また,個人事業主や中小企業のオーナー社長は,事業にかかる経費と比較して売上が不足すれば,何百時間働いても,事実上,1円の収入にもならないということになりかねず,それどころか,経営者の個人財産からお金を出して,不足する金額を穴埋めしなければならないこともあるのですから,会社の業績が悪化した結果,収入が減ることはあっても,個人資産を事業継続のために持ち出すことのない一般社員とでは,随分,負担の重さが違うのだということも,よく理解できました。
 このような話は,理屈は簡単で,当たり前のことなのですが,誰でも実感を持って理解できるかというと,なかなか難しいものがあります。
 私が学生時代の友達に,給料日には預金残高が減るという話をしてみたところ,「そのとおりかもしれないけど,その分,会社はお客さんからお金が入ってきて儲かっているんだから。」という答えが返ってきました。
 確かに,彼の言うとおり「お金が入ってきて儲かっている」分にはいいのですが,使用者にとっては,実際にお金が入ってくるかどうかが問題なわけです。
 今,売上が上がっていても,将来,どうなるかは誰にも分かりませんし,下手をすると個人資産を事業につぎ込まなければならなくなることもあるのですから,使用者はいつまで経っても気を緩めることはできません。
 実は,私も,勤務弁護士のときは,理屈では雇う側の大変さを理解していても,その理解には共感が伴っていませんでした。
 所長は実際に仕事をこなしている自分よりたくさんの収入があってうらやましいというくらいの感覚だったというのが正直なところで,雇われている人たちのために頑張ってくれてありがとうございます,などと本気で思ったことがあるかというと,一度もありませんでした。
 自分が使用者になってみて初めて,使用者の大変さを,実感を持って理解することができるようになったのです。
 それはちょうど,私に子供ができ,実際に子供を育ててみると,私の両親がどんな思いで私を育ててくれていたのかが実感を持って理解できるようになったのと似た体験でした。

 立場が違えば,感じ方・考え方も違ってきます。
 労使紛争でお互いが感情的になりがちなのは,自分の大変さを相手が理解してくれないことに対する苛立ちのようなものが原因となっているケースが多いからではないでしょうか。
 労使とも,自分ばかりが不当に我慢させられている,譲歩させられていると感じているわけです。
 このような苛立ちを緩和し,冷静に話し合うことができるようにするためには,労使双方,相手のことを思いやる想像力が必要だと思います。
 社員の置かれた状況を鮮明に想像することができ,社員を思いやることのできる会社であれば,労使紛争が生じるリスクは極めて低くなることでしょう。
 仮に労使紛争が生じたとしても,会社が尽くすべき配慮を尽くしてさえいれば,大部分の社員は会社の味方になってくれるでしょうし,裁判にも勝てる可能性が高くなります。
 同じ会社であっても,ある上司が不満を抱いている社員と話をするとトラブルにならないのに,別の上司が話をするとトラブルが多発するということは珍しくありませんが,相手の立場に対する配慮ができているかどうかが大きく影響しているのだと思います。

 私は,あなたの会社に,社員に対する配慮を十分にすることができ,社員の多くから支持される会社になって欲しいと考えています。
 そのためのお手伝いをさせていただけるのであれば,あなたの会社のために全力を尽くすことをお約束します。

四谷麹町法律事務所
所長弁護士 藤田 進太郎

経歴・所属等
•東京大学 法学部 卒業
•日本弁護士連合会 労働法制委員会 委員・事務局員・労働審判PTメンバー
•第一東京弁護士会 労働法制委員会 委員・労働契約法制部会副部会長
•経営法曹会議 会員
•全国倒産処理弁護士ネットワーク 会員

四谷麹町法律事務所ウェブサイト トップページ

2011-01-24 | 日記
 四谷麹町法律事務所所長弁護士藤田進太郎は,健全な労使関係こそが経済活動・社会生活の核心であると考えており,使用者側専門の立場から,労働問題の予防・解決に力を入れています。
 問題社員に対する対応労働審判・団体交渉等の労使紛争でお悩みでしたら弁護士藤田進太郎にご相談下さい。

