おばばの独り言 from Another World

なんかのご縁でZhangzhouへ。
そして今度はデカン高原の小都市へ。イケメンたちに日本語を教えています。

ことばが足りないので連れてきました。

2016-06-12 09:39:57 | インド
インドでは水道の水は飲めないので、別に買う。

来た当初は会社のそばの店から、2リットルのボトル、1本35ルピーを4本、計140ルピーを毎週買っていた。2本ずつを2重にした袋に入れてもらって、左右の手にぶら下げて帰るのだが、たった7,8分といっても、アパートにつく頃には、両手が痛くなる。


事情を知ったイケメン生徒の一人B君が、水販売店と契約すれば、電話一本で20リットル入りのタンクを配達してくれるという。しかもタンクひとつが30ルピーだというので、その話に飛びついた。

さて、販売店が20リットルの水と、蛇口がついた容器をもってくるという日、B君がD君を連れてやってきた。「あら、D君も来たのね。」と言うと、B君が答えた。

「ことばが足りないので連れてきました。」  ???

「僕はカンナダ語ができません。水を配達してくる若者はカンナダ語しか話さないそうです。
 先生と僕が英語と日本語で話したことを、販売店の人に伝えようとしても、伝えられないのです。だから、カンナダ語ができるD君に来てもらったのです。」

つまり、D君はインド人の間の「通訳」だったのだ。通訳は外国人どうしの間でだけ必要なのではなかった。

そういえば、
最近アーマダバード支店に転勤したT君とK君。
同じインドの都市とはいえ、言語事情はかなり違っていて、ヒンディー語地域だそうだ。事務所の中では、さすがに英語が通じて、ほかの社員たちは二人には英語を使ってくれるそうだが、一歩外へ出ると、そこはヒンディー語の世界。K君は少しヒンディー語ができるようだが、T君はまったくダメで、買い物にも不自由するという。

T君の嘆き。
「ここでは、K君は外国人、僕はエイリアンです......。」

ふたりにも「通訳」が必要か。


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毎日 トゥルゥ語と、カンナダ語と、ヒンディー語と、英語と、日本語

2016-06-04 20:50:23 | インド


私の勤めている事務所は総勢20人ぐらいだが、使われているという言葉は、トゥルゥ語、カンナダ語、ヒンディー語(ウルドゥ語)、英語、そして日本語の5つだ。悲しいかな、私はトゥルゥ語だか、カンナダ語だか、ヒンディー語だか、聞いても分からない。どれも同じに聞こえる異国の音だ。

トゥルゥ語は、この会社に入って、お互いマンガロールで育ったことがわかったというL君とN君が、二人で話すときに使う。マンガロールではこの言葉が話されているという。

カンナダ語は、ここカルナータカ州の公用語で、ここの子どもたちは学校に入ってから習うが、入る前から知っているそうだ。事務所ではほとんどの人が話せるので、これが使われていることが多いらしい。

ヒンディー語は、インドの国語で学校で教えられる。ここカルナータカ州で育った人でも、読み書きはできるらしいが、その習熟度は人によって違うようだ。D君は、自分のヒンディー語は"Not full(完璧ではない)"と言っていた。

北部から来て、ここではたったひとりのヒンディー語母語話者のB君がつぶやくのを聞いたことがある。「あの人はカルナータカ出身なのに、完璧に近い発音でヒンディー語を話す。どうしてだろう。」つまり、インド国民の多くの人がヒンディー語を話すが、母語でない人は、うまい人もいれば、そうでない人もいるということだろう。


英語は旧宗主国イギリスの言葉で、敵性語(?)のはずだが、公用語として広く使われているという。ヒンディー語を国語にすると、母語話者が有利になるというので反発が強く、英語も公用語にされたと読んだ覚えがある。ガンジーも演説するとき、ヒンディー語ではなく、英語でしたという。

かくて、インドでは北ではヒンディー語が優勢、南では英語がよく通じるそうである。よく通じるとはいっても、各人の母語によってか、彼らの話す「英語」は、始めから英語に聞こえて、わたしにもよく分かるものもあれば、最後まで英語だったと気がつかないのもある。
スペルで"R"だと必ず「ルッ」と巻き舌にする人もいて、初めは聞いていて目が(耳が?)回るようだった。"circle"を「シルクル」とか「ツィルクル」、"party"を「パルティー」とかいうのである。

またスペル通りに発音して、"ou"をすべて「オウ」と読む人も多い。"now"は「のう」、"out"は「オウト」、"noun"は「ノウン」、"allow"は「アロウ」など。

いつぞやは、授業中、夏の食べ物の話になって、「ククンバ」を食べるかと聞かれて、「ククンバ?、食べたことがない。」と答えてひどく驚かれた。「ククンバ」は"cucumber きゅうり"のことだったのだ。確かに、「ククンバ」と読めるなあ。「ああ、cucumber(キューカンバー) ね。」とつぶやいたら、一番年上のR君が聞きとがめて、持っていたスマホで調べて、私の発音の方がセイトウな英語の発音だと気がついたようだ。
それで、「先生、僕たちに、日本語だけではなく、英語の発音も教えてください。」と頼んできた。教えてあげたいけど、私は"cucumber"以外は英語の発音にはあまり自信がないのよね。

