ポケットに映画を入れて

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ルネ・クレール・5〜『自由を我等に』

2017年10月17日 | 戦前・戦中映画(外国)
『自由を我等に』(ルネ・クレール監督、1931年)を再度観た。

刑務所からの脱獄を企てていたルイとエミールは、ルイだけが運よく逃げおおせた。
その後ルイは、露店のレコード売りから始まり、ビル内でのレコード・蓄音機の店主、そして今では、蓄音機製造の大会社社長となっている。

一方、漸くのこと、刑期を終えたエミールが野原で自由を謳歌していると、“働くことは義務であり、働くことで自由が手に入る。遊んでいてはいかん”と、
また留置場に放り込まれてしまった。

悲観したエミールは、外からの美しい歌声を聴いてから首を吊ろうと、窓格子に縄を結んだ。
が、格子がはずれてしまい、エミールは脱出する。
逃亡した先の通りの家に、あの魅せられた声の若い娘ジャンヌがいて・・・

歌ありドタバタありの、社会風刺コメディ。

ジャンヌにひと目惚れしたエミールが、求職の列に潜り込んで行った所が、なんと、ルイの蓄音機製造会社。
その工場内で、エミールとルイが再会。
地位を築いたルイはエミールがたかるのを警戒するが、所詮は、刑務所の大の友達同士。

社長のルイがエミールの恋に一役買い、相手のジャンヌも愛想よくしてくれるが、彼女には恋人がいてその気じゃない。
そこが何とも言えないほど、可笑しい。

そんなドタバタでありながら、この作品の風刺は鋭い。
工場内は、ベルトコンベヤ・システムによるオートメーション化。
もたもたしていると、単純な作業なのにベルトが進んで行ってしまう。

観るとわかるように、この辺りはチャップリンの『モダン・タイムス』を連想する。
ただし、『モダン・タイムス』は1936年の作品であり、チャップリンがルネ・クレールの作品をパクったと非難されても、それはしょうがない。
だから当時、製作会社はチャップリンを告訴。
しかし、ルネ・クレールが「尊敬するチャップリンに、私のアイデアを使用されることは誠に光栄です」とコメントし、チャップリンが勝訴したという。

優れた芸術家が、優れた芸術家の作品からヒントを得る。
その結果、偉大な作品が生まれる、それの典型的な例がここにあると思う。

人間性疎外を笑いの中で痛烈に批判し、そして、ラストに至って、おおらかな人間性謳歌をするこの映画は、文句なしの第一級の作品であると思う。
それが証拠に、キネマ旬報の外国映画ベストテンでも当時の第一位となっている。
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