 近年,解雇・退職に関する紛争,割増賃金(残業代)の請求,うつ病への罹患・アスベスト(石綿)吸引による死亡等を理由とする損害賠償請求などの労働問題が急増し,弁護士に対する相談件数が増えています。
 ところが,労務リスクが高い状態となっていることを会社経営者が軽視し,十分な準備をせずに社員を解雇したり,残業代を基本給と区別して支払っていなかったり,労働安全衛生の問題を軽視しているなど,リスク管理が不十分な会社がまだまだ多く,無防備な状態のまま,労働者から訴訟を提起されるなどして多額の解決金の支払を余儀なくされて初めて,対策を検討し始める会社経営者が多いというのが実情です。
 会社経営者が,自社が深刻な労務リスクにさらされているという認識が希薄なまま,何らの対策も取らないでいた結果,労働問題が発生し,訴訟などで多額の解決金の支払を余儀なくされてから,社員に裏切られたとか,詐欺にあったようなものだとか,社員にも裁判官にも経営者の苦労を分かってもらえないだとか,法律が社会の実情に合っていないだとか嘆いてがっかりしている姿を見ていると,本当に残念な気持ちになります。
 せっかく一生懸命育ててきた会社なのですから,労働問題で大きなダメージを被って取り返しがつかない結果になる前に,十分な対策を練っておかなければなりません。
 最低限,労働者の解雇は慎重に行うとか,残業代は基本給とはしっかり区別して支払うとか,長時間労働はさせないといった基本的な対策を取っただけでも,労務リスクは大幅に下がりますので,すぐにでも始めていただければと思います。

 四谷麹町法律事務所所長弁護士藤田進太郎は,健全な労使関係の構築を望んでいる会社経営者のお手伝いをしたいという強い思いを持っています。
 労働審判,団体交渉,問題社員に対する対応等,従業員とのトラブルでお悩みでしたら,四谷麹町法律事務所所長弁護士藤田進太郎にご相談下さい。

四谷麹町法律事務所
所長弁護士 藤田 進太郎

|所長弁護士藤田進太郎 経歴・所属等
•東京大学 法学部 卒業
•日本弁護士連合会 労働法制委員会 委員・事務局員・労働審判PTメンバー
•第一東京弁護士会 労働法制委員会 委員・労働契約法制部会副部会長
•経営法曹会議 会員
•全国倒産処理弁護士ネットワーク 会員

年金支給年齢引き上げと新賃金体系

2011-01-22 | 日記
今朝の日経新聞によると,与謝野馨経済財政相が,「人生90年を前提に定年延長を考えねばならない。それにより年金支給年齢の引き上げも考えられる。」と発言したとのことです。
支給年齢の引き上げは,少子高齢化の流れからは容易に予測できる話ですから,おそらく,与謝野馨経済財政相の言うとおりになるでしょう。
政治的な損得勘定を理由に,与謝野馨経済財政相の発言を迷惑に思っている政治家もたくさんいるとは思いますが,発言内容自体は何も間違っていません。

そうすると,定年退職後,年金支給年齢までの期間,無収入というわけにもいかないでしょうから,数年のうちには高年法が改正され,雇用確保措置を取らなければならない年齢が,現在の65歳から,67歳,70歳と,引き上げられていくことでしょう。
定年自体,例えば,65歳以上にしなければならないという義務付けがなされる可能性も十分あります。

企業としては,このような時代の流れを先取りして,賃金体系を構築していく必要があります。
従来,60歳まで,正社員としての高い年功序列賃金を支給してきた企業も,最低65歳,場合によっては67歳,70歳まで,労働者を雇用し続けなければならないことを前提に,賃金体系を考えていく必要があるわけです。
今後,顧客のパイが拡大する一部の業種を除き,従来,40代,50代の社員に対し支給してきた賃金の一部を減額し,60代の社員の賃金に充てざるを得ない事態になる可能性が高いように思われます。
例えば,50代になったら,幹部社員を除き,むしろ,賃金額が下がる賃金体系を構築するなどして対処しないと,会社倒産の憂き目をみることになるかもしれません。

日本国内での事業を拡大できるごく一部の業種を除き,日本国内においては,今後ますます,若い人の採用も抑制的にならざるを得ないと思われます。
海外の支社では,現地採用がますます拡大されるでしょうし。
日本国内において,新卒者の就職内定率が下がったり,若い人達の失業率が固定的に高くなったりしないといいのですが…。