日本語は、昨年の8月に私が来てから、日本語の授業中以外でも使われ始めた。もちろん社員たちの日本語はたどたどしいカタコトだが、いったん日本語で話し始めたら、最後まで日本語で通そうとする。こういう姿勢が「話せる人」を作り上げるのだと、いつも感心している。


この5つの言葉がとびかうわが事務所だ。たとえば、L君の場合、
同郷のN君とはトゥルゥ語、
B君とT君と私を除いた他の社員とはカンナダ語、
北部出身のB君とはヒンディー語か英語、
ケララ州出身で、カンナダ語がわからなく、ヒンディー語も話さないT君とは英語、
私とは英語か日本語となる。
なぜかわからないが、支店長とは英語だそうだ。支店長はカルナータカ州出身でカンナダ語を話すのにである。
たまにやる全員参加の朝礼は、みんなの共通語の英語でやる。

たぶん、この5つの言葉が全部完璧に読み書きできるというのではないのだろう。あいさつや買い物には使える程度から、ちょっとした交渉ごとぐらいならこなせる、口でけんかしても負けない、完璧な公用文書が書けるなど、それぞれの習熟度は違っているのだろう。が、毎日、相手によって、5つぐらいの言葉を使い分けて暮らしているわがイケメン生徒たちに感心しきりの「せんせい」である。


日本語だけで誰とでも話せて、学校でも、職場でも、ご近所でも生活できる日本の状況は、母語以外の言葉の習得に脳みそを使わなくてもいいだけ有利なのか。それとも、他のことばを使う自然な機会を奪われていて、不利といえるのか。




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宛先も、宛名も、差出人の住所氏名も 英語で書くべし

2016-05-21 12:01:31 | インド
2015年6月いっぱいで中国での仕事が終わり、帰国してビザを取って、インドに赴任したのが8月だった。

中国の学生たちの中にも、特に別れがたい学生が何人かいた。その中で二人の女子学生がインドへ絵葉書を送りたいというので、インドの自宅アパートの住所と私の名前を英語書きで教えておいた。

インドに着いて2週間ぐらい経ったころか、二人のうちのひとりAさんからメールで、二人が絵葉書を出したと連絡が来た。メールできるのなら、初めから全部メールに書けば、絵葉書など送らなくてもいいのにとも言えるが、そこが彼女らのゆかしいところ、可愛いところだ。メールなんて電子的なレターではなくて、想いを込めた(?)手書きの手紙を飛行機に乗せて、敬愛する(?)老師に、届けたかったらしい。

Aさんの葉書は、メールでの連絡後一か月ぐらい経ってやっと届いた。

インドの生徒たちは、「宛て先と差出人はちゃんと英語で書いてあったのか」と聞く。「あて先の、私の住所氏名は英語書きだったが、差出人関係は中国語だった。」と答えると、「全部英語で書いてないのに届くなんて、奇跡だ。」と口々に言う。

何のことだろう。宛名、差出人などを英語で書かなければ、郵便物は届かない、そうしていないものはインド郵政当局がゴミ箱へポイということもままあるそうだ。

わたしは、日本から外国へ手紙を出すとき、宛て先については、中国なら始めに大きくChinaと赤で書き、住所氏名は漢字で書く。その国の文字が書けない場合は、英語で全部書いていた。外国から日本に出す場合は、始めにJapanと朱書きしておいて、後は日本語で宛名を書く。

差出人の自分の住所や氏名は、日本からでも、外国からでも、気分次第で、日本語を使ったり英語を使ったりしていた。それで、郵便物が届かなかったことはない。

なぜ、インドでは、「宛て先、差出人関係は全部英語でなければならない」のだろうか。



待てど暮らせど、もうひとりのBさんの絵葉書は届かない。やはり、インド郵政当局の怒りをかって、ポイされてしまったか。

あきらめていたころ、その年のクリスマスイブの日、その手紙が郵便受けの中に入っていた。投函されてから5ヶ月近く経っていた。宛名は英語、差出人は中国語で書いてあった。ふたつ目の「奇跡」だ。


その後、インドの言語事情が少しわかってきた。
私は無意識に日本や中国の事情とインドの事情が同じだと思っていた。

日本では、全国で日本語が通じる。共通語を話せば全国で話ができる。字は全国で同じものが使われている。
中国では、話し言葉は方言がたくさんあって共通語が話せない人も多く、おなじ中国語でも通じないことがあるという。だが、文字で書けば、全国で通じるようだ。

中国のテレビは、どんな番組でも画面の下に字幕が出ることが多い。いろいろな地域の放送局で、その地域の言葉を使って作った番組は、他の地域の人には通じないことがある。だが、中国語の字幕をつければ、ほぼ全国で理解してもらえるというわけだ。

