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50歳を迎える

2017-03-29 07:51:25 | Weblog
なんとか無事に50歳を迎えることができました。
周りにいる全ての人に感謝してもしつくせない。半世紀も生きさせて頂いたのです。


今になって、「論語」を読んでいます。

子曰、
吾十有五而志乎學、
三十而立、  
四十而不惑、
五十而知天命、
六十而耳順、
七十而従心所欲、不踰矩

↓↓↓

吾れ十有五にして学に志ざす
三十にして立つ
四十にして惑わず
五十にして天命を知る
六十にして耳に順 したがう
七十にして心の欲するところに従えども、矩わくを踰こえず

なんでいまごろ論語??

先日、母のいる実家へ行ったらこの論語が小さな額縁に入れておいてあったので読んだところ、
なんだか考えさせられるきっかけとなったのです。

50歳というのは大きな節目かな


たまたまネットで某お方のコメントを発見、大変なマナー違反ですがあえて勝手に紹介させていただきます、、、

「さて、~~50にして天命を知る~~とは...50歳で自分の真の使命を悟る。こう考えている人が多いのではないかと思いますが、孔子の時代、50歳といえばもう老境の時代、それ故、天命を知るとは今までの生き方で、既に己の限界を知り、あきらめよ、ということだと思うのです。
そして、60歳では周りの人の言うことに素直に従い、70歳になると思いのままに従っても道理を外すことがなくなる。
 ここで、50歳までの生き方と、それ以降の生き方が本質的に異なっていることに気づきます。今の人生の高齢化が進む日本では、50歳以降のライフスタイルについて本気で考えるべきかなと思います。それも50歳になってからではもう遅い?(以降、省略)」

なるほどなと思いました。
限界を知る、
ある意味大切なことだと思います。まだまだ、これからも前向きに建設的な考えをもって生きっていこうと思いますが「限界を知る」というロジックを持つことは大変な意義があると考えます。
限界を知った上で、じゃあ、その限界の中で最大限のものをいかに引き出すか?あるいは後世へ残していくか?
これってとても大切なことで、これが人生の役割なのではないかと考えます。

これからも、周りの人々、
過去お世話になった人々、あるいは大自然、環境に感謝し恩返しをしていく人生を歩んでいきたいと思います。

感謝
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フェイスブックから退場

2017-03-28 07:55:36 | Weblog
誠に私信ですが、
本日、フェイスブックのアカウントを削除致しました。

これといって理由はありませんが、あんまり上手に使えないので在席する必要もなかろうとの判断を”知命イブ”に致しました。(^^;)

今後も、命ある限りふつうに生きていきます。
むしろ、もっともっと色々と、周りの方々へ恩返しをしていかねばならないと、実現性の度合はさておき考えているところでございます。

どうぞ今後とも宜しくお願い申し上げます。m(__)m

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庶民派昆虫学的音楽人類学的回想録「観察」

2017-03-26 08:02:27 | Weblog
東京に居た頃の、お二人目の師匠といえばジャズギタリストのTonyだ。

Tonyとは米軍横田基地がある東京福生市のジャズ喫茶で偶然お会いし、その夜の人生初セッションをきっかけに一緒に音楽活動をさせて頂くこととなり、そして沢山のことを学ばせて頂いた。

そのTonyだが、

今、クワガタやカブトムシの飼育にハマってるとのこと(^^)
当時は、そんな様子は一切なかったが(^^)
面白いもんです(^^)

そして、そのTonyのFB上の画像をご本人様了承の上で頂戴した。

体長80mmを超えるオオクワガタ、
シロップの壺に顔を突っ込んで一昼夜を超えるらしい(^^)

心配になってつっついてみたら動いたので窒息死はしてないことが確認でき一安心されたそうな(^^)

Tony師匠、大丈夫です、
昆虫はお腹の橫に並ぶ気門という器官をつかって呼吸を行います。(^^)
人間や動物みたいに口の近くに鼻があるわけではないので、心配無用です。

しっかし、
よほど、美味しいんだろうな(^^)
このシロップ。

私、何度か森のなかのクヌギの樹液をカブトムシやクワガタ、カナブンの真似をして舐めてみたことがある。
けれど、美味しくなかった(^^;)
なんとなく酸っぱくて、それ以前に樹木臭くて、ちょっと私の食事メニューには加えられないなーと(^^;)

