いーちんたん

北京ときどき歴史随筆  翻訳者・東 紫苑(あずま しおん)のブログ

『紫禁城の月』と陳廷敬17、李光地の病が湯治で完治

2016年11月08日 00時03分25秒 | 『紫禁城の月』と陳廷敬

康熙帝にしてみれば、
漢人官僚たちにわが民族の優れた伝統を誇りたいという気持ちも強くあったにちがいない。

李光地がその効果を認めてくれたことを内心、してやったり、とにんまりしていたのか、と想像する。


「三七」の治療が終わると、康熙帝は今度は李光地のために「旱忌」を指示した。
つまり湯治をやめてお湯に触らないことをいう。

「三九」、即ち二十七日連続で湯に入れば、「旱忌」も同じだけの長さ二十七日とする決まりだった。
その後、病情の良し悪しを見て湯治を続けるか決めていく。

「旱忌」期間中も特に風邪に注意しなければ、治療効果はない。


康熙帝は李光地に湯治治療を賜うと同時に、「海水泡洗」(海水入浴)とも併行させた。
康熙五十(一七一一)年九月、海水を巨大な甕二つ分賜ったのである。

さらに具体的な入浴方法を教えた。
海水を六等分し、毎日教えた方法通り二回入浴せよ、と。

内陸の北京までわざわざ海水を運んできて、家で温めてその中に体を浸せ、ということだ。
海水のミネラルと湯の温度が治療に効果的という原理だろうか。


その後、康熙帝はさらに巨大な甕二つ分の海水を送り届けさせ、引き続き教えた方法通りに入浴を続けるよう命じた。
このほか食事の指導もした。

入浴後は食事の量を増やし、肉も取るように、牛、羊、鶏、魚等も拘りなく摂りなさい、たくさん食べれば食べるほどよいと教えた。


--日常的に湯に浸かる習慣のない人が急に長時間湯に浸かると、
思いのほか体力を消耗するから、滋養をつけろという意味なのだろう。

康熙帝は追加でキジ、野鴨も各五羽ずつ下賜した。


『湯座り』を続け、さらに海水による入浴でも補い、食事と生活習慣にも気をつけた結果、
画期的な効果を発揮、李光地のすべての出来物が黄色くなってかさぶたとなり、数日後には次々に剥離していった。

大いに感心した李光地はこう奏上した。

「陛下から海水を賜って入浴を続け、『湯座り』と食事・生活習慣療法を続けた結果、
 おかげさまで無事に『三七』満期を迎えました。

 臣の病は約五、六分以上が去りました。
 これもすべて天のご加護、聖恩のおかげ、言葉で表すことのできないほど感謝しております。
 もう少し入浴を続ければ、完治するかと存じます」

康熙帝の至れり尽くせりの世話のおかげもあり、八ヶ月の治療を経て漢人大学士李光地の瘡毒はついに完治した。


康熙五十(一七一一)年十二月二日、康熙帝は暢春園で李光地を謁見し、自ら出来物の患部を観察した。
 
治療の成果を確かめると大いに喜び、さらに野鹿等の滋養強壮の品と海水をたっぷりと下賜、
今後も充分に精をつけるように、再発させず効果を固めるよう励ました。


李光地は感激、感動、感謝の嵐の中でひっきりなしに叩頭を続け、天子のご恩に感謝を続けた。

……という微笑ましい逸話がある。




皇城相府


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