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音楽人類学的回想録「キューバンベース2」

2017-01-20 07:35:56 | Weblog
東京に居た頃、ずーっとソシアルダンスバンドにて所属・活動させて頂いてた関係でダンス音楽は相当に勉強~修行させて頂いたが、
サルサはソシアルダンスでは殆ど踊られないので、もっぱら聴くばかりだった。
元来ラテン音楽は好きだ。

*************
東京に出ていって2年目か3年目だったか?
阿佐ヶ谷か自由が丘か忘れたけど、仕事で現場に行った際に当日はじめて会ったドラマーとベースの方に言われちまった。
①「なんだよ、おめー、ペンタトニックも知らねえのかい?」
②「おまえさー、キューバンベースわかんねーのかよ!!」
当日は、もちろんサックスでの出役だったがセトリにラテン音楽が入っており、上記①はさておき②のキューバンベースに乗っかれなかった(^^;)

だって、殆どのベースの動きが頭抜きというかシンコペなんだもん、それにドラムもこれまた頭ドスン系でなかったので、更に混乱を極めた。。。
とっても、情けなく恥ずかしい思いをした。30年くらい前の話だ。今となっては懐かしいし、あの夜ガツンとやられてよかった。

*************
その後、その意味がようやく解り始めたのは数年後、オルケスタ・デ・ラルスを聴き始めてからだった。
当時のヒットナンバー「私はピアノ」、サザンオールスターズの桑田先生作曲~高田みづえさんの歌で有名になったがこれをデ・ラルスがカバー。
NORA先生がポルトガル語と日本語とで歌い、そしてコテコテのサルサアレンジで演ってらしたが、これを聴くためにレコードを購入。聴きまくった結果、ようやっとキューバンベースというものが解り始めた。

同じラテン音楽でも、ブラジルのサンバや、メキシコ音楽とは違うんだよね。
世界のポピュラー音楽は概ねベースとドラムが大抵リズム~ビートを形成するが、キューバンは違う。
先ずドラムが居ない、ラテン打楽器や小物で刻み、かなり「秩序ある乱れ打ち」が展開される。ドラムのようにガシッとしていない。
そして、ベースが頭を打たずもっぱらシンコペーション、また4拍目のダウンビートで頭打ちとなり隣の小節にタイで繋がるというフルシンコペーションに近いうねりを醸し出す。
だから、打楽器とベースだけを聴いてプレイすると、ちぐはぐ状態に陥る(素人の話ね)
音楽を統制するのは鍵盤(ピアノ)のリフだ。だからピアノが欠かせない。

今回、高橋ゲタ夫さんのパフォーマンスと思われる玉のメンフをトレーニングしているが、そのキューバンベースの絶妙なリフの演出がとても面白く勉強になる。

なんでも、
トライしてみるもんだなあ、とつくづく思う。
やってみなきゃわかんないね。
実践が大事だ。
机上のお勉強ばかりじゃダメだ。
自分でやってみることが大事だ、これは音楽に限らず他の芸術でも、スポーツでも、仕事でもなんでも共通するね。

「考えちばかるおらんで、手ば動かせ!体ばつかえ!!」
っちゅうことだな(^^)
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音楽人類学的回想録「キューバンベース」

2017-01-19 21:55:44 | Weblog
昨年秋の熊本護国神社の式典より、母校熊本工業高校吹奏楽部の卒業生で構成する社会人吹奏楽団に復帰させていただいている。

コンボやビッグバンドとはまた違った音楽性が要求され、非常に勉強になる音楽ユニットだ。
しかも同窓生となると団結心が有るのでこれまたいつものバンド活動とは全然違う。

さて、
いろいろな曲にトライさせて頂いてるが、今はベースプレイヤーとして参加させてもらってる。
昨年までいたベースプレイヤーの子が嫁に嫁いで熊本を離れてしまって弦ベースがいなくなったから。

ポピュラー音楽をやる際に弦ベースがいないとなると、いろんな面で困る局面が出てくる。

サックスパートは結構華やかで人が居るのであまり心配は要らないようだ。

という背景もあるが、、、
ベースって面白いんだよね(^^)
特に大人になってからは、面白い。理論的な和声進行を考えながら弾くのはかなりの勉強となる。ありがたい。

そんな中、キューバンアレンジの宇宙のファンタジーを弾かせてもらってる。
吹奏楽用のアレンジで教育的配慮でベースの譜面は、な、な、なんとすべて音符の玉が書いている(コード譜ではない)
そうして、
この曲がN帯J楽団のアレンジなので、な、な、な、な、なんとベース譜は高橋ゲタ夫さんのプレイがそのまんまコピーしてあるようだ!?

