花紅柳緑~院長のブログ

京都府京田辺市、谷村医院の院長です。 日常診療を通じて感じたこと、四季折々の健康情報、趣味の活動を御報告いたします。

空蝉│大暑に源氏物語を読む

2017-08-05 | アート・文化


「寝られたまはぬままに、「我はかく人に憎まれても習はぬを、今宵なむ初めてうしと夜を思ひ知りぬれば、恥づかしくてながらふまじくこそ思ひなりぬれ」などのたまへば」
(お寝みになれぬままに、「わたしは、こうも人に憎まれたことはこれまでもなかったのに、今夜といういう今夜は、はじめて人の世がままならぬものと身にしみて分ったから、恥ずかしくて、もうこのまま生きてはおられそうもない気がする」などとおっしゃるので)
(新編日本古典文学全集20『源氏物語』一 空蝉, p117, 小学館, 1995)

生薬「蝉退(せんたい)」に関連して、蝉が脱ぎ棄てた抜け殻を意味する「空蝉」は夏の季語である。冒頭は『源氏物語』《空蝉》の帖での光源氏の独白である。地下(じげ)の悪風(あくふう)から隔絶され純粋培養された貴顕の御曹司が遭遇したコンタミ(contamination)とはかくの如きものか。この後二人は《関屋》で再会する。尼姿となった空蝉は、常陸の宮の御方(末摘花)とともに最後に二条東院(にじょうひがしのいん)に迎えられる。ともにさるべき筋ながら後見を失い、寄る辺なき身に堕ちたのを光源氏に拾われたのである。女ばかり身をもてなすさまも所狭う、あはれなるべきものはなし。命綱となる太い臍の緒を持たず、また幾重にも張り巡らされたセーフティネットもなければ、時世に移ろい落ちこぼれ行く果ては底知れずの奈落である。

「常に、をりをり重ねて心まどはし玉菱世の報いなどを、仏にかしこまりきこゆるこそ苦しけれ。思ひしるや。かくいと素直にしもあらぬものをを思ひあはせたまふこともあらじやはと思ふ」
(昔、幾度となくわたしに恨めしい思いをおさせになったころの報いなどを、いつも仏様におわび申しておられるのがいたわしいことです。よくお分かりですか。男というものがこのわたしのようにまったく素直なものとは限らないのに、と思い合わせになることもなくはあるまいと思います。)
(新編日本古典文学全集22『源氏物語』三 初音, p156-157, 小学館, 1996)

こちらは《初音》において、二条東院の末摘花の所に続いて空蝉を訪れた光源氏が語りかけた言葉である。光源氏にとり彼女等はもとより重く扱う必要のないthird classの女達である。《帚木》の「雨夜の品定め」に見る如く、光源氏にどのように遇されるかは、まずは女が属する階層や家格の“品(しな)”に応じた取説で決まる。薫の君が《夢浮橋》で、浮舟が自分にとってその様な位置づけであるとさらりと述べた言葉、「もとよりわざと思ひしことにもはべらず」と似通う。建前上は身分制度がない現代人の感覚で違和感を抱こうとも、これが光源氏や薫の君等が共有する社会的性格であり、自然な発想と行動なのだろう。

光源氏をあやつる紫式部の冷徹な描写は容赦がない。もとの品たかく生れながら今や身は沈み、生来色々な意味で残念な前者には、侮蔑とも憐憫ともつかぬ眼が注がれる。そして後者に対しては、なお心ばせありと一目は置きながらも、あの時「脱ぎすべしたると見ゆる薄衣」をつかませた顛末の負い目を一方的に担わせたまま、‘他人同然の関係’となれば捨て置くのが普通であって自分のようにその後も女を庇護することはないと言い渡す。わざとがましく言わずもがなの台詞である。
 「つれなき人の御心をば、何とか見たてまつりとがめん。そのほかの心もとなくさびしきこと、はた、なければ」(君のお情けは薄くともそのほかに不安で心細いことは何もないのだから)と思へとや。御蔭に隠れてかばかりの御心にかかりて年経るしかすべのない女達を、そして光源氏をも、紫式部はあたかも実験対象を観察するが如き眼で描き切っている。


京都・松栄堂製「源氏香之図」
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