こういう国では、話し言葉が理解しあえなくても、文字を使えば全国で通じる。中国あての国際郵便では、始めにChinaと書いておけば、あとは中国語で書いておけば全国どこにでも配達してもらえる。中国では、普通語(プートンホア)より先に、漢字が共通語だといえよう。

だが、インドは22だかあるという公用語は、話し言葉も、書き言葉も違っていて、話しても、書いても、通じ合わないのだという。だから、インドに入ってきた郵便物の宛名が、ある公用語で書かれていたら、他の公用語地域の人には読めないのだそうだ。だが、英語で書いてあれば、インド全国で何とか通じるのだそうだ。

「宛て先住所・氏名と、差出人住所・氏名は英語で書いてないと受け付けない」というインド郵政の規則は正当な理由があるものだった。「ひとつの国の中では、同じ文字が使われている」と、わたしは、自分の文化を基準に考えてしまっていた。





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イケメン生徒たちの リベンジ  

2016-05-15 02:30:00 | カンナダ語

最近生徒たちにカンナダ語を習い始めた。

ここカルナータカ州の公用語はカンナダ語だ。
中国にいたときには、2年もいたのに、私の中国語は「ニイハオ、シェーシェー、ツァイチェン」の段階から一歩も進歩せず、さすがの私も深く反省している。

いままで税金も払ってこなかった外国の地に住ませていただいているのだから、せめて現地語で挨拶や買い物ぐらいはできるようになるのが、礼儀というものだろう。

会社で日本語を教えている生徒は、ほとんどカンナダ語ができる。その中で、同僚の中で一番カーストが高いというK君が面倒をみてくれることになった。多分知識人階級出身のお坊ちゃま育ちなのだろう。
まず、日本語の50音図に当たる字を覚えなければということで、りんごやみかんやカキなどの、お尻が丸い果物が並んだようなカンナダ語の基本文字を学ぶことになった。

K君が、私のノートに基本の母音文字と子音文字を書いてくれる。それにカタカナで発音をつけてくれる。日本語の授業では、漢字の勉強のとき、私が「日本語の書き順・stroke order」にうるさいのにインド人の生徒たちは閉口していて、「最終的な形が正しければ、途中経過はどうでもいいのではないでしょうか」と反抗的だ。彼らは、概して、鉛筆を途中で上げるのが厭らしく、たとえば「口」という漢字はどこかの角から始めて、一筆で四角を書き上げてしまう。

K君に「書き順」を教えてくれと言っても、好きな順番で書けばいいといって取り合わない。仕方がないので、こっそりN君に頼んで、カンナダ文字の標準的な書き順を、実際に書きながら教えてもらった。日本人の私は、書きあがった形が正しいだけではなんとなく落ち着かず、書き順まで「みんなと同じ」にしたいらしいことが、この年になってわかった。

こうして、わたしの超初級カンナダ語講座が始まったばかりのところへ、なんとK君が転勤していなくなることがわかった。後任の主任教授は、頭が切れて、とても面倒見がいいL君がK君に代わって務めてくれることになった。

K君にカンナダ語50音図は一応教わっていたが、発音がよくわからない。主任教授のL君に頼んで、基本の母音と子音をボイスレコーダーに録音してもらうことになった。事務所の小部屋に二人で入って、ひととおり録音したところへ、D君が顔を出した。D君もカンナダ語が母語だ。これ幸いと、D君にも同じ音を録音してもらった。そこへ、N君もやってきて、録音してくれた。事務所の同僚たちは、私がカンナダ語を始めるというのを聞いて、どんな様子なのだろうと興味津々で、様子を見に来るのだ。

次の日本語の授業になった。生徒たちは、おもしろがって、口々に、「ホワイトボードに、自分の名前をカンナダ語で書いてください」と指示する。生徒たちにたくさんヒントをもらって、なんとか書き上げた。やれやれ.... これで、なんとか面目が保てたか。

その日本語の授業が終わったとき、私に宿題が出た。
「毎日、カンナダ語の本を5回ずつ声を出して読んでください。」
「毎日、YouTubeで見ながら、カンナダ語のアニメのシャドウイングをしてください。」

これは、日本語の授業で、私が彼らに出している宿題のカンナダ語版だ。彼らのリベンジだ。
私は、とにかく、毎日日本語を読んで、聞いて欲しいので、こういう宿題を出すが、ここぞとばかり仕返しをされた。

彼らは、小学生のころから、ことばの教育はたくさん受けてきている。家庭内で使う母語と、カルナータカ州のことばのカンナダ語は家庭で育ちながら覚えるという。それに、国のことばであるヒンディー語と共通語の英語とは、学校で教えられるそうだ。だから高等教育を受けたインド人は4つのことばを話すのはごく普通のことらしい。

