雀の暖かさを握る はなしてやる
1 ミラノ
石と霧のあいだで、ぼくは
休暇を楽しむ。大聖堂の
広場に来てほっとする。星の
かわりに
夜ごと、ことばに灯がともる。
生きることほど、
人生の疲れを癒してくれるものは、ない。
2 トリノ
帰っていこう、なつかしい山々がつくる
輪のなかに、ラッパの響きみたいに、遠くへ
つづく街路に。そして、ふしぎな沈黙に包まれた、
友人たちよ、集まりの場に、さっと逃げこもう。
それよりも、兵士サラマーノを探そう、
だれよりも、重いことばの、だれよりも
しっかりと勤める、きみの長所をみなもっている彼を。
彼の年老いていく工場をぼくは探そう。
3 フィレンツェ
詩人のモンターレを抱擁するために
ーー際限ない彼の悲しみーーぼくは、かつて
愛した都にいる。あのころのぼくの痛みは、
踏みつける石のひとつひとつが足のしたで
ぼくの心臓みたいだった。
でも、悔みはしない。いま生まれているのは、
ーー違った星座ーー違った時代だから。
須賀敦子 訳
石と霧のあいだで、ぼくは
休暇を楽しむ。大聖堂の
広場に来てほっとする。星の
かわりに
夜ごと、ことばに灯がともる。
生きることほど、
人生の疲れを癒してくれるものは、ない。
2 トリノ
帰っていこう、なつかしい山々がつくる
輪のなかに、ラッパの響きみたいに、遠くへ
つづく街路に。そして、ふしぎな沈黙に包まれた、
友人たちよ、集まりの場に、さっと逃げこもう。
それよりも、兵士サラマーノを探そう、
だれよりも、重いことばの、だれよりも
しっかりと勤める、きみの長所をみなもっている彼を。
彼の年老いていく工場をぼくは探そう。
3 フィレンツェ
詩人のモンターレを抱擁するために
ーー際限ない彼の悲しみーーぼくは、かつて
愛した都にいる。あのころのぼくの痛みは、
踏みつける石のひとつひとつが足のしたで
ぼくの心臓みたいだった。
でも、悔みはしない。いま生まれているのは、
ーー違った星座ーー違った時代だから。
須賀敦子 訳
疲れた時代の、疲れはてた心よ、
さあ 善悪正邪の編目をぬけでて ここに来ないか
この夜明けの光りのなかで ふたたび笑わないか、心よ
朝霧のなかで、また 深い息をしないか
毒舌中傷の火に焼かれて
君の希望は消え去り 愛はくずれさるとも
君の母なる故郷は若いのだ、つねに
朝霧は輝き、薄明りは銀色なのだ
心よ、ここに来ないか、
ここでは 丘に丘が重なり、神秘の愛に満ちて
陽と月と谷と森と川が互いに いつくしみあっているのだ
そして 神は彼の淋しい角笛を吹き
時代と時間は ひたすら遠く飛びゆき
ここでは 薄明りは愛よりも優しく
朝霧は 希望よりも貴重なのだ
加島祥造 訳
さあ 善悪正邪の編目をぬけでて ここに来ないか
この夜明けの光りのなかで ふたたび笑わないか、心よ
朝霧のなかで、また 深い息をしないか
毒舌中傷の火に焼かれて
君の希望は消え去り 愛はくずれさるとも
君の母なる故郷は若いのだ、つねに
朝霧は輝き、薄明りは銀色なのだ
心よ、ここに来ないか、
ここでは 丘に丘が重なり、神秘の愛に満ちて
陽と月と谷と森と川が互いに いつくしみあっているのだ
そして 神は彼の淋しい角笛を吹き
時代と時間は ひたすら遠く飛びゆき
ここでは 薄明りは愛よりも優しく
朝霧は 希望よりも貴重なのだ
加島祥造 訳