どうして,社会保障の負担を,「全ての」企業が,「雇用」の問題として,「強制的に」転嫁されなければいけないのでしょうか?
皆様方は,その理屈について,考えたことがありますか?
経営効率の悪い企業であっても,存続させる価値があるという考え方を前提にした場合,「企業の社会的責任」の問題として,各企業の「裁量」に委ねるべき問題ではないでしょうか?
それを実行するだけの力のある立派な企業もあれば,経営効率が極めて悪く,従業員にも最低賃金ギリギリの賃金しか払えず,倒産間際で何とか持ちこたえているような企業もあるわけですから。
国の政策について来られないような弱い企業は潰れてしまっても構わない,その方がむしろ,経営効率のいい業種に人的資源が集中できて国が豊かになるからかえって望ましい,という発想ということであれば,考え方として首尾一貫していますが,日本ではそのように明言している政治家を見たことがありません。

弁護士 藤田 進太郎

写真

2011-01-20 | 日記
6月17日(金),長野県経営者協会主催の講座「社員をめぐる雇用管理と労働審判制度への実務対策」の第4講座「労働審判を申し立てられた場合の具体的対処方法」を担当する予定です。
講座案内に掲載するため,私の写真映像を事務所内で撮影し,長野県経営者協会に提出しました。
せっかく撮影したので,事務所ウェブサイトやブログの映像も,撮影したばかりのものに変更しました。
こういった写真映像は,プロの業者さんに頼んだ方がいいのかもしれませんが,今回も,事務所内で秘書に撮影させたもので,簡単に済ませてしまいました…。

弁護士 藤田 進太郎

京濱交通事件横浜地裁川崎支部平成22年2月25日判決(労経速2085-11) ②

2011-01-20 | 日記
本件は,被告に雇用されていた原告が,被告の作成した就業規則29条に定める満60歳定年後の再雇用基準を満たしていないことを理由とする再雇用拒否が無効であるなどと主張して,被告に対する労働契約上の権利を有する地位にあることの確認並びに定年の日の翌日からの賃金及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案です。

本判決が,継続雇用制度の導入を定める就業規則が,手続要件を欠いた場合に無効とされている理由は,高年法9条が私法的効力を有しないことを前提とした場合,理解が容易ではありません。
法的根拠は,何なのでしょうか?

弁護士 藤田 進太郎

東京大学出版会事件東京地裁平成22年8月26日判決(労経速2085-3) ②

2011-01-20 | 日記
本件は,被告を定年退職した原告が,被告に対し,再雇用を希望する旨の意思表示をしたところ,被告がこれを拒否したが,同拒否の意思表示は正当な理由を欠き無効であるから,被告との間で平成21年4月1日付けで再雇用契約が締結されていると主張して,労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めた事案です。

原告は,労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求め,判決はこれを認めています。
しかし,賃金の支払請求がなされておらず,したがって,判決でも,賃金の支払を命じてはいません。
このような判決を得ることで,労働者にはどのような法的メリットがあるのでしょうか?
訴訟の行方も気になりますが,労働者側の対応の仕方も気になるところです。

弁護士 藤田 進太郎

民事執行法75条1項に関する裁判例の解説

2011-01-15 | 日記
最近,民事執行法75条1項に関する裁判例(東京高決21・9・25,名古屋高決22・1・29,東京高決22・4・9)の解説を執筆中です。
スケジュールが詰まっていて,なかなか完成させられないままいましたが,この週末で,何としても完成させたいと考えています。

弁護士 藤田 進太郎

日本工業新聞社事件東京地裁平成22年9月30日判決(労経速2088-3)