今までキューバンベースというのは何となく理解しているつもりだったが、この譜面をみて改めてそのパッセージというか譜割りの絶妙さに脱帽。
ベースを弾かせてもらって本当にありがたい。弾くことが非常に面白い。
これをやるまでと、これをやった後では、フィーリングというかノリの理解が変わった。
無論、初見では弾けなかった(^^;)

(つづく)
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庶民派昆虫学的回想録「アニー死す」

2017-01-19 21:36:09 | Weblog
蜘蛛は昆虫じゃないよ(^^)
当ブログをご覧頂いてる皆さまにはその理由がたぶんわかりますよね?(^^)

毎朝夜の散歩コースにいる三人の女郎たち、
この冬をどう生きるのか?いつまで生きているのか?という興味本位と観察心の下、ほぼ毎日観察する毎日、
寂しいことだが、
一人づつ天国に逝っちまった。

最後の一人、アニーも天国へいってしまったようだ。

昨夜、びっくりした。
その3人のジョロウグモたちが営巣していたお宅の庭の一角の樹木が伐採されてた!!

「もう、さよならか・・・」
と落胆しようとしていたら、アニーはまだ居た。ほぼ同じ位置にポジショニングしていた。

ただ、
いつもと反対側にポジショニングしていた。

これは、キャロライン、バーバラの時と同じで亡くなる前日に、反対側というか裏側に女郎は居た。

ひょっとして、これはジョロウグモの死することへの準備行動なのか?

今朝は、アニーはこの巣にいた。

ところが本日20時07分、アニーの姿は消えていた。

食糧不足、
この冬最強の寒波、
そして樹木の伐採、

とうとう彼女らは3人ともみんな天国へ逝ってしまった。

寂しい気持ちもするが、朝夕の散歩時に僕の観察心・好奇心を大いに誘ってくれてありがとうと素直に伝えたい。
また生まれ変わって戻ってこいよ(^^)
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音楽人類学的回想録「議論は、、、」

2017-01-19 21:18:03 | Weblog
あんまりビテレ(テレビ)は見ませんが、
好きな番組がいくつかあります。

その中でも、とても大好
きなのはBSフジのプライムニュース!
これが観たいから、なるべく早く帰宅したい気分になる。とりわけ、トランプ大統領就任式を間近に見据えた先週からの討論は非常に興味深い。

さて、
この番組の何が好きかというと、
アナウンサーの秋元優里さんが可愛いというのもある。(ちなみに一番グッとくる女性有名人は木村多江さんだ)
が、
一番の魅力は、司会の反町理さんだ。

この方の、物怖じしないトーク、司会進行に憧れを抱きます。
反町さんのようなMCができる人になりたいと思います。

氏を毎晩観ていると、
議論というものは、できるだけフランクに難しい言葉を用いず、友達同士の井戸端会議・雑談みたいにやるのが大切なんじゃないかと思います。

どうしても会議や、討論会や、協議、交渉などのシチュエーションとなるとどうしても硬いムードを演出しなきゃなんないような心理になってしまうけど、
本当は皆、「胸襟を開いて」の雰囲気で話す、いや、喋る(シャベル)ほうがざっくばらんな意見交換ができ、建設的なものが得られるような気がする。

この番組を見ていると本当にそう感じる。

平家蟹のような顔をした反町さんの喋り方が好きだ、憧れる(^^)
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音楽人類学的回想録「22年」

2017-01-18 08:27:08 | Weblog
昨日は阪神淡路大震災から22年目の日だった。

昨年は熊本地震があったので、こういう記事にそれまでと違いいろんな興味が湧く。

22年と言う歳月を考えてみた。

私は昭和42年生まれ、
終戦が昭和20年、
つまり大戦が終わって22年目の年に私は生まれた。

同じ22年という歳月、戦後の復興がどれだけパワフルだったかということがわかる。
いろんな犠牲もあったのだろうが。。。

22年後はどのような世の中になってるんだろう?
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庶民派昆虫学的回想録「バーバラ死す」