しかし、酸っぱいということは発酵しているんだろう。
ということは、栄養価が高いんだろうね。

でもまあ、この画像を眺めていると、
提灯居酒屋のカウンターで、呑み過ぎてコップ片手に眠っちまってるパラヨイのヤジオ(酔っ払いのオヤジ)みたいな印象を抱く(^^)

この地球は面白い(^^)

Tony師匠、画像ありがとうございました、
そしてまたいつの日か、一緒にバンド演らせて頂きたいと願ってます♪
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音楽人類学的回想録「バッハとバップ」

2017-03-26 07:53:09 | Weblog
バッハのフレーズを練習しているとジャズ的ニュアンスが多々登場する。

とりわけ8分音符連続のフレージングは、チャーリーパーカーを彷彿させるものがある。

逆か?
チャーリーパーカーは、バッハの曲を使ってトレーニングしただろうか?

それとも8分音符を連続的に連ねる場合の和声進行感を出そうとすると必然的にあのようなフレーズになるのだろうか
バップやモダンジャズと言われる類のフレージングには更にまた独特の音使いというか理論が展開されるが、
基本的には、バッハのフレーズとバップのフレーズには沢山の共通点、似通ったニュアンスがある。

だから、
アカペラでプレイしても、十分に音楽の進行が解る。

基礎トレーニングのメニューにスケールワークや分散和音のトレーニングをやる人は多いが、
やはり、
楽曲の進行感を醸し出すためのトレーニングも必要だ。

私は、
バッハの研究を大いに、大いに推奨します。

やはりバッハは音楽の父だ。
となると
チャーリーパーカーは音楽の兄(長兄)だね。
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グッバイ、ジョニー

2017-03-24 23:56:45 | Weblog
BS〇ジのドラマ「BARレモンハート」が大好きで、
今夜は2時間スペシャルだったのでどうしても観たかった。

再放送チックな編集による展開だったが、メインストーリーの「グッバイ、ジョニー」に涙した。

火野正平さんの演技が、心打った。
内容はここには書けないけど、ジーンと、、ウイスキーを飲みたい気分になった。

つい先日、チャックベリーさんがお亡くなりになった。
やっぱり一番の代表曲はジョニーBグッドではなかろうか?

そのジョニーとジョニ黒のジョニーが重なり、
物語ともイメージが被り、、

泣けてしまった。

さよならジョニー、さよならチャック・ベリー先生

あらためて、
僕をロックンローラーの伝道子の一人にしてくれた氏に、

合掌

礼拝

I love Rock'n Roll ♪
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音楽人類学的回想録「バッハ、インヴェンション」

2017-03-23 07:48:37 | Weblog
ヨハン・セバスチャン・バッハ、
言わずと知れた、地球人類における「音楽の父」。

最近、再びバッハのインヴェンションを引っ張り出して吹いている。
ちなみにツェルニー版だ。

自主トレ。

元々、この作品らはクラビコードというピアノの前身となる鍵盤楽器用に書かれたという説が残っている。
当時はまだピアノがなかった。
クラビコードは、音があまり大きく出ない楽器だったんだって。
そんな楽器をこよなく愛したバッハが書いた小品集。
私にとっては自主トレ本だ。

鍵盤楽器用の作品なので、管楽器~リード楽器で吹くことが難しい部分が多分にあるが、スケールワークや分散和音を通じて、
楽曲の中でのプレイ中に音程を捉えるトレーニング、
フィンガリング、タンギング、アーテイキュレーションを含むフィジカルトレーニング、
上述の楽器特性に配慮した繊細な表現力のトレーニング
などなど、
このバッハの作品からは、楽器カテゴライズを超えた、音楽ジャンルの壁を超えた、沢山のトレーニングが得られる。

数年前、バディネリに挑戦したが中途半端で終わっている。

中途半端はいかん。(^^;)

