いーちんたん

北京ときどき歴史随筆  翻訳者・東 紫苑(あずま しおん)のブログ

和[王申]少年物語29、旗人社会の学校給食事情

2016年12月19日 07時26分17秒 | 和珅少年物語
話が雍正帝の教育改革に逸れてしまった。

再び八旗の学校生活に話を戻したい。
学校給食についてである。


前述の記事を見ると、学校に厨房が設置される指示がある。
つまりは昼食は給食が出たらしい。

中国では決して冷めた食事はしないと現代でもよく言われる。
このためこの時代もお弁当の習慣はなかったのだろうか、とも思ったが、そうとも限らないらしい。

兄弟校である景山官学では、康煕三十八年(一六九九)には

「官飯を停止する。毎月一人当たり公費銭千文を支給する」

と決議されている。

銭は銅銭、相場によって変動するが、銅銭千文でほぼ銀一両なので、
咸安宮官学よりやや少ないことになる。

そこはやはり、優秀な学生だけを選抜した咸安宮が格下の景山官学と同額ではけじめがつかないというものだろう。

ところが雍正元年(一七二三)には再び官飯を復活させている。

どうやら弁当と給食のこだわりは、あまりなかったらしい。

このほかにもさまざまな支給品があった。

 勉強に必要な本、筆、墨、紙、弓矢、食器、騎射の馬、座布団、オンドル用の薪、
 手を温めるための炭などは、担当者が計算し、受け取るように。

勉強に必要な一切は、困らないように支給されたからこそ、
和珅兄弟のように、継母に学費をねだれる立場になくても、自立してやっていくことができたのかと思われる。




北京動物園の中にある清の農事試験場跡。



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