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音楽人類学的回想録「革命」

2016-10-16 07:20:56 | Weblog
高校生の頃、同級生でドラムメージャーの若田君が、チャイコの5番の話をしていた。
彼は、当時見た目はバリバリのヤンキー兄ちゃんだったが、吹奏楽的にはエリートコースを歩んできたヤンキー兄ちゃんだった。

で、そのチャイコの5番の話に全くついていけない。。。
当時は、さほどクラシック音楽を知らなかったから。

悔しくて当時調べてみたが、、、チャイコフスキーの交響曲5番の終楽章を聴いてもどうも、彼の興奮度合が伝わってこない。
もしかしてその近辺の4番あるいは6番かと思って、聴いてみるがやはり何か違うものを感じる。



私の聞き間違いだった。
チャイコの5番
ではなく、
ショスタコの5番
だったのだ。

ドミトリー・ショスターコビッチ作曲、交響曲第5番「革命」

ロシアの大作曲家の作品だ。
確かに、この作品を初めて聴いたときの衝撃は凄かった。
確かに、この第4楽章アレグロノントロッポは凄いし、難しそうだった。
しかし、、なんというドラマチックな音楽的展開であることか。

最近、この作品のレコードを引っ張り出して聴いている。
車の運転中は聴けない。聴いちゃいけない。私の場合、運転中にこの曲を聴いたらあまりの興奮に情緒不安定になって危険運転になる恐れがあるので運転中は聴かない。
そのくらいの衝撃的感動と興奮を誘う作品だ。

エフゲニー・ムラビンスキー指揮、レニングラード管弦楽団による1986年のLIVE音源だ。
20数年前に手に入れたレコード。
ロシアの作品は、ロシアのバンドが凄いだろうと思って買った。確かに凄い。

が、
私のフェイバリットレコードは、同じく1980年代または1970年代のやはりLIVE録音の、
レナード・バーンスタイン指揮、ニューヨークフィルハーモニックの音源だ。
ロシアの作品をコテコテの米国音楽家による演奏。

魂を感じた

この曲を聴き終えるとき、思わず立ち上がって天高く拳を突き上げたたくなる

なんだか感じたのは、アメリカのバンドは「やるときゃ、とことんやる。命捨てる思いでやる」みたいなものを感じた。
バーンスタイン先生の「Come--ooooooo------n!!!!!」とう絶叫の下、演奏がなされている感が伝わってくる。
そんな感じだ。

この終楽章の最終フィナーレ、
怒涛の不協和音のモルトクレッシェンドの後に展開する、長三度和音のファンファーレにて最後の最後で、トランペットによる超絶ハイトーンがくる。
上述のレニングラード管弦楽団も、ニューヨークフィルも、
いずれのトランペッターも、その音があまりにも高すぎてストレートに音が当たっていない。
が、それが、人間臭さを感じさせて良い。
これらのレコードを聴いていると、トランペッターが顔を真っ赤にしつつ、額のあひこちに血管を浮き上がらせて、死にもの狂いの表情でそのハイノートに挑む姿が目に浮かぶ。

革命にはスピリットを感じる。

いや、スピリットなくして革命はできない。

本当の革命も、やはり魂がなけりゃ起こせないだろうな。

ドミトリー・ショスターコビッチ先生に思わず敬礼をする。


しかし、
この演奏の際に、ジャズ界のハイノートヒットマンが参画したら一体どういう風になるんだろうと思う。
たとえばエリック宮城さん、メイナード・ファーガスンさんらが、この曲の最後であのハイノートをスカーーンと吹いたら、どうなるんだろう?

そんなコラボレートも聴いてみたい気がする。

革命、、レボリューション
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