2017-01-17 07:52:53 | Weblog
蜘蛛は昆虫ではない。昆虫と一緒くたにされるけど、クモは昆虫ではない。

朝夜の散歩コースにいある三人の女郎たち、この寒空に軒下で頑張っていたが過日キャロラインがご逝去。

そして、1月7日未明、バーバラが天国へ逝っちまった。

ジョロウグモたちのことだ。

週末の寒波で、もうダメかな?とは思っていたが、予測通りバーバラが逝った。
その前日だっけか?
いつもと違って巣の裏側にポジショニングしていた。
おかしいな?とは思っていたが、前兆だったんだろう。

ちなみにアニーも、寒波到来の前あたりからお腹が折れ曲がり始めてたが、
今朝、更に折れ曲がっていた。
まだ、なんとか巣には掴まっているが、時間の問題かもしれん。

この寒さで、しかも栄養を取れていない彼女らにはつらい寒波だったろうな。

なんともしようがない、
自然界の営みだから、見守るしかない。

それにしても、空気が冷たい。

日本海側や北の国に比べれば、まだマシなほうだろうけど・・・
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音楽人類学的回想録「一節」

2017-01-17 07:40:03 | Weblog
音楽を聴く時間となると最近では、車の中が一番長いと思われる。
仕事上、自動車の中に居る時間が長く、結果、そうなっている。

これまでは、ほとんどジャズかクラシックの音源を聴いてきたが、人間の嗜好というのは変わるもので食べ物もそうだけど聴くジャンルも変わってきた。

昨今は、演歌、浪曲、浪花節といった音楽が心に沁みる。

とりわけ昨年からハマっているのは、一節太郎先生の「浪曲子守歌」だ。

に~~げ~た~、女房~にゃ~
未練はな~い~が~~

という歌い出しのあの名曲だ。

昭和の歌だね。

一節先生の浪花節的歌声、声質、そして曲中の語りもなぜかジーンとくる。

この曲、さすが昭和の名曲なだけに沢山の方々がカバーなさっているが、なかでも藤圭子さんの歌がこれまた沁みる。
そして、語りの部分。
この曲は歌詞の内容から男の歌だ。なので語りの内容も男のボヤキとなっているんだけど、
圭子先生がこれをやると「おっかさん」のような感じになるのよね。

一節先生のも、圭子先生のも、どちらもジーンときて泣ける。

昔の歌は、ハートに直球でくるね

時代背景もあるんだろうけど、
なんだか昭和の人間には、ジーンとくる

「おいらも泣けるじゃねえか~」
と曲中にある。

ほんとにジーンときて泣けてくる。

涙でかすんで安全運転がおろそかにならぬ様、気を付けなければならない。
こういう時だけ、「自動運転っていいかも・・・」などとちょっとだけ思ってしまう時がある。
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再掲、LIVEのお知らせ♪

2017-01-15 08:07:54 | Weblog
今回のゲスト、ベーシストの牧山羽留奈ちゃんですが、聞いた話しですとなんとバークリー音楽大学へ進まれるそうな。
凄いね。
ルックスはほんまに可愛らしい普通の女の子だが、音楽力が凄いらしい。

どうぞ、皆さま1月29日はJAZZ INNおくらへ!! (^^)

↓↓↓
2年ぶりくらいでしょうか??

久々にDRAWING FOURにてライブをさせて頂きます(^^)

ファンクとジャズを高次元で混ぜこぜにしたサウンドを追求しています。

今回はゲストに、超若きベーシスト牧山羽留奈ちゃんを迎え、演奏、雰囲気ともに花を添えて頂きます。
ぜひ、お越しくださいませ♪

【DRAWING FOUR LIVE】
1月29日(日)夜
at 「JAZZ INN おくら」

-Drawing Four Personel-
長谷川祐亮(Ds)
西東義洋(Sax)
園田智子(Pf)
堀祐希(Ba)
Guest:牧山羽留奈(Ba)

Start 19:00
Fee ¥2500(学生1500円)

以上、シクヨロちゃんです♪
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庶民派昆虫学的回想録「風邪を撃退」

2017-01-15 07:52:12 | Weblog
人間は無論、昆虫ではない。
我々は内部に骨格をもつ。昆虫は、皮ふというか表皮が骨格の役割をもつ。


この冬を風邪をひかずに乗り切れば、かれこれNO風邪丸三年となる予定だ。

とにかく、風邪なんぞに体調を乱されたくない思いで、いろんなことを続けていた。

が、、、

昨日、
頭痛、節々の痛み、喉のイガイガらしき兆候がきた。

あの寒空にスーツ姿で夕方、外に30分ほど立ってたからかもしれん。。。
これはヤバイと思い、なんとか自己免疫で撃退すべく考え事をしながら歩いていたら、
いつもの散歩コースの公園の近くへきて、
「そういえば、早朝、あの仙人の太極拳婆や、お年寄りたちがここの公園の全ての樹木を触るという行為をしとったなあ。樹木から何らかパワーをもらってるんじゃなかとかね??」
と思いはじめた。

で、暗い中あの仙人や老人たちの真似をして公園の木々を触って歩いた。

帰宅後、手洗い、うがいそして風呂で体をしっかり身体を温め、寝床に入る前に代々伝わる忍術「忍法免疫吹雪」を施し、寝た。

今朝、定刻AM4時45分に起床。
体調はニュートラルに回帰。
我ながら、体調管理能力の高さに感心した。

実際、何が効いたのかわからん。
風邪じゃなかったのかもしれん。
でも、昨日の症状を風邪と思い込みはじめたら多分、風邪になっただろう。
「風邪などに陥らん!!」
と決意し、自分の免疫、自己回復力を信じれば撃退できる。

40代後半になってからようやく
「病は気から」
がわかるようになってきた気がする。

忍、忍、忍 (^^)
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音楽人類学的回想録「2020年からの警鐘」

2017-01-13 07:36:52 | Weblog
今年1月9日の日経新聞に懐かしい文字を発見、
懐かしいなどと表現すると、なんだかやんわりとしたあったかい感じがするが、実は真逆だ。
今、再認識しても戦慄、恐怖感すら覚える。。。

「2020年からの警鐘」は、1997年元旦に発行された日経新聞1面のトップ記事だった。
当時は、上場企業の製造メーカーに勤め晩年は長きにわたって労働組織の執行部をやらせて頂いてた。(こんな俺が^^;)
記憶があいまいだが、この頃は事務局長か執行委員長のどちらかだったかと思う。(こんな俺が^^;)

データや情報収集のため様々な書物、資料、あるいは作業部会、研修、講演会に出向いたりしたがそんな中、日経新聞は貴重な情報源のひとつだった。
正月早々、ショッキングな記事に、クリビツしながら読みいった記憶が蘇る。。。

上述の記事は、97年から想像した2020年においてその先の未来である2025年以降を見据えたメッセージというものだった。

-改革をしなければ国の老いが進行し少子高齢化で人口が減り、2020年を生きる次の世代は大変なことになる-
私達、日本国民としては見たくない現実があからさまに表現してあった。

団塊の世代がすべて75歳を超えるのが2025年、2025年~2040年ごろが社会保障費の極大化ピークと予測されている。
が、これらマクロ現象に対する中長期的展望がみえていない現実が今ある、と本年の紙面にも書かれている。

実質労働人口、経済人口が減り社会保障費が増大するのは見えている。

働き方改革は、他人事ではないなとほんまに思う。
元気で能力をもつ人は、限界を感じられるまではバリバリ現役として働いたほうがいいね。
特に、地方はメタメタになると、これまた予測だが言われている。

生産性というか「付加価値生産性(懐かしい言葉だ)の向上」が全体的にもそうだが、地方では強く重要だと思う。

ここ熊本は、昨年の震災もありプラスアルファの努力が必要だ。

2025年からの15年間、
自分は生き延びることができるだろうか??

そこを見据え、自身の付加価値生産性を上げなきゃいかんばい(^^;)

つくづくそう思った、今年の年始でした(^^;)
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