だが、その彼らにしても、「シャドウイング」というのは初めての経験だったらしく、苦労していた。
ある生徒は困惑して、「聞くのと、話すのを同時にやるのですか」と聞いてきた。

私は、冷たく答えた。
「そうです。左の脳で聞いて、右の脳で話すのです。」

質問した生徒は黙ってしまった。

生徒のためと思って、”Every day, five-minute shadowing” とはっぱをかけ、授業ではひとりひとり練習の成果を発表させていたのだが、これは生徒たちにとっては大変なことだったようだ。

今やっとわかった。

この、大変な苦行を強いた「せんせい」に対して、同じ苦行をさせて反省させようというのが、彼らの魂胆らしい。

ここで負けてはオンナがすたる。ニッポンオンナの心意気を見せつけたいものだが......



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さむらいは、どこにいったらつかまえられますか。  

2016-05-14 08:32:59 | 日本語教育

2015年8月にインドの会社に日本語教師として赴任して、『みんなの日本語 初級I』の授業を始めた。
わたしは、このあたりではただ一人の日本人だ。近くに有名なヨガ村があるので、そこには日本人がいるのではないかと思うが、まだ一度も出会ったことはない。

生徒たちにとって、私は初めて直接見る日本人だ。
彼らには日本人や日本の生活についての知識はほとんどない。そこで、授業中、彼らにとっては素直な、ごく当然の質問、わたしにとってはいままで考えたこともないような、とんでもない質問をしてくる。

(1)第2回目か3回目ごろの授業のとき、「サムライは、どこにいったらつかまえられますか」と真面目に聞かれた。あまりに予想外の質問にしばし絶句。あわてて頭の中の断片知識をかき集め、さむらいの時代のこと、さむらいの時代の終わり、そして現代日本の「四民平等」の生活ぶりと、おおまかな時代の流れを英語で説明し、「さむらいは今はもういない、だから日本のどこを探しても捕まえることはできない」と言った。

生徒たちは、「そうだったのか」と残念そうだった。

(2)その後少し経って、今度は「ニンジャにはどこで会えますか」との、好奇心丸出しの質問。「ニンジャはスパイだそうですね。日本には今でもあちこちにスパイがいるのですか」と聞く。「ニンジャもさむらいの時代の話だから、今はどこに行っても、本物のニンジャには会えない。ただ、あちこちに、観光客目当ての『忍者屋敷』があるから、そこに行ったら、忍者のような人たちに会えて、修行もさせてくれるらしい」となんともおおざっぱな説明をする。

後で、忍者の戦いの道具や、修行の様子などのビデオを見せると、興味深々で楽しんでいた。

(3)これは『みんなの日本語 初級II』34課の会話をやっていたときのことだ。
お茶の先生のお太鼓帯姿を横から見た絵を目にした生徒が、「この着物の人は背中に何を持っているのですか。かばんですか」と聞く。なるほど、これはかばんに見えないこともない。かばんを、手に持たないで、背中で持つなんて、日本文化はユニークだとでも思われたか。そこで、簡単に着物の着付けを説明し、最後に1本の長い帯を巻きつけて、着物が落ちないようにするのだと、また危ない説明をすることになる。

次に日本へ帰ったときに、浴衣と帯を持って来て、クラスで誰かに着せて見せることになった。だが、このクラスには男性しかいない。年取ったりとはいえ、一応はオンナの私が、インドの若いイケメンの体に触りながら、浴衣を着せ、帯を文庫結びにしてみせる-------男女のことに関しては日本より数段保守的に見えるインド社会がこんなふしだらを認めてくれるかどうか。上司に相談しなければなるまい。

(4)日本食の話になったとき、さしみのイラストを見ながら、さしみ=raw fish と言われた生徒が、頭に浮かんだ疑問を口にした。「生の魚を食べるんですか。固くて食べられないんじゃありませんか。」生の魚が固いとは……今まで考えたこともなかった。それで、「魚は煮たり焼いたりしたほうが、固くなることもあるし….」などともごもご言ってみてもダメ。「肉は火を通したほうがずっと柔らかくなります。」と逆襲されて、うまく言い返せなかった。

彼らは、分からないことは「わからない」と言い、疑問があればすぐ質問する。これは教える側にとっては、彼らの頭の中がよく見えてありがたいことだとは思う。が、彼らは思ったことはすぐ口にするので、「聞きたいことがあったら、前もって質問書を出してください」とはいかない。
生徒側の率直さが、時に、教える側を窮地に陥れることになる。




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You should be "on time."

2016-05-12 04:37:53 | インド
支店長秘書(のような人)からメールが来た。支店の従業員全員に来たらしい。

「今後 ”on time” を守られたし。」何のことかよくわからないが、とにかく「遅刻しないでちゃんと出勤するように」という意味だと思えた。

日本では英語を教えていて、せっせと「英語のできない日本人」を作ってきた私が考えるに、10時に始まるという何かの儀式がちょうど10時に始められたとき、英語で言うと、 “on time” だ。 1秒早くても、1秒遅くても “on time” ではない。(私の英語理解も適当だから、違っているかもしれないが。)

そうなると、従業員全員に、朝 “on time” に出勤せよというのはできない相談だ。我が支所は入口がひとつで、入口のドアにセンサーがついている。各自が自分のカードをセンサーに近づけると、ドアが開き、同時に入退出の時間が記録されるのだと思う。

どうやったら、全員が同じ時刻に、一つしかないセンサーにカードをかざすことができるのか。

そこで、若い同僚に聞いた。これは “on time” ではなく、 “in time” ではないのかと。それなら、何分か前に来てタイムカードに記録させればいいのだから、20人の従業員全員が “in time” することが可能だ。だが、若い同僚は、 “on time” だと言う。

全員が “on time” に出勤?


日本人の私は “on time” は物理的に無理と思うが、インド人の同僚はできると考えるのはなぜか、だんだんなぞが解けてきている。

去年マイソール宮殿のお祭りのリハーサルを見学する切符が手に入ったので、同僚数人と会場の競技場へ行った。大きな競技場で、よくわからないが、客席は数万人規模だろう。リハーサルは7時からだそうで、私たちは早めに行って、正面の特等席に座ることができた。まだかまだかと待つうちにもう8時になった。開始が遅れていることの説明のアナウンスなど全くない。観衆も文句も言わずに待っている。なんでも、「開会宣言」をする役目の偉い人がまだ到着していないのだそうだ。8時をちょっとまわってその人が到着して、何事もなかったかのように、リハーサルが始まった。

「こんなに大勢の人を待たせたのだから、せめて遅れたことへの謝罪をしてから始めたらいいのに」と言うと、そばにいた同僚が、「インドでは『7時に始まる』といったら、8時に始まるという意味です。」と教えてくれた。後に、「いや、8時ではありません。8時半だと思ったほうがいいです。」と別の同僚が修正意見を述べた。

私は日本の農村で育ったが、子どものころ同じような状況だったのを思い出した。8時から寄り合いがあるというと、親たちは、「9時か9時半ごろに行けばいい」と解釈していた。都市部と地方部では違うのかもしれないが、インドでも私が住んでいる地方都市ではそうだ。

つまり、こういうところでは、 “on time” とは、「その時間のあと1時間か1時間半は含む」ということなのだ。


だが、私の会社でも、その状況は少しずつ変わり始めているようだ。
“on time” に出勤するようにとのメールが来るのはその証拠だろう。これまでだったら、10分や20分、(いや1時間でもよかったのかもしれない)、遅れるのはたいして責められることではなかったのかもしれない。だが、今は、タイムレコーダーが設置されていて、各人の出勤・退勤の時間が本社に直接送られる。そうなると、「ちょっとぐらい遅れてもいいじゃない」は通じなくなる。

それで、我が支所はある工夫をしている。タイムレコーダーに記録される時間は各支所の時計の時間になっているのを利用して、わが支所の時計を5分ばかり遅らせているのだ。たった5分だが、この5分のおかげで、「毎日遅刻」を免れている社員もいる。「過渡期の知恵」と言えよう。



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You should be more patient, ma'am.

2016-05-07 20:40:39 | インド

去年(2015年)の8月1日にインド入りして、毎日一日中会社でイケメン社員たちに初級日本語を教えている。


インドとのハネムーン期が終わって、倦怠期に入った4月ごろ、ホール(リビング)の蛍光灯がつかなくなった。


部屋の蛍光灯については、苦い思い出がある。
インドに来て3日目のこと、寝室の蛍光灯をつけようとしたら、つかない。アパートは会社が借りてくれているものなので、会社に連絡すると、オフィスボーイと呼ばれる、掃除をしたり、雑用をしたりする青年を寄越してきた。彼は蛍光灯がつかないのを確認すると、これは蛍光灯がダメになっているから、買ってくると言って、新品を買ってきてつけてみた。だが、それでも電気はつかない。そしたら、今度は、グローランプが悪いから買ってくるといって、買ってきたが、やはりつかない。つかないのだが、蛍光灯代とグローランプ代、合わせて50ルピーだか取られた。

オフィスボーイは、すぐ友だちの電気屋を連れてきて直させるといったのだが、なかなか来ない。数日待ってやっと二人で現れた。電気屋は新しい蛍光灯とグローランプを持ってきていて、乱暴にとりつけていたが、なかなかつかない。やっと、何かの拍子についた。どんなもんだいという顔をして、100ルピー請求して、二人は帰っていった。

ベッドで本を読むでもないし、2,3日ほおっておいたあとで、電気をつけてみた。つかない。
あきれて、オフィスボーイに、しめて150ルピーを返してほしいと言ったが、にやにやするだけだった。

すぐにやり直すように言うのが本筋だろうが、また1週間や2週間はかかって、そして同じ結果だろうと思われたので、会社にはもう何も言わなかった。睡眠中に本を読むわけでもないし、人類は電気なしで長い間暮らしてきたじゃない......



だが、4月になって、リビングの蛍光灯がつかなくなったのには、少しあわてた。
寝室の電気はとうにつかなくなっている。
書斎の電気は、つくにはつくが、ちらちらし始めている。
リビングまでつかなくなると、そのときは台所でプリント準備などをするのか。いや、台所だっていつまでもつかわからない。


そこで、今度は直接大家のところへ行った。大家は、アパートの一階に住んでいる。会社へ言っても、またオフィスボーイを寄越すだろうから、同じことの繰り返しだろうと思ったからだ。
その日は金曜日だった。大家のおじさんは、愛想よく、あす土曜日の午前中に電気屋を行かせると約束してくれた。

翌日の土曜日、午前中ずっと待った。来ない! 
午後になるのかもと、買い物にも出かけないで、一日中待った。来ない!!
日曜日かもと、日曜日も一日中待った。来ない!!!

月曜日の夕方、会社から帰って、大家のところへ行った。大家は留守で、奥さんがいた。奥さんは英語を話さないらしく、隣の部屋の親戚らしい女の人を連れてきた。その親戚は私の話を聞くと、「あなた、インドでは、土曜日は仕事をしないのが常識よ」とかなんとか言って、取り合わない。土曜日というのは、大家が言い出したこと、それをいまさら、シャーシャーと何を言い出すっ。あきれて、あきらめて、部屋に帰った。
その後2,3日して、会社からの帰りに大家に会ったので、蛍光灯の取替えのことを言うと、にこやかに、OKという。もちろんOKではなく、その後何の音沙汰もない。

さらに1週間もたったころ、朝7時50分に玄関のチャイムがなった。こんな朝っぱらからといぶかしんでドアを開けると、大家が電気屋をつれて立っている。電気屋は5分もかけないで、修理して、やっとリビングの明かりが戻った。

日本にいたら、自分で蛍光灯とグローランプを買ってきて、1分で取り替えることができる。インドでは、いらいらの10日、あるいは2週間が経つ。


部屋の蛍光灯については、こんな苦い経験を2回もしていたので、2度目のリビングの蛍光灯取替えのときは、またあれを繰り返すのかとウンザリしたが、仕方がない。大家に連絡すると、いつも通り、にこやかに、明日の夕方行くなどという。もちろん来ない。10日も経ったころ、会社から帰ってみると大家が、友だちふたりと夕涼みをしながら、男の井戸端会議をしている。蛍光灯は、と聞くと、立ち上がって、「すぐ行く。2分待ってくれ。」という。部屋で待つが来ない。1時間もしたので、催促に行ってみると、気のいい大家は、こんどは別の友だち一人と世間話に興じている所だった。私の姿を見ると、にこやかに、「すぐ行く」と言って、息子二人を連れて、蛍光灯を持って来た。

若くて、こういうことに強そうな息子が二人がかりでやっても、電気はつかない。

また来るからと、親子で辞して行ったが、もちろんその後、何日も姿をみせない。
本当にアタマに来て、夕方涼んでいる大家を見つけて、「蛍光灯」というと、また息子たちとやってきた、今度は長い蛍光管ではなく、small lampとか言って、小さい丸い電球を持って来た。これが当たりで、すぐついて、小さいながらかなり明るい。ついでに、寝室のもう何ヶ月もついていない蛍光灯も、この小さい電球に変えてもらい、書斎にも、蛍光灯が切れたときのために、小さい電球もつけてもらった。これで、リビング、寝室、書斎の電気がすべてつくことに相成った。

蛍光灯取替えのために、何週間かかったことか。
日記に書いても1行ですむぐらいのものだが、ブログにグ2000字近くも書くことになった。こんなことにいらいらしていたら、生来のんびりの私も、陰険さを増そうというもの、困ったことだ。

腹が立つし、疲れもしたので、会社でイケメンの生徒たちにことの顛末をぶちまけていたら、ある学生が言った。当年22歳の学生だ。


"If you want to survive in India, you should be more patient, ma'am."


お言葉ですけどね、"I have been 1000 times more patient than before."ですのよ、もう。



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取材-----実験中学の先生の生活

2015-04-08 08:08:08 | 日記
大学の近くに住んでいる、実験中学の英語の先生と知り合いになった。エリート高校の英語の先生の生活の話が聞きたくて、インタビューを試みた。

1.学歴・職歴
私(インタビュアー)が今勤務している大学の外国語学院英語科を16年前に卒業。現在は近くの実験中学で英語を教えている。大学時代には、英語を話す力をつけるため、外国人教師には積極的に話しかけ、厦門大学まで行って、たくさんいる留学生と英語で話したりして、英語のブラッシュ アップに努めた。英語の他に、第二外国語として日本語も勉強したが、今はほとんど忘れてしまっていて残念だ。

職場の高中では、学力の高いクラスでは英語で授業しており、生徒たちもついてくる。


2.家族
同じ大学で、同じく英語を専攻した6歳年下の妻と、小学4年生の娘の3人家族。妻は3年制の専門学校で、やはり英語を教えている。

娘は実験小学に通っている。中国では、小学校や中学校の頭に「実験」とつくと、レベルの高い学校を受験したい、頭がいい児童・生徒が通う、いわばエリート校である。大部分が私立である実験中学とは違って、実験小学は、普通公立で学区が決められている。応募するには、①親が学区内に家を持っていること。賃貸ではダメで、持ち家であること。または、②本人が「特別な技能」を持っていること のどちらかの条件を満たしていなければならない。

私たちの家は、その実験小学から近いのだが、学区外にあるため、娘にバイオリンを習わせた。バイオリンは「特別な技能」と認められているからだ。娘は見事に入学試験に合格し、入学以来4年間、級長を務めている。級長は、1年から3年まではクラスにひとりだけ、4年になってから二人追加されて、今は3人いる。中国の学校制度の中で、小学校から大学まで、級長は人気者が選ばれる可愛い名誉職的なものではなく、生徒ながら教師の権力体制の末端に引き上げられた「偉い」存在だ。入学以来級長に指名されているとは、学力抜群で、他の生徒をまとめてリードできる指導力を持った、教師の信頼を勝ち得た、なんとも末頼もしい娘なのだろう、私(インタビュアー)には羨ましい限りだ。

娘の学校は、月曜日から金曜日まで、毎日7時間、4時半まで授業がある。その後、バスケットボールを1時間して、5時半には下校できる。バスケットボールの時間は、ちゃんと先生がついて指導してくれる。日本のクラブ活動に似たものか。

バスケットボールをやることについては、娘が恐る恐る「やってもいいか」と聞いてきた。僕たちは「いい」と言った。娘にも息抜きの時間が必要だろうし... バスケットのおかげか、娘はどんどん大きくなって、まだ小学4年なのに、身長は両親を抜いた。

土日には、習い事をする小学生が多く、家の娘は日本の「碁」に似たものを習っている。碁は「物事を広く捉える力を養ってくれる」から、僕たち親が勧めてやらせている。

また、韓国式武術の教室にも通っている。これは、「街を歩くにも危険がいっぱいで、まして女の子だから、とにかく自分で身を守れるようにしてやりたかったから」始めさせた。娘の学校は家からそう遠くはないのだが、道中が心配なので、朝夕の行き帰りを母親がエスコートしている。


3.職場の実験中学での教師生活
授業は月~金は午前4つ、午後3つの計7つの45分授業がある。土曜日は午前中の4つだけ。自分が担当しているのは、月~土まで毎日45分の授業があるクラスが二つで、45分×6×2。土曜日の午後は、できない生徒の補習クラスが二つで、45分×2。つまり、一週間に45分の授業が14コマ、それに、生徒は夜7時から10時半まで学校で自習をするので、週2回、監督の当番が回ってくる。

個人個人の教師に対しての上からの査定が厳しい。隣のクラスと比べて平均点が低かったり、大学への進学実績が振るわないと、評価が低い。ただ口頭や文書で叱責されるのならなんでもないのだが、給料・昇進に直接ひびいてくるので大変だ。だから、自分の授業について言いたいことを生徒に書かせては、どこをどう変えたら生徒の理解が進むだろうか、毎日考えている。

娘は今実験小学に行っているが、中学も実験中学へ進ませたい。今僕が勤務している実験中学は、親がそこの教師だったら子供は入学させてもらえる。娘は今小学4年生だから、僕のいる実験中学を卒業するまでまだ9年ある。だから僕は、最低あと9年は今のところを首になるわけにはいかない。


中国でも、子供も教師も、そして親も、いい学歴を得ようと思えば、苦労が絶えないようだ。まだ日本の方がユルイかもしれない。
 


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銀行カードをなくした!!!    その2

2015-04-07 08:08:08 | 日記
4月4日に銀行カード紛失に気づき、すったもんだの末、口座を開設した銀行で再発行してもらえることが分かった。5日に再発行手続きを手伝ってくれるという人もできた。

さて、4月5日(日)、午前9時半、銀行へ行ったが、ATMが稼働しているだけで、窓口は開いていない。全面ガラスの入口のドアに、「今日営業している支店」のお知らせが貼ってある。
後で聞いたところによると、この銀行は原則的に日曜日は休みで、この辺りの支店が一店だけ、回り持ちで営業することになっている。その日営業する店舗は入口に張り紙で掲示されるのだそうだ。

親切な助っ人氏は、嫌な顔もせずに、私をバイクの後ろに乗せて、20分ぐらいかかるその日の当番支店に連れて行ってくれた。店に入って、「この外国婦人のカードを再発行してもらいたい」と、彼が行員に伝えると、一瞬固まったように見えた。そして、あちらの行員、こちらの行員と相談している。助っ人氏の話によると、「パスポート持参の外国人との取引は生まれて初めての行員ばかりなので、みんなどうしていいかわからないらしい」、また、「他支店で開口した口座のカードをこの支店で再発行できるのかわからない」と店中が、パニクっていたらしい。もちろん、他の客には知られないように、密かにパニクっていたのだが。

いろいろなところに問合わせ、ネットで口座開設支店の顧客情報にアクセスして本人確認をし、この支店で、すぐに、再発行できるということになったらしい。
バイクでこの支店に乗り付けたのが10時すぎ、再発行してもらった金色のカードを手にしたのが11時半、1時間と30分かかったあ...
その間、全くの無力だった私のために全ての手続きを代行してくれた助っ人氏は、私の金色のカードを見て、「俺の青いやつよりかっこいい」と感想を述べた。

彼からの助言:
ATMからカードを引き出すのを忘れるのは中国人にもある。
どこか近くに、ATMを管理しているところがあるはずで、そこに届けられている可能性もある。だから、まず、そこに行って探すといい。ただし、カード番号が言えないと、たとえそれが本当にあなたのカードであっても、渡してはもらえない。だから、番号は必ず控えておくといい。

帰り道、大恩ある助っ人氏は、自宅に連れて行ってくれ、鉄観音茶とナッツ類、ふるさとから送ってきたばかりという琵琶を食べさせてくれた。

このご恩は決して忘れません。

彼の助言に沿って、カード番号はメモした。再再発行が必要になったとき、カード番号がわかっていれば、随分手間が省けるそうだ。

前触れもなく飛び込んで異なことを要求する外国のおばばと、最後まで付き合ってくれた銀行の方々にも感謝。



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銀行カードをなくした!!!    その1

2015-04-06 09:45:52 | 日記
清明節の3連休の初日、4月4日の午後4時ごろ、財布に6,9元しかなくなったので、いつも出金する学内のATMへ行った。銀行カードを取り出そうとすると、無い!!! 部屋に帰って、あちこち探すが出てこない。

ネットで銀行のホームページにアクセス、カード紛失時の届出の仕方を見つけようとするが、中国語がほとんどできないのだから、見つかるわけがない。こういう時頼りになる学生の多くは、3連休をふるさとに帰って家族と墓参りをして過ごすために、大学を離れている。

時計をみると4時半、もしかすると、銀行が営業中かも知れない。ここは中国、ATMは24時間稼働していて、夜中でも、土日でも、手数料なしでお金が引き出せる。土曜日の夕方でも店を開けているかもしれない。

急いで、口座を開設した支店に行く。なんと、店は開いていた。恥も外聞もなく、ロビーで客の相談にのっている銀行の女性に英語で、「カードをなくしました」と訴えるが、困った顔をするのみ。窓口の誰に言っても、厚いガラスの壁に隔てられていることもあってか、「聞こえない」というしぐさをするのみ。

見かねたか、客の一人が助けに来てくれた。英語が分かるらしい。「カードをなくした」までは、分かってくれた。だが、「届け出るにはどうしたらいいのか」と言うと、もう通じない。

向こうのほうで、誰かが「電話するんだ」と言っている。見ると、男性がATMが並んだところにある行内電話をかけている。手招きするので、行ってみると、「カードをなくした」などと話しているようだ。彼は私と話すときにはよく分かる英語で話してくれる。電話の相手は、なくした人の本人確認をしてきたらしい。助っ人の男性は、私にパスポートと口座開設時の申込書のコピーを出させて、中国語でパスポート番号、携帯番号、氏名などを伝えている。
「カード番号が分かるか。下4桁だけでいいが」と聞くが、私は「カードをなくしたのだから、番号がわかるはずがないではないか」とふてくされる。さらに「残高はどのぐらいか」と聞く。

15分ぐらい電話での交渉が続いた。助っ人氏が「この支店で再発行できるそうだ」と伝えてくれる。「カード番号の下4桁は○○○○だ。再発行申請の時必要だから、メモして。」電話のそばでつったって模様見するしかなかった私は、緊張がほどけて、彼に感謝のお辞儀を繰り返す。

その時6時5分前。すぐに、再発行手続きをしたかったが、どうも6時で閉店らしい。頼もしい助っ人氏が、「俺はすぐ近くに住んでいる。明日も暇だ。明日また来て、再発行を手伝ってやる」と申し出てくれたので、甘えることにした。彼は、バイクの後ろに肥満体を乗せて、大学の宿舎に送り届けてくれた。

お金は引き出されてはいない。銀行はすぐに再発行してくれる。英語が堪能で、異文化間コミュニケーション(?)に慣れていて、少々行き違いがあっても、手間取っても苛立たない、頼もしい人にも出会えて、助けてもらえる。

よかった。

大学や学生たちにとって、私は「世話の焼ける老師」だ。今後は、大学周辺の人たちにとっても、「世話の焼ける日本人おばば」になるのか。



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