紘一郎雑記帳

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安倍晋三・元総理 講演録 素晴しい日本人 紘一郎雑記帳

2010-11-06 05:23:47 | Weblog

【安倍晋三元総理 講演会より】

”素晴しい日本人の話”

私の父故晋太郎と二代で親しくしてきた日系2世の米国人に、
ジョージ・リョーイチ・アリヨシという人がいます。

そう、1974年から1986年にかけて米ハワイ州知事を務めた人物です。

来日中の第3代ハワイ州知事・ジョージ・良一・有吉氏との会食の席で、
氏から直接聞いた話を披露致します。

終戦直後に出会った靴磨きの少年をが見せた日本人の心が
「自分にも同じ日本人の血が流れていることを誇りに思った」と今も、
彼の胸に刻まれているそうです。

ジョージ・良一・有吉氏とは、ハワイ州下院議員、
上院議員を経て、1974年から1986年にかけて
第3代ハワイ州知事を務めました。

日系アメリカ人として、またアジア系アメリカ人として
初めて州知事となった人物であります。

現在では、ハワイ州民主党の長老の1人とされている。

1946年(昭和21年)当時、連合国軍総司令部(GHQ)の
通訳として東京・丸ノ内で働いていた20歳のアリヨシ氏は内心、
葛藤を抱えていたそうです。

自分は米国人であるという自覚は持ちながらも、
同時に、敗戦で焼け野原となった父祖の地で働くことに
すっきりしない感情を覚えていたのです。

そして、それは自身へのコンプレックスとなり、
白人の上司・同僚たちとすれ違うときは
つい伏せ目がちになってしまったといいます。

そんなときに、アリヨシ氏は靴磨きの少年と知り合い、仲良くなります。

まだ7歳だという少年は身なりはボロボロで汚かったそうですが、
この少年は貧しくともいつも背筋を伸ばして礼儀正しく、
しっかりと受け答えをしていたが、空腹の様子は隠しようがなかった。

アリヨシ氏はある日、
その少年にちょっとしたプレゼントを贈ろうと考えました。

アリヨシ氏はGHQが接収していたビルの食堂で、
パン2枚にバターとジャムを塗った
サンドイッチをつくってもらいました。

そして、靴磨きの少年に「お腹かがすいているんだろう。
お食べなさい」と渡しました。

すると少年は、丁寧におじぎをして礼を述べましたが、
サンドイッチは袋で包んで道具箱にしまい、
食べようとしません。

そこでアリヨシ氏が
「遠慮しなくていいんだよ。いま食べたらどうだい」と
言ったところ、少年はこう答えたといいます。

少年は「有り難うございます」と言い、包みを箱に入れた。

彼は少年に、何故箱にしまったのか、お腹はすいていないのかと尋ねた。

少年は「お腹はすいています」といい、
でも、「3歳の妹マリコが家で待ってます」と言いました

僕には家族は妹しかいません、家で妹と一緒に食べようと思います。
ありがとうございました」と礼儀正しくお辞儀をしたそうであります。

「この7歳のお腹をすかせた少年が、3歳の妹のマリコと
わずか一片のパンを分かち合おうとしたことに感動したそうです。

彼はこの後も、ハワイ出身の仲間とともに少年を手助けしましたが
しかし日本には2ヶ月しかいなかった。

これを聞いた若き日のアリヨシ氏は衝撃を受けました。

おそらく戦災孤児である幼い兄妹が助け合い、
しかも正々堂々と誇りを持って生きている。

それまで自分がアジア系であること、
日系であることにコンプレックスを感じていたのが、
自分はこんなに立派な日本人の血を引いているのだと
心底誇りに思えるようになり、白人の上司や同僚にも
全く引け目を感じることがなくなったというのです。

そしてそのときの体験、得た自信が、
後のアリヨシ州知事をつくったのでした。

後に再来日した際にアリヨシ氏は、この少年と妹のマリコさんを
ずいぶん探したそうですが、見つけることはできなかったようです。

ジョージ・有吉氏は、1944年にマッキンリー高校を卒業後、
アメリカ陸軍に入隊、情報部語学学校に入校、1945年秋に、
初めて東京の土を踏んだ。そして、廃墟となった東京でGHQの
通訳として勤務していた時、丸の内の旧郵船ビルを兵舎にしていた
彼が最初に会った日本人は、そこで、靴を磨いてくれた7歳の少年だった。

再入隊せず、本国で法律を学ぶ事を選んだからだ。
その後、ハワイ州下院議員、上院議員を経て、1974年、
日系人として初めてハワイ州知事に就任したのだ。

興廃した国家を経済大国に変えた日本を考える度に、
あの少年の気概と心情を思い出す。

それは『国の為に』と言う日本国民の精神と犠牲を象徴する物だ、
きっと日本は復興する。」と思ったそうです。

【安倍晋三氏、講演より】

紘一郎雑記帳

その「靴磨きの少年」も、今年で「71歳」で、
妹のマリコさんは「67歳」になっていて、
素晴しい人生を歩まれている事でしょう!

明日は「龍馬とお龍さん」第4部を投稿いたします。




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