インヴェンションを全て吹きこんで、もう一度、バディネリに挑戦したい。
原キーのまま、且つ、テンポも高速で吹き倒したい。

あと数日で50の大台に載るが、還暦までにバディネリを納得いくレベルで克服し何らかの舞台でこれを演りたい。

ヨハン・セバスチャン・バッハ、
地球人類が産んだ偉大なる音楽の父、
せっかく人間に生まれてきたのだから、この大先生から沢山のことを学びたい。
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音楽人類学的回想録「哀悼の意 チャック・ベリー様」

2017-03-22 07:12:01 | Weblog
19日だったでしょうか、チャック・ベリー先生がご逝去。

ロックンロール、R&Bの帝王といっても過言じゃない。

生まれて初めてこの方の音楽に触れたのは小学5年の頃だったと思う。
当時の悪友(^^)から紹介してもらったCoolsというバンドのレコードで「東京直撃」というライブ盤を聴いたがその中に「ジョニーBグッド」というのがあった。それが最初だ。

ジェームズさんの「シャナナ、シャナナナナナナナ、チャララララララ~」というロックンロールの典型ともいうべきフレーズから始まるあの曲だ。
ちなみに私の中でのロックンロールの定義は、
「箱ギターがシャナナ、シャナナ~と鳴ること」
だ。

このシャナナ~フレーズも、ひょっとしたらチャック・ベリー先生が開発・布教されたのではなかろうかとも思う。

とにもかくにも、その初ジョニーBグッド以来、私は自称ロックンローラーだ。(^^)
今では、JAZZやクラシックが大好きだし専門分野だと勝手に自負しているが、ルーツはロカビリー&ロックンロールなのだ。

チャック・ベリー先生のロックンロールはどちらかというと4ビート系ロックンロール(アメリカンロックンロール)だと思う。
上述のジョニーBグッドもオリジナルは、やはりシャッフルしているしチャックベリー先生のギターもやはりシャッフル気味だ。
他にもオールモストグロウンなんかも、やっぱりシャッフルし若干スイングしている。
やっぱりR&Bがルーツなんだろうな。

この大先生を色んなミュージシャンが崇拝し、この方の曲を様々カバーしてきた。そんな中でストーンズやビートルズがバリバリのブリティッシュロックンロールの8ビートでプレイしたりなんかしたので今日では、ゴリゴリ8ビートが一般的だと思われる。

*************
キャロルのラストLIVE、1975年の解散ライブの場にロッケンロー内田裕也大先生がねぎらいと応援に駆け付けた。
内田裕也先生のご挨拶の後、そのまま曲紹介をなされジョニーBグッドCAROLヴァージョンが始まる。
やはり、ビートルズの影響を強く受けているCAROLなのでバリバリの8ビートロックンロールだったが、
このときのエーちゃんこと矢沢永吉さんのベースラインがカッコいい。
だいたい普通は階名でいうと、
「ドドミミソソララソソララソソミミ」とか、
「ドドミミソソララシ♭シ♭ララソソミミ」などのリフを弾くのが通常のパターンだが、
エーちゃんは8分音符には変わりないが単音ベースなんだよね、で、時折マイナーペンタトニック(ブルーノート)上の構成音をシンコペで投入したりなど、ちょっと変わってるのだ。
エーちゃんは歌いながらのプレイなので、元々あまり複雑なベースリフは弾かないが、かえってそれが斬新でインパクトがありカッコいいのだ!
ちなみに、他の曲スローダウンなどのゴリゴリロックンロールナンバーでもやはり同じようなベースリフをプレイなさってた。
個性的でカッコいい。さすが、エーちゃんだ。

*************
てな感じで、チャックベリーとロッケンローを語り出すと、キリがない(^^)
チャック・ベリー先生がご逝去された日から初七日のうちは、毎晩寝るときに映画「アメリカングラフティ」のサントラ盤をタイマーかけて聴きながら眠っている。
このレコードの中にチャック・ベリー先生のオリジナルのジョニーBグッドも収録されてるからだ。
私なりの哀悼の意をあの大先生に、天国にいっちまったチャック・ベリーさんに届けたい。

幼稚園の頃からいじめられっ子人生だった僕を、早熟の不良少年に変え、社会に対し迷惑もかけたが逆に痛い思いも沢山させて頂き、他人様に痛い思いをさせちゃいけないってことを教えてくれたロックンロール。
(こう書くとロッケンローが不良の要素のように聞こえるかもしれませんが、決して全てそういうことではありません。誤解与えたら素直に謝ります)