2011-01-04 | 日記
原告は,株式会社日本工業新聞社の社員であったAが会社から千葉支局長への配転の内示を受けた後に原告が会社に対してした複数回にわたる団体交渉の申入れを会社が拒否したこと,会社がAを千葉支局長に配転したこと,会社がAらの配布した原告の組合機関誌を回収したこと,会社がAの千葉支局赴任後における業務指示不遵守を理由としてAを懲戒解雇したことは,労組法7条1号,2号又は3号の不当労働行為に該当するとして,東京労働委員会に救済命令を申し立てましたが,都労委は,会社の上記各行為はいずれも不当労働行為に該当しないとして,原告の救済命令申立てを棄却する旨の命令を発しました。
原告は,本件初審命令を不服として,中央労働委員会に対して再審査を申し立てましたが,中労委は,原告の再審査申立てを棄却する旨の命令を発しました。
本件は,本件命令を不服とする原告が,その取消しを求めた事案です。

本判決は,
① 本件配転は,労組法7条1号又は3号の不当労働行為に当たるものということはできず,
② 本件懲戒解雇は,その実体面においても手続面においても違法なものではなく,労組法7条1号,3号又は4号の不当労働行為に当たるものということはできず,
③ 会社が原告による一連の団体交渉の申入れに応じなかったことは,労働法7条2号又は3号の不当労働行為に当たるものということはできず,
④ Eら会社役員が行ったAら3名による本件組合機関誌配布の制止及び本件組合機関誌回収は,会社の施設管理権行使の一環として適法にされたものということができ,これが労組法7条3号の不当労働行為に当たるものということはできない
として,原告の請求を棄却しました。
会社側がどのように対応すれば不当労働行為にならないのかを検討する上で,参考になる裁判例といえるでしょう。

上記③に関し,以下のように判断している点も興味深いところです(判決文の一部を加筆変更等しています。)

会社は,原告が労組法に適合した労働組合であるかどうか疑問を抱き,その点を確認するために組合規約,組合員名簿及び組合役員名簿の提出を求め,これが提出されない限り団体交渉には応じないとの態度で原告に対応していたことが認められる。
ところで,労組法の適用を受ける労働組合とは,労働者が主体となって自主的に労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的として組織する団体又は連合団体であって,労組法2条ただし書各号の要件に該当しないものをいうのであり,このような労働者を主体とする団体として設立されたものであれば,労組法上の労働組合として扱わなければならないと解される。
他方,使用者にとっては,団体交渉の申入れをしたものが労組法上の労働組合かどうかの確認は,労組法11条所定の適合証明を受けていない労働組合については,組合規約等の書類や当該労働組合の活動実績の認識によって行うことになると考えられるところ,特に設立したばかりの労働組合については,その活動実績自体がなかったり,仮にあったとしてもそれを把握する機会がなかったりして,その確認は一般的に困難な場合があると考えられる。
原告は,平成6年1月10日に設立されているが,会社に対して結成通告がされたのは同月28日であり,それまでの間に会社に分かるような形で組合活動をしていたことはうかがえず,上記4日井野団体交渉の申入れは,同日からわずか1週間の間に行われているものである。
以上のことに加えて,Aは,平成4年2月に論説委員会付論説委員に発令される以前は産経労組の組合員であったものの,発令後は本件労働協約及び本件労働協約覚書によりその組合員になれない立場にあったことも併せかんがみると,会社が,Aが代表幹事であるとする原告からの団体交渉の要求を受けた際に,
① 原告が労働組合を標榜するのに,労働組合をうかがわせる名称を使用していないこと,
② 企業の枠を超えて結集したというのにその名称が「産経委員会」と企業の枠を設定したものとなっていたこと,
③ 労働組合の代表者として,通常は執行委員長1名であるのに,Aのほかに1名の計2名が代表者として記載され,かつ,その肩書が「代表幹事」と表記されていたこと,
④ もう1人の代表幹事は,時事通信社を解雇されて同社に結成されている労働組合の代表幹事であったこと
を捉えて,原告の労働組合としての法適合性に疑義を抱いたことが不合理であるとはいい難く,その疑義を払拭するべく,原告の代表者であるとするAに対してその実態を認識し得る組合規約等の資料の提出を求め,その提出がされて原告の労働組合としての実態の確認ができるまでは団体交渉に応じないとの態度をとったことは,最初の団体交渉申入れがされてから1週間という短い期間で連続的に行われた上記4回の団体交渉申入れのいずれに対しても,やむを得ない対応であるということができるから,その意味において正当な理由があるということができる。

弁護士 藤田 進太郎