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音楽人類学的回想録「原点」

2017-06-14 07:54:07 | Weblog
この1~2年ほど、小識のしょうもないブログのタイトルを、
「音楽人類学的回想録」とか、
「庶民派昆虫学的回想録」などと表現するきっかけとなったのは、

「原点に帰る」
というキーワードだった。

なんとなく目的がぼんやり化してきて、目的意識が曖昧になったりして自主トレが緩慢なものに成りかけてたので、はじめた回想録と言う名の原点回帰のつもりだった。

************

さてさて、
50歳にして、再び「二十歳の原点」を手にとり読んでいる。
で、ハマっている。

二十歳のときに、先輩の彼女さんから頂いた本だったが、当時は最初の数ページを読んだだけでそのまま放置した。
だって、なんだか内容が難しくてわからんかったから (^^;)

しかし、
今は、読める。どんどん読める。
ハマっている。

-- 独りであること、未熟であること、
  これが私の二十歳の原点である  --

こんなことふつう言えるだろうか?
文章の意味をそのまんま捉えると、確かにあたりまえのことだろう
しかし、
自分が二十歳のとき、こんなこと思いもせなんだ。せいぜい、
「あー本当は今日から酒呑めるわけなんだなー。」とか、
「あー、大人になっちまったなー。大して変わりゃせんが、、、」とか、
「あー、将来どうなるんだ?俺の人生は」
程度のことしか思ってなかっただろうと回想する。

18歳の誕生日に上京し、混沌としたジャズの勉強というか非効率(自分自身のこと)な音楽活動と体たらくな貧乏生活で、
19歳→20歳になった際のマイルストーンなどなーんにもなかった。

しかし、
3か月ほど前、50歳の大台にのったときは色んなことを感じた。
たまたま論語を読んだこともあいまって、低レベルな私の脳みその中でいろんなことを考えた。
そして、「二十歳の原点」との再会だ。というか再トライだ。

人生は一度しかなく、何かを残したいと思いつつ、なにも残せぬものがない50年間をのんべんだらりと生きてしまった (^^;)

ここへきて、バッハのインベンションに取り組んでたが、
メグリアイで、
「バッハの無伴奏チェロ組曲」のメンフと遭遇。

これは、
「やってみよ」
という音楽の神様のお告げなのかも知れない。

バッハとチャーリーパーカーは原点だと思う。

まだまだ、トライすべきことは沢山あるんだな。

原点回帰というのは、「自分を見失うな」ということなんだと考える。
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