そんなロックンロールのDNAの一部をくれたチャック・ベリー大先生に、
心より哀悼の意を捧げます。


合掌
シェケナベイベ、
ロッケンロー

合掌、 礼拝
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Happy Wedding♪

2017-03-18 19:45:17 | Weblog
ビッグバンド「Saturday Night Melodies」の息子・娘が結婚しました。(^^)

新郎あられことアキラ氏と新婦キスカナことカナコ氏、二人ともボントロプレイヤーだ。
他にも共通点がある。
二人とも可愛らしい顔立ち、
二人とも介護士、
他諸々


40年近くバンド活動に参画していると、大体のところバンド内恋愛の成立がなんとなくわかるもんだ。
我がバンドには新婦のほうが新郎より後に参加した。
その当時から野生の勘がピーンときてた(^^)
「この子ら、つきあうかも」
そうして、いよいよ良き日をお迎えになりました。良かった良かった。

先月のsho_maaのブライダルでもサプライズを敢行したが、
今回も、新郎の強い想いでサプライズを企画。

新婦は才能家。ご両親への感謝の想いを作詞作曲していた。
それに新郎がコード付け編曲。

この作品を新婦に極秘でビッグバンドアレンジし極秘で準備をした。

披露宴中、突然、新郎がカウントを出しこの曲がスタート、驚く新婦を横目に新郎がメロデイを奏でた。
トロンボーンをプレイする新郎の横で、ハンカチで涙を拭く新婦の姿をみて、
「ああ、この子らと一緒にプレイできてよかった。」
としみじみ思い、こちらも感謝(^^)
おじさんは、先月のsho_maaのときに続き、二か月連続のもらい泣きだ(^^)

本当にHappyなひとときを過ごさせていただきました♪

この二人が結婚し、メンバーのほとんどの子たちが嫁ぎ、また嫁をもらった。
(まだ少し残ってるけど)

ひと段落、
ほっと一安心(^^)
みんな幸せな家庭を築いてって欲しいと強く願います。

素晴らしい仲間が集まったもんだ
本当に良い音楽人たちと一緒に音楽ができて良かった
リハのときなど、理不尽で厳しいことばかり要求したにも関わらず、よく一緒に歩んできてくれたと思うと涙が出てくる。

この仲間たちに、本当に心から感謝します

またいつか、一緒にプレイできることを願いつつ
本日、めでたく夫婦となったアラレとキスカナを心より祝福いたします。

おめでとう!アラレ、キスカナ!! (^^)
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音楽人類学的回想録「こむらがえり」

2017-03-17 07:24:48 | Weblog
確か熊本では「からすまがり」とか表現したりするんではなかろうか?

こむらがえりと手首の軽腱鞘炎に襲われる。。。

原因は、「緊張」だ。

なんで??

久々に、
というかこのお方の合奏リハーサルは意外と「初めて」かも知れん。
母校県立熊本工業高校吹奏楽部のS57年卒のT山大先輩のトレーニングだ。
入学当時、つまり1年生のときは3年生の先輩方は神々だった。S58卒のM山先輩は恐怖の音楽神の頂点だった。

そして、既にご卒業なさったOBOGが時折、週末に学校に練習に来られていたがそんな中にT山先輩もいらした。
学校在席期間が被ってない先輩方というのは、これまた恐れ多くて近づけない存在だったが当時様々な恐怖伝説が伝わってたので本当に近づけなかった。
そんな方が、今は母校卒業生で構成する吹奏楽団の団長をなさっている。
普段トレーナーをなさっているM山先輩がお休みだった関係で、T山先輩がトレーナーをなさったがこれが「緊張の原因」だ。

やっぱり何年経っても、尊敬し且つ恐怖の神々の合奏リハは緊張するし気合いが入るのだ。
背筋がピーンと伸びるし、一言一言発せられる指導のお言葉に全力で耳を傾ける。
指導者には当然それぞれに個性がある。
この先輩の指導内容は、とてもメカニカルだった。
メンフに指示してあることに忠実にプレイするトレーニング。
私なんか、普段かなりいい加減にプレイしているので、一言一言がズサッと心臓に突き刺さる。
そして、非常に有効だった。(^^)

何のアクテイビテイにせよ、指導者からアドバイスを受ける際はその受け入れる心意気が大切だ。
そして姿勢。
とりわけ我々管楽器部隊は、姿勢が悪いと良い音がでない。
もうだいぶ前だが、JAZZサックスプレイヤーの佐藤達哉師匠にレッスンを頂いた際、開口一番
「ジョシュア、おまえ、姿勢悪いよ」
だった。

背筋をピーンと伸ばし腹筋や横隔膜が有効に活動できる可動域を確保する。
気道や喉、口腔をリラックスさせ柔軟性を高める。
良い息を吹き込めないと、どんなに良い楽器を持っていても鳴らせない。

さて、
そんな心境の中、気が付くとリハ終了後ドップリと疲れていて、
眠ったら、右手親指の付け根から手首にかけての筋の痛み(サックスのサムフック痛)に襲われ、
かなり緊張してたんだろう、両足のコムラガエリに30分以上襲われた(^^;)

しかし、痛いながらも心地よい痛みだった。それだけ緊張感をもってリハに臨んだことの証と自負する。

久々に母校卒業生吹奏楽団に復帰させて頂いてるが、H原先輩、T山先輩、M山先輩らのご指導から200%を学び、吸収するつもりでリハに臨むぞ♪

若き後輩たちにも、そんな姿勢でリハに臨んでもらいたいと老婆心ながら思う
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庶民派昆虫学的回想録「夙忍法」

2017-03-15 07:17:27 | Weblog
忍者は無論昆虫ではない。
しかし、たとえば山田風太郎先生の忍者小説など読んでいると、昆虫のような能力をもつ忍者が登場し、大の忍者ファンである私を荒唐無稽な世界に招待してくれる。
かなり現実逃避できて楽しい世界に魅せられる。

さて、
昨年の護国神社の式典にて奉納技披露で「居合斬り」を生で拝見させて頂いて以来、また同じくその日の奉納演奏にて抜刀隊行進曲を演奏させて頂いて以来、


異常に、

「抜刀」


という言葉に魅せられるようになった。
私は剣の世界はまったく知らない。
時代劇は大好きだけど。


こんな夢を昔からよく見る。

すれ違い様に横腹のあたりを日本刀でバサッと斬られ、その斬られた箇所から私の内臓が沢山の血液と一緒にアスファルトにごぼっとこぼれ落ちる夢。
おそらく、二十歳くらいの頃から。
あまりにも夢に見るものだから、普段、道を歩いているときも何となくそんなシーンを空想してしまう。
もちろん、そんな現実はありえないし、なり得ない(^^)

この夢と空想の背景にあるのは白土三平先生の「カムイ外伝」だ。
東京の会社勤め時代の寮生活時代、同部屋の先輩がこの漫画本を持ってらして読みあさった。
元々忍者ファンだから、どっぷりと読み入った。

ご存知の方はすでにピンとこられてると察するが、主人公カムイの必殺忍法「変移抜刀霞斬り」がこの私の夢と空想の根源だ。
と、思う。
原作のイメージを破壊しちゃいけないので、詳しくは紹介しないが、この変移抜刀霞斬りで私の横腹は斬られるんだろう。


昔々、日本もひどい差別社会があったようで、小学校の頃の社会の教科書にも載ってたが「士・農・工・商・穢多・非人」というカテゴライズがなされた時代があったそうな。
非人なんてひどいね。同じ人間なのに。。。


その非人の部落で生まれた忍者カムイの必殺技のひとつで、漫画本の中のその絵の描写がとても刺激的で今でも頭から離れない。
もし、私が戦国時代に生きていて、もし私が忍者だったら、
どうせ殺害されるのなら、この変移抜刀霞斬りで処理されたいという、とんでもないそれこそ荒唐無稽で現実逃避も甚だしい妄想がどこかに埋め込まれてるんだろうね。

バカげた妄想だけど、いろんなテーマに関し、私の小さな思考回路をフル回転させるのは自分としては脳の活性化につながっているものと信じている。

しかし、
同じカムイの夙忍法でも「飯綱落とし」はお見舞いされたくない。
だって痛そうだ